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「貴女方がこの子を連れていけば、後は私が何とかします。」
「任せるわ。」
そっけない返事をして霊夢がルーミアちゃんを抱えあげる。すると、早苗がヒョイと覗き込んで、呟いた。
「・・でも、少し可哀想な気もしますね・・」
憐れみや見下しでない、素直な言い方をする"風祝"、東風谷 早苗。霊夢とは経験値が違うとはいえ、高い才能に恵まれた彼女。それは鮮やかな緑色のロングヘアーやら蛙に蛇のアクセサリだの見た目にもある意味現れている。だが情けや戸惑いが抜けきらず、はたまた時にやり過ぎてしまう彼女は、やはりシステムという観点からすれば未熟だ。
「たまに会う程度なら、問題はないでしょう。今度また地底のお祭りの時にでも・・」
早苗のしんみりした口調に、少しフォローを入れる。離れ離れになる二人の事からすればこんな同情は余計なお世話だろうが、何も言わないよりは、気が紛れる。
「今長話なんてしないで頂戴。行くわよ。」
「あ・・はい。」
霊夢の刺々しい声。その声で嫌が応にも現実に引き戻され、空気は重苦しく変わる。そう。こんな話をする必要はない。早苗も霊夢に従って歩いていく。
そして、二人は窓から出ていった。
「・・・・・」
二人の影はあっという間に小さくなる。ルーミアちゃんも同じく離れていく。リザさんが目覚めたら、話さねばなるまい。私が霊夢達に協力した事も、霊夢に聞かされた『本当の事』も。
勿論すんなり納得はしないだろう。暴れるかもしれない。しかし分からせなくてはならない。場合によってはトラウマを呼び起こし、その"過去"を直視させてでも。そこまでの事なのだ。
この地底でなら幻想郷に話が広まらない確率も高い。地霊殿の中で真実を知るこの私が役目を負うべきなのだ。
「ふぅー・・・」
ため息が漏れる。これからの事を考えると、どうにも憂鬱だ。リザさんはもとより、文さん、こいしにお燐やお空などもルーミアちゃんを慕っていた。仲間にうるさいあの勇義さんも黙ってはいないだろう。
しかし、そういう感情と秤にはかけられない問題なのだと、伝える必要がある。
・・・ともあれ、彼女らが目覚めるのはまだ先だ。それまでに心の整理をつけて―
「お姉ちゃん。」
不意に背後から囁かれた。思考に耽っていた頭が一気に引き戻され、反射的に振り返る。私をこう呼ぶのは一人しかいない。そう。そこにいたのは・・・
「・・・こいし。いつの間に。」
背後に佇む妹。迂闊だった。この子の行動が予測しにくいのは分かっていたはずなのに。打って変わって静まり返ったあの宴会場に騙されたか、全員お酒で眠ったと早とちりした。
「いつもみたいにブラブラしてたら、お姉ちゃんが何処かに歩いていくから、ついてきたの。」
こいしのどこか淡々とした声はいつも通りだった。しかし表情は違う。怪訝に、私をじっと見据えるそれは、今の状況に慣れたての暗闇も相まって背中に冷たいものを感じさせた。後ろ暗いものを私に覗かれる人間の気持ちが、今なら分かるような気がする。
「お姉ちゃん、何しているの?こんな場所に一人で。」
こいしが首を傾げた。核心をつく問いかけ。握った拳に汗が浮かぶ。
「・・・ルーミアちゃんを渡したの。霊夢と、早苗にね。」
「・・・・・・」
こいしは驚かない。やはり気づかれない状態で見ていたのだろう。
「どうして?」
静かな声が胸に刺さる。こいしが心を読めないのが恨めしく思えた。代わりに真っ直ぐ見据える瞳で、己の口から事実を語れと要求してくる。だから、自然と目を逸らした。
「・・・後で話すわ。」
「ダメ!今話して!」
強い口調になり、こいしが一歩踏み出す。はぐらかされる事を恐れてだろう。答えを欲しがって焦る人間の行動だ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
心を覗かずとも、こいしが苛立っているのが見てとれた。裏を返せば、私を信じてくれているのだろう。すぐにでも友達を探しに行きたいだろうに、私が答えるのを待っている。
「・・・はあ。」
仕方がない。訳を話そう。到底すぐには信じてもらえないだろうが、少しずつ話していくしかない。その積もりは無くとも長くなるだろうし、計画にも支障はあるまい。
「・・・こいし、あの子達はね。」
「・・・うん。」
「・・・お互い、そばに居るべきじゃないのよ。」
こいしの眉が怪訝そうに歪む。
「それはルーミアに聞いたよ。訳も話してくれなかったみたいだけど。」
「ええ、地上で話すのはリスクが大きいと踏んだのでしょう。」
私が事も無げに頷いたのを見てか、こいしの目が鋭く光る。
「・・・だったら、ここでは話せるの。」
「ええ、先程言ったでしょう。後で話す、と。」
目を逸らしたままの私に、こいしがとうとう食って掛かる。
「だったら!何でこんなこっそり連れていくような真似したのよ!
理由を話して、納得してもらえばいいじゃない!」
珍しくいきり立つこいし。もっともな言い分だった。出来れば私もそうしたかったのだ。しかし。
「・・・一刻を争う自体だったのよ。機を窺うので精一杯で。」
私が目を見ながら言うと、こいしの怒りがやや削がれる。少なくとも嘘をついていないのは感じ取って貰えたようだ。が、いまだ不可解な色は消えない。
「・・・そんなに急がなきゃならなかったの?」
「ええ。」
「あの二人、普通に仲良くしてたよ?何が大変だったの?」
「・・・何があってからでは、遅いのよ。」
事実ではあった。しかし、仲良くしていれば問題ないとも言える言い方だ。
「それに・・・」
本当は、寧ろ・・・
「とてつもない力を持つモノ同士は、惹かれ合う・・・」
「・・・?」
続きを聞き逃すまいと、こいしが詰め寄る。声を潜め、周囲に気を配りながら、私が肝心な事を話し出そうとした。
その時だ。
「きゃっ!」
突如巨大な轟音と共に館が揺れる。ソファが浮いて落ち、ドスンと鳴った。倒れそうになるこいしを支えた直後に、瓦礫の崩れる音が窓から入ってきた。
外壁が崩れたのか。
「何・・・!?」
窓の方に駆け寄ると、黒く大きい、翼をもった影が飛び出した。まさか・・
「こいし!貴女はここにいて!」
「やだ!私もいく!」
窓から飛び出した背中越しに、こいしが追ってきたのが分かった。しかし、止めている時間はない。あれがリザさんだとしたら。
以前、霊夢を介して紅魔館での情報が入ってきた。先程一瞬見えたものは、そこで聞いた姿に良く似ていた。
(・・・もしも、最早薬も意味を為さない程だとしたら・・・!)
見間違いであって欲しい。そう願いながら飛び続ける。果たして。
「・・・っ」
淡い希望は潰えた。目の前には、蝙蝠のような翼を生やし、蛇のような尾を持ち、鱗に包まれ、異様な雰囲気を放つ。
リザさんが、いた。
「な、何これ!」
こいしが呆気にとられたように叫ぶ。ただし、リザさんの姿だけではない。
「グウゥッ・・・」
「ああもう!何なのよコイツら!」
「鳥・・・?人間!?」
「キャハハハハ!」
甲高い笑い声が響くなか、とうに行ってしまった筈の霊夢に早苗が、リザさん共々足止めされている。
辺りを飛び交う、人間に鷹の翼が生えたような怪物、数十人に。何かの文献で見た翼の生えた女の化け物、『ハーピー』の挿し絵そのままだ。
「・・・え?えぇ?」
状況が飲み込めないのか、こいしは無意識を操る事もせず呆然としている。リザさんの事さえも知らないならば当然だ。とにかく、この子を巻き込まないようにしなければ。
「・・・こいし、下がって。」
こいしを庇いながら、周囲の奴等を観察する。よく見ればハーピーは皆同じ顔だった。長い金髪に猛禽類を思わせる黄金色の瞳。そして鋭い牙を覗かせながら口の端を吊り上げて笑っている。
「キャハハッ!ねえ、大人しく捕まってよ!お母さんが待ってるよ!」
(・・お母さん、か)
寄ってたかってリザさん達に襲いかかる彼女ら。少なくとも何かの目的があるようだ。しかし、一体・・
「はぁっ!」
「きゃあっ!」
霊夢の弾幕がハーピーに命中し、ハーピーは怯む。その隙に霊夢に早苗はルーミアちゃんを抱えて背を向けた。
「あっ!待てえ!」
ハーピー達の意識が一瞬にして逃げ足す霊夢達に向く。此方に気付かれる心配が無くなった隙に、私はハーピー達の心を読む。面と向かって詰問する気は無い。何者なのかを突き止めてやる。
―・・・
[あーもーメンドクサイ。アイツなんかネチネチ言いそうなんだよな。ったくあの女狐・・じゃない。]
ここだ、と能力を研ぎ澄ます。ルーミアちゃん達を狙う"お母さん"の正体を溢すかも知れない。
[せい・・・]
「っ!?」
その刹那。耳をつんざくような悲鳴が頭に鳴り響く。鷹のような金切り声にも似た、耳障りな音。何事かと顔をあげる。
「う・・・」
その光景に、思わず口を覆った。先程まで喧しく飛び回っていた数十人、羽?のハーピー達が、残らず全身を炎に覆われていた。翼は覆っていた羽を残らず剥ぎ取られ地肌を炎が舐め、美しい肢体は瞬く間にボロ炭となり、金髪はフワリと優雅に靡いていたのが嘘のように萎れて禿げ上がる。
「ひっ・・・!」
こいしが後ろで悲鳴をあげる。その間も、視界に映るものを認識し切れないでいる私の頭の中には、ハーピーの声にならない叫びが流れ続ける。
[イヤダ ナンデ
ア ツイ タスケテ ダれカ シヌ シんジャ ぅ
オカア サ]
「あっ・・・」
続きは聞けなかった。一閃、リザさんが火だるまのハーピーの群れの中を通りすぎた、その瞬間。
ハーピーだったモノは全て、泥団子が叩きつけられるようにくだけ散った。
視界を飛び散る残骸に邪魔されながら目を凝らすと、リザさんが背を丸め、牙を剥き、パキパキと音をたてて羽を怒張させるのが映った。
「グオオオオアアァッ!!」
次の瞬間、リザさんが一気に体を広げて宙を仰ぎ、空気が震えるのが肌で分かるほどの咆哮をあげる。今まで見てきた姿からは想像もできない、獣のような唸り声。
最早生物としての面影すら失った黒い欠片が降り注ぐ中で見る彼女は、まさに"怪物"だった。
「・・・・・・」
彼女が一つ身じろぎする。一瞬身を固くしたが、此方には目もくれずに踵を返し、上を睨むと視界から消える。そして、天井の岩が崩れ、ガラガラと瓦礫が降ってきたかと思うと、顔を庇う腕を下ろした頃には、彼女の姿はなく、天井に大穴が空いているのみだった。
「・・・天井を、突き破って・・・?」
「・・・何百階層あると思ったやら・・・」
暫くこいしとポカンとしていた。端と振り返る。
「こいし、怪我は?」
「ない・・ふぇど・・・」
なんだか変な声、と思ったら頬をつねっていた。数秒して離し、つねっていた手を見つめながら目をしばたかせる。
「夢じゃ・・ないんだね。」
「ええ・・」
信じがたい凄惨な光景、しかし、辺りに漂う髪を焼く臭いの混じった焦げ臭さが、嫌でも現実だと思い知らせていた。