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何でこんな場所にいるんだろう。雨音がざあざあと煩い。いつの間にか地上の、何処かの森の近くにいた。
地底で宴会して、眠ってしまった辺りから記憶がない。なんだか必死に何かを追いかけて手を伸ばしていた、そんな抽象的な夢を見ていたような気がする。
それは別にどうでも良い。夢など元より意味が分からないもの。酔っ払ったなら笑い話で済む。だが、何故だろう。どうしてもそんな下らぬ事に思えない。胸騒ぎがする。頭がズキズキと痛む。
丁度紅魔館でフランと会った夜のような、幻想郷で初めて目を覚ました時のような奇怪な感覚が拭えず、それに突き動かされるように歩き続ける。眼には雨で濡れた髪が張り付き、どうするべきかの思考も纏まらない。ただこの泥のように纏わりつく不快感、胸の内に燻るやり場のない正体不明の苛々、寂寥感のようなモノを解消したいのかしたくないのか、気づいた時にはこの何故だか重たい足を、怠い体を、ぬかるむ地面も気にせずに引き摺っていた。
何時からそうしていたかは分からない。空が白み出した頃、その光のお陰か、森の中に横たわる誰かに気づく事ができた。
「え・・・?」
目を疑った。だって、そこにいたのは。
「ルーミア・・・」
見間違う筈もない。金髪に、黒いベスト。アイツだ。でも何故だ?アイツは地底にいた筈だ。オレも何も無かったなら・・・
そう、何も無ければ。
「ルーミア!!」
思わず叫んで駆け寄る。返事はなく、眠っているかのように瞼を閉じてピクリともしない。但しそのずぶ濡れの顔に生気はなく、肌は青白く、唇もカサつき、髪はまるで暴れまわった後のようにバラバラに乱れていた。
子供の体である事も相まって、酷く弱々しく見えてくる。
「おい、大丈夫か!?おい!」
頬を叩いて揺さぶるが、目を開く事はない。首がオレの手の揺さぶりに合わせて頼りなく振られるだけだ。ゾクリと嫌な予感がして胸元に耳を澄ますと、心臓の音は『トクン・・・トクン・・・』と小さく響くばかり。
「クソッ・・・」
明らかにただの気絶じゃなく、酷く衰弱している。このまま放っては置けないのは一目で分かる。
しかしどうすればいい?原因も分からず、休ませられるような場所も近くには見当たらない。紅魔館等を頼ろうにもイマイチ信用しきれるモノでもないし、魔理沙やアリスはこうなった原因も分からない以上、巻き込むだけ危険なだけな気もする。何しろこのテの対処に明るいかも、いつあの紫が顔を出すかも知れないのだ。いや、下手すると紫がルーミアをこうした犯人なのか・・・?
疑心暗鬼と焦燥感が晴れないまま途方にくれ、息をしているかも怪しいルーミアを阿呆のように見つめていた。何時までそうしていただろうか。暫く全身を打っていた雨の存在すら忘れていた時。
「如何なさいました?」
「わっ!?」
背後から妙に艶っぽい声。振り返るとそこには、水色のワンピースに何やら薄手の一旦木綿みたいなモノを羽織り、青い髪をクルクルと器用に巻いた女性が笑っていた。
「・・・誰?」
警戒しながら尋ねる。女性はその姿をめつけるように眺めると、口許に手を置いてくっく、と愉快そうに笑った。
全身から紫に勝るとも劣らない胡散臭いオーラが出ているにも関わらず、水に濡れた灰色の背景と髪に滴る雨粒、そして口許に置いた指先の白さとその傍の桃色の唇が、怪しくも美しい。
「・・・その子、お昼寝・・・では無いようですわね。」
女性が無遠慮に覗き込んでくる。その呑気な声が不快で、思わず睨み付ける。
「用なら後にしてくれ。」
ルーミアを抱えてそそくさと離れる。行く宛は無いが見知らぬ人間に付き合う余裕など、今はない。
「お体の具合でも良くないのですかぁ?」
「うるせえな!関係無いだろ!」
焦りも手伝って、つい振り返って怒鳴ってしまう。女性は大袈裟に手をあげて目を丸くし、「おお怖い」等とほざいた。一体心配でもしているつもりか、コイツ。
「何処に行くおつもりで?」
「・・・分からん。」
「あら、これはこれは。」
女性はニョニョニョ、と嫌らしく背中についてくる。そしてオレの答えに大いに眉を歪めた。
「ご冗談にしても笑えませんわ。今にも天に召されてしまいそう。ましてやずぶ濡れで青ざめて・・・」
「冗談で言えるか、馬鹿!」
自分でも息を荒げたのが分かった。肩越しに、丁度耳元で煽るような文句。ここまでつらつらとよくぞ言えたものだ。向こうが一切涼しい口調で丁寧語なだけに、余計腹が立つ。
「こういう時に頼れる場所がねえんだ。大体何でこうなったかすら・・・!」
しゃべる内に肩が震え、生ぬるい滴が滑っていった。どうしていいか分からず、ともすればこの女性に怒鳴り散らしてしまいそうなのを、必死で抑えた。冷えきったルーミアの体を、意味はないと分かっていても庇うように抱き締める。
「・・・やはり、貴女は知らされなかったようですね。」
「!?」
女性の声にふと、深刻さが混じる。見ると、髪に隠れそうな瞳がジッと此方を見つめていた。
「何か知ってるのか?コイツの事・・・」
女性は頷く。
「ええ、知っていますとも。その子の治し方も、狙われる理由も。」
「・・・・」
正直にわかには信じられなかった。女性はオレの気持ちを知ってか知らずか、フッ、と微笑む。
「私について来て下さい。全てお話しします。・・・勿論その子も回復させてあげますわ。」
女性は返事も聞かない内にクルリと背を向け、宙に手をかざした。すると、空間がガパリと開く。紫のスキマさながらの、しかし中が薄暗い奇妙な世界が現れた。
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◆
「うっ・・く」
「籃様、大丈夫ですか?」
ボロボロになった部屋のガラクタを押し退け、橙が助け起こしてくれる。幸いにも外傷は少なかったみたいだ。
「ふんっ・・・!」
「ああ、平気だよ。有り難う。」
体格の違いすぎる私を無理して持ち上げようとする橙に苦笑いし、一撫でして起き上がる。
「うっ・・」
モウモウと立ち上る埃にむせながら目を凝らすと、予想以上の惨状だった。ルーミアを縛っていた柱は跡形もなく砕け散り、襖は外枠が木片と化し、吹っ飛んで四方八方に散らかったそれらにまた紙屑と化した扉の一部がへばりついている。
畳は乱雑に持ち上がり、嵩張ってメチャクチャになったそれらの下からは、暫くこんな形では日の目を見なかった床下が覗いている。
見上げれば天井までヒビが入っているではないか。
「これが・・・あの子の。」
霊夢に支えられた早苗が呆然と呟く。無理もない。この中では一番修羅場慣れしていないのだ。
「上手く行かないものね。」
紫さまが扇子で自分を扇ぎながら忌々しそうに言う。
「・・・すみません、私が」
「やっぱり説得するべきでしたよ。本人の前で、あんな無神経な・・・」
・・・私が謝ろうとした内容を、早苗が代弁してくれた。当然やや非難めいた口調ではあったが。
しかし、隣の霊夢は服を軽くはたき、フン、と鼻を鳴らす。
「・・・タイミングはともかく、籃の案は悪くないと思うけどね。
今は、余計そう思うわ。」
早苗と霊夢が睨み合う。私は元より何も言えない立場なので紫様に頼る。私の視線に気づいて、紫様が口を開いてくれた。
「はいはい、喧嘩しないの!」
その声で紫様に注目が集まる。パチン、と乱暴に扇子を閉じ、紫様が部屋の全員に声を張る。
「・・・あと一歩の所で失敗して、イライラするのは分かる。でも、今度は方針はどうあれ団結してくれないと。」
「・・・・・・」
皆が顔を見合わせる。霊夢がボサボサになった髪を掻き分けながら呟く。
「・・・確かに、ほんの一部が"目覚めて"コレだものね。」
他の皆に緊張が走る。橙は改めて凄惨な部屋の様子を眺め、生唾を呑んでいた。
「彼女は、今何処に?」
やっと口を開いた私に、紫様は首を横に振る。
「分からないわ・・。私達どころか、自分自身までぶっ飛んで行った。ましてや気を失っている間だもの。」
思わず唇を噛んだ。元の木阿弥、いや、むしろ状況は悪化している。
「でも・・確かああなったら、体が本来相当な無理をするんですよね?今すぐ行けば・・」
「・・・ええ、見つかるかもしれない。」
早苗の問いに、紫様は一旦頷く。しかしその表情は暗い。
「・・・ただ、霊夢も見た、鳥人間?変な連中にチョッカイかけられなきゃ良いけれど。」
―
◇
「・・・お前、名前は?」
変な空間を眺めて背を向けた女性に問う。表情など当然分からず、水浸しの後ろ姿が見えるだけだ。が、それは何処か邪に見えた。まるでオレが断る余地が無いのを見透かしているような。周囲が雨で、変温動物だから、なんて理由だけでは無いだろう。体がヤケに冷える気がした。
振り返り、目を閉じて歯を見せ、微笑む女性。
「私は霍 青娥(かく せいが)。娘々(にゃんにゃん)とでもお呼び下さいませ。
・・・さ、どうなさいました?手遅れにならない内に・・・」