トカゲ娘が幻想入り   作:ごぼう大臣

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今回、一番長いです。(今んとこ)


兄弟激突 生きたくないの?

 

竹林の真っ只中。オレは文と影狼ともども、三体の怪物に囲まれている。

 

人の顔にライオンの体、蝙蝠の翼に蠍の尻尾を持つ"マンティコア"。

 

八本の脚を持つ白馬、"スレイプニール"。

 

額に鋭い角を持つ白い大蛇、"夜刀の神"。

 

大方今まで差し向けられた奴等と同類だろう。互いに警戒心を剥き出しに睨みあっていると、ふとスレイプニールがカポ、と蹄の弟を響かせ、背をピンと伸ばして口を開く。

 

「皆さん、僕達が用があるのはリザさんと、ルーミアちゃんというお二方のみです。出来れば事を荒立てない内に来て頂けませんか。」

 

今まで会った中ではやけに礼儀正しくハッキリした口調だった。しかしそれに割り込むように、下卑た声色が横から響き渡る。

 

「おい!あの狼と鴉は俺の好きにさせろよな。二人ともいい感じだぜぇ。髪の匂いを嗅ぎながら、もう片方の太股の表面の塩気を三時間くらい舐め尽くす方向で。な、良いだろどうせ関係ないんだからよ!」

 

マンティコアが焦れったそうに地面に爪を掻き立てる。表情豊かな人の顔に自分達が女である事も手伝ってか、目の前の獣がより一層汚らわしく薄汚く見えた。一方、それを横目に見るスレイプニールも、かの兄に下劣な臭いでも感じたようで、尻尾を二、三度強く振るうや、嘶くような勢いでいい放つ。

 

「関係ないなら尚更巻き込むべきでは無いでしょう。僕や夜刀だけでも沢山ですよ。兄さんに付き合うのは。」

 

「あ!?分からねえのかテメエは。このたぎる本能!」

 

「知りませんよ・・・」

 

向こうは何やら言い合いを始めた。その隙に影狼が目は話さずに囁いてくる。

 

「ねえ、アイツラ何?」

 

影狼が知らないのは尤もだ。しかしオレはといえば流石に差し向けた奴の見当はつく。恐らく散々オレとルーミアに狙いをつけ、同じような連中を何度も寄越し、つい先程直に手を出しかけた・・・

 

「青娥の差し金だ。」

 

「青娥さんて、あの・・・」

 

「話はあと。」

 

文の言葉を遮り、ルーミアを後ろに寝かせる。他の二人も納得してくれたようで、揃って三匹に向き直る。

 

「テメェの無駄にでかいチンは何の為についてんだ、ああ!?」

 

「なっ!仕方ないでしょう、馬なんですから!」

 

「お前達、声がでか―あ。」

 

夜刀が気付くが、遅い。

 

「はあぁっ!」

 

オレが火を、文が風を、影狼が弾幕を、眼前の三兄弟に一斉に放った。

 

 

 

 

「せやっ!」

 

「おっと!遅いな天狗ちゃん!」

 

・・・成る程、中々やる。私の不意打ちを間一髪でかわし、追い討ちの風も竹林を駆け回るマンティコアに悉く回避される。相手は人間の顔でゲタゲタと笑いながら私の攻撃を嘲笑うかのように後ろに後ろにピョンピョンと跳ね回る。反撃できずに逃げているのではない。ただ遊んでいるのだ。もしこのまま攻撃を続けてもスタミナ切れで不利になるのは明白だった。

 

「ならば!」

 

扇の振り方を変え、違った風を起こしてみる。今まではカマイタチよろしく相手を狙って切り裂くような風だったが、今度は攻撃力に劣る、ただの強風とも言えるそれ。しかしその分及ぶ範囲は確実に広がった。

 

「ぐっ!」

 

狙い通り、マンティコアは風圧に圧されて一瞬怯む。それがチャンスと、風のやまぬ内に一歩踏み込み、狙いを絞ってカマイタチを放った。が。

 

「はっ!」

 

風圧を逆に利用して、マンティコアは後ろに飛び上がる。そして竹の一本に脚をつくと、カマイタチが竹を切り裂くより一瞬早く、しなりを利用して飛び迫ってきた。

爪が背中に叩きつけられ、そのまま地面へと押し付けられた。さっきまでの雨のせいでぬかるみ、茶色の水溜まりまで出来た場所に、バチャリと音をたてて大の字の型を取らされた。ワイシャツに温く汚いものが染み込む感触が気持ち悪い。

 

「うぶっ!」

 

「捕まえたあ!」

 

マンティコアが残った方の前足を振り上げる。不味い、背中に食い込む爪はギリギリと音をたてそうな程に痛みを感じさせる。コイツの力は馬鹿に出来ない。

 

「竜巻『天孫降臨の道しるべ』!!」

 

「ぐおぉ!?」

 

竜巻を発生させ、敵を無理矢理引き剥がす。マンティコアは空中できりきりまいしながらも地面へと無事着地する。

 

「うへぇ・・泥だらけ。シャツにシミがついたらどうしてくれるんですか。」

 

見事に全身に茶色い模様がついている。はたいても手に砂がつくだけだ。襟元からも泥が入ったようで首もとで乾いてカピカピと不快な感触がする。

 

「泥水で体の線が・・

スカロも悪くないかもな。」

 

「黙れェ!!」

 

もう決めた。この毛だもの、絶対に殺してやる。お前の血で洗濯させてやる!

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

睨みあって数分が経った。スレイプニールも痺れを切らしたのか、ブルルッ、と一息吐いてから口を開く。

 

「・・・影狼さん、でしたか。どうしても退く気は無いのですか?」

 

その口調は静かな、寧ろ悲しそうな色さえ混じっていた。三人で一人ずつ狙い打ちする作戦だったが、私だけは何とも微妙な雰囲気だ。

 

「貴方があの二人から手を引かない、てんならそうなるわ。」

 

スレイプニールは悩ましげに首を振る。

 

「・・申し訳ありませんが、僕らはどうしても二人を連れてこいと言われているんです。」

 

「それは譲れないの?」

 

「・・無理ですね。だからこそ無駄に戦いたくは無いのですが・・」

 

スレイプニールは私の顔色を窺うように頭を垂れ、上目使いに私を見る。目付きを見るに未だ躊躇しているようだ。

そのままこの状況を引き延ばすのもある意味賢かっただろう。しかし馬鹿らしいと思いつつも、この白馬が気の毒に思えてきた。血を分けた(かは知らないが)兄弟が戦っているなかで一人だけ手を出せない。しかもリザか文の片方でも決着がつけば、スレイプニールにとっては兄弟の仇が、正当防衛として加勢しにかかるのだ。・・・或いは逆の場合、此方が不利になる。

どのみち戦いは避けられまい。そう思い直して口を開く。

 

「折角だけど、余計なお世話。私は退く気はないし、正直煮え切らないアンタにムカついてるわ。」

 

挑発するついでに心にもない言葉がくっついた。スレイプニールの目が若干鋭くなる。

 

「・・そうですか。」

 

そう呟いた瞬間。

 

バッ、と薄い影を残して、スレイプニールの姿が消える。

 

「え!?」

 

何処に行った、と慌てて辺りを確かめようとすると、間髪いれずに後頭部に割れるような衝撃が走る。

 

「あぐっ!」

 

目の前が真っ白くなり、地面に突っ伏してしまう。動かす間中ズキズキと痛むのを必死に堪えながら、首だけどうにか回して後ろを睨む。

そこにあったのは。

 

「・・・っ!」

 

尻。いや、スレイプニールの後ろ姿だった。彼も首だけをこちらに回し、私を見下ろしている。

 

「気絶は、しませんでしたか・・・」

 

「な・・・」

 

スレイプニールは沈んだ声で振り返る。私も起き上がろうと手をついたが、ドロドロの地面で滑って口をつけてしまう。そんな私に追い討ちをかけるでもなく、スレイプニールはポツポツと独り言を言い出した。

 

「後ろ蹴りは威力はあるんですが、扱いにくいですね。狙いも加減も難しい。相手は死角にいると来た。」

 

「・・・つ・・・」

 

愚痴を聞きながらノロノロと立ち上がる。正直冷や汗が出始めていた。一瞬で背後に回った素早さ。そして加減したらしいあの威力。

 

(この馬・・・強い!)

 

「まだやりますか?」

 

スレイプニールがようやく体ごと向き直る。台詞だけなら余裕綽々で見下していそうなそれも、相変わらず歯切れの悪い口調だった。

もしかしたら見逃してもらうのが、後々正解だった、と後悔するかも知れない、でも。

 

無言で爪を構える。スレイプニールは一言だけ、確認するように呟く。

 

「・・・良いんですね?」

 

「ええ。」

 

向こうに負担をかけたくは無い。臆病な私だけど、横たわっているルーミアちゃんを見ると、逃げる事は出来なかった。

 

 

 

 

「・・・逃げやがったか。」

 

夜刀に炎を吹いた途端、奴は兄弟二人とは違い体をくねらせてたちまち竹林の中へと身を隠してしまった。真っ向勝負が嫌いなのかも知れない。しかし不意打ちは避けられるつもりだ。

 

「・・・すぅ・・・」

 

舌を二、三度出し入れする。目に見えなくとも夜刀の気配は感知できる。ただ、だから有利という訳でもない。奴も話している最中、舌をチロチロ覗かせていた。同じように感知されていても不思議じゃない。

つまり、居場所は互いにバレている状態。恐らく、先に姿を見せた方が不利になる・・・!

 

「シャアアアァ!」

 

(来た!)

 

背後から、口を一杯に開き牙を剥いて噛みつかんとする夜刀。しかし手なら用意している。このカードで・・・

 

「べっ!」

 

「っのあ!!」

 

攻撃をしかけようとした瞬間、夜刀の口から黄色い何かが吐き出される。反射的に横に飛んでかわし、"じゅうぅ"何かが焦げるような音も確認せずにスペカを発動する。

 

「爆符『爆彩輪花』!!」

 

口から爆発する火球を吐き出す。夜刀はハッキリと目で捉えていたものの、距離が近いため些か慌てた避けかたになる。

 

「ぬぅん!」

 

夜刀は鎌首を捻ってかわすが、体の構造上胴体に尻尾はすぐにはついてこない。先ずは最初にかわされた初弾が胴体に着弾する。そして生じた爆風が、後に続く弾を刺激する。

 

「ぐおぉあああ!?」

 

結果として顔から胴体を丸ごと巻き込む爆発に、夜刀は悲鳴をあげる。周囲の竹まで爆風だけで薙ぎ倒されるそれには確実に当たった。もう生きてはいないだろう。呆気ない。

 

「・・・いっ、マジかコレ。」

 

先程夜刀の吐いたものが落ちた場所を見て驚愕する。地面にさっきまでなかった大きな穴がポッカリと空き、オマケに近くの竹の根本が不自然にささくれだって抉れ、頼りなくギシギシと揺れている。

 

(・・溶けた?)

 

体内から吐き出したアレは、今思えば液体だったように感じる。あの焦げるような音からしても溶かすような毒だと思う。

 

「まあ、もう決着はついたし、恐れる事も・・・」

 

言い聞かせるように呟きながら振り返る。その時、視界に違和感を覚えた。

 

「―ん?」

 

爆発の煙が晴れ、夜刀の焼死体が姿を現す、筈だった。しかしそこにあるモノは一見死体のようで、どこか違うのだ。

じっと、それに向けて目を凝らしてみる。ソイツは、まさに夜刀の形をしてはいたが、香ばしい焦げ跡に紛れながらも、大きな裂け目が体に対して縦に入っているのが見えた。さらに、よくよく見ればその質感は何処か中身がないというか、薄っぺらく、軽く見える。

 

「・・・!」

 

ふと頭の中である嫌な予想が浮かび、咄嗟に舌で周囲を気取る。

 

(何処にも・・いない?)

 

焦りではたと目を見張った瞬間、足元でニュニュ、と何かがうねるのを感じた。その場から飛び退いたのと、ブチャリ、と泥を撒き散らしながら怪物の頭が飛び出したのは、同時だった。

 

「うあっぷ!」

 

宙を舞う間にも顔と言わず体と言わず泥水が飛び散り、纏わりつく。それらから顔を腕で庇う寸前に、オレを丸呑みしそうな程の大口が一瞬見えたが、距離からして紙一重の差で逃れた、筈だったが。

 

「!」

 

体の末端に、食いつかれて引っ張られる感覚がした。

そう、尻尾である。

 

夜刀が振り回すように鎌首を引くと、尻尾は呆気なく千切れ、反動で吹っ飛ばされたオレは後方の竹藪の中に放り込まれ、三、四度ゴロゴロと転がった。

 

「いっちち・・」

 

薄暗い藪の中で起き上がる。あの細かいギザギザの入った葉が転がる中で小さい無数の切り傷を作り、続けざまに泥を刷り込まれる形になったので

 

脱皮できるなんて聞いて無ェ。

 

地中じゃ空気で察知しようにも無理じゃあねえか。

 

オレの尻尾は消耗品じゃねえ。

 

等とグダグだと心の中で愚痴を溢していたが、その勢いのまま出ていこうとする体をや、と止めて、

 

(・・相手も探し方は同じ。丁度陰になっているし・・)

 

その場で一計を案じた。

 

 

目の前がパッ、と明るくなる。泥まみれの手で鬱陶しい光を加減しながら、顔をそっと覗かせる。

 

案の定、夜刀はオレが出てくるのを身じろぎしながら待っていた。

奴の舌は、オレと同じく地面の中までは察知出来ない。こうして背後から狙っているのも今はバレていない筈だ。

 

「ふっ!!」

 

顔だけ出して炎を吹く。夜刀は振り返る間もなく胴体の後ろ辺りを焼かれ、背中を火だるまにしながら転げ回った。

 

「ぎゃあああ!」

 

すぐさま穴を飛び出て夜刀に近づき、その頭の上にバッ、と角を掴んで取りついた。

 

「は、放せ!」

 

夜刀は狂ったように体を揺らし、オレを振り落とそうとしてくる。体が宙に浮く感覚が何度もしたが、幸い掴める角が生えていたお陰で滑らせた足で鼻腔や横についた目を引っかけたりしただけだった。

そして、やっと鎮火したがさっきの炎のお陰か暴れる勢いも段々と小さくなっていく。

 

「ここにいたら何も出来ねえだろ。このまま止め射してやる。」

 

頭の上から表情の見えない夜刀に言い放つ。このまま火をつけて頭を焼いてしまえば流石に生きていられまい。

そう思ってカードを準備した時、微かに

 

「くくっ」

 

笑い声が聞こえた。一瞬空耳かと疑ったが、確かに足元の夜刀の声だった。・・コイツ、この状況で何を笑って・・

 

「そう思うか?」

 

「思わなかったらおかしいか?今オレを噛みついたり、絞め殺したり出来るならしてみろよ。」

 

夜刀の余裕ありげな言い方が気になり、つい言い返す。その瞬間、また足元が傾き、滑る。

 

「な!?」

 

傍らの角にすがり付き、周囲を確かめる。夜刀は蛇特有の自由度の高い顎がよく分かるような、目一杯の大口を空けていた。しかし、その口は攻撃しようにも誰もいない場所に向けられている。何をしてんだ、と疑問符を浮かべた瞬間。

 

ズリュリュ、と何かを引きずり出すような音をたてて、夜刀の口一杯から巨大な何かが飛び出した。ソイツは瞬く間に夜刀と同じような細長い姿を現し、体を捻ってオレに向けて突っ込んでくる。

 

「わっ!」

 

焦って転がり落ちると、その細長い何かはオレの体を紙一重で掠め、遠慮なしにオレのいた場所にぶつかる。ぶれる視界の中で、何かが夜刀の体に食らいついたように見えた。

 

「つっ!?」

 

何度めかの横転から起き上がり、先程飛び退いた場所を確認する。そこには、甚だ奇妙にして不気味な光景があった。

 

「なっ・・」

 

夜刀の口から飛び出し、体に食いついた何かは、もう一匹の夜刀だった。ソイツは古い体をくわえたまま、痛がりもせずに"ふん"と笑うと、古い体を口で引っ張り、ズルズルと己の新しい体を正体不明の粘液を滴らせながら引っ張りだすと、口の中の脱け殻を文字通り吐き捨てた。絶句しているオレに向けて、夜刀が目を細めて笑う。

 

「驚いたか?儂の体は大抵のダメージならリセット出来るのさ。脱皮にしろ、この分身にしろ、な。」

 

んなバカな、と言いかけたが、確かに夜刀の体は火傷が綺麗に消えていた。厄介な奴だと今になって分かる。思わず歯噛みした。

 

「そんなもんが、何度も出来てたまるかよ・・」

 

「試してみるか?」

 

夜刀が襲いかかってきた。残り二枚のカードを確かめながら、勘弁してくれ、とこっそり漏らしていた。

 

 

 

 

「はぁ・・はぁ・・」

 

「はは、中々しぶとい。」

 

あれから数十分。辺りにはオレと夜刀の戦いの跡がうるさいくらいに刻まれていた。

 

溶解液で溶かされた地面の凸凹に表面が溶けたせいで出来た虫食いや斑模様、未だ燻り、或いは焦げあとを残してきな臭い臭いをあげる炎。そしてあちこちに無造作に捨てられた、剥製のなり損ないか裏返しの靴下みたいな夜刀の脱ぎ捨てられた体が戦いで出来た傷の多さを示している。お互いに死闘を演じたと言って差し支えない筈だが、例の再生能力のお陰でオレは疲労困憊なのに対し向こうは傷ひとつなく疲れも見られない。優位を確信してか、夜刀がふとこう尋ねてくる。

 

「どうだ?儂の力を信じて頂けたかな?」

 

なんだそんな事か、と一瞬呆れた。ここまでで骨身に染みている。まるで悪い夢だ。そんな具合に答えてやろうとした時、ふっ、と目眩を覚える。

 

「くっ・・・」

 

ガクリと膝をついてしまう。かぶりを振って立ち上がろうとしていると、夜刀がシュシュ、と鼻息を鳴らした。

 

「そうそう、これは言っていなかったな。」

 

「・・・・・?」

 

顔をあげると、夜刀は得意気に語り出す。

 

「儂の再生は、体を治すだけではない。古い体の経験値を得て、動きも判断力も、様々な力が上位互換されるのさ。」

 

う、と口から呻く声が飛び出す。この疲労はそんな原因まであったのか。今になって判明した更なる不利な事実に、頭を殴られた気分だった。

 

「・・インチキだったらどんなにか・・」

 

ひきつる口から漏れた言葉に、夜刀は愉快そうに食いつく。

 

「ふはは、残念ながら事実じゃ。exステージ解放もそのお陰よ。」

 

「死ぬほどやったのか、ゲーム。」

 

呆れながらの相づちだったが、夜刀はにわかに熱をもって自慢し始めた。

 

「そうとも!イージーから始めて、失敗続きで限界までやっては再生し、不眠不休でやれたのよ!しかし体はモーマンタイ!」

 

「能力と時間の無駄遣い過ぎる・・」

 

他人事ながらげんなりして肩を落としていると、夜刀はム、と口を尖らせる。

 

「母者と同じことを言いよる・・」

 

「いや、言うよ、そりゃ。」

 

オレが顔をしかめると夜刀は機嫌を損ねたのか、勢いよく鎌首をもたげてシュウゥー!と威嚇音を鳴らす。

 

「うんざりする。貴様を連れ帰れば気兼ねなくやらせて貰えるんじゃ、覚悟せい!」

 

首を起こした夜刀を見上げる。体が参っているのもあって一層巨大に見えたが、不思議と怖いとは思わなかった。今になって、鳴りを潜めていたらしいあの衝動が沸き上がってくる。文と戦った時と同じ、敵を倒すために冷静に、残酷になれる感覚。ハッキリと自覚まで出てきて最早不気味ですらあったが、今は素直に身を任せて置く事にした。

 

「くだんね。」

 

最寄りの竹を真ん中から手刀で薙ぎ払い、倒れてきたのを掴む。お世辞にも切り口は鋭いとは言えないが、即席の竹槍の完成だ。景気付けに振り回してやると、夜刀がせせら笑う。

 

「何じゃ、槍術の真似事か?経験を積まずに何が出来る!」

 

夜刀のいう"経験"がそこまで大した物かはともかく、オレは槍など満足に扱えない。だが、これでいい。

 

「焦符『這舌咬獲』」

 

口から吹き出した炎が、夜刀に向かっていく。

 

「今更そんなものが当たるか!」

 

成る程夜刀は最初より格段に素早い動きで炎を横にかわして向かってくる。普通の弾なら完全に外れている、が・・

 

「な、ぐがあぁ!」

 

次の瞬間夜刀が吠える。そう、あのスペルの追いかける性質のお陰で、炎はギリギリ夜刀に命中していたのだ。知らずに避けた気でいた夜刀は動揺して、燃える尻尾をジタバタと打ち付けている。ざまぁみろ、これがホントの追尾弾だ。

 

「はっ!」

 

間髪いれずに飛び上がる。どんどん上に浮かび上がり、夜刀の胴体を見下ろせる位の位置にくると、丁度夜刀は口を開け、分身を吐き出そうとしている。

 

「しゃっ!」

 

その頭に向けてさっきの竹槍を投げつける。丁度鼻先が出始めた夜刀を、古い体の頭ごと貫いた。

 

「ふぎああっ!」

 

どちらの口が言ったのか、くぐもった声が響く。口一杯に自分を詰まらせたソレは、フガフガと出すも戻すも出来ずに頭から下を往生際悪く震わせる。

それを見ながら重力に任せて落ちる。その先は夜刀の胴体。そこに向けて火を吹くと、空気抵抗のせいで吹いたそばからオレの体が火だるまになる。だか、計算ずみだ。万が一動かれたら困るのに、火だけの攻撃じゃ心許ない。

 

「ふらあっ!!」

 

そのまま自由落下で体当たり。目をつぶった刹那に、体に焦げた何かがぶつかる感触がした。それが柔らかく冷たいものに変わった瞬間、目を開けて跳ね起きる。

 

「・・つっ、」

 

そこには夜刀の体の断面という中々にグロテスクなモノがあった。ピクリともしないのを確認して一息つくと、途端に肌が痛く熱く焼けるように痛みだし、思わず地面に体を投げ出した。

 

「っち〜・・・っ!!」

 

重さを加える為とはいえバカな事をしたものだ。いっそアイツみたいに脱皮できたら・・・

 

「・・・って、!」

 

敵を倒した安心感から思考があらぬ方向へ向きかけた時、肝心な事を思い出して頭を振り上げる。火傷の痛みも吹っ飛んだ。

そうだ、文と影狼がいる。アイツラは大丈夫だろうか。

 

「・・・・・・」

 

舌を出して気配を確認する。文も、影狼も生きているが、かなり消耗しているのが感じられた。

 

「くそっ!」

 

舌打ちし、地を蹴って飛び出す。周りを見るにもう大分離れてしまっている。早く行かなければ。手遅れにならないうちに。

 

「・・・っ!」

 

代わり映えしない、竹だらけの迷ってしまいそうな景色が続く中、夜刀の脱け殻なんかを頼りに息を切らしていると、地平線の先にようやく小さいそれらしい影が見えてくる。ついでに此方に背を向けたマンティコアが大声でがなるのまで聞こえてきた。

 

「おいウマぁ!手加減する暇があるんだったら手伝いやがれ!」

 

「・・・・・」

 

文との戦闘で奴も苦しいのか、最初のふざけた声色は消えて焦りと苛立ちが大きくなっている。隣のスレイプニールはそれが耳に障るのか何も言わずに、目の前で膝立ちの文と影狼を睨んでいる。といっても奴も背中しか見えないので表情は知らないが。

 

(む・・・)

 

ふと気づくと、こちら側を向いていた文と目があった。すると文がカードを取り出し、影狼に一瞬目配せする。スペルを使えという事だろうか。二人を巻き込む可能性はあるが、不意打ち出来るチャンスでもある。

(四の五のいってらんねえ・・・か?)

 

そして、考える間もなく。

「はっ!」

 

文が上へと飛び上がる。急なこの行動に、マンティコアとスレイプニールは揃って宙を見上げる。文はその頭上を飛び越え、オレの隣の辺りに落ちるかという場所に山なりの軌跡をつくって舞う。そこから視線を移して気付けば、今振り返ろうとするマンティコアとスレイプニールはオレの目の前まで迫っていた。

 

(ええい、ままよ!)

 

斜め上の空中にいる文を横目に、カードを発動する。

 

「炎符『轟龍烈火』!」

 

「せやっ!」

 

オレの中で最大の炎を吐き出すと、文が扇で突風を起こす。火は風に乗って倍ほどにも膨れ上がり、敵の二人に襲いかかった。

 

「!うわあっ・・・」

 

ボゴォ、という音と共に視界がオレンジ一色に染まり、熱気が全身を呑み込む。まぶた辺りがチリリと痛み目を押さえていると、ザン、という落下音が耳に入る。

 

「ちょっと文!危ないじゃない!」

 

影狼だった。急な動きについていけなかったせいで出来たであろう、ほんの少し焦げた髪の毛を揺らしながら、オレを挟んで文に噛みつく。考えてみれば責任の半分位はオレにある気もするが、まあわざわざ言うまい。

 

「いやあすいません。私自身今さっきピンと来たもので、目で合図する位しか・・・」

 

「全く・・・」

 

影狼はふん、と鼻を鳴らし、頬を膨らませながら二人のいた場所、ゴオゴオと炎が包む一帯へと視線を移す。

 

「・・やったかしらね?」

 

「だといいが・・・」

 

なにぶん油断は出来なかった。夜刀しかりどんな力を隠し持っているのか、戦った二人も掴みきれているとは限らない。左右の二人、そして目の前、背後と忙しなく目を泳がせる時間が暫く続いた。

 

それをある音が打ち破る。バサア、という何かの翼の音だった。

 

「きゃっ!」

 

文が叫ぶ。風を薙ぐ音と共に、炎が吹き散らされて此方に届いたのだ。

 

「生きてやがったか・・・!」

 

二人を庇いながら前に出て、風を起こした主を注視する。燻る煙と翼の影のせいで見えにくかった姿が、段々とハッキリと現れてくる。

 

「・・あいつ・・!」

 

影狼が目を見開く。立っていたのはスレイプニールだった。炎をはね除けたらしい黒い翼を広げ、身体中が痛々しい火傷に覆われているにも関わらず、やや斜めに構えて悠然と立っている、ように見えた。しかしおかしい。奴はあんな翼を持ってはいなかった。第一、もう一人はどこに・・

 

訝しんで見つめていると、スレイプニールの首がぎこちなく、ゆっくりと後ろを振り返る。それはよくみれば、たてがみを掴んでいる毛むくじゃらの手のせいだと分かった。そして、口が小さく動く。

 

「兄さん・・どうして・・」

 

「・・・え!?」

 

その掠れるような声が聞き間違いでは無いかと疑ってか、影狼が驚きの声をあげた。すると、黒い翼が折り畳まれてスレイプニールの陰に隠れ、入れ替わりに首もとから口の端を吊り上げた男の顔が覗いた。

 

「近くにいたお前が悪い・・・」

 

その嘲るような声は紛れもなくマンティコアのものだった。火に巻かれる前に、あろう事か弟を盾にしたのだ。スレイプニールは兄の顔を見つめながら、何か言いたげに口を震わせていたが、やがてネジが切れたようにガクリと首を垂れた。

 

「くたばりやがった。」

 

マンティコアはつまらなそうに呟く。影狼がオレを押し退けて前に飛び出す。

 

「あ、アンタ何て事・・!」

 

「コイツは本当にウザかった・・。生まれた時からな。」

 

マンティコアは影狼の非難などどこ吹く風で、相変わらずたてがみを掴んで首をぶらぶらと揺らして遊んでいる。その様子に憤慨してか、文も一歩踏み出し、身構えている。

その時ふと、二人は気づいていないようだが妙なものが目に入った。スレイプニールの体に隠れ、小さな尖ったものが微かに覗いている。それは丁度、マンティコアの尻尾に似ていた。そして、それが向く先には・・・

 

(・・・ルーミア!)

 

反射的に、横たわっていたルーミアに向けて体が飛び出していた。プシュ、と空気が抜けるような、飛び出すような音がしたが気にしてはいられない。一瞬の筈なのに間延びしたような、時間の中をもがくような感覚がした後、気づけば膝をつき、ルーミアを背中で庇うような格好になっていた。

 

眼下には間近で気を失っているルーミア。背中にプスリ、と奇妙な違和感が刺さった瞬間、「ああ、間に合った」とふっ、と時間がもとに戻る。そして次の瞬間。

 

「ぐぅっ・・・!?」

 

背中一面にまるで熔けた鉄を擦り込まれるような熱さ、痛みが広がり、瞬時に脳味噌まで届いて焼かれそうになる。ルーミアの体を横向きに覆った拍子についた手が、今にも崩れそうにブルブルと震え出す。暑いのか寒いのか、発熱と悪寒がない交ぜになって全身を駆け巡り、つぅ、と首もとを汗が滴った。

 

(なんだ・・・こりゃ・・・)

 

意識がブチブチと途切れそうになり、振り返る事もままならない中で、せめて耳に神経を集中させる。ジンジンと奥が痺れる感覚がする顔の左右に、マンティコアの声が入り込む。音の意味を捉えるだけでも精一杯だ。

 

「あらら、人質が変わっちまったか。まあ、どうでも良いけどよ。」

 

マンティコアの台詞の最後に、ドサリと乱暴な音が響く。スレイプニールの死体が捨てられたんだろう。

 

「どういう事です?」

 

文の尋ねる声。ゲラゲラと低い笑い声が返ってくる。

 

「あの女には俺特製の毒針が刺さっている。三十分もすればこの馬と一緒になんぜ。」

 

ひゅう、と息が漏れる。ドカッと音がした。スレイプニールが転がされたんだろうか。

 

「そ、そんな・・・」

 

「信じないか?だが解毒はお袋しか出来ねえよ。・・おっと、俺の生きた体から抗体を造るんだぜ。」

 

文の声から高飛車さが消え、代わりにマンティコアに凄みが増してくる。オレの命を人質にしたのだ。

 

「さあどうする?長引くのは損だぜ。アイツが死んでも良いなら別だがなあ。」

 

マンティコアは更にベラベラと態度を大きくしていく。二人にニヤニヤと詰め寄る様が目に浮かんだ。

 

(オレは・・死ぬのか?)

 

脳裏にそんな恐怖が浮かぶ。アイツの言が嘘でないなら、そういう事になる。文と影狼、マンティコアの声は聞こえなくなった。攻めあぐねているんだ。一人となったマンティコアを倒すのは可能だろう。しかしそうすればオレの体は治らない。奴のいう通りに青娥の元に行かない限りは・・

 

けど・・

 

「・・・・・」

 

眠っていて元気など殆ど見当たらないが、ところがどうして。オレにはどうしてもあどけなく、可愛らしいものに見えて仕方がない。今までも、いつでも心が暖かくなった。それが過ぎて、かえって胸がチクチクと痛んだ時もあった。

 

また青娥の所に戻ったりしたら、今度こそコイツはどうなるというんだ。

 

やはり駄目だ。奴の口車になんて。

 

・・・けど、オレが死んだらどうなるんだろう。

 

今見ている景色も、触る感触も、舌で感じる味も耳に聞こえる音も、鼻に届く匂いも全て消えるんだろうか。

 

(・・イヤダ。)

 

恐怖が思考に割り込んで来る。

 

いや、恐怖というより怒りにも似た、追い詰められての激しさが全身を中から引っ掻き回し、脳内に耳障りな音を撒き散らす。

 

死にたくない。痛い。まだ生きたい。助けてくれ。

 

この叫びを、人は自然なものだというんだろうか。冗談じゃない。そう怒鳴りたかった。コイツを犠牲にするだなんて、してたまるか。したいなんて気持ちが、オレの中にあるなんて―

 

―おい。

 

へ?

 

誰だろう。何かの声が聞こえる。聞いた事の無い、冷たい声。

 

―聞こえているんだろう。

 

やはり空耳じゃない。頭の中に直接響いてくる。

 

(・・・誰だ?)

 

口に出さずに尋ねてみた。その声はさも当たり前のように不可解な事を言い出す。

 

―私は、お前だ。

 

(何だと?)

 

意味が分からなかった。オレはオレだ。しかしあまりにあっさりと答えたので、この事は相手はあまり説明する気は無いように、なんとなく思えた。

 

(・・・何のようだ?)

 

単刀直入に聞いてみる。何処の誰だか知らないが此方はのんびりしている余裕は無いのだ。つまらない用ならたとえ頭に声が響こうが無視する気でいた。

しかし、ソイツは到底無視できない一言を言い放つ。

 

―殺してしまえよ。その子供を。

 

(!?)

 

背中が凍りついた。暫く何も言えずにいたがソイツは一向に冗談だとは言わない。不審と苛立ちが募り、噛みつくように言い返してしまう。

 

(ふざけんな。からかいなら他所でやってくれ。)

 

―おお怖い。おかしい事をいっているかい?

 

言葉は煽りを含んだようにみえるが、やはり冷たく、抑揚の無い声だ。ただ心臓にザラザラと砂をまぶすような嫌悪感をもって、声が段々と近くなってくる。

 

―そのガキは、お前の命よりも大事なモノか?

 

(それは・・・)

 

―ソイツのせいで死んでも構わないか?

 

(そういう訳じゃない。でも・・・)

 

抗弁しようとするオレの言葉は、水が瞬時に凍らされるようにピシリ、という響きをもって遮られる。

 

―誤魔化すな。今この場においてはイエスかノーだ。お前は生きたいと思っている。割り切れないのは、結局その欲が一番大きいんだ。

 

(・・・・・・)

 

思わず口が動いたが、言葉が出てこない。相手はオレを石ころか何かのように、一人で静かに語り出す。

 

―誰でも結局はそうさ。自分の為に他人を蹴落とそうとする。しかしどうして、誰しもがそのつまらぬ情や、表裏一体の憎しみに囚われる。

 

―お前も、そうだろう?

 

その問いかけに、半分は同意できた。今までルーミアや他の奴等に親しみを覚え、またそれを蔑ろにする奴には、当然怒りを覚えた。知らない筈がない。他ならぬ自分の事なのだから。

 

しかし、何故だろう。それとは違う、知らないはずの記憶が朧気な映像になって甦ってくる。

 

燃え盛る炎。

 

人、獣、草木、命を失って土くれのように横たわり、変わり果てた姿を晒す面々。

 

それを見た時、オレは悲しんでいなかった。確かに、その命を嘆きはしなかった。

 

―見てみろ。後ろを。

 

身じろぎ一つ出来ない程体は張り詰めていた筈なのに、首がすぅ、と滑るように回る。その先には、炎の欠片に囲まれながら佇むマンティコアと、足元に転がるスレイプニールの骸。

 

―あの時も、アイツとよく似た馬が死んでいたよ。丁度、周りもあんな風だった。死んだら只の肉の塊だ。皆簡単にそうなってしまう。

 

ああ。確かにそうだった。

 

―そんなモノに縛られるつもりか?よく思い出してみろ。お前が、私がその下らないモノから解放されたのは何時だ?誰も彼もが死に絶えた、あの時からじゃないか!

 

ざわり、と体に重たい空気が纏わりつく。その時ふと、マンティコアが此方に視線を向けた。

 

―だから

 

「ひっ」

 

一瞬にして目を見開き、泣き出しそうな恐怖を顔に浮き彫りにする。そして体の中に見えるあの黒く吐き気のしそうな顔たちが見えた。そいつらまで一様に小さくなり、怯えた猿のような声にならない鳴き声をあげる。

 

何がそんなに恐ろしいのだろう。

 

ああ、そうか。オレが、気づいたから。

 

結局は、生き物はちっぽけでつまらない。絶えず忙しなく求めあい、奪い合い、

自分の番がくれば情けなく逃げようとする。

 

下らない。

 

―殺せ。

 

首を元の方向に回す。眼下には倒れている幼子。

 

何を気にする必要があったのだろう。こいつも同じだ。オレを縛り、周りを飛び回る一匹に過ぎない。

 

そうさ、この腕を一振りすれば。

 

終わる程度の―

 

―「ん・・・」

 

「りざ・・・?」

 

「・・・え?」

 

はたと体が固まる。ルーミアが薄目を開けてオレを見上げていた。虚ろではあるけど生きている、光のある瞳。その目が微かに細められ、消え入りそうな声が、だけどハッキリと聞こえてくる。

 

「もう・・・なに、よ・・へんな、かお・・して・・」

 

ふ、とルーミアは微笑む。それを見た瞬間、体が弛緩して冷たいものが溶けていく感覚がした。それが流れ出たかと思うような生暖かい水が、顔の表面をスーッと流れていく。

 

(・・涙・・?)

 

視界が潤んでぼやけてくる。オレはさっき、この子に何をしようとしたんだろう。コイツはそれを知らずに、笑っていた。

 

「おぁ・・・」

 

「!」

 

背後で嗚咽の声が聞こえ、我に返る。目元を拭って振り返ると首から鮮血を迸らせて突っ伏するマンティコアに、右手の爪から血を滴らせる影狼が目に入った。

 

「リザさん!」

 

文が駆け寄ってくる。フラ、と勝手に軽く腰が上がった。

 

「大丈夫ですか、痛みとかは?」

 

「・・・痛み?」

 

「奴の毒針を食らったらでしょう!何とも無いんですか?」

 

あ、そうだっけ。しかし何ともない。それどころか疲労や火傷の痛みまで嘘のように消えている。

 

「ああ・・・何ともない。」

 

自分でも不思議で体を眺めていると、文がふと視線を落とし、顔をしかめた。何だ?いくら不思議でもそんな嫌そうな顔を。

 

「ねえどうしたのよ。二人して突っ立って。」

 

影狼が歩いてきた。息を切らし、服も泥だらけだ。

 

「影狼・・・ありがとうな。奴を倒してくれて。」

 

「奴が急に怯んだからよ。そんな事より・・・」

 

影狼は若干怒ったような様子で急き立てる。しかし、その表情がふと、キョトンとなる。

 

「・・・どうした?」

 

「貴女、尻尾は無くしていなかったっけ・・・?」

 

思わず振り返って手を伸ばす。確かに元の長さと大きさで、夜刀に噛みちぎられた筈の尻尾が生え変わっていた。

顔をあげ、文を見る。文は相変わらずしかめっ面でうつむいていた。オレの尻尾が一日経たないと戻らないのは彼女も知っている。だが戸惑いが見えないその表情が、少し違和感を覚えさせた。

 

「・・・っ」

 

「おっと。」

 

影狼がフラリと倒れそうになる。慌てて受け止めると、焦点がハッキリとしていない。その顔を覗き込んで、文がいった。

 

「脳震盪かもしれませんね・・・何にせよ早く医者に行きましょう。私も正直キツいですし。」

 

「ああ。」

 

頷いて歩き出す。すると肩を貸していた影狼が、途切れそうになって尋ねてくる。

 

「リザ・・・貴女は、ルーミアちゃんの方を・・」

 

ピタリ、と足が止まる。ルーミアに視線が一度泳いだが、すぐに首を横に振っていた。

 

「いや、いいんだ。文、すまんが頼む。」

 

文の方に顔を向けて作り笑いを浮かべる。偶然か文はあっさりと頷くと、ルーミアに駆け寄った。

 

「影狼、案内は文にしてもらう。無理しなくていいからな。」

 

「う・・うん。」

「う・・うん。」

 

影狼は数回まばたきしながら答えた。それを聞くなり体を抱え直し、振り返らずに文に尋ねる。

 

「文、どっちだ。」

 

「暫く真っ直ぐです。」

 

「よいしょ」と文がルーミアを背負う声が聞こえた。オレはそれを見もせず、言われた方向に歩き出していた。




土地柄のせいか馬が好きです。特に尻と瞳が好きです。
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