トカゲ娘が幻想入り   作:ごぼう大臣

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永琳さんじゅうななさい


オレは出ていく、理由はなぁに?

 

 

 

「くく・・流石ですね。霊夢さん。」

 

口から血を垂らしながら青娥は笑う。自分や相棒や手下がボロボロになろうが決して嫌らしい光を失わないその瞳には、首根っこを締め上げるこの期に及んでは呆れ果てるばかりだ。

 

「・・何がおかしいのよ。」

 

放り投げると人形のようにドスンと転がる。それでも青娥はく、くくっと笑い声を漏らしていた。

 

「もう行くわ。用はない。」

 

背筋に走る薄気味悪さを振り払いたくて、無駄に大きな声をあげてしまう。青娥は相変わらず寝そべって背を丸めたままひきつった笑いを絶やさない。踵を返して離れようとした時。

 

「間に合うと良いですねぇ。」

 

背中に冷え冷えとした声が届く。思わず足を止めると、独り言のように青娥は話し出した。

 

「あの封印はもう殆どガタが来ていましたからねぇ。いつふとした切欠で爆発するか・・・

"両方とも"。」

 

忌々しい奴だ。此方が急いでいる時にも、コイツの減らず口は相変わらず。そんな事はこちとらとっくに分かっているというのに・・・

そう、分かっているのだ。本当なら目もくれずに飛び出す所なのに、つい足を止めて耳を傾けてしまう。額に汗が滲んできた。これは戦った汗だ、等と誤魔化す気も失せる。あんな戦いで消耗してたまるか。

 

「今更ですけど、片方でも目覚めたなら・・・。

ふふふ。貴女方が慌てふためく姿も十分面白いですが・・・」

 

「・・・っ!」

 

ふざけるな、と怒鳴りそうになったが、却ってその弾みで体が動いてくれた。結界をこじ開けて外へ。

早く、早く止めなければ。

「前の巫女も貴女も封印した、だけどそのせいで、今回は・・・」

 

奴の独り言も無視した。因果は、待ってはくれない。

 

 

 

 

「・・・ドコも、悪くない?」

 

「ええ。」

 

赤と青のツートンカラーの変な服に長い銀髪を三つ編みにした、長身の女が事も無げに言う。道具を片付けながら、目も合わせずの一言だった。

 

ここは永遠亭。竹林の中にある医者のようなもので、マンティコア達との戦いの怪我を診て貰おうと駆け込んだのがここである。

しかし、院長(?)の八意 永琳(やごころ えいりん)先生の診断結果は素っ気ないものであった。曰く。

 

「体には何の異常もない。外傷も無いし、その尻尾も再生しているし、毒とやらも検出されなかったわ。

・・・何なら頭も診てみる?」

 

・・最後の嫌味は余計だ。要するに「なんともない」らしい。ついさっきまでダメージを負っていた筈の自分が見た目や自分の実感のみならず医者の目を以てしても健康体扱いとは、ますます違和感が募る。

 

「・・・どういうこった。ボロボロだったってのに。」

 

「その話を嘘とは言わないわ。現に他の二人は傷ついていたし。・・・考えられる理由としては・・・」

 

永琳は顎に手を当てて黙りこむ。少ししてもっともらしく頷くと、人差し指をたてて言う。

 

「元々の体質じゃないかしら。回復力や毒への抵抗が強かったりしたのよ。きっと。」

 

「都合の良い話だな。今までそんな事・・・」

 

「今になって力が現れた、てやつよ。一体一種のワンオフだし、ありそうなものだわ。」

 

「・・・・・・」

 

永琳は嬉しくも無さそうに無表情でこう述べるが、喜べないのはこちらも同じ。もし聞いた状況が違ったなら随分とワクワクしてくる話だ。能力が少しずつ開花するだなんて、ますます厨二病感極まる。しかし、実際のオレはすんでの所で・・・

・・あの時聞こえた変な声の正体も尋ねてみるか。案外体の異常を掴んでなんかいるかも知らん。

 

「なあ・・・」

 

永琳を見据えて口を開く。しかし質問を口にしそうな所で、部屋に二人別の人間が入ってきた。

 

「師匠。他の二人の診察、終わりましたよ。」

 

「ちょいと傷はあるけど、妖怪だし放って置いても大丈夫なレベル。」

 

「・・そう、ありがとう。うどんげ、テイ。」

 

"うどんげ"と呼ばれたのは、ピンクのロングヘアに紺のブレザー、ピンクのスカート、頭には兎の耳を着けた少女。生真面目そうな顔にはこれまた兎のような赤い目が二つ光っている。実名は鈴仙・優曇華院・イナバ(れいせん・うどんげいん・いなば)とかいう長ったらしい名前らしい。なんでも、ここで働くときに名前が一つ余計にくっついたんだとか。

 

もう一人の"テイ"。彼女はピンクのワンピースを着た十歳程の見た目の少女。黒いショートにこれまた兎の耳がある。

二人は永琳の仲間のようだ。

 

「・・ありがとうな。助けてくれて。」

 

「気にしないで下さい。患者を治しただけです。」

 

優曇華はやはり硬い声色で頭を下げる。しかし、顔を上げると、その表情にふと影が差す。

 

「ただ・・」

 

「・・・?」

 

一拍置いて、優曇華は俯いて言った。

 

「ルーミアちゃんは・・・未だ意識が戻らない状態です。検査をしても原因がハッキリしなくて・・・」

 

「う・・・」

 

安っぽい期待はしていなかったが、改めて言われると重く胸にのし掛かる。あの青娥の施した術は、相当厄介なものだったらしい。

・・・オレがもっと、用心していれば・・・

 

「行ってきたら?心配でしょう?」

 

永琳がルーミアのいるらしい方向へ手を差し出す。勿論心配はしている。けど、それだけじゃ無いのだ。それを彼女は知らない。言えていない。それどころか、他の誰にも。

 

「どうしたのさ?」

 

テイが上目使いに尋ねてくる。その目から逃れたくて、やっと足が動いた。

 

「ああ・・すまん。」

 

ノロノロと永琳の指した方に歩き出す。暫く廊下だけが続き、何度か曲がった先にようやく見えた扉を開くと、

 

「・・・ルーミア。」

 

白いベッドに寝かされているルーミア。相変わらず起きる気配など欠片も見せず、表情は奇妙な程安らかで不安を掻き立てる。

 

「・・・・・・」

 

傍らの椅子に腰掛け、ルーミアの顔を覗き込む。今は閉じているこの目が、再び開いてくれるだろうか。もし万が一、このまま・・・

そうしたら、他の皆は何と言うだろう。今は気を遣ってくれていても、二度と戻らなくなれば話は別だろう。

 

責められるだろう。

 

罵られるかもしれない。

 

蔑まれるかもしれない。

 

それにもし、ルーミアが目を覚ましたとしても、オレに何ていうか・・・

 

いや・・まさか、それでもアイツラは・・

 

「・・・・・っ!」

 

嫌な考えが浮かんで顔を覆った。何を言われたって良い。寧ろ罵ってくれとさえ思えた。手で塞がれた視界の中で、ルーミアや文、影狼、勇儀、チルノや出会ってきた皆の顔が浮かぶ。

 

怒りを向けずにいるのはやめてくれ。オレが目の前の現実に向き合うのを、支えたりなんてしないでくれ。でないと・・・

 

オレがオレを、許せなくなる。

 

 

 

 

「・・・さて、わざわざ来て貰って悪いわね。」

 

リザをやり過ごし、ルーミアの部屋に行ったのを見計らって、文、影狼の二人を連れて来てもらった。さすが妖怪、回復は完全じゃなくとも行動に支障はないらしい。しかし、文はともかく影狼はやはり何の為に呼び出されたのか分からず不審な面持ちだ。

 

「・・・永琳。何なのよ。怪我人をわざわざ呼び出して。」

 

「脳のレントゲンは問題なかった筈よ。心なしか大きさが・・・」

 

「ふざけないで。第一リザのいなくなった間に、何のつもりよ。」

 

がるる、と毛を逆立てる影狼。折角塞いだ頭の傷が開くわよ。とからかいたくなったが、今はそんな場合じゃない。

 

「リザが居ないからこそ、よ。ねえ文。」

 

目配せすると、文は真剣な顔で頷く。それを見てようやく影狼が怪訝ながら昂りを抑える。

 

「・・・こうなった以上、貴女にも教えて置く。リザと、ルーミアの秘密を。」

 

「秘密?」

 

ガタン、と影狼は身を乗り出す。すぐにでも話して欲しそうだったので、優曇華とテイを見張りにたて、声をひそめた。

 

「・・・―」

 

 

―・・・

 

 

「・・・嘘・・・」

 

影狼は呆然としていた。そりゃそうだ。常識的に考えてあまりに浮世離れしている。しかし、ここは"幻想郷"。それがあり得る場所。そして、現実になってしまった。

 

「・・・嘘で言わないわ。こんなの。」

 

く、と伸びをして、少しだけボンヤリと天井を見上げた。呑気でいるわけではない。目の前の危機が途方も無いのだ。影狼のようにポカンとしない程度に出来た己の頭脳が恨めしい。頭痛がしてくる。

 

「しかし・・・」

 

背もたれに体を預けていると、文が恐る恐る口を挟んでくる。

 

「何かしら?」

 

「そんなに、その現象は畏れられたんですか?それこそ、件の存在が生まれる程・・・」

 

今更聞かれても仕方のない質問だったが、文とて出来るだけ詳しく把握しなければ落ち着かないのだろう。しかし生憎私もお手上げ、と肩を竦める。

 

「さあね。確かに当時も私は生きていたけど・・まだ子供だったし。何より月にいた頃だし。」

 

「・・・・・・」

 

文は黙りこむ。しかし彼女もバカではない。その類いの存在の成り立ちを考えれば、答えは自明なのだ。

 

"それ"が生まれた太古の昔、科学というものが影も形もなかった頃、人類は周囲を取り巻く自然の恵みや厳しさを自身の想像力をもって独自の哲学、物語で表現した。

神と悪魔の戦いで昼と夜が、神々の色恋沙汰の罰で夏と冬が、雷神の怒りで雷が、天狗のイタズラで山の暴風が。

世界の人々が思い描いたそれらが時代と共に真実から幻想へと移り変わった。その受け皿が幻想郷だ。

 

その法則が狂った訳ではない。彼女も正しくこの箱庭に招かれた一人、だが。

 

人々の想像力は果てしなく広い。たとえ世界の何処かで同じもの、夜の闇、冬の寒さなどに怯える人間が居たとしても、それぞれにとっての正体は違うもので、違った恐ろしさを秘めていたりする。永い歴史、数多の物語によって同じ事が繰り返され、果てには今の事態をもたらした。

 

二つの、大きな幻想。

 

ともすれば、下らないとさえ思えた、気違い沙汰のようなあの神話のぶつかり合い、動乱が目の前に・・・

「師匠・・・!」

 

思考に耽っていると、優曇華が囁いてくる。文と影狼は話していた事を感づかれまいと椅子を立つ。

しかし。

 

「・・・・・・」

 

フラりと現れたリザは、此方には目もくれずにスタスタと出口に向けて歩いていく。

 

「ち、ちょっとリザさん!」

 

文が慌てて声をかける、それに振り向いた顔は、見るからに沈み、瞳の中も淀んで見えた。それを見て文は一瞬息を呑んだが、すぐに気を取り直して口を開く。

 

「何処に行くんですか?」

 

腰に手を当てて尋ねる文。リザはフッと目を伏せる。

そしてしばらく黙っていたかと思うと、ふと、小さな声でこう言った。

 

「・・出てく。」

 

「はい!?」

 

文の声が跳ね上がる。影狼も目を見張るが、相変わらずリザの顔は冗談を言っている風ではない。

 

「いやいや、ちょ・・ルーミアさんがあんな状態で、傍にいてやらないんですか!?第一、行く宛は・・」

 

慌てて肩を掴む文だが、リザと目が合うと捲し立てていた台詞が勢いを失う。リザは軽く手を退けると、どこか泣きそうな表情で目を逸らすと、ぽつりと呟く。

 

「・・すまん。」

 

「へ?」

 

直後、リザが背を向け戸口から飛び出す。呆気にとられた文がややあって我に返り、影狼も追いかけようと駆け出した。

 

「リザ!ちょっと待ちなさ・・」

 

「ひゃっ!」

 

「きゃっ!」

 

文と影狼が後を追って飛び出そうとした際、文が目の前の何かに、影狼が文の背中にぶつかって玉突きの如くひっくり返る。二人が唸りながらかぶりを振っていると、外から誰かが同じく痛みをこらえた声をあげながら中に踏み込んできた。

 

「いっちちち・・おろ、文・・に影狼、だっけ?」

 

「・・勇儀、さん?」

 

そこに立っていたのは、鬼の星熊 勇儀だった。彼女は眉をひそめて部屋をキョロキョロ見渡すと、腰を押さえて立ち上がろうとする文に尋ねる。

 

「なあ、さっきリザが飛び出して行ったんだが、何かあったのか?」

 

「いえ・・私にもさっぱり・・」

 

「テイ、貴女こっそり見に行ってたり・・」

 

「しないよ。今度ばかりは。」

 

文に優曇華、テイが顔を見合わせるが一様に首を横に振る。しかし、影狼だけが何やら不審な顔つきで、勇儀のそばに詰め寄る。

 

「なんだい?」

 

「この匂い・・誰かいるの?」

 

「・・む・・」

 

影狼が睨むと勇儀は少し困った顔をし、此方からの死角にを振り向いて声をかける、

 

「・・早苗、もう出てきなよ。」

 

そうすると、勇儀に隠れるようにしておずおずと、東風谷 早苗が現れた。その瞬間文が「あ!」と声を張り上げてビンと背筋を伸ばす。

 

「早苗さん!よくも貴女ノコノコと・・」

 

「・・・っ」

 

「え?」

 

早苗が小さくなって勇儀にくっついた。影狼は事態を把握出来ずに戸惑っている。文は早苗を指差して影狼に振り向くと、彼女の荷担した企みを暴露する。

 

「この人はルーミアさんを連れ去ったんですよ!理由があるにせよ、あんな状態まで追い詰めてよくも・・・」

 

「ち、違っ・・・」

 

早苗は何やら抗弁しかけていたが、怒りで文の耳には届いていないようだ。見かねた勇儀が割って入る。

 

「文、落ち着け。」

 

「勇儀さん・・・!」

 

普段なら鬼の姿を見るだけで縮み上がる文も、今度ばかりは収まらない様子でぐぐ、と拳を握っている。勇儀は早苗を見やると、文に言い聞かせるように語りかける。

 

「今は、早苗も私も参ってんだ。頼むから物騒な真似は止してくれ。」

 

「む・・・」

 

文は一瞬唇を噛むが、やがて早苗を見据え、影狼や私を一瞥すると、ぎこちなくコクりと頷いた。

 

「・・・分かりました。私はリザさんを連れ戻してきます。話はその後でじっくりさせて貰いますからね。」

 

文は一方的に言い放つと、早苗を押し退けて出ていこうとする。私は、そこで呼び止めた。

 

「待ちなさい。」

 

「・・・!?」

 

文は苛立ちの募った目で私を睨む。勇儀も怪訝な顔を向けてきた。

 

「何故わざわざ連れ戻すの?」

 

「それは・・・」

 

文の言葉を敢えて遮り、重ねて問いかける。

 

「・・・少なくとも、さっきの話を聞いたなら、ハッキリと危険性は分かるでしょう。

自分から離れてくれたのよ。有難い話じゃない?」

 

「・・・お前な!」

 

勇儀が声を荒らげる。目をまっすぐ見なければ怒られそうだ。

 

「・・・貴女は、どこまで知っている?」

 

「さとりから大体聞いたよ。あいつの正体も、早苗のした事も。」

 

「・・・そう。」

 

話が早いと安堵すると同時に、知っていてもなお彼女は情を優先するであろう事を考えると、憂鬱だ。まあ、理詰めで攻める他あるまい。奴との肉弾戦はこの不死の体でもお断りしたい。影狼は未だ不安げに視線を泳がせているが、後々詳しく話すとしよう。また、私も聞かねばならない事がある。

 

「・・・体を壊したルーミアはこっちにいるわ。リザは健康体。本人が出ていきたいなら、ひき止める理由もない。願ったり叶ったりよ。」

 

「それはお前らの都合だろうが!」

 

勇儀が一歩床を踏み抜いた。早苗や影狼、優曇華にテイに文までが全員体を竦ませる。予想していた範囲内だ。単純なやつ。

 

「・・・確かに、私達も不都合は避けたい。でも・・・」

 

しっかり見据え、勇儀に詰め寄る。

 

「合理的な理由が無ければ承服できない。これに限っては。」

 

下手したらここが、幻想郷の生死を分ける。

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