◇
「・・・随分広いな。」
「ここは仙界。私のような者が自由に作れる別世界です。幻想郷と違い、物理法則を無視していくらでも広げられるのですよ。」
灰色の薄暗い異空間を歩いて数分。前を歩く青娥が自慢気に語り出す。ちょっとした呟きにしっかりと答えてもらって恐縮だが、こちらは未だ目を覚まさないルーミアへの心配で胸が一杯だった。何時まで歩かなければいけないのか、とイライラが募り始めた頃。
「お待ちどうさま。ここですわ。」
振り返り、手を広げる青娥。背後には、白いベッドとその隣に怪しげなドクロ型の道具や御札が乱雑に積まれていた。
「私の秘密の研究所ですわ。こんな形で使うだなんて稀ですけど・・・」
青娥はウキウキと跳ねてベッドに駆け寄り、シーツのシワを延ばしている。オレはと言えばここに来て再び警戒心が顔を出し、その場に立ち竦んでいた。
それに気づいた青娥は、わざとらしく口を尖らせる。
「どうされました?私の秘密の場所まで見せたんですのよ。さあ、ベッドに。」
「・・・本当に、治るのか?」
青娥の立ち振舞いに加え、周囲が閉鎖空間だというのもあって今一歩踏み出す事が出来なかった。躊躇を誤魔化すための質問に、青娥は肩を竦める。
「もう、この期に及んで怖がっていらっしゃいますの?命は一個しかないんですのよ。」
「・・・・・・」
言葉の上では、青娥の言い分は理解できた。ここまで来てしまった以上、いつ取り返しがつかなくなるか分からない子供を抱え、頼る宛も無しにトンボ返りなど愚の骨頂だ。
ただ、青娥はなんとも信用し切れなかった。矢鱈と自分の手にルーミアを預けるようにと薦めてくる。
「だったら・・・先に教えてくれ。オレの知らない事ってのを。」
青娥は白けた顔をする。余程ルーミアに何かしたかったのだろうか。しかしその前に気がかりな事を解決せねばならない。オレがジッと青娥を見据えると、根負けしたようにため息をついた。
「仕方ないですわね・・・」
「・・・」
青娥はベッドに手をついて、訥々と語り出す。
「その子・・・ルーミアちゃんの、リボンの事、知っていますか?」
「!」
脳裏に記憶が甦る。たしか紅魔館でルーミアが話していた。
「なんか・・・"外しちゃいけない気がする"・・って。」
「ええ、それです。」
青娥は頷く。
「コレがどうした?」
「それ、封印のリボンなんですよ。」
「封印?」
聞き返すと、青娥はまた頷く。リボンと青娥の顔を交互に見やると、青娥はツカツカと此方に歩み寄ってきた。
「その子のリボンは、妖怪としての力を封じているのです。もし外せば、紫に匹敵する強さを手に入れるでしょう。」
「・・・強さを・・・」
青娥は笑う。
「紫は、それを極一部の懇意な連中を除いてひた隠しにしていますわ。自分の地位を脅かされては堪りませんものね。」
「・・・・・・」
そんな腹黒い理由だったんだろうか。オレが見る目が無いのかは知らないが、そこまでの輩にも思えなかった。
「じゃあ、何でオレを引き離そうとした?オレはそんなの知らなかった。放っといて良かったんじゃ・・・」
「いつ自分を凌駕するか分からない相手に、ボディガードがつくのが不味かったのよ。普段一人にさせておいて、飼い殺しにする気だった。」
オレの言葉を遮り、予め用意していたかのように語る青娥。心配事を予測していたのか、それとも・・・
「なら最後に聞かせてくれ。ルーミアといる時、急に頭痛やら変な感覚がした事があった。・・・原因に心当たりは無いか?」
オレが単なる厄介者なら、以前から気になっていたあの感覚も案外つまらないものなのかも知れない。そこを出来れば確かめておきたかった。
オレの緊迫した気持ちを他所に、青娥はカクンと首を捻り、事も無げに答える。
「大方、ルーミアちゃんの中の力に当てられたとか、そんな所でしょう。気にすることはありませんよ。」
「そう・・・か。」
青娥は心配ない、と言う風におどけた仕草を見せた。確かに疑問には答えてくれたのだが、何故か体が信用して動き出してくれない。青娥にルーミアを渡す。それだけの事がなかなか出来なかった。
「どうしました?最後の質問だとおっしゃったではありませんか。」
「む・・・」
「この子の意志が気になりますか?治してからでも文句は聞けるじゃ無いですか。」
青娥は最早なりふり構わず、ズイズイと詰め寄ってくる。ルーミアに向けて伸ばされた手から、咄嗟に庇うと青娥はムッと眉の端を上げる。その目から視線を外さないようにして、一拍置いて念を押した。
「万が一変な真似をしたら、すぐ止めに入らせてもらうぞ。」
「はいはい、ご自由に。」
青娥は半ば奪い取るようにしてルーミアを抱き上げると、踵を返してベッドに寝かせる。
「あんまり信用がないと悲しいですわ。」
「状況が状況だからな。・・しつこいようだけど、本当に治るのか?具体的にどうすんだ?」
「ああ、それは・・・」
青娥はガラクタから御札を取り出すと、腕にピタリと張り付ける。するとその腕に刺青のように文字がビッシリと浮かび上がった。青娥はヒラヒラとそれを見せつける。
「この術を使って、ルーミアちゃんの封印を一時的に解きます。溢れ出る力で体をひとりでに回復してくれるでしょう。」
正直専門外なので黙っておいた。青娥はお構い無しに笑いかける。
「ただ見ているのも退屈でしょう。座っていて下さい。・・・芳香!」
青娥が声を張り上げると、何やら後ろからガタゴトと喧しい音がする。見ると、暗闇の中から、中華風の服と帽子の女の子が、幽霊のように両手を突き出しながらピョンピョン跳ねて来た。その手に握られた椅子が、無造作に離されてガタンと音をたてる。
「・・・誰?」
「私のペットの宮古 芳香(みやこ よしか)です。可愛いでしょう?」
「あー。」
芳香はニッコリと牙を見せる。可愛いといえば可愛いが、その笑顔は少女の体躯に比べて不釣り合いな程幼く見えた。よく見れば肌は青白く、少々奇妙だ。しかし今はそんな事を気にしている暇はない。黙って運ばれた椅子に腰を下ろし、寝かされたルーミアと青娥を見守る。
「では、始めますよ・・・」
青娥は楽しそうに呟き、そろそろと腕をルーミアのリボンに近付ける。此方も無言で息を飲む。
すると。
「きゃっ!」
触れるか触れないかの所で小さな稲妻のような音と光が走り、青娥の手が弾かれる。
「おい!?」
「せーが!ダイジョブかー!?」
仰け反った青娥に芳香が心配そうな声を上げる。青娥は目を丸くし、暫くシュウシュウと煙を上げる爛れた手を見つめていたが、ニヤリと笑うとさっきの事を忘れたかのように再度手を伸ばす。
「う・・うっ!」
さっきよりも忙しなく、バリバリと稲光が青娥の腕に噛みつく。しかし青娥は引っ込めない。寧ろそれを楽しむかのように口の端を吊り上げて力み続ける。次第に、頭の陰になって見えないが青娥の腕の先から黒い灰のようなものがバラバラと舞い上がりだす。あれが封印が解けている証なのか。
そう思った瞬間。
「ぐあっ!?」
突然体が引き裂かれるような痛みが走り、意識が飛びかける。頭に固い痛みがぶつかった瞬間、前のめりに床に転がったのだと辛うじて理解できた。しかし起き上がろうにも、体はビリビリと痺れ、重たく引きつり動かない。
「せ・・が。」
這いつくばって声を絞りだし、助けを求める。しかし青娥はオレをチラリと見下ろしただけで、ルーミアにすぐ視線を戻す。相変わらず楽しそうに笑いながら。
「やはり現れましたね・・・此方もそろそろ・・・」
「・・・?」
青娥が何を言っているのか分からない。しかしそれについて聞き返す間もなく、事態は更に動転する。
「あああぁああっ!」
ルーミアが突然体を跳ねさせ、泣き叫ぶ。青娥はそれを乱暴に押さえ込んだ。瞳はギラリと光り、最早狂気が宿っている。
「おいっ・・テメ・・っ!?」
必死に体を起こして止めようとした瞬間、誰かが上にのし掛かってきた。
「芳香、暫く押さえていなさい。」
「おー。」
頭上から芳香の声がする。しまった。コイツらは初めから嵌めるつもりだったんだ。
「くっ・・お・・」
押し退けようにも、体の自由が聞かない上に鉛のようにしなだれかかる芳香のせいでもがく事すらできない。そうしている間に目には更に不可解な現象が映り続ける。
「ああっ・・が、ああぁあ、あ!」
錯覚だろうか、ルーミアの姿が一瞬ごとに変わる。髪と背が伸び、大人となった姿のルーミアが、二回、三回、映像を切り替えるように現れる。誰だ?次の瞬間にはいつもの子供の姿に戻る。しかしただの幻の癖に、心なしか声まで低く変わっているように感じる。
「・・ん、なんだー?コレ。」
「・・・?」
背中で芳香がモゾモゾと動く。状況に理解が追い付かず気づかなかったが、背中にも何か、肉や骨が軋むような痛みが疼いている。
「・・・はね?」
芳香が呟く。羽根?そんなものは無い。今まで見たことも無かった。気にする余裕も無い。
ただひたすら、目の前でルーミアの苦しむ姿を見つめていた。
「もうすぐ・・・!」
青娥が甲高い声をあげた、次の瞬間。
「うっ!?」
突然、耳をつんざくような不快音が響く。丁度ガラスを引っ掻くような、しかしとてつもなく大きなそれに続いて、ガラスが割れ、砕け散る音。そして薄暗い空間に慣れていた目に、目映い光が飛び込む。
「うお!?」
「だ・・・誰?」
辛うじて目を開くと、空間に割れ目が走り、そこから射し込む光を背に二人の人影が映る。大きなリボンに変な袖。そして同じような服に幾らか明るく光る髪。
「霊夢に・・・誰?」
一人は知らない顔だった。ふと視線を戻すと、青娥が目が眩んだのか顔を覆ってよろめく青娥。瞬間、体が弾かれたように動き出す。
「うおおおおぉ!!」
「っわ!」
意識が半ばついていかなかった。気づけば芳香を押し退け、ルーミアを奪い取ると先程の光の中に突っ込んでいた。
「早苗、追って!」
背後で霊夢の声。しかし構わずに飛ばし続けた。ただ逃げることしか頭に無い。胸に抱いた弱りきったルーミアをみると、尚更ズキンと胸が痛んだ。
―
◆
「あらあら・・・強引に壁を破ってくれちゃって・・・。これじゃ追いかけようにも、出口の座標がバラバラになりますよ?」
目の前の相手に軽口を叩いてみる。しかし反応が無いのは分かりきっていた。代わりに、私が今さっき企てた事への怒りがひしひしと感じられる。とはいえ、それがあと一歩の所で失敗したのは、他ならぬ彼女のお陰なのだが。
「青娥。貴女・・・」
霊夢が睨んでくる。しかしその胸の内の焦りは隠しきれていない。
「さっきの・・・貴女の仕業?」
「ええ、私のデタラメを簡単に信じてくれましたよ。情が絡むと脆いですわ。いくらか事実も混じっていますが。」
霊夢の顔が微かに歪む。それが面白くて、聞かれてもいないのに口から勝手に言葉が滑り出る。
「ここまで来るのに苦労したんですのよ。裏から色々・・・」
「あの鳥女をけしかけたのも貴女!?」
「あら、ご存知でしたの。」
霊夢の声に苛立ちが混じる。愉快だ。この人のこんな顔は珍しい。今度は体をくねらせ、無駄に扇情的に話してやる。
「でも、鳥女だなんて。私の可愛らしい娘達ですのよ。他にも、たぁくさん兄弟がいます。前にも後ろにも。」
「・・・前にも・・・」
霊夢が小さく舌打ちした。
「以前から、その兄弟がいた・・・。貴女、何時から気づいていたの?」
いつの間にやら詰問ときた。しかし今の彼女は、何時もの自信に影が刺して見える。どうやら今まで直接動かなかったのは正解だったようだ。
「さぁて、何時でしたっけ?」
「答えなさい!」
霊夢の声に怒気が入った。ツカツカと詰め寄ってくる霊夢の鼻を、おどけて指で突き返す。
「最初から、ですよ。あの人が幻想郷に舞い降りた、その日から・・・
見た瞬間、あの子に通じるモノを感じたのです。」
話している内に私まで舞い上がってきた。今こそゲームやごっこ遊びではなく、本物の"黒幕"だ。
「・・・何が目的なの?青娥。」
「え?」
思わず吹き出しそうになった。もう殆ど予測はついているだろうに、それがしんじられないのだろう。全く常識というのは困ったものだ。一度は私も惚れ込んだ才人が、青い顔をしている。
「決まっているでしょう。」
顎を持ち上げ、息がかかる程の距離で囁く。
「見てみたいのですよ。"二人"が幻想郷を・・・この箱庭を壊すのを。」