「・・・リザ・・さん?」
「・・はっ?」
ふと我に返る。顔をあげると、心配そうに見つめる文とルーミア。額を伝う汗に気づいて、質問を投げ掛ける。
「・・・なあ、オレ、何してた?」
声は掠れていた。心臓が割れるように脈打ち、吐く息が胸を締め付けるように荒く、震えている。
「・・・なんかブツブツ言って、固まってた。」
「・・・また、か。」
二、三度息を吐き、かぶりを振る。例によってさっきまでの記憶はない。ただ心なしか今までよりドッと疲れが増したような気がする。しかしやはり似たような経験があるせいか、ルーミアはすぐに普段通りの表情になった。ように見えた。表面上は。
「・・・よくあるんですか?さっきみたいなの。」
文がルーミアにこっそり尋ねている。ルーミアは鬱陶しそうに答えた。
「何度かね。ちょっとボンヤリするけど、それだけ・・」
ルーミアの言葉は、"それだけ"という断定はせず、小さく消え入る。
「ふむ・・・」
文は顎に手を当てて考え込む。そして真剣な顔で向き直った。
「気になりますね。紫さん達といい、先程の妙な癖といい・・・」
「・・・・・・」
文の表情からは、既に好奇の色は消えていた。やはり大抵の者にはオレの感じる感覚は、いや、今までのおかしな夢も話せば奇怪な目で見られるのだろうか。脳裏に雛の言った言葉が思い出される。
"今まで、何の異変も違和感も無かったと言い切れる?"
舌の上に砂が擦りついたような苦い感触を以て、その言葉は重く頭に響いた。
一体オレの中には何がある?目を逸らしていたら、何かの報いが来るのだろうか?
「・・・くそ、なんだってんだ。」
忌々しさから呟きが漏れる。ヒヤリと冷えた汗が、未だに激しさを残す動悸との温度差からストレスを加速させた。
「リザ。」
ルーミアの声。表情を取り繕う余裕は無かった。恐らくひどい顔をしたままで、声の方向に視線を移す。
「大丈夫?もしかして、何か病気だったりしない?」
「・・・・!」
息が詰まる。視界に入ったのは、心配そうに見上げるルーミアの顔。それを間近に見ただけなのに、
「・・それは・・」
今までで一番気にかけた視線。瑠璃の宝石みたいな目に見つめられ、言葉が出ない。何度か誤魔化したにも関わらず、今度ばかりは舌の上で転がした言葉を吐くのを躊躇した。
「・・何か、思い出しそうになった・・気がする。文の風が・・」
断片的な記憶。それしか言えなかった。何度も言いかけた後に絞り出した言葉が、それだった。
「思い出すって、何を?」
「それは・・分からん。」
オレが肩を落とすと、ルーミアも不安そうに唸る。続けて記憶を洗い出そうとするが、今度は脳裏に焼け跡で燻るような、熱く焦げ臭く不快な感触が襲い、思わず考えが止まってしまう。奥の隠し扉を開けるような、そしてそこに隠された酷く醜く負の感情を掻き立てるようなモノが、堰を切って流れ出すような気がして、
「・・・っ!」
押し留めた拍子に割れ目が走るみたいな頭痛がした。
「良い記憶じゃない・・・何かを憎んでいた、そんな胸くそ悪いもんだった・・・」
一人で溜め息をついて、腑抜けた声で呟く。紫達の言っていた"知らない方がいい"という言葉を思い出す。
「気になるが・・忘れた方がいいのかな・・」
何度も重なった妙な感覚が、今しがた一際強く感じた違和感によって、いよいよ底知れない何かの片鱗に見えてきた。このままだと巨大な得体の知れない泥沼へと片足を突っ込むかも知れない。
しばし何も言えずに項垂れていると、ふと文がこう尋ねてきた。
「・・つまり、私の行動がトリガーとなって、何かムシャクシャした感情が沸き出て来た、と?」
先生に平然と質問をする生徒みたいに遠慮しない口調だった。やりにくさを感じながらも、一応頷く。
「気を悪くしたらすまん。別にお前を殴りたい訳じゃないんだが。」
弁解する弱々しい声が出る。文もさぞかし理不尽な顔をするだろう。
・・等と思っていたが、違った。
「つまり!?私が鍵だと!?」
目が覚めたような顔に食らいつくような勢いで文が叫ぶ。耳鳴りがするのを我慢しながら頭の中で答えを捻り出す。
「鍵・・かは知らんが、例えばやりたいように、お前をぶん殴れば何か思い出すかもだが・・」
文の顔から目を逸らして横目に見ながら言葉に詰まった。もしあの衝動のままに行動したなら、何かが思い出せるかも知れない。あの感覚が万が一既視感、デジャブの類いならばオレはかつて何処かで文に似た誰かと憎み合っていた事になる。その擬似的な再現でなら、この重くのし掛かる闇が少しは晴れるかも知れない。
―しかし、いくら何でもそんな事を許すわけが・・・
「私と戦いたい!宜しい!相手になりましょう!紫さんや霊夢さんも恐れるリザさんの記憶!私の身体で出来る事なら協力しようではありませんか!」
・・・杞憂だった。間近に見る文の目。まるで宝を見つけた子供みたいだ。これが記者の魂というものか?
「・・・いいのかよ?」
「ルーミアさんにいつまでも心配をかけるお積もりで?」
文がルーミアが佇む方向を顎でしゃくる。
「・・・・・・」
ルーミアが自分の体を抱いて、唇を噛んで見つめている。その小さな肩が震えていた。
雛に問い詰められ、毅然として言い返した、あの時。
アイツはもしかしたら、肩にアイツだけの重荷を背負ったのでは無いだろうか。『リザが何者であろうと、それがどんなに恐ろしいモノでも、傍にいたい』と。
「・・・はっ。」
膝を叩き、背を伸ばして息を吐き出す。蹲ってなどいられない。逃げ出すのはオレの勝手でも、それで苦しむ奴が出るのはゴメンだ。見据えて、乗り越えなければいけないモノがあれば足蹴にしてスッ転がしてやる。その為に必要なモノがあれば、何でも使ってやる。
「よろしく頼むぜ。どうすりゃいい?」
オレの迷いが無くなったのを見て安心したのだろう。文はさっきにもまして晴れ晴れした声で答えた。
「それでは教えて差し上げましょう!緋想天(則)ルールを!」