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「はあっ、はあっ・・」
どうも皆さん、東風谷 早苗です。私は今、三体の怪物に襲われています。犯人は大体見当がつきます。ついさっきあの二人に良からぬ仕打ちをしていたあの女性です。
どうやら、やはり狙っていた方は同じだったようで、私達は邪魔者のようです。しかも目的は正反対ときました。だからこうして手下を差し向けたのでしょう。
おっといけない。三体が一気に向かってきます。
「堪忍しいや!」
九本の首を持つヒュドラが、私など一呑みにできそうな口を開けて突っ込んで来た。
「ひゃあっ!」
ギリギリでかわす。しかし安心してはいられない。今度は他八本もの首が毒の息を吐いて来た。赤紫の禍々しい煙が、渦を巻いて迫ってくる。
「防御結界!」
咄嗟に御札を使って自身を四角い霊力の檻で守る。お陰で私は無事だったが、周りの鈴蘭畑が毒に包まれてしまった。あの毒草である鈴蘭も、見て取れる程に強力な毒気にあてられて無惨にも枯れていく。花が一斉に萎れていく様はさながら生命を吸いとられているようだ。ああ、ここに住んでいるお人形さんが悲しんじゃいます。
「ボサッとするな、人の子よ!」
「!」
この声は、ヤマタノオロチ。背後から八本の首の二つほどが、結界を張った私の両隣に頭を突っ込んできた。外したのか、と思った瞬間、足元が揺れる。
「きゃあっ!」
しまった。足元の防御を忘れていた。地面を連動して揺さぶられ、結界が解けて投げ出されてしまう。
「つ・・・」
体を起こそうとすると、何故だか視界が薄暗い。けれども原因は顔を上げてすぐに理解した。三つ首の悪龍、アジ・ダハーカの六つの目が私を見下ろしている。
「きひ、へ、死、死ネェ!あギィけけっ」
奇声を上げながら、中央からは炎、両隣からは青紫の毒の息が吐き出される。マトモに食らえば骨も残りそうにない。
「奇跡『白昼の客星』!!」
スペルを発動、レーザーと弾幕で何とか攻撃を吹き散らす。しかしホッとする暇もなく、他の怪物が迫って来た。
「ネーチャン、多勢に無勢なん分かっとるんか!?」
「足掻いた所で、我らは倒せん!!」
左右から挟み撃ちしようとするヒュドラとオロチを、最早気配だけで直感し、後ろに飛び退いていた。
「ぐはあっ!」
「のがっ!」
まっすぐ突っ込んだ二匹は互いに激突。かぶりを振って目の前の相手を睨む。
「いったいな!兄ちゃん前みろや!目ぇついとるやろ!」
「貴様よりは少ないわ!」
私を尻目に喧嘩をしだす二人。チャンスと思い攻撃を仕掛ける。但し、訳あってスペカではなくただの弾幕だ。
「があっ!」
「ぎゃう!」
至近距離から食らって二匹は倒れ込み、辺りを揺らす。続けざまに細長い首が何本か、バキリとエグい音を立ててもげた。誰しもが無惨に死んでしまったと思うだろう。しかし私はその二匹を凝視する。
「ぐうぅ・・・」
ヒュドラが唸りながら体を起こす。その時、もげた首が切り口からジュウジュウと音をたてながらまた元に戻っていった。
私は幻想郷にくる前、趣味程度に神話やらをかじっていた。ギリシャ神話の怪物、ヒュドラ。奴は確かに首が千切れても無限に再生する化け物だった。しかし、隣を見て、そのような知識はさしたる意味を持たないと改めて思い知らされる。
「鬱陶しい奴よの・・・」
オロチが遅れて立ち上がる。その首はヒュドラと同じく、何事も無かった様に元の姿を取り戻していく。
(・・・ですよね。)
日本人なら言わずと知れたヤマタノオロチ。奴はスサノオに首を切られてそのまま死んだ筈だ。斬ったらまた生えてきただなんて話はない。しかし現に目の前の怪物は八つの頭を取り戻し、十六の瞳で睨んでくる。
「がああひひゃあ!」
「フッ!」
ひっくり返った二匹の陰から飛び上がってアジ・ダハーカが襲ってくる。咄嗟に霊力を集中させてレーザーを放つ。
「ぎぇへ!」
レーザーは首もとを貫き、頭部に衝撃を受けたダハーカは派手に空中でひっくり返ってヒュドラとオロチの上に落ちてくる。
「ああもう!兄ちゃん二人揃ってアホちゃうか、こらぁ!」
「我を一緒にするな!」
「ぃひぃ・・・」
ヒュドラがダハーカをどついた拍子に、ダハーカの首がボトリと落ちる。そしてやはり同じ様に、元の首が生え出した。
ゾロアスターの教典に登場する悪龍、アジ・ダハーカ。奴も例によって再生するなんて神話には無かった。
「・・はあ・・はあ・・・」
実の所、何度も繰り返した光景だった。結果として、彼らには今と同じく傷ひとつ無い。対して此方の霊力はもう残り少ない。
「・・・・・・」
「あ、あれ、アジ?どないしたん?」
「不味い、地味にショックだったみたい。」
「な、そんな凹まんでもええやろ!雁首三つ揃ってガックリする程か!」
三匹がの漫才まがいの掛け合いも、今の私には余裕の現れに見えてくる。何しろただでさえ手こずる化け物が三匹にして首は合計二十本。それが再生能力持ちと来た。
「・・・はは・・・」
とうとう膝をついてしまう。言葉は乾いた笑いしか出なかった。考えてみれば奴等はそもそも偽者、もとい邪仙の創った怪物。わざわざ伝承に沿って弱点など残す筈もない。結局は人間でしかない私が、勝てる訳が無いのだ。
「これで終いや!」
「手こずらせてくれたな!」
「ぎぃーヤァーハッハアァー!!」
三匹が一斉に飛びかかってくる。私は立ち上がることが出来なかった。不死身の怪物を前に、疲労と諦めと恐怖が体の力を奪う。そこに二十本の首、四十もの瞳が獲物を喰らおうと迫りくる。
思わず目を瞑った、次の瞬間。
「ぜりゃあっ!」
張りのある誰かの掛け声。そしてドゴオッ、と地割れでも起きたかと思うほどの轟音と衝撃が、私の髪を巻き上げ、体を殴り付ける。暫くして自分が食べられた音ではないと気づくと、恐る恐る目を開ける。
「・・・へ?」
間抜けな声が漏れる。三匹はさっきまで私に標準を合わせていた頭を揃って天に向け、腹を晒してひっくり返っていた。その手前には衝撃波のように抉れた後が地面に残り、突っ伏した鈴蘭が地面のヘコみに沿って半放射状のウェーブを描いている。
そして、私の最も近い目の前には。
「大丈夫かい、早苗!」
「・・あ、貴女は・・!」
背の高い、スラリとした曲線にかかる長い金髪。白いTシャツのような上着に青地に紅い線が入った長いスカート。手にはあの大きな盃を持ち、以前は見なかった大きな酒の瓶を背負ってはいたが、それが誰なのかはすぐに分かる。
「星熊・・勇儀さん?」
「ああ。手を貸すよ。」
振り返った横顔に、額から伸びる角が見えた。微笑みかける鬼の表情はえもいわれぬ頼もしさを感じる。
しかし、今ここに来たという事は、地底から追いかけて来たのだろうか。
「あの、どうして・・」
「細かい話は後だ。」
勇儀さんの目が微かに鋭くなる。私が思わず怯むと、今度は向こうで起き上がる三匹に視線を移す。
「あいつらは?」
低い声で唸るのを気にも止めず顎でしゃくる。私は慌てて丸っきりの敵ですとアピールした。
「違うんです、私達とは関係ない人が造ったお化けです。やっちゃって下さい!」
手をパタパタさせながら身ぶり手振り交えて叫ぶと一瞬戸惑った表情はされたが、「その辺は詳しく聞いていないねえ・・」とかったるそうに首を鳴らすと、クルリと奴等に向き直る。
「・・一人増えたか。少しはやりそうだな。」
「おお、言うねぇ。そのデカイ体がハッタリじゃ無きゃ良いが。」
オロチの軽口もどこ吹く風。勇義さんは背負ったら瓶の紐を手繰り寄せると、持っていた盃に、恐らくお酒をなみなみと注ぎだす。敵を前にして並々ならぬ余裕・・いや、駄洒落じゃ無いですよ?
「舐めるな、小娘が!」
地響きをたてながらオロチは突進する。勇義さんは盃を水平に保ったままゆっくりと腰を沈めると、残った手で拳を握ってポツリと呟く。
「・・ヤマタノオロチは酔っぱらって退治されたけど・・」
喋っている間にもオロチは勇義さんを呑み込みそうな勢いで近づいてくる。その距離が腕が届きそうな程縮まった瞬間、勇儀さんは体をバネのように捻り、背中が跳ねた。
「うぎゃああっ!?」
刹那にオロチの悲鳴が響く。そしてその声が尾を引くかと思われる程に体は吹っ飛び、バウンドして二、三個半径十メートル程のクレーターを作った後に鈴蘭を五十メートル位引き潰して、ようやく転がるのが止まる。数分間、私含め勇儀さん以外は呆気にとられてオロチのダメージの跡を見つめていた。
「アンタらに酒は勿体無いね。女の子を苛めるモンじゃないよ。」
勇儀さんは退屈そうに盃の酒をあおりながら、残りの二匹を睨む。ポカンとしていた兄弟はびくりと体を竦ませた。
「まだやるかい?」
「むぅ・・」
指先をちょいちょいと挑発的に振る勇儀さんに、ヒュドラが九本の首をたじたじと引っ込ませる。しかし、すぐに倒れていたオロチにチラリと視線を流した。
「ぐ・・」
そこでは、腹に空いた穴を首の再生と同じ様に塞ぎながら起き上がるオロチがいた。
「・・・・・」
勇儀さんの余裕に影が差したのが、表情を見ずとも雰囲気で分かる。ヒュドラとダハーカが揃って口を歪ませて笑う。
「強い女は好きやけど・・生憎ワイらは不死身や。」
二匹は、非アジア圏の龍特有の大きな翼を威圧するかのように広げる。余裕を取り戻し臨戦態勢を取る二匹を前に勇儀さんは黙って拳を作り直す。不味い、そう感じて背中に向けて叫ぶ。
「勇儀さん!力任せじゃ奴等には・・」
「とはいっても、今まで大概は力任せだったからねえ・・」
勇儀さんには珍しい弱った台詞は、結局最後まで聞けなかった。二匹が同時に突風を巻き起こしながら翼を広げ、上空から急降下してきたのだ。
「!危ない!」
勇儀さんが咄嗟に私を突き飛ばす。一瞬の事で加減が甘かったのか、私は声にならない悲鳴をあげ、後ろに引っ張られるように吹っ飛んだ。視界に映るものが一気に小さくなる。勇儀さんのアッパーがダハーカの腹に突き刺さったのが見えた瞬間、私は地面に背中を打ち付け、鈴蘭と土の匂いがない交ぜに鼻をつく中をゴロゴロと転げる。
「っ!」
全身の擦り傷の痛みも忘れ、飛び起きて前方を凝視する。勇儀さんは突き上げた拳をダハーカの腹に深々と突き刺しており、すぐ隣では翼をはためかせたヒュドラが何を狙っているのか、黙って勇儀さんを見下ろしている。勇儀さんは迂闊に動けないのかめり込んだ拳ももう片方に持った盃をもそのままに、浮かんでいる二人を顔を上向けて睨んでいる。
「おらっ!」
遠くからでも響く掛け声と共に、勇儀さんはヒュドラに蹴りを仕掛ける。しかしその瞬間、ダハーカの翼が素早く動き、"ヒュドラの腹を切り裂いた"。
「!?」
「え!?」
何が起きたのか分からずに目が丸くなる。勇儀さんも振り上げた足をビクリと固まらせた。ヒュドラの腹は横一直線に赤い線が走り、それがジワジワと滲むように太くなっていく。
勇儀さんはそこから何かが出るのかと警戒してか、ダハーカよりそちらに注意を向けていた。私も含めてだ。しかし、フッとダハーカの傷に目を泳がせた瞬間、腕が刺さった裂け目が微かに、モゾリと動いたように見えた。
その直後、私がその正体に気づく前に、勇儀さんが悲鳴をあげた。
「うひゃあぁっ!?」
「っ!勇儀さん!」
地面を引き摺られるような、お粗末な低空飛行になるのも構わずに飛び出す。勇儀さんの腕が、ダハーカの腹から湧き出た蛇や蠍などに瞬く間に覆われたのだ。私が近づく間にも、勇儀さんは盃も放り出して屈み込み、必死でゲテモノ達を払っている。
「わ、わっ!気持ち悪っ!」
女の子みたいにあたふたする勇儀さんは珍しい。しかしそれもすぐに終わる。先程のヒュドラの腹の傷から、噴水のように血が溢れだした。
「なあっ!?」
「きゃうっ!」
降り注ぐ赤い液体を咄嗟に避ける。しかし自分に集る奴等に夢中だった勇儀さんはその半身に否応なしに浴びてしまった。
「っしゃあ!作戦成功!」
「いィーっッやっはァー!」
二匹は何を企んでか、血塗れの勇儀さんと隣の私に何もせずに飛び退いた。
私達が怪訝な顔を見合わせると、オロチがノソリと起き上がり、呟く。
「成る程・・考えたな。」
「へへ、せやろせやろ?」
二匹は余裕綽々の口振りで笑いあうが、此方には何が危ないのか見えてこない。勇儀さんが苛立ち紛れに酒をつぎ、それを掲げて叫ぶ。
「おい!何する気か知らんが、私の体は並大抵じゃあ・・・・っ!?」
しかしその声はまたもや中断された。今度は敵が近付いたのではなかった。勇儀さんが突然盃を取り落とすや、腕を押さえて震えだしたのだ。三匹はニタニタとそれを眺めている。
「勇儀さん!」
駆け寄って肩を揺する。一瞬の間だというのに、首筋にジワリと汗をかいている。頑丈な筈の鬼の体を蝕む何か、この血だろうか?パニックで思考が纏まらず、おろおろと呼び掛けているうちに、地面に落ちた盃からは酒がなす術もなく土に染み込んでいく。
「・・確かに、強靭な体を持つ者は探せばいるかもしれん。」
おもむろにオロチが口を開く。焦っていた顔をあげると、ヒュドラが鎌首をもたげて軽い声で続ける。
「せやけど限度は往々にしてある。例えば傷口から体内に入り込むとかな。」
「ひひっ。」
ヒュドラの首の一本がダハーカと顔を見合わせ、笑う。他の首は私を見据えると、ぐっと顔を近づけてわざとらしく首を斜めに傾ける。
「ワイの血は猛毒や。弱い奴なら皮膚に触れるだけでコロリといく。んでアジの腹ん中には蛇や蠍がわんさか居る。そいつらが作った小さい傷が、毒を体内に入れる決め手になった、いう訳や。」
ヒュドラが得意気に鼻を鳴らす。私は勇儀さんの方に目を移した。
「勇儀さん、今はどうかじっとしてください・・。」
「くっ・・ふざけんなって。そうしたら早苗はどうなるんだい。」
強気な声をあげるが、無理をしているのがありありと見て取れた。顔色まで真っ青になってきている。
「お、なんや撫でて欲しいんか。エエでエエで。ワイは兄ちゃんとちゃうからな。腹割った仲やー、なんつって。」
「・・甘やかすと付け上がるぞ。」
ヒュドラは首を絡ませてくるダハーカの頭を顎で撫で、オロチはそれをしらけた目で見つめている。私達には目もくれていなかった。が、それも当然だ。彼らの傷はとうに消え失せ、その傷を負わせた勇儀さんは動けなくなり、残るのは今までずっと太刀打ち出来なかった、私だけ。
目線を合わせる為に屈んだ膝が動かない。手はブルブルと震えて汗ばみ、背中に寒気を感じながらも三匹から視線を動かす事すら出来ない。
無論夢ではない。この、今まで一匹も倒せなかったのが、一気に。しかも、今度は勇儀さんが・・
「せや、ついでに言っとくと動かん方がエエで。毒がすぐに回ってまう。」
「・・・・・」
いや、逃げてしまおうか。だって勝てやしないんだもん。勇儀さんは置いてきぼり、しかないけど・・
まあ、この人なら逃げろっていうかも。いや言うに違いない。だって私はか弱い人間だし・・・
「今度こそ終わりだ!」
ああ、オロチが!ダメだ。迷っている暇なんて無い。早く・・・!
「早苗、逃げろ!」
「・・・っ―!
―秘術『グレイソーマタージ』!!」
咄嗟に使ったスペルカード。その力は星の形を成し、オロチを吹き飛ばす。いつの間にか立ち上がっていた私の背中に、勇儀さんの声が響く。
「・・・お前、なんで・・」
「・・・なんででしょ。」
自分の手を見つめながら、ポカンとした受け答えをする。オロチは例によって数本再生し始めている首と、体を持ち上げる。
「そこまで死にたいか・・・女ぁ!」
逆鱗に触れたか、オロチが頭が戻らない首もそのままに迫りくる。不味い、どうしよう。ただの攻撃じゃいたちごっこだし・・・。
はたと冷静になった途端どうして良いかと立ち尽くしてしまう。そんな時、すぐ横を金色の髪がなびいた。
「ふん!」
続けざまに、突然目の前がオレンジ色に染まり、凄まじい熱風が肌を包む。睫毛が焦げるような感覚に、思わず目をつむる。
「・・・?」
「ぐおぉ・・お。」
目を開けると、オロチは呻きながらひっくり返っていた。体にはいつの間についたのか火が点々と燻っている。
「はっ・・はっ・・」
私の前に躍り出た勇儀さんが荒い息をはく。助けてくれたのは、この人・・?
「勇儀さん、どうやって・・」
「見よう見まねさ。」
振り返って盃に残っていた酒を飲み干した。
そうか、いつだったか鬼の伊吹 萃香(いぶき すいか)が酒を飲んで炎に変換する術を使っていたっけ。ぶっつけ本番で使うとはすごい。そして腕力意外にアテが出来たのはすごいラッキーだ。
「む?」
私が希望と懸念の整理をつけようとしていた所で、ヒュドラが珍しく真剣な声をあげる。九本あるにも関わらず首は全てオロチを注視していた。それに倣ってダハーカも三本の首をオロチに向ける。
「・・兄ちゃん、その首・・」
「・・・・・」
オロチが絶句する。その原因は兄弟含め全員に一見して分かるモノだった。
今までならとうに再生し切っている筈の首が、戻っていないのだ。三本のちぎれた首は治癒の気配すら見せず、あの火で焦げた断面が美味しく無さそうな匂いを漂わせている。
「・・・勇儀さん。」
「なんだい?」
三匹が狼狽えている隙に、勇儀さんに耳打ちする。この予想が当たれば、もしかしたらチャンスかもしれない。
「今思い出したんですが、伝承通りなら、再生するのも火が弱点なのも、ヒュドラだけなんです。」
「ほお?」
勇儀さんが眉を寄せる。まだ話し始めだが、興味は引けたようだ。
「にもかかわらず、三匹とも再生出来ていた・・・。」
「・・・本物じゃない、かい?」
「ええ、それはお互いに承知でしょう。いよいよ重大なのはこの後。」
勇儀さんは手に持った盃の存在を忘れたかのように、顔を此方に向けて聞き入っている。私は一応三匹に注意を向けながら話を続ける。
「あの三匹の再生は、恐らく伝承とは―いえ、幻獣の体の原理なんざ知りませんが―それとは無縁の、共通のつくりがあったのでしょう。」
「三匹の・・・共通の・・・」
「ええ、恐らく弱点も・・・」
勇儀さんは一度「ふむ」と頷き、私と顔を見合わせる。
「あの火を、もう一度出来ますか?」
「生憎手加減までは出来そうに無いがね。」
「上等です。」
互いに頷くと、未だ此方を向いていない三匹に、まず私が攻撃を仕掛ける。
「奇跡『ミラクルフルーツ』!!」
「!」
三匹が振り返った頃には、大量の弾幕が着弾していた。三匹が怯み、特に大量にぶつかった首はもげていく。続けて勇儀さんが酒を口に一気に含むと、敵が立ち直る前に大きく息を吐いた。さっきは思わず見ずにおいてしまった、巨大な三匹を丸ごと呑んでしまいそうな爆炎が視界一杯に広がる。所々の頭を失った龍の影が三匹ともオレンジの色に消えた。
「これで・・・!」
焦げ臭いのを堪えながら、前方を凝視する。すると炎が大きくうねり、中から飛び出す何かが振られる勢いで掻き消える。
「があああぁっ!」
ヒュドラが絶叫した。既に頭は二つにまで減り、炎を散らした翼も所々焦げている。オロチの頭は三つに、そしてダハーカは三つしか無かった頭を全て失い、倒れて動かなくなっていた。
「なんでや・・・」
ダハーカの死体を見つめながら、ヒュドラが呟く。そして此方に向き直るや焦りを露にして喚きだした。
「なんでや!なんでこないなるんや!ワイらは不死やって、オカンがそう言うたさかい・・・」
ヒュドラの台詞は途中で力を失い、途切れた。代わりに荒々しい息を出し入れする彼に、私は一言だけ思った事を口にする。
「・・・あのお母さん、あんまり信用しない方がいいですよ。」
「へ・・・」
二匹が揃って呆然となり、次第に表情が泣き出しそうな具合に崩れていく。「そりゃないぜ。」なんて台詞が聞こえて来そうだ。
「・・・我が子に嘘をつくとはね・・・。墓参りにもくるか知らん。」
勇儀さんがお酒を注ぎながら呟くと、二匹の顔が一斉に、サアッと全て青くなる。さっきまで不死身だと信じていたのが、「死」がにわかに近づいて来たのだ。
「ヒュドラ!来い!!」
オロチが踵を返して逃げ出すと、ヒュドラも慌ててそれを追う。咄嗟にお札を取りだすと、投げたそれを誘導し、遠くに別れて配置し力を込める。(出でよ結界!)
他の者には見えない霊力の壁を作り出す。先頭を走っていたオロチはガラスに間違ってぶつかるように、頭を強かに打ち付ける。
「何してんねん兄ちゃん!パントマイム!?」
「違う!ここに見えない壁が・・・あ。」
結局、その先は言えなかった。行かせなかった。
―
「はあ・・・漸く終わりか・・・」
勇儀さんがため息をついて座り込み、またお酒をあおる。この場から撤退すべきか、と考え出した時、突如フラりと目眩がした。
「おっと。」
勇儀さんが受け止めてくれる。とはいえ腕にこもる力のなさ、中腰でふらついているのを見ても明らかに毒のダメージを受けている。
「・・悪いけどさ、お互いに肩貸そうよ。どうせいく先は同じだろ。」
勇儀さんは苦笑いした。私は共闘したとはいえ警戒すべき相手だろうに、素の顔だと一目でわかる。
「・・・・はい。」
実際疲労や怪我のせいで断る訳には行かず、頷いて一緒に浮かび上がった。
その時、永遠亭に行くのは、何となく嫌な予感がしたけれど。