トカゲ娘が幻想入り   作:ごぼう大臣

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さとりはため息、貴女はだぁれ?

 

「・・・さとりさん、今言った事は、本当で?」

 

「にわかに信じがたいねえ・・」

 

私の前で、ポカンとする文さんに腕組みする勇儀さん。隣には神妙な顔のこいし、周りには寝ぼけ眼の皆が眉をひそめている。

 

リザさんが飛び出して行った直後、こいしは後を追おうしたが、咄嗟に止めた。"不完全"な状態であの始末だ。妹に深入りなどさせられない。

かくして、皆の薬の効果が切れるまで待ち、本来リザさんを交えて話すつもりだった事を打ち明けたのだ。

 

「私はそんな姿、一度も・・」

 

「私も、こいしと一緒に見た片鱗が最初で最後です。

・・しかし、霊夢さんの話には嘘はありませんでした。」

 

「だとしたら途方もない話だね。」

 

文さんと勇儀さんは首を傾げながらも疑ってはこなかった。勇儀さんは最初こそ怒りを浮かべていたものの段々と勢いを失っていった。事の重大さのせいだろう。

 

「でも何?このまま手を出さなければ丸く収まるっての?」

 

こいしが口を挟んでくる。その渋い表情を見ても大丈夫だと頷きたかったが、悲しいかな言葉に詰まってしまう。こいしが更に詰め寄ってきた。

 

「・・リザが出ていったのが、不味かった?」

 

いくらか心配の色が混じっていた。私は思わず額を摘まんでため息をついてしまう。

 

「どうしたんです?」

 

「それもあるけど、最悪の場合・・」

 

文が無理に笑みを作りながら問いかけてくる。私はわざわざ顔を向ける余裕を持てなかった。焦燥感とそれから来る頭痛が止まらない。

 

「・・リザさんが行く行かない関係なしに、トラブルが起きる可能性さえあった・・なのに・・」

 

そう。心配の種が増えたのだ。

 

もし、もしも最初に、あの二人が・・・

 

強大な力を持った"二人"が出会わなければ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―暗い。

 

目の前が。

 

いや、正確には違う。小さな光がチカチカと、思い出したように灯る。

 

ああ、瞼の裏を"見て"いるんだ。この体を介して見えるようになった、ありふれたもの。

あの頃、見るもの全て闇に包まれ、色も、形も、うごめく様々なもの達も一欠片の価値すら感じられなかった時代を思い出すと、俄然面白く見えてくるのだ。

この私を縛る、闇にまみれ、有象無象を黒く塗り潰す性を抑えるこの鎖が、有り難く思えてくる。

この瞼を開くだけで、色とりどりの、有形無形の、寒暖冷温様々な世界が広がるのだ。毎日違うものを映してみたいと思うような、そんな瞬間を作るそれが、今では羨ましい。

奴との、顔も名も知らない、されど秘めている大きさだけは匂わせているあの輩との喧騒は、それを越えてくれるのだろうか。

 

「・・・ろ」

 

―・・・おっと、今はここまでか。

 

「おい!起きろ!」

 

「ふわっ!」

 

 

 

・・・あれ、

 

私、何してたっけ。

 

「やっと起きたか。」

 

ああそうだ。地底で宴会して、そのまま・・・眠ったのかな?

 

じゃあ・・ここは地霊殿・・?

 

「あの、私達が分かります?」

 

「んー・・」

 

あれ、何でだろ。知らない部屋だ。それに、何故か動けない。しかもいるはずない人達がまじまじと見つめてくる。

 

「・・早苗?」

 

「あ、やっと返事した。」

 

目の前で手を振ってきた山の巫女さんが微笑む。その背中越しに、部屋にいる顔ぶれがやっとハッキリ認識できた。

 

「霊夢・・紫・・」

 

にわかに体に緊張が走る。会いたくなかった連中な上に険しい顔つきをしている。っていうか、あれ、リザは!?

 

「私を無視しないでくれるか。」

 

横から口を挟んでくる誰か。首だけ回すと変な帽子を被り金髪で、大きな狐の尻尾を何本も生やした女性が睨んでいる。

 

「・・籃(らん)に・・」

 

尻尾の影からヒョッコリとこちらを見つめる、私とそう背の変わらない女の子。複数本の猫の尻尾に猫耳を生やしたあどけない顔だけ出して、似合わない真剣な面持ちだ。

 

「ご、ごめんね、大人しくして?」

 

「橙(ちぇん)。」

 

八雲 籃(やくも らん)と橙(ちぇん)。二人とも紫の式、手下の妖獣だ。

 

「さて、全員を認識してもらえた所で、そろそろ良いかしら。」

 

紫が扇子で口を隠しながら進み出る。その目は以前にも増して鋭い光が混じっている。本能的に逃れようと身を捩ると、腕に締め付けられるような痛みが走った。

 

「ちょい待って。」

 

顔が思わずひきつる。さっきから体の自由が効かないと思ったら、御札をベタベタ貼られて柱に縛られているではないか。寝ている間に何をされたんだ。

 

「私から聞きたい事がいっぱいあるんだけど。」

 

「それも含めて話すわ。黙って聞いてなさい。」

 

霊夢が気だるそうに命じてくる。反発しかけたけど、この状況では逆らえない。霊夢に紫だけでもまず勝てやしないのに、異変解決を担える早苗、紫の式の籃も九尾の狐の力を持つ実力派だ。橙は・・どうだろ。

 

「脅すなんて最低だね。」

 

「じゃあ、"お願い"。」

 

顔色一つ変えずに霊夢が言う。呆れと諦めで力が抜ける。口で何を言おうが、結局は無駄だ。そんな私を意に介さず籃が喋りだす。

 

「まず、リザはここには居ない。お前が寝ている間に引き離させてもらった。」

 

「そんな・・」

 

矢鱈と事務的な口調。した事は酷く姑息に思えるが、表情にも申し訳無さのようなものは見えてこない。早苗や橙との差を見るに経験が生きているんだろう。結構な事だ。

 

「どうやって?」

 

「答える必要はないわ。」

 

霊夢がつっけんどんに遮ってくる。見ると紫や籃達は伏し目がちにため息をついたり、眉に皺寄せて目を逸らしたりと歯切れが悪そうにしている。どういう意味だ、と口を開きかけた時、籃が二、三度頷き、低い声で言い放つ。

 

「そうだな。言う必要は・・いや、言わない方が良い。」

 

籃はこちらの気を知ってか知らずか、勝手に訳知り顔だ。

 

「それで、本題なんだけれど。」

 

紫が一歩進み出て、私の前に屈み込む。怪訝な顔をしていると、扇子を取り、急に真剣な顔になる。

 

「・・本当の事を話そうと思うわ。リザと、貴女の出自の秘密を。」

 

「・・・え?」

 

呆気に取られた。以前にべもなく撥ね付けられた、紫自身が「重すぎる」と言った事。今になって教えてくれるのか。恐る恐る周囲を窺うと、橙が微笑みかけてくる。

 

「・・・ここは籃様と私の家、迷い家(まよひが)。簡単に侵入は出来ないから、大丈夫。・・多分。」

 

何故か此方に安心させるかのように話してくる。いや、私は出来ればさっさと教えて欲しかったのであって、大丈夫なのはそっちの都合だろう。そう思わず突っ込みかけたが、すんでの所で止める。

 

「・・お願い。」

 

紫に向き直ると、紫は一度頷き、口を開く。

 

「少し昔の事になるわ・・。霊夢の前の巫女の時代・・」

 

霊夢の前・・。

 

少し引っ掛かった。そんな奴がいたんだ。って、霊夢はまだ若いし当たり前か・・

 

でも、そんな頃の記憶はない。まだ生まれてなかったんだっけ?だとしたら、なんでそんな時の話を・・

 

「待って下さい。紫様。」

 

籃の割り込むような声。不味い。上の空だったのがバレた?

 

しかし、そんな私の心配を他所に、籃の口からは予想だにしない言葉が飛び出した。

 

「・・提案なんですが、どうでしょう。

 

記憶を消す、というのは。」

 

「へ?」

 

意味が分からず戸惑っていると、紫が不愉快そうに眉を歪めた。

 

「・・どういう意味?籃。」

 

「言葉通りの意味です。あのトカゲ、リザとの記憶をまっさらに戻すんです。出来ないことは無いでしょう。」

 

リザとの記憶を・・消す?

何で?

 

「待って下さい!これから訳を理解してもらおうって時に、何を急に・・」

 

「そうですよ籃様!どうしちゃったんです!?」

 

早苗と橙が詰め寄る。籃は腕組みしながら平坦な声で言い返した。

 

「・・聞くが、話してどうする。」

 

「それは、理由を聞いて納得してもらって・・」

 

「違う。その先だ。」

 

籃が早苗を睨む。たじろぐ早苗の返答を待たずに籃は主張を続ける。

 

「納得してもらう、何についてだ?」

 

「それは・・」

 

「・・二人が今後近寄らない事、だろ?」

 

籃の確認するような声を聞いて、沸き上がった期待が沈んでいく。結局はそこに行き着くのか。他の皆も程度の差はあれ気まずそうにしているのを見ると、本当らしい。

 

「で、でも、何も知らせないで強要するよりは良いでしょう?」

 

「・・そもそも、元から関わりが無かった事にしてしまえば、強要も懇願もありゃしない。違うか?」

 

「そんな乱暴な・・!」

 

籃と言い争う早苗が、助けを求めて霊夢を見やる。しかし霊夢は暫し額を押さえ、ポツリと話すのみ。

 

「・・リスクから見れば妥当・・かもね。」

 

「霊夢さん!」

 

「会いたい気持ち自体を無くす・・か。確かに非道だけど・・・

二人がそう感じずに済む方法でもあるわね・・・」

 

紫までが宙を睨んで同調し出す。橙は頭を垂れて話に入れずにいる。周りが大人だらけでついていけないんだろう。

そして、俯いて口ごもっている早苗に、籃が語りかける。

 

「・・早苗、気が進まないのは分かる。だが、真実を話した所で"どうにもならない"って分かるだけだ。

・・それが一番残酷だろう。」

 

「・・・」

 

早苗が、二、三度瞬きし、頷いた、その瞬間。

 

胸の奥で、ガラスが割れるような音がした。

 

私に同情する気持ちは無くは無いんだろう。けど、結局私の気持ちは二の次なんだ。さっきも私が何も言わない間に物事を決めた。何も話さず、しかも私の友達の記憶を、勝手に無くしてしまうだなんて。

 

どうにかして逃げないと。

 

このまま良いようにされるなんてヤダ。

 

―・・・力を貸そうか?

 

・・・誰?

 

女の人の・・・だけが、頭に響く。知らない人だ。周りにはそれらしき人はいない。

 

―この状況、どうにかしたいか?

 

したいに決まってる。目覚めてから今までの態度、第一こんな時に身動き出来ないようにしておく時点で、私を何とも思っていないのが明白じゃないか。

 

―・・・本当に、良いんだな。

 

くどいよ。もうウンザリだ。誰だか知らないけど、早くしなきゃ取り返しがつかなくなる。

 

「ルーミア、すぐ済むから大人しく・・・うっ!?」

 

言いかけた籃が此方を向いて固まる。それに倣うように他の奴等も私を見て驚きの色を浮かべた。橙などは泡を吹きそうな程口をパクパクさせている。一体私がどんな姿をしているというのか。

 

まあ、どうでも良いや。

 

「ねえ・・・皆。」

 

―さあ・・・私を。

 

ビリ、と御札が破れる音がする。

 

「ここから・・・」

 

―"ここ"から・・・

 

 

バキリ、と柱が砕け、体が軽くなる。

 

あれ、私・・霊夢を見下ろしてる?

 

『出して。』

 

・・・良い、気分だ。

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