「・・・底が見えねえ・・・」
「何百もの階層がありますからね。降りきるまでステージ2つ作れますよ。」
「お前は何を言ってるんだ。」
文に案内されて山中から続く竪穴に飛び込んで十数分。未だに終わる気配はなく、「いつぞやの異変の時は騒がしかった」と言われた穴の中も今は音一つ無く、代わり映えしない暗闇が延々と続いていた。
「リザ・・・私もう眠い・・・」
欠伸混じりにルーミアが寄りかかってくる。心なしか飛び方も覚束ない。
「ああ、もう夜遅いからな。ほら、背中貸してやるよ。」
前に屈んでやるとルーミアは首に手を回して体を預けてきた。此方が足を支えている間に、スヤスヤと寝息を立て始める。
「随分なついているんですね。」
「みたいだな。」
重みと暖かみと息遣いを感じながら、顔を見ずとも信頼されているのを実感する。するとふと、文がこちらを覗き込んでいるのに気づいた。
「何だ?代わるか?」
「ああいえ、そうじゃなくて。」
文は慌てて否定する。此方が眉をひそめていると首を傾げて話し出す。
「今までどんな事があったのかなー、と少し気になりましてね。」
「どんなって・・・何も特別な事はしてねえぞ。一緒に食いもん探したり、段幕の練習したり・・・」
「ふむ・・・」
文は煮え切らない声を出して黙りこむ。気にかかるその態度につい質問が出る。
「どうかしたか?」
「うーん、さっきの質問とは直接関係無いんですが。」
「うん。」
「リザさんは三日前に幻想郷に来たんですよね?」
「ああ、そろそろ四日目かも知れんが、ソイツがどうした?」
何の気もなしに相づちを打っていたが、文は急に黙りこむ。どうやら何か考え込んでいるようで、微かに唸り声が聞こえる。その状態が数十秒続いた後、文はゆっくりと口を開く。
「・・・貴女が来た日、大きな嵐があったのを知っていますか?」
「嵐?」
あの目覚めた日の事を思い出す。しかし、そんな記憶はついぞ無い。寧ろ寝るときには綺麗な星空が出ていた位だ。
「いや、知らないぞ。」
「そうですか・・・」
文は再度宙を睨んで唸る。それがどうした、と言いかけたオレの言葉を遮り、文が話し出す。
「その日、朝から夕方にかけて嵐が鳴り止まなかったんです。豪雨に強風、雷まですごい有り様でしたよ。」
「へえ。」
「そして・・!」
珍しくもない気象情報から、一転文の語気が強まる。一応耳を傾けると、その耳に障るような勢いで文は声をあげた。
「その嵐のなかで私は見たんです!"龍"を・・・!」
「龍?」
急に突飛な話になりオレが眉を潜めていると、文は途端にハイペースで物語の語り部のように強弱を付けて語り始める。
「そう!あれは私があまりの雨足にカーテンを閉めようと窓に近付いた、正にその時でした。ピカッ!と雷の閃光が走った瞬間、雷雲の中に空を跨ぐほど巨大な龍の影が浮かび上がったのです!ほんの一時でしたが、あれは見間違いなどではありません。龍神の姿です!」
「・・・・・・」
文の語りが終わったのを見計らって、とりあえず話を合わせる。
「・・・本当か?その話。」
「本当ですよ!私はこの目ではっきり見ました。」
キラキラした目を押し付けてくる。いや、そんな力説されても映像は甦って来ないって・・・
「いや、その・・・何か証拠は?お得意の写真とかさ・・・」
「え、あー・・・」
しらけた顔をしながらの問いに文は途端に目をぱちくりさせる。二、三度頭をかいて苦笑いしながら、かつ目は宙をさ迷い、文は答えた。
「いやー、それが、カメラを手に取った時にはもう・・・」
「悪いが、眉唾だな・・・」
とてもじゃないが信じられない。そんな態度を感じ取ったか、文はムスッと口を尖らせる。そして苦笑いしながら売り込みをするような調子で捲し立てる。
「で、でも龍神がいるのは本当ですよ!幻想郷じゃ有名です!」
「・・・有名なら、騒ぐことないだろ。」
「貴女が来たその日の出来事ですよ!」
「タイミングだけでそんな『物凄い情報』みたいに語られてもなぁ・・・」
「うぅ・・・」
素直に驚く事もできず相づちを打っていると、とうとう文はいじけたような声を残して黙りこんでしまう。さすがに気の毒に感じて声をかけてみる。
「あ、文すまん。上手い返しがどうにも思い付かず・・・」
「・・・考えなきゃお世辞も言えませんよねー分かる分かる。」
「きょ、キョーミアルナーアヤサンノオハナシー・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙がその場にのし掛かる。ああ、こんな時どうすればいいんだろう。背中で寝息を立てるルーミアが恨めしいが、勤めて気にせず少ない脳みそをフル回転。舌で転がした言葉は苦手だ。何とか本音の部分で文の機嫌を直さねば。
「や・・その・・」
今までの事を思い出す。何かポジティブな材料は無いだろうか。たった三、四日だか゛・・・
「・・・ほら、オレ、紫とかにもよく分からん事とか、ムカつく事とか言われたけどさ・・・」
言いながらアイツの顔が脳裏に甦る。思わず舌打ちしそうになるが堪え、言葉をついだ。
「考えてみれば、そういうあやふやなモンが後々役に立ったりするんじゃねーかな、いや、多分する!」
最後の言葉は正直希望的観測だが、それが幸いしたのか文の気配が少し明るくなる。
「・・・そうですかね?」
「そうさ!オレも藁をも掴む現状だったのを忘れてた!すまん!」
踏ん張りどころとみて間髪入れずに詫びを入れる。大袈裟かも知れないが贅沢言ってる場合じゃないのも事実なのだ。謝る必要があるかどうかは時と場合にもよる、と哲学を発見した瞬間でもあった。
「ですよにぇー、えへへ・・・」
鼻の下を伸ばしたような照れた笑い。どうやら機嫌は直ってくれたらしい。
「・・・ん?」
ほっとした拍子に、ある事に気づく。空気を変えるのにも良いと思い、文に質問を投げ掛ける。
「なあ文、何か暗くないか。」
「えー・・あんな事言っておいてわざわざ聞くんですかー・・」
「違う違う、視覚的な意味で!」
また蒸し返されては堪らんと慌てて突っ込む。というのも、話していたときは気付かなかったが、飛び込んでからこっち大層深くまで来たのか、既に互いの顔もほぼ見えずに声と気配だけで対話している状態であった。文も気づいたように「あやや」と声をあげる。
「本当だ、参りましたねー。リザさーん、ここか?ここか?いやこっちの方が良いかな?」
「うわったっやめろ、やめい!」
文は疑問形な割にはやけに的確にオレの顔を団扇で叩いてきた。微かだが嬉しそうに「むふふー」と笑う声も聞こえる。・・こいつ、わざとやってやがるな。
「このっ!・・あいだっ!」
お返しに蹴りを放ったが、その足は掠りもせず岩壁に当たり、小指に鋭い痛みが走る。
「あたたた・・っ!」
「冗談はこの辺にして、真面目にどうしましょうかね?」
「やっぱ冗談かよ!」
笑いを噛み殺した文の口調に、恐らく顔も例のにやけ面に戻っているだろうと想像しながら叫ぶ。というか小指痛い。裸足だから本当に痛い。
「妖力で火を灯し続けるのは疲れますし・・」
「ふむ・・・」
未だに底が見えない真下を見ながら考える。この真っ暗闇からして灯りがないのは危険だろう。
「あ」
ふと頭に妙案が浮かぶ。最も"オレにとっては"だが。
「あや、あの時の新聞持っているか?」
「へ?ええ。あの見本紙なら・・・」
文が手探りで新聞を渡してくる。此方が受け取ったところで、怪訝な口調で尋ねてくる。
「こんな所で読むんですか?」
「いや、違う・・・」
実行間際になって躊躇したが、モタモタするのも好かない。ふっ、と一息。新聞が良い具合に松明になる。
「あ゛ーーーっ!!」
途端に響く文の金切り声。洞穴の壁に反響し、わんわんと耳鳴りを起こさせる。
「うるさいな、ルーミアが起きるだろ。」
「私の新聞!何て事してくれやがるんですか!」
「火元がないんだ。しょーがねーだろ・・・」
「私の・・私の記事ぃ・・・」
ワナワナしながら叫ばれるとどうしても投げ槍な受け答えになってしまう。涙目になってブツブツ言っている文を数分は放って置いたが、とうとう溜め息をついてそろそろ行こう、と引っ張って行こうとした。その時。
「ふふ・・・良い匂い・・・」
「ん?」
背後から聞き覚えのない声がした。何気無く振り返る。
「恨みと憎しみを溜め込んだ、濃厚な甘い匂いだぁ・・・」
「わああっ!」
いつの間に現れたのか、松明の灯りに照らされて金髪を団子に結んだ少女が不気味な笑みを浮かべていた。腰を抜かして飛び退くと同時に、背中越しに別の声がする。
「釣瓶降ろそか〜・・・」
「ひゃああっ!」
甲高い幼女の声と、文の素っ頓狂な悲鳴。直後にどすん、と背中がぶつかる。
「あいたたた・・・」
「っつ〜・・・ルーミア、は・・・寝てるか。」
「私の心配は!?」
文の声は取り敢えず無視し、背中に挟まれたルーミアの無事を確認。改めて松明を先程の少女に向ける。茶色く六つのボタンにふっくらしたスカートを穿いたそいつは、怪しく光る目で此方の慌てる様子を愉快そうに見つめてくる。
「誰だお前は!」
「地獄からの使者、すぱいだーま・・・じゃなくて、・・ん?」
「・・・?」
ノリノリの名乗りを中断し、わざとらしく咳払いして仕切り直そうとする。しかし、途中で首を傾げてオレの背後を覗き込みだした。オレの怪訝な眼も気にせず凝らしていたその目を、次の瞬間パッと輝かせる。
「なんだ、何時かのブン屋さんじゃないか!久々だねえ!」
「あ・・ヤマメさん、どうも。」
「・・・知り合い?」
文が恐々としながらも笑顔で応じるのを見て、少し警戒を解く。するとヤマメと呼ばれた少女は気さくな笑みを浮かべて話しかけてくる。
「文とは何度か写真を撮られた仲でね。私は黒谷(くろたに) ヤマメ。土蜘蛛の妖怪さ。お前さんは?」
明るい顔で自己紹介を求めてくるヤマメ。さっきの悪人面はジョークだったのか。取り敢えず気を取り直し、名乗っておく。
「リザ。幻想郷じゃ新参だ。・・・少しその、訳ありで来た。よろしく。」
握手しようと思ったが、片手は松明、もう片方は背負ったルーミアを支えるのに使っていたので、一先ず松明は口にくわえて手を差し出した。笑われた。
「・・・笑うな。」
「くくっ・・・いやごめん。よろしく」
ヤマメは吹き出しながらも手をとってくれたが、未だにもう片方の手で口許を押さえ堪えている。もう知るかとさっさともう片方への挨拶を済まそうと振り返る、が。
「おろ?」
文の傍にいたであろうそいつは見当たらず、そわそわした様子の文がポツンと一人。辺りを松明で照らしてもそれらしき影はない。
「文、もう一人は?」
「・・・・・・」
文が視線を微かに上に移動させる。一体なんだ、と一拍置いて此方も上を見ようとした時・・・
「どーーーん!」
「ぎゃふっ!」
先程の幼女の声と共に、上方から頭に物凄い衝撃がした。固く乾いた、木の感触。
「な、何だ・・・?」
「いえーい!」
「い、いえーい・・・」
クラクラする視界のなかで頭の上辺りから伸びているらしい小さな手と苦笑いの文がハイタッチしている。その小さな手の正体を確かめようと、頭の上の重みを忌々しく思いながら上方を睨む。
「へへー。」
頭の上には桶があった。小さい子供なら入れそうな、大きな桶。そこから一人の幼女が身をのりだし、オレを見て微笑んでいた。白い簡素な浴衣に緑髪の大きなツインテールが目を引く。
「そいつはキスメ。仲良くしてやってよ。」
「よろしくー。」
ヤマメの紹介に合わせてニッコリ歯を覗かせるキスメ。どうにもいたずらっ子のようで憮然となりかけたが、まあルーミアの初対面も割かしとんでもないか、と思い直す。すると、キスメはオレが返事をしないうちに桶の中で振り返って背中のルーミアを覗き込んだ。
「・・・この子は?」
「ああ、ルーミアだよ。オレの・・・なんだ、相棒?」
「ふーん・・・」
キスメはそれきり黙りこんでルーミアをまじまじと見つめている。見ることは叶わないが、一体どんな表情をしているのだろう。もし本人がよければ、ルーミアの遊び相手でも頼もうか。
「・・・子供って柔らかくて美味しいんだよなあ・・・ふふ。」
「っ!」
キスメがそう言って笑った瞬間、オレは頭を振ってキスメを振り落としていた。何故か振り子のような軌跡を描き、文の顔面に直撃する。
「にがうっ!」
「お前な、冗談も程ほどにしとけ!」
自分でも驚く位の大声をあげていた。キスメは振り返るや呆気にとられた顔になり、文と同じように涙まで滲ませる。しばらくその顔を睨んで幾分か気分が沈みだした頃、ヤマメが肩を掴んでくる。
「ちょ、ちょいと落ち着いとくれよ。そこまで怒る事無いじゃないか。」
振り返ると、暗い中でも慣れれば分かる程度に弱った顔をしたヤマメがいた。同時に首筋を汗が伝い、興奮していた自分に気づく。
「・・・文、オレそんな怖い顔してたか?」
「・・・あ、明かりでそう見えたんでしょう。」
文が言いにくそうに答える。未だに怯えているキスメがちょいと気の毒だ。
「そ、そういえばヤマメさん、少し頼みがあるのですが・・・」
「ん?」
空気を変えるかのように、文が前に進み出た。
―
「ほら、こっちこっち。」
ヤマメについていった先は、洞窟が開けて長い橋を越えての長屋の一角。文が寝泊まり出来る場所はないか、と尋ねたのだ。
一度『夜遅くだし、無理ならば良い』とオレは言った。野宿の経験もあり、あの怒鳴り付けてしまった時以来、キスメはオレから如何にも離れたそうにしていたのだ。しかしその時、ヤマメはキッと真剣な顔つきに変わり言った。
『地底で野宿なんて、チンパンの檻に褌一丁で突っ込むようなものだよ』
・・・らしい。とにかくやめた方が良いとの事。
ともあれ、ヤマメは一軒の戸の前に立つと遠慮せずに戸を叩く。
「パルスィや〜い、もしもーし。」
しばらくしつこいくらいに呼び掛けていると、ガラリと乱暴に扉を開けて機嫌の悪そうな顔の少女が登場する。白い浴衣に黄金色の髪、そしてきつく鋭い緑の目が印象的だ。
「・・なによ。こんな夜中に。」
「さっき流れ者を拾ってね。宿を貸してあげてよ。」
「・・・あ、リザだ。はじめまして。」
パルスィとやらの苛ついた声も意に介さず、ヤマメはこちらを親指で指して図々しい要求をする。慌てて頭を下げたが見下ろす表情は険しい。
「何で私の家に?」
「だってお前さん、普段から滅多に来客も用事もありゃしないだろ?どーせ暇を持て余し・・・」
パルスィがギロリとヤマメを睨む。ヤマメはひゃ、とおどけてオレの後ろに隠れた。振り返ると、更にキスメがヤマメにくっついてオレを睨んでいる。おいおい、今さっきあった二人からそんな視線で挟まれるって、結構辛いぞ。
「・・・つぅか、」
ふとパルスィが文に視線を移す。文はピクンと肩を震わせる。
「アンタは何で来たのよ。鴉天狗。」
「い、いやあ、取材対象についていきたい一心で、つい・・・」
「・・・居心地悪そうね。」
「あ、分かっちゃいます?」
何やら文は地底が苦手らしい。苦笑いする文を見て、パルスィが溜め息をつく。
「分かった。もう寝るだけだけど、それで良いなら。」
「さ、サンキュ!」
此方のお礼が聞こえているのかいないのか、パルスィは踵を返して家の中に引っ込んでしまう。ヤマメたちを振り返ると、既に二人とももと来た道を帰り出していた。
「ヤマメ達もありがとな!世話になった!」
「気にするない、じゃね!」
ヤマメはけらけらと笑う。頑張って手を振り続けるとキスメも少しだけ手を振ってくれた。
「ちょっと、この時間に大声出さないでよ。」
「う、すまん。」
パルスィは「全く・・・」と呟き、さっさと布団に入ってしまった。文は既に押し入れから布団を引っ張り出している。
「あや、リザさん、どうやらお客さん用の布団は一枚だけみたいですよ。」
「え?」
確かに文が持っている敷き布団以外に押し入れは空っぽだった。しかも新品同様。どうやら本当に客には縁が無いらしい。
「参りましたねー。」
「しゃーない、オレは毛布だけで寝るから、文はそれ使えよ。」
「え?いいんですか?」
「ああ、ルーミアだけ入れてやってくれ。」
起こさないようにそっと文にルーミアを預けると、文は言われた通り布団を敷く。オレは余った毛布を出した。
「それじゃ、おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
皆が体を横たえたきり、部屋は光も音もなくなる。何となくやり場のなさを感じごろりと仰向けになる。
(・・・いつか役に立つ情報、か・・・)
文の言った龍の話が頭に浮かんだ。オレが目を覚ます少し前だという話。
文と会ったときのあの感覚。何度か見た夢。放心する癖。紫たちの奇行。
パズルのピースが全てバラバラに散らばっているみたいだ。あやふやな漠然としたものがいつか、はっきりとした形をなすのだろうか。それは一体、どんな―
天井の木目が夢に出てきた死人のように見えてきたところで、今夜はよく眠れますようにと布団で視界を塞いだ。
リザの悩みはある意味、私の悩みでもあります。即ち伏線回収が上手くいくかと(ry