「ふう〜」
体がジンワリと暖かい。戦いの後には特に安らぎは格別である。
今いるのは地霊殿の経営する温泉。屋敷内と同じようにとても広く、オレの他にルーミア、勇儀、さとりにこいし、お燐、お空、果てはヤマメとキスメにパルスィまで皆が同じ湯に浸かっている。しかも今夜は特別にタダで貸しきりという大盤振る舞いである。
親しい仲とはいえ、商売の施設としてどうなのか、と野暮ながら聞いてみたが、
『リザさんの興行収入でお釣りが来ますよ。お祭りや遊びにかけてはオケラになって憚らない連中だらけなんですから。』
と蛇のような笑みを浮かべた。能力を抜きにしても敵に回したくない輩だ。
とはいえ、オレは恨まれる覚えなど欠片もないので、素直に心地よさに肩まで浸かっておくとしよう。
「ねえリザ。」
「ん?」
ルーミアがパシャパシャと泳いでくる。火照った頬が可愛らしい。
「えーとね。」
「何だよ。」
「勝利、おめでとう。」
「それさっきも聞いたよ。」
勇儀との試合が終わって、観戦していたルーミアが駆け寄ってきてから何度目かの台詞。よっぽどあの時の姿が印象的だったか。
「だってあんな格好良いの初めてだもん!あんな軽業みたいなすぱーっとした動きで、思いっきり決めたんだもん。それまでも興奮の連続!」
「はは、今までは格好良くなかったか。」
ルーミアのあまりに興奮した話しぶりに、わざとからかってみる。無論真面目に問いかけたつもりはない。
が、ルーミアはふと言葉に詰まり、困ったように目を逸らした。
「・・・ルーミア?」
何か不味い事言ったか、と戸惑っていると、ルーミアはへへ、と声だけで笑うと、首もとまで湯に体を沈め、言いにくそうに答えた。
「・・だってさ・・リザ、今までちょっと怖い事あったし。」
「・・あ・・」
そうだ。文の時しかり、不意に襲ってくる衝動。勇儀との戦いで感じたような、技術をぶつけ合う悦びとは違う、容易く一線を越えてしまいそうなあの感覚。
ルーミアも心の隅では怖がっている、かも知れない。
「・・・・・」
「あ、リザが嫌いなんじゃないよ。怖いってのは、その・・・」
慌てて言い足そうとするルーミア。その頭をそっと撫でてやる。
「リザ・・・」
「分かってる。ありがとう。」
表情で十分伝わるものだ。それより、その申し訳なさそうな顔をいつまでもさせたくはなかった。暫くして、ルーミアが照れ臭そうな笑みを浮かべ出した時。
「嫌だって!アタイもう出るよ!」
洗い場の方角から悲鳴が聞こえた。見ると、勇儀たちが湯船の縁に寄り集まり、湯船から出てすぐそばの場所でお燐が縮こまっている。
「そう言わないの。気持ちいいってば。入りなよ。」
「だってアタイ猫だもん!体洗うので限界なんだって!」
「つれないねぇ。ほら、お空も文だってゆっくり付き合ってくれてるじゃないか。鴉の癖に。」
「・・・・・・」
嫌がるお燐を、勇儀やお空は寄ってたかって湯船に引っ張り込もうとする。文は手伝いながらも沈んだ顔だった。いつだったか、『皮膚感覚が倫理を云々』なんて文が酔っぱらってボヤいていたが、いざその場の雰囲気、ノリの犠牲になるお燐や文を見ると同情を禁じ得ない。
「ってぎにゃあ!?こいし様いつの間に、てか押さないで!」
「私も入れてー。」
「あ、おい!」
止める間もなくルーミアは嬉々としてその輪に飛び込んでいく。程なくして、人一人分の大きな音と水飛沫、そして絹を裂くような高い悲鳴が響いた。
―
「乾杯!」
入浴後、遅めの夕食を兼ねて大広間で宴会をする事になった。テーブルには鯛やヒラメの刺身に七面鳥の丸焼きだの伊勢海老が中央に鎮座したオードブルだの見たことも無いような料理が並べられた。思えばルーミアの食事は料理とは言い難かったわけで・・・
あれ、そういやレミリアの所ではこんなの出なかったな。なんか意外・・・まあいいか。
「ねえ、リザは海老フライの尻尾残す人?」
「いや、食ったの自体初めてだけど・・・うん、結構ウマイな。」
ルーミアが何やら期待に満ちた瞳で問いかけてくる。二匹めの海老フライを眺めながら取り敢えず普通に答えたが、相手は何も言わずニコニコと首を傾げる。
「・・・何だよ。」
「尻尾、要らないなら頂戴?」
「食いたいのかよ!?」
人の食べ残し(言い方悪いけど。)を欲しがっている事にずっこけると、ルーミアはぷぅっと頬を膨らませる。
「何よー良いじゃん!ゴミも出なくてWinーWinじゃない!」
「いや、そういう問題じゃなくて、みっともないぞ。・・大体、オレの尻尾やら海老の尻尾やら、尻尾マニアかお前は。」
カクカクと肩を揺らされながら呆れる。仕方なしに、海老フライを後腐れなく丸呑みした。
「あー!」
「ふぐっ。」
ルーミアが失望の声をあげる。その拍子に海老フライが喉の奥へと滑り込んだ。
「まだ話終わって無いのに!出して、出しなさい!」
「ちょ、ま、喉づまった・・んぐっ。」
慌てて呑み込もうとすると、行き先のお腹をルーミアが叩いてくる。海老が体の中で跳ねて衣や尻尾が喉に引っ掛かる。
「けほ、やめ、ホント苦し・・!」
とうとうルーミアを突き離そうとした時。
「ルーミアちゃん、飲んでるー!?」
「ふわっ!」
酔っぱらって顔を赤らめたお空が、ルーミアの背中から抱きついた。その隙につまった喉を何とかしようと水を探す。
すると、傍らに丁度良く水の入ったコップが。
「・・これは・・」
「多分こいしです。」
いつの間にか隣にいたさとりが教えてくれる。
「っしゃ!」
さっさとこの異物感を消し去りたく、コップを引っ掴んでイッキ飲みする。
途端に、喉からお腹にかけて燃えるような熱が走る。
「っこ、これ・・酒!?キッツ!」
「確実にこいしです。」
「こんちきしょう!」
咳き込みながら悪態をつく。涙目でかぶりを振っていると、今度は背中に誰かがしなだれかかってくる感覚。
「誰だ・・っ!?」
顔をしかめて振り返ると、次の瞬間息を飲んだ。背中には、体は骨が抜けたかと思うほど頼りなく、顔つきは顔面蒼白というか青いんだか白いんだかはたまた赤いのか訳が分からないほど生気の抜けた文がもたれ掛かっていた。
「・・ど、どうした?」
「ゆうぎしゃんが・・」
文が震える手で指差す方向を見ると、勇儀にヤマメ、キスメ、パルスィなどが真っ赤な顔で酒をあおっている。恐らくアレに付き合わされたのだろう。
「・・・断れなかったんだろ?分かるよ。」
「ありゅはらのごんげでしゅよ。すてりぇおたいぷでふよ。ひっく。」
回らない呂律でうわ言のように文句を垂れる文。仕方なしに黙って頷いていると、文は更に体を預けてきた。
ルーミアの方に目を移すと、相変わらずお空に抱っこされながらお燐にもじゃれつかれている。ったく、何が悲しゅうて背丈の近いコイツに膝枕などせにゃならんのか・・・
文は相変わらず不明瞭な愚痴を言い続けていたが、返答しても仕方ないと思うので敢えて無視。ボンヤリとルーミアの愛でられる光景を眺めていた。
「ねえ、ルーミアちゃん。」
「・・・何?」
「私の事好き?」
ルーミアをホールドしたまま尋ねるお空に、ルーミアは仏頂面で黙り込み、腕と胸に挟まれながら身を捩る。嫌がっているような照れているような、そんな微妙な表情だ。後ろ手に抱いているお空はそれが見えないのか喜色満面。お燐はやれやれと笑っている。
「んー・・・」
ルーミアは唸りながら首を捻る。お空は望む返事を待って頬を染めている。
「ちょっと、嫌い・・・」
その瞬間、お空の表情が180°ひっくり返る。あんだけ暑苦しく抱擁していたせいだろうか。
ただ、ルーミアは歯切れが悪そうながらも言葉をついだ。
「・・な所もある、かも。」
「へ?」
お空は涙目になりながら不安そうに首を傾げた。ルーミアは上手い言葉が見つからないのか途切れ途切れになりながらも、お空に向けて笑顔で話し出す。
「なんか・・嫌だなー、て思ったりする事って、誰だってありそうだけど・・・お空は好きだよ。
こうされてあったかいのは、本当だもん。」
「良くわかんないけど・・・『好き』ってことで良いの?」
「・・・良いんじゃない?・・うぎゅっ!」
ルーミアが答えた瞬間、お空はさっきにもまして強くルーミアを抱き締めた。ルーミアの表情が一気に苦悶へと変わる。
「お空、絞めすぎだって。」
「ふぇ?」
「く、苦しい・・」
三人の微笑ましい光景に胸が暖かくなる。同時に心の中で、何かがストンと収まったような気がした。
「なあ・・文。」
文が聞ける状態かは分からない。寧ろ自分で確認するかのように、ポツリ、ポツリと口から言葉が流れ出た。
「・・オレ、近い内に地底を出ようと思う。
紫達が何してくるか分からねーけど・・オレ達を引き離そうとした、訳も聞かなきゃならねえ。
ソイツがどんなにどうしようもないモンでも・・どうにかしなきゃならないんだ。
・・ルーミアと居たいのは、やっぱり本当だから。」
・・自分で言い終わってから、恥ずかしくなった。普段の文ならしつこく絡んでくるだろう。まあ今は酔っぱらっているが・・
「・・・・・」
「・・・文?」
あまりになにも言わないので、逆に心配になった。眠ったのだろうか、などと考えながら目線を下に向ける。
するとそこには。
「う・・ぷ・・」
「げっ!」
苦悶の表情を浮かべ、両手で口許を押さえる文。慌ててキョロキョロと辺りを探す。
「ちょい、誰か洗面器・・・ってあった!?」
「恐らくこいしです。」
「ナイス!」
「・・・・・・」
◆
「・・・ようやく眠りましたね。」
夜も更けた頃、私以外が寝静まる部屋の中で、一人ため息をつく。宴会のあと唯一素面な私が後片付けをするのが何時もの決まりだ。
だが、今回は違う。滅多に酔い潰れない勇儀さんがあっさりと眠ったのがその証拠。
「・・・よっ、と。」
スヤスヤと丸まっているルーミアちゃんを抱え、私は部屋を出る。廊下を挟んで寝室があるが、運ぶのはそこではない。廊下を渡り、応接間へ。扉を開けると、二人の影が立っている。
「来たわね。さとり。」
「電気くらい付けたらどうですか。」
「万が一明かりが漏れたら不味いからね。それより、不備はない?」
相変わらずの冷たい口調。心を覗いてすら可愛いげが見えた事はほとんど無い。
手探りでルーミアちゃんをソファーに寝かせ、二人に向き直る。
「・・・大丈夫です。イベントが終わって気が緩んでいましたし、貸しきりにしたので極力部外者は排除しています。」
「・・・他の方々はどうしています?」
「酒に眠り薬を混ぜました。暫くは目覚めません。」
もう一人の軽い声。相方と比べて親しみやすいように見えるが、その実考え方が極端でとっつきにくい。とにかく二人と対峙する今の時間は長引かせたくない。
「じゃ、さっさと帰りましょうか。」
「え、もうですか?」
「おや、貴女も心が読めたのですか?」
気が緩み、ついからかいの文句が飛び出してしまう。相手は起こるでもなしに気だるそうに言った。
「・・・雰囲気でわかるのよ。」
・・・相変わらず勘のいい人だ。とにかく別れの挨拶くらいはしておこう。
「・・・ごきげんよう。
博麗 霊夢さん。
東風谷 早苗(こちや さなえ)さん。」