「ねえ、起きてー。朝だよー。」
「ん・・むー・・」
ルーミアがオレの顔を覗きこんで揺すってくる。薄目を開けるとまだ空が白んでいる程度の時間だったが、随分と早起きなものだ。
「すまん・・もう少し横にならせて・・・・」
対してオレは、体を中々動かせずにいた。何だか怠いのだ。まだ朝方で寒いせいなのか、体が暖まっていかない。
「具合悪いの?」
「いや・・ただ、寒いのかね。上手く動けねえ。」
「じゃ、暖めてあげる!」
ルーミアが跳び跳ねて胸にダイブしてきた。オゥフ、と腹から空気が漏れるが、ルーミアは構わず両手を回してじゃれついてくる。
あー、確かにぬくい。けどさルーミア。これは逆に眠りたくなっちまうわ。しかし、ワクワクした目で見つめられると放っといて眠る訳にもいかない。
「よいしょおーっ!」
「うわー。」
掛け声と共に上体を起こすと、ルーミアがコロコロと芝生を転がる。
その様子が子犬みたいでクスクス笑っていると、仰向けで逆さまになった顔をこちらに向け、ルーミアも笑いかけてきた。
「おはよう。リザ。」
「ああ、おはよ。」
軽く手を上げて返す。ルーミアの髪が地面に垂れ、隠れていたオデコが見える。ああ、あのオデコをツンツンしてみたい。『ツボ押し』とかいって軽く指で押した反応とか見てみたい。
なんて事を思っているとルーミアは不思議そうな顔でこちらを見てきた。おっと、いかんいかん。
「よっ・・と!」
手をついて腰を上げる。少しだけ重たい感じもするが、まあ気にしまい。
「リザ、どこか行こうか?」
「うーん、ルーミアに任せる。オレはよく知らんし。」
「うー、じゃあねぇ・・」
ルーミアが宙を見ながら首を捻る。その時、クウゥ、と腹の虫の鳴き声がした。
「・・・・あ。」
オレが少し笑ってしまったのに気づいたのか、照れたような表情でルーミアは言った。
「ね、リザ。私お腹すいちゃった。
・・尻尾、食べて良い?」
「・・すまん、お断りだ。」
昨日千切れたオレの尻尾は、一晩の内に再生していた。どうやら痛みも無いし、オレの尻尾は取れても大丈夫なように出来ているらしい。
しかし、だからといって毎度毎度体の一部を差し出す訳にもいかない。第一オレ自身も食べ物は必要なのだ。
そこで一つ提案してみる。
「ルーミア、ちっと狩りをしてみないか?」
「狩り?」
「ああ、昨日お前が追いかけてきたみたいに、獲物を獲ろうって訳さ。手伝ってくれるか?」
オレが尋ねると、ルーミアは小生意気な笑顔を見せながら聞き返してくる。
「ケガしちゃうかも知れないよ?いいの?」
「・・その時は、アシストをお願いしますよ。」
「へへ、了解!」
ルーミアはそう言い放つなりオレを追い抜いて森の中を走り出した。その小さな背中を見てつい「転ぶなよ」と言いそうになるが、考えてみれば彼女の方がここではあらゆる面で先輩なのだ。変な気分である。
・・ちなみに、そんな事を考えている間に、ルーミアは一回コケていた。
――
程なくして、獲物は見つかった。目の前に鼻息荒く唸る大きな獣が一匹。
「ブルルッ・・フーッ・・・」
四足歩行の流線型の胴体、表面には硬く茶色い毛がビッシリと生え、地を蹴る蹄からは警戒心がありありと見える。顔には鋭い目と牙、そして大きな鼻からは鼻腔が伸縮する度に大量の空気が出入りする。
「これって・・猪?」
体はデカイが確かにそっくりだ。しかし奇妙なのはその眉間。そこからは大きく太い角が生え、異彩を放っていた。
「ありゃりゃ?」
オレが訝しげに見つめているのをよそに、ルーミアは困ったように小首を傾げた。
「相変わらず怖い顔してるなー。イノキは。」
「イノキ?」
一瞬、顎がしゃくれた大男が「元気ですかー!」と叫んでいる映像が浮かんだ。誰だ、今の。
「イノキって・・アイツ?」
「うん、猪型の小鬼だから『猪鬼』(いのき)って呼んでるの。」
「ふーん・・」
・・昨日といい、ホントこいつの名前付けはテキトウというか、思い付きなんだな・・
「今までは放っといてたんだけど・・まあいいや。リザ、一回アイツと戦ってみてよ。」
「え!?」
いきなり一人かよ!?
つーか奴さん、結構ハッスルしておられるんですがそれは。
「あんな奴大した事無いって。危なくなったら私も助けるよ。じゃ、頑張って!」
「いや、頑張ってって・・うおっ!?」
オレが引き止めようとした時、なんとルーミアは地面から浮かんで飛んでいってしまった。なんだそりゃ。そんなのありか?
「―っ!」
直後、背後に気配を感じ、その場から飛び退く。猛然と走り抜ける猪鬼が、微かにオレの体をかすめた。
「っち!」
素早く着地し、体勢を建て直す。猪鬼は完全にやる気らしく、こちらを睨んでタワシの如く毛を逆立てている。
「・・やるしかねえか・・」
姿勢を低くし、爪を構える。睨み合う数秒、オレの頬を脂汗が伝った。
「シュルルル・・・・」
ゆっくりと呼吸を整える。その瞬間。
「ブオオオォ!!」
「つおっ!」
再度イノキが突進してきた。慌てて斜め前に飛び、すれ違いざまに爪を振るう。毛の刺々しい硬さに混じり、食い込む感覚。
「プオギャアアァ!!」
オレが勢い余って倒れ込むと同時に、イノキが悲鳴を上げた。振り返ると、体の側面に引っ掻き傷がついている。
対して、オレの腕には毛を引っかけた感覚は有るものの、傷は見当たらない。どうやら強度は爪と鱗の方が上のようだ。
「フォッ、フーッ・・・」
イノキが怒りを露にして向き直る。おう。こうなりゃ好きにしろ。まともに食らわなきゃ、どうって事はねえ。
「ブオォンッ!!」
オレが微かに緊張がほぐれた時、イノキは真正面から迫る。オレはもう一度、斜めにすれ違うように跳ぶ。しかし、今度は爪は使わない。
「せやぁっ!!」
走るイノキの尻を後ろから思いっきり蹴りつける。思った以上の勢いで、イノキは地面を転がった。
「ブウゥ!ブフォン!ブッ!」
「・・はっ!」
更にいきり立ち、震えるイノキ。そしてまた突進を仕掛けてくる。ったく、芸の無い奴だ。お望みならもういっちょその勢いを利用してやらあ!
「ブオオォン!」
イノキが迫る寸前、オレは体を回転させる。そして勢いのついた尻尾を、イノキの鼻面に叩きつけた。
「ブぁうっ!!」
鼻血で放物線を描きながら、イノキがひっくり返った。今度のカウンターは効いたようだ。四肢を空に向けてバタバタさせながらブーブー唸っている。
ははは、正に猪突猛進、読んで字のごとく。そんなんでイノキを名乗るなんざ、失礼も甚だしい。って、イノキはルーミアが勝手に名付けたんだっけ。つか、イノキって本当に誰。
オレが調子に乗ってそんな事を考えていると、いつの間にかイノキが起き上がっていた。
「なんだ、まだやる気か?」
こちらを睨むイノキに、オレは鼻を鳴らして挑発する。しかし、今度は突っ込んでは来ない。代わりに足を踏ん張り、大きくいななく。
「ヴオオオオォォン!!」
瞬間、周囲の空気が震え、吹き上がり、シュウシュウと音を立てる。イノキの足の周りの砂が巻き上がり、地面が陥没した。
「うおっ!?」
思わず顔を庇う。こればっかりは洒落にならん。本能がそう告げている。
逃げなきゃいけない。このままじゃヤバイ。そう思ってもオレの体は中々動いてはくれなかった。
「くっ・・」
イノキの威圧感が増すのを目の当たりにしながら、口だけが歯軋りをする。そんな時。
「リザ、下がって!!」
「っ!!」
突然頭上からルーミアの声が響いた。弾みでオレはすぐさまその場から逃げ出す。続けてルーミアが何かを宣言する声が背中に聞こえた。
「『夜符』ナイトバード!!」
直後、色とりどりの光の弾がイノキに降り注ぐ。光が何なのかは理解出来なかったが、それがイノキにぶつかる度、ダメージを受けているのは分かった。
「ブォギャアアア!」
遂にイノキが悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。オレが状況を飲み込めずにぼんやりしていると、上からルーミアが声をかけてきた。
「大丈夫ー?」
振り向くと、ルーミアがフワフワと降りてきた。下から見ると図らずもパンツが見えたが、そんな事はどうでもいい。
「お、おい、今の・・」
「あ、リザ。」
「ん、んん?」
途中で話を遮られ、言葉に詰まる。焦るオレとは対照的な呑気な顔で、ルーミアは続けた。
「さっき風が巻き上がった時さ・・その、腰布?捲れてたよ。パンツ丸見えww」
こいつ、オレなら言わずにおいた事を無遠慮に・・って、だからそんな事はどうでもいいんだっつの。
「なあ、そんな事より、今のは何だ?あのイノキの雰囲気やら、あの光やら。」
「ああ・・」
オレが捲し立てるように尋ねると、ルーミアは事も無げに答える。
「あれは"妖力"だよ。私達妖怪が持つ力。」
「妖力・・・・」
「うん。色んな事が出来るんだ。さっきみたいにオーラが出たり、後は空を飛んだりね。」
「へ、へぇ・・」
実際に見ていなければ何だそりゃとなりそうだが、事実のようだ。
「リザ。ここ持って。」
「ん?おう・・」
ポカンとしているオレを尻目に、ルーミアはなにやらイノキ(死亡済み)の後ろ両足を持てと身ぶり手振りで合図してくる。
「せーので引っ張ってー。せーのっ・・」
「え!?オ、オイ・・!」
訳もわからず同時にイノキを引っ張る。するとちょうど半分にイノキの体が引き裂かれた。
「うひょっ・・」
オレが血飛沫その他に引いている間に、ルーミアはそのままかぶり付いていた。うおぅ、ワイルド。
「あむ、はぐっ・・」
「・・・・」
ルーミアがなにも気にしない風で食べ続けるので、オレも観念して口に入れてみる。あれ、意外と旨い。
「食ってみれば、イケるもんだな・・・・」
「リザも妖怪なんだもん。気にしてたら勿体無いよ。」
「つってもなぁ・・」
先程みた諸業。空を飛んだり、オーラをまとったり、それにあの変な光。
あれらも妖怪としてなんて事無いものなのか。
「なあ、オレも妖怪だし、さっきみたいな事ができたりするのか?」
「うん、戦いは得意そうだし、すぐ慣れると思うよ。」
ルーミアは一本残った足をかじりながら言った。すぐ慣れる、か・・。幻想郷は話の通り風変わりみたいだ。
「あ、でも・・」
ルーミアがふと呟く。オレが顔を上げると、持っていた骨をポイと投げ捨ててルーミアは言った。
「さっきみたいに思いっきり戦うのも良いけど、『スペカルール』も覚えといた方が良いかも。」
「スペカルール?」
オレが眉をひそめると、ルーミアは人差し指を立てて話し出した。
「決闘のルールなんだけどね・・」
その時、他方から二人分の足音が聞こえた。オレは聞き入り出していた顔をそちらに向ける。
「あれ、ルーミア?何してんの?」
「その人・・誰?」
そこには、ワイシャツ短パンに赤地に外が黒い大きなマントを着けた緑の短髪の少女・・?と、茶色い衣服と帽子に羽の生えたピンクの髪の少女がいた。