「緋想天(則)ルール、ねえ ・・・」
文と十数メートル離れて向かい合いストレッチを終え、ポツンと呟く。
曰く、普通の弾幕ルールとは違い格闘戦も織り混ぜた決闘方法らしい。スペルカードを使いきっても相手を戦えなくさせてしまえばオーケーなんだそうだ。
ちなみに、緋想天(則)ルールという呼称は以前そのルールが適用された異変が元だと文は言ったが、ルーミアがこっそり言った所に拠ると
「文が勝手に呼んでるんだよ。"すいむそう"では参加できなかったから。」
・・・らしい。まあとにかく、文を拳でのしても良い、て事なんだが・・・
「なあ、本当に良いのか?お前がどんだけ強いか知らんが、殴るのは割りと好きだぞ。」
文の実力の程は分からないし、自惚れるつもりもない。しかし戦う以上、絶対は有り得ない。だが文は、アッケラカンと笑う。
「そんなの平気ですよ。それにリザさんが昔どんな風に怒っていたのか知りませんからね。制約は少ない方が良いでしょう。」
よく笑顔で言えるものだ。記者の魂もここまで来ると呆れてくる。
「体張ってるねー。」
「当然です!私はどこぞの引きこもり記者とは違うんですよ!」
引きこもり記者とやらが誰なのかは分からないが、ルーミアに答える様子からしてこれ以上の問答は無用なようだ。
「じゃ、お言葉に甘えて・・・遠慮しないぜ?」
「私はするつもりですがね。何はともあれ、そろそろ始めますか。」
「リザ、ガンバ!」
「おう!」
ルーミアの激励に答えて文と対峙すると、辺りは静寂に包まれる。気持ちは静まり、木々のざわめきもいつしか消える。とうに日は沈んで周囲は闇だというのに、相手の姿は戦いの敵であるせいか闇の中でも妙にハッキリ見え、逃すまいと体がピリピリと吹き上がる。
その時。
ザッ、と地を蹴る音がし、その原因を視認するより速く弾かれたように体が動き出す。目が意識に追い付いた時には文と向かい合ったまま横に並走していた。ほんの少しだけ遅れを取っている。
「ほほう、このスピードについてきますか、なら・・・!」
文が団扇を振り回す。一瞬だけ空気が揺らいだ気がして、反射的に飛び退く。
「のわっ!」
飛んだ足の下で、草が薙ぎ払われ、木に裂け目が入る。まるで鎌鼬、これが奴の武器か!
「なろぉっ!」
お返しに炎を吹き出す。が、それは文の走り抜けた直後で爆煙をあげる。文の表情は愉快そうだ。
「炎が武器ですか!熱い!気持ちまでたぎるようですよ!!」
「・・・っ!」
文の軽口に返事は出来なかった。距離はそれほど走っていない筈なのに、早くも息が切れ始める。
「は・・っ、は・・っ!」
文のスピードは尋常じゃなかった。本人の姿を捉えていても、周りの景色が目まぐるしく動いて、自分が動いていないような錯覚まで感じさせる。それに比べて文は顔に余裕が残っている。此方はついていくので精一杯。このまま持久戦は間違いなく無謀だ。
「おらっ!」
再び炎を吹き出す。しかし今度は文では無く、文の走る方向の先にある樹に命中する。一部が焼け、枝が何本か落ちる。
「・・・っ!?」
文が一瞬怪訝な表情を見せる。意図が掴めなかったのだろう。好都合だ。
「焦符『這舌咬獲』!!」
続けてスペルカードを発動。炎が自分に合わせて体をくねらせるのを見て、文は「成る程」という風にフッと笑う。
「追尾型ですか・・・!なら少しスピードアッ・・」
文は地面を強く蹴る。追尾弾を振り切るつもりだろう。しかし。
「ぷはぁっ!?」
顔を仰け反らせて急ブレーキをかけた。直後その足下に先程落とした樹の枝がバサバサと落ちる。
「チッ。」
枝が地面に到達する間にも何メートルも駆けられるそのスピード。その速さのままで空中の枝に激突したらダメージも与えられたろうに、残念。しかし、まだ攻撃は終わっていない。急ブレーキをかけた途端、振り切ろうとした追尾弾が一斉に襲い掛かる。
「はっ!」
文は横から迫った炎を団扇ではね除けた。文は無傷のまま笑う。
「ちょっと驚きましたね。しかし狙いが読めてしまえば対応するのは簡単で―
此方に視線を移しながら、パタパタと服を払う文。思うに立ち止まった辺りで追尾弾を当てる狙いを見抜いたのだろう。尋常ならざる頭の回転、この自信のある佇まいも口振りも、それを下地にしているのだろう。しかし。
―すぶびゃっ!」
その台詞が最後まで言われる事は無かった。追尾弾に対応した拍子に出来た隙に距離を摘めて放ったパンチは、振り返ろうとする文の頬に深く突き刺さった。この三段構えは予測していなかったのか、文は二、三歩後ろによろめいた。手応えはある。追撃しようと、拳を振るう。
「っ!」
文はすんでの所でかわした。諦めずに何度も繰り出すが、さっき命中したのが嘘のような素早い身のこなしに拳は尽く空を切る。一発目でペースを掴めるかと思ったが、甘かったようだ。やがて表情に余裕の戻ってきた文が、またもや減らぬ口を動かす。
「中々の攻撃でしたが、速さが足りませんね!空振りはスタミナを浪費しますよ!?」
「このっ・・!」
一歩踏み込んで膝蹴りを放つ。しかし膝頭にある筈の衝撃は無く、代わりに脚の上に何かの重みがあった。
その刹那、顎に鋭い衝撃。何が起きたか分からず霞む目で正面に視線を向けると、逆さまになって宙を舞う文の姿があった。どうやら脚を踏み台に縦に一回転し、顎に蹴りを食らわされたらしい。頭で理解しても脳味噌が揺れる中踏ん張って前を見据え、反撃出来るようになるまで時間がかかった。体勢を立て直した時には既に文は後ろに飛んで間合いを取ろうとしていた。
咄嗟にスペカを取り出す。弾幕にかけては益々遅れを取りかねない。
「炎符『轟龍烈火』!!」
文に向けて巨大な炎が広がる。今度はいくら素早く避けようとしても完璧にはいくまい。少しでもダメージが入れば、それを取っ掛かりに攻勢に出れるかも知れない。
「うおお、すごい!しかし・・・」
文ははしゃぐように声をあげて一枚のカードを取り出す。文のスペカを見るのは初めてだ。しかし目の前が火に覆われたこの状況でどんな技を繰り出す気だろう。
「竜巻『天孫降臨の道標』!!」
宣言した瞬間、文の周囲に巨大な竜巻が現れ、身を護るように包み込む。文を辺り一帯ごと呑み込もうとしていた炎は、落葉か何かのように呆気なく吹き散らされてしまう。
「なっ!?」
威力には一番自信のあったスペカが、一欠片も役に立たなかった事に、思わず声をあげた。文はそれとは対照的に団扇を此方に突きつけ、ニカリと口許から牙を覗かせる。
「相性が悪かったですね。妖力のある炎も、風には簡単に散らされてしまいますよ!」
「・・・!」
目の前で技を無効化され、流石に迂闊に攻めるのは不味いと身構える。そんなオレを愉快そうに眺めながら、文はカードをもう一枚取り出す。
「突風『猿田彦の先導』!」
「っうわっ!」
巻き起こる風に、腕で顔を庇う。突き刺すような暴風の最中で文がどんな攻撃を仕掛けてくるか、少しだけ腕を退けて前方を見ようとする。
「っ!」
目に一瞬映ったのは、文がキリモミ状の風を纏って体当たりしてきた姿。飛び退いて辛うじてかわし、風圧だけで樹に叩きつけられたのと、進行方向の樹をなぎ倒し、地面までスプーンみたいに抉って文が視界の彼方に飛んでいったのはほぼ同時だった。
「げほ・・・」
座り込んで息を吐いてから、文の行った方向に改めて目をやる。まるでミサイルを地上スレスレにぶっ放したみたいに樹は奇妙な形に折れ、地面は蟻地獄の擦りぱちを長く延ばしたようなへこみが何十メートルも続き、それらが合わさって虚空に丸いトンネルを演出している。これをいきなり見て大妖怪の悪戯とでも言われれば信じただろう。ところがどっこい、犯人はあの少女の見た目をした射命丸 文なのだ。
「・・・正面からじゃ、ヤバイよな・・・」
文の力を垣間見て、一筋縄で行かない事を改めて思い知る。不思議と恐怖感は無かった。
代わりに、文を倒す為の作戦がカチカチと、頭の中で勝手に組み上がっていった。
―
「ちょっと文、言っとくけどあんまり酷い事しないでよ?」
ルーミアが文に向けてむくれる。文はへらへらしながら肩をすくめる。
「ちょっと手痛くする位が丁度良いんじゃ無いですか?何しろ記憶を引きずり出すんですから。」
「今は冗談やめて。いつもよりもっといけ好かなく見える。」
「・・・おっと。」
ルーミアの背中に闇が集まるのを見て、文は少々慌てるように口をつぐむ。すると溜め息をついて、愚痴を溢すみたいに覇気の無い口調で話し始めた。
「・・・正直、加減が難しいんですよ。」
「・・・へ?」
不意にトーンダウンした文の言葉に、ルーミアはきょとんとオーラを静める。文はやれやれとばかりに首を横に振り、ずい、とルーミアに詰め寄る。
「まず最初に食らったパンチ、コイツが案外強烈でしてね。まあ、不意討ちなせいもあるかと思ったのですが・・・その後の攻撃で確信しましたよ。ただ者ではない、当たったら危ないと。」
文がつらつらと並べる感想。ルーミアに向けてのリップサービスかも知れないが、軽い口調で話されると半信半疑でモヤモヤしてくる。
「手加減するつもり、なんて言いましたが・・・本気を出す羽目になるやもしれませんねぇ・・・」
本気、という言葉を聞いて、ピクリと破壊衝動が襲った。そうだ、事も無げに評価されるのが不満ならいっそ必死な形相で絶賛せざるを得ないくらいに追い込んでしまえば良い。力関係の実感からして簡単な訳はないが、女は度胸。感慨深げに話す文の顔を、刺し違えてでもぶち壊してやる。
こっそり回り込んでてっぺんまで登っていた樹の枝を、さっきまで眺めていた文に向けてはたき落とす。その枝を追いかけるように拳を構えて頭から飛び降りた。
「・・・それにしても、何時になったら来て―うひゃっ!」
頭上の気配に気づく文。しかし落ちてきた枝が視認を妨げる。目をつぶって顔を庇った瞬間を狙い、拳を振り下ろす。
「・・・っ!」
間一髪文は飛び退き、地面に深いクレーターができる。砂ぼこりが舞い、風圧が樹に爪痕を残し、ルーミアがぺたんと腰を抜かす。
それが目に入っていたかは分からない。反射的に文に向けて立て続けに火を吹いた。
「案外奇襲がお好みで!?」
「勝つのが好きなんだよ!」
炎を避けた文はお返しに風を起こす。飛んでかわすと、あろう事か文自身がまっすぐオレの方に突っ込んでくる。
(!?・・・舐めんな!)
咄嗟に足を踏み締め、迎撃出来るように身構える。いくら素早くとも、真正面の敵なら対処も・・・
(うっ!?)
油断していた。文の視線が足下にいく。その刹那の反応が遅れ、次の瞬間には湿った土臭いものが視界を覆った。文が落ち葉を蹴りあげたのだ。
「ぐはあっ!」
姿の見えない文の蹴りが脇腹に食い込む。体がフワリと浮く。落ち葉がゆっくり落ちながらフェードアウトしていく中で、飛んだまま炎を吹き出す。
「・・・っく!」
案の定、落ち葉を吹き飛ばした炎は文の横顔を掠め樹に小さな爆煙をあげ、消える。牽制になれば上々だ。文がかわした隙を利用して、足早に樹の陰に隠れる。
「また隠れるんですか!?でも・・・」
文がまた風を起こす。それは今までよりも一際激しく、周囲の樹を中ほどからばっきりとへし折った。
「もう一度樹に登ろうったって、そうは行きませんよ!大人しく姿を見せて・・・」
文は意気揚々と挑発の声をあげ続ける。しかしオレが彼女の"足を掴んだ"瞬間、顔と声の色はがらりと変わる。
「っわひっ!?」
文は下を向いて悲鳴をあげた。そりゃそうだ。いきなり"地面から"人が這い出たら誰だって驚く。
「あ、あなた・・!」
「話す気はないね。」
戦いの最中に説明などするのが面倒で、文の狼狽えながらの質問は切って捨てる。樹が折れても地面に這えば頭が見える事はない。後はそのまま穴を掘って地中を進めば顔を出すことなく足下に回り込める。穴堀が出来ることは幸いだった。
「な、なに見てるんですかー!」
「・・・・」
文がスカートを両手で押さえる。この期に及んでそんな心配かと落胆しかけたが、すぐに気を入れ直す。これで両手は使えない。
「食らいな!ゼロ距離の火炎放射だ!」
文は団扇で風を起こすが、此方は両手が塞がっても口から攻撃する事ができる。向こうに対抗手段はない、そう思った、が。
「なんてね。」
恥じらっていた文の顔が、パッとお面を外すように笑顔に変わる。瞬間、文の羽がバサリと大きくなり、何本かの羽根がダーツのように此方の顔へと飛んでくる。
「いっ!?」
目に刺さるかという寸前で腕で防ぐ。安心する間もなく、離した傍から文の足が素早く動くのが分かった。同時に、ぱかぁん、という乾いた音と共に顎がまた蹴りあげられ、その衝撃で上半身がずるんと引きずり出される。当てやすかったのだろうが、高下駄で急所を何度も蹴らないで貰いたい。
「リザ!」
ルーミアの声が耳に届く。跳ね上がった顔を向け直す。丁度文がもう一度蹴りを放とうとしていた所だ。炎を出そうとしたが、さっきの攻撃で顎が痛む。咄嗟に手元の土をつかみ、投げつける。
「きゃっ!」
文が後ずさる。すぐさま振りかぶり、下半身まで一気に飛び出す勢いで文の鳩尾を殴り付ける。
「ぐぅっ!」
手応えはいまいちだ。恐らく後ろに飛んで衝撃を殺したのだろう。全身抜け出て身構える間に文も立ち直り、しばし互いに荒い息を吐きながら睨み合う。
「・・・やるじゃないですか。ここまで長引くとは思いませんでしたよ。」
「こっちはまだまだ物足りないな。これで本気じゃ無いだろ?」
オレが言った言葉に、文は少々ムッとして顔をしかめる。
「天狗相手にこれだけやり合っておいてまだ欲張られちゃ、こっちの立つ瀬がありませんね。」
「知った事かよ。」
口をついて出る軽口。何故オレはこんな事を言っているんだろう。立つ瀬どころか座り込みたい位だってのに。体が震え、沸き立つ。気分が高揚する。血液と共に妖力が身体中を駆け巡り、バテた体を無理やり動かされるような違和感を感じる一方、血が上りながらも文との戦いを楽しみ、倒す方法を考えている自分は、どこか別人にでもなったような、妙な感覚があった。
「ふむ・・・まあ良いでしょう。お望みとあらば・・」
文が三枚目のカードを取り出す。一挙一動を見逃さないよう気を張っていると、文はふと真剣な顔になる。
「・・・多少の怪我は、覚悟して下さい。」
「は?」
『幻想風靡!!!』
―文の宣言した刹那、撥ね飛ばされて宙を舞う感覚がした。
◆
―
(そろそろ・・・終わりですかね?)
空中で動けずにいるリザさんにもう一度体当たり。なすすべも無く相手は更に舞い上がる。
『幻想風靡』、自身の体をスピード強化し、撥ね飛ばした相手を尚も空中で延々と時間の限り体当たりで叩きのめす大技である。一度嵌まれば抜け出すのは容易ではなく、万一抜けたとしても姿を捉えて反撃するのは更に至難の業だろう。
(聞いた所だと彼女のスペカはあと一枚・・・このまま押しきれば・・・!)
現状、あと一枚のカードがどんな使い方をするものかは分からないが、視認する事無しに当てられる攻撃などそうそう無いだろう。いや、もしかしたら使わせる暇もなく倒せるかも知れない。
本来の目的だったリザさんの衝動の正体を知れなかったのは残念だが、結局大したものでもない、いや、勘違いだった、のであろう。
(・・・・・・)
いや、もしかしたら、私の力がそれを引き出すに足らなかったのかもしれない。だとすると少し悔しい。しかし、同時にその可能性を信じたくなる。
もしそうならば、あの時見たものに関係あるのかもしれない。長い天狗の人生をもってしても見たことの無い奇跡が見られる可能性が、残されているかもしれない。
思考に耽っていた頭の中を切り替え、地面に顔を向けたまま宙でボンヤリしているリザさんを見据える。すると彼女がカードを取り出したのが見えた。
「爆符『爆彩輪花』!!」
どんな攻撃かと一瞬身構えるが、飛び出した火球はそのまま真下の地面に爆炎を上げて消える。
「・・・!?」
炎はそのままもえあがるばかりで、リザさんも反動と爆風で少し浮き上がっただけで、ぶつかれば例のごとく真上に投げ出されるのみ。何の意味があったのかまるで分からない。結局そのまま二度、三度とぶつかり、リザさんは結わえ付けられてもいないのにサンドバックのように揺れる。
(・・・最後の技を何故あんな場所に・・狙いが外れた?)
眉をしかめながらも体当たりの反復運動を続ける。その時ふと、ある事に気づいた。
(リザさんの目が・・)
リザさんは一見、此方の攻撃にされるがままに見えた。しかし、その目だけはしっかり真下を見つめ、何かを追っているようにも見える。吹っ飛ばされて視界を振り回してみても、ギロリと相変わらず目を剥き、地面を凝視するのだ。またぶつかると、今度は更に不可解な行動が目に入った。
(・・今度は、舌を・・出している?)
此方がぶつかるまでの、ほんの一秒にも満たない時間の中でも、天狗の目なら姿を捉えている訳では無いのはすぐ分かったが、ならばなぶられながら、一体何を見ているのだろう。あの視線の先に有るものは・・・
答えの出ないまま、もう少しで止め、という何度目かの体当たりが当たろうとした、その時。
ふっ、とリザさんが、ぶつかろうとしていた私を脇に避けた。
(・・・え?)
前傾した姿勢でいた為、背中を見下ろされる格好になる。次の瞬間、恐らく両手で作ったであろう拳骨が振り下ろされ、鈍い音を立てた。
全く予測していなかった一撃に、殴られた勢いのまま真下に突き落とされる。―
―そこには。
燃え盛る炎が、上からの風圧に押され、まるで獲物を待ち構えて口を開けるように自らをくねらせ、揺らめく。
まさか。
(彼女が見ていたのは、これ―)
思考は体を包む熱によって中断される。全身を呑まれる寸前で体が跳ね、水を怖がる子供のように飛び出し、地面を転げ回る。
「のわあっちゃっちゃっちゃ!!!」
自分でも滑稽に思える位に悲鳴をあげる。丁度仰向けになった時、視界を大きな影が覆う。ズンッ!と耳元を踏み抜かれる音と共に、鋭い眼光が見下ろす。その顔は月明かりに照らされ、別人かと思うほどに凶暴な表情を覗かせた。
「・・・こんなもんか、詰まらん。フラン以下だ。」
パキパキと枝が折れる音が妙に生々しく響く。息が詰まり顔を硬直させたまま、脳内にはまさか殺されるのではという考えが過る。ごくり、と生唾を飲み込んだ直後。
「リザ!」
ルーミアさんが慌てた顔で走って来る。ああ、危ないですよ。遠くからは見えないけれど、リザさんは今まさに悪鬼の如く・・・
「んお?」
リザさんの顔から突然毒気が抜ける。打って変わって悪鬼どころか呆気にとられたように目を丸くして私とルーミアさんに交互に視線を泳がせる。
「いくらなんでもやりすぎだって!もう十分!」
「え?・・・ああ・・・すまん、やっちまってたか。」
リザさんは弱ったように頭を掻き、ルーミアさんに微笑みかける。心臓を死神に掴まれた感覚から解放され、思い出したように胸から深い息が出た。
「文、立てるか。」
「ああいえ、腰が抜けちゃって・・・」
苦笑いする私にリザさんが手を差し出してくる。その表情に先程の残酷さは微塵もない。思わずじろじろ見てしまう。
「ところで、何か思い出せた?」
ルーミアさんが横から尋ねた声で我に返る。リザさんは困った顔でうーん、と唸る。
「いや何も・・例によって無我夢中だった位しか・・」
「そう・・」
いくらか沈んだ声。雰囲気がやや暗くなる。するとリザさんは顔をあげ、此方に水を向けてくる。
「文、お前は何か見なかったか?オレの様子の事とか。」
「えー・・」
先程の恐怖が蘇り、言葉に詰まる。正直に「物凄く怖い顔をしていた」などと言ってもだからどうしろ等とは言えないし、実際に見てもいない側からすればどうでもいい情報にしか聞こえないだろう。無闇に怖がっているように見られるのは心外だ。
「いえ・・特に・・」
「・・そっか。」
愛想笑いして答える。リザさんは一つ頷き、ルーミアさんの手を引いて歩き出した。
「すまん文。もう行かなきゃ。」
「え?」
リザさんがスタスタと離れていく。その背中に思わず追い縋る。
「待ってください!もう行くんですか!?」
「えぇ?」
二人が怪訝な顔を見合わせる。相手からすれば以外なのだろうが、こちとら消化不良も甚だしい。
「だって、もう地底にいい加減行かにゃならんし。お前も用は無いだろ?」
「大有りですよ!今回謎を掴めなかったとなれば―」
ルーミアさんが若干面倒臭そうな顔をしている。私の行動パターンは予想できているのだろう。しかしそんな事は問題ではない。
「―密着取材くらいさせて下さい!」
「はい!?」
リザさんが声をあげて狼狽える。私がフンスと胸を張っていると、ルーミアさんが溜め息をつく。
「いや、自分で言うのも何だが・・そこまで興味引くような、いや寧ろ遠ざけるような真似をしていないか?オレ。」
リザさんは戸惑いながら問いかけてくる。確かに最もだろう。しかし、私はそんな事では生憎怖じけつかない。
「もう好きにさせたら?こう言ったらもう聞かないよ。」
ルーミアさんが私の考えを代弁してくれる。一度じっと見つめる私に目をやってから、リザさんは首を傾げて唸る。突然の同行の申し出に答えかねているのだろう。
そんな時に、木々の向こうからタイミングよく部外者の声が聞こえてくる。
「・・・やれやれ、結局何だったんだアイツ・・・」
「おい、何か燃えてないか?」
「はぁ?勘弁してくれよ・・」
出払っていた白狼天狗たちが戻ってきたのだ。ギョッとするお二人をみてチャンスとばかりに、有無も言わさず引っ張って飛び出す。
「お、おい文!?」
「見つかると不味いんでしょう!?私が地底に連れて行きますから!」
二人はさぞかし困り顔をしていただろうが、頭の中ではそんな事は脇に追いやられていた。代わりに、誰にも話していない、自身がリザさんと勝手に関連を疑っている光景が脳裏に浮かぶ。
―それは、四日前に見た、"龍"。