◆
―『起きたか。』
「・・・おはよう。」
目覚めて一番に、声だけの得体の知れない相手の挨拶。嬉しくも何ともない。・・・二度寝でもしてやろうか。
「・・・ふぁ。」
欠伸して寝返りを打つ。すると壁と畳のガランとした空間が視界に広がる。ふと違和感を感じた。
「・・・私、一人?」
ムクリと布団から抜けて、辺りを見渡す。部屋はシンと静まり返っている。音が無い。今まではもう一人誰かがいて、寝息をたてていた気がする。
―『どうした?』
「いや・・・」
何だっけ。 何だっけ。
普段はすぐに思い出せてた。傍にいたのだ。誰かが。その名前が出てこない。姿が思い浮かばない。
「ルーミアちゃん、起きてるー?御飯だよー!」
「ふえっ」
一人で跳ねてしまった。うどんげの声だ。
「今いくー!」
急いで布団を畳み、廊下へと飛び出す。もしこの違和感が向こうでも相変わらずだったらと思うと、少し怖い。
「痛っ」
ズキリと、頭痛がした。
―
「・・・頂きます。」
「どうぞ。」
用意された御飯に手をつける。永琳は胡散臭い笑顔。うどんげは何やら釈然としない顔で私をジッと見つめ、テイはその二人と私にチラチラと忙しなく目を泳がせながら、いかにも落ち着かない様子だ。
しかし、不思議とそれらがどうでも良く思えた。箸を進める手は自分から見ても機械的で、味噌汁のアサリに潜んだ砂でさえ大して気にならない。
「ねえ、ルーミア。」
「何?」
永琳がヒョイと顔を近付けてくる。作り物の笑顔だ。相当精巧だけど、腹に一物抱えていると肌で感じる。
「もうすっかり回復したし・・・そろそろ退院しない?」
「・・・師匠。」
うどんげが眉をひそめたのを、永琳が一瞬だけ目を鋭く光らせるのが見えた。私は招かれざる客なのか。
・・・いや、待てよ。そもそも何で私はここにいたんだっけ。何処か体をおかしくして一人っきりでずっと・・・いや違う。誰かと一緒にこの場所を頼っていた。
思い出せない。誰だったっけ。なんで隠れていたんだっけ。
「ルーミア?」
はっ。」
顔を上げると永琳の覗き込む顔が間近にあった。箸を取り落としそうになるのをすんでの所で止める。
「え、あー・・・」
答えに窮して目を泳がせる。その時。あの声がまた頭に響いた。
―『・・・この女郎。したり顔で虫の良い事を言いおって。』
「・・・?」
―『ルーミア。今はとにかく断れ。そいつに何時までも善人面をさせるな。』
イライラの募った、威圧するかのような声。しかし何故だろうか。怪しさが見えつつも穏やかな永琳の声よりも、この姿も分からない何者かの怒りの声の方が何故だか心に迫るモノがあった。
その怒りの根元に何があるかは分からないけれど、聞き流せば川を流されて消えてしまうように、大切な何かを見つけられなくなる気がした。
「・・・ごめん。もう少しいさせて。」
ぽつり、とそう返事した瞬間、永琳が鼻白む。慌てて取って付けたような理由が口から飛び出した。
「いや、その、意外とここ居心地良いなー、なん、て・・・」
「・・・・・・」
永琳は呆れたように、そしてうどんげとテイは何故だか安堵したようにため息をつき、すぐに元通りに食事に戻った。
「・・・むぅ。」
変な含みを持った声が唇の間から漏れる。居心地が良いなんて嘘だ。心の中に引っ掛かる執着。風に舞う花びらを追いかけるような、川に浮かんだ水草を掻き回して探すような、頼りない糸を探る感覚が私を繋ぎ止める。
その探っていた誰かが目の前から消えたせいか、例える事が出来る程度にはわだかまりを自覚出来て来た。
「・・・うっ!」
「っどうしたい!?」
こめかみの辺りがまた、いや一層激しくズキリと痛んだ。思わず塞ぎこんだ所にテイが叫ぶ。
「ちぃ・・・」
「大丈夫かい、アンタ。」
テイが怪訝な顔で、私の前に手をかざしてヒラヒラさせている。うどんげと永琳も箸を止め、私を注視している。痛みは気づけば引いていたが、心配そうにする六つの瞳の光が次第に私をいたたまれなくさせた。
十秒程して、かぶりを振ってゆっくりと立ちあがる。
「・・・ごめん、少し寝かせて。頭痛い。」
「一人で行ける?ついていかなくて平気?」
「・・・うん、大丈夫。」
立ち上がろうとするうどんげを手で制して、戸を開けて廊下へ。壁に手をついて寝室に戻ると、押し入れからさっき仕舞ったばかりの布団を引っ張り出してその中に潜り込んだ。
「・・・・・・」
一息ついて冷静になり、ふとまた気になる事があった。
・・・そうだ、アレに出会ってすぐの頃、しきりに頭痛に悩んでいたっけ。・・・もう、治っているかな。
・・・まあ、良いや。眠ってしまおう。闇の中なら、この訳の分からない気掛かりさも、あの変な声も聞こえないだろう。次に目を開ける時には全部、綺麗さっぱり変わっている。
根拠の無い自信を持って、ゆっくりと目を閉じる。
閉じる間際の目には、誰も写っていない。
◆
「・・・あの二人の様子が、変?」
「・・・ええ、影狼さんからの又聞きですが。」
文さんが眉にシワを寄せて首を振る。いつになく深刻そうだ。
私達はいま、妖怪の山の中腹、大ガマの住む沼にいる。ここは私の神社程では無いにしろ神聖な場所なので、警備も緩い。こっそり連絡を取り合うには格好の場所だった。・・・とはいえ、私は少し前まで霊夢さんに手を貸していた上、その他諸々いまいち信用されてはいなかった為、面と向かって話すのはかなり久々だ。
「リザさんと仲が良かったのが急にこう、興味無さげになったとか、仕切りに奇妙な行動をとったり、ボンヤリしたりと・・・とにかく中々に見過ごせない変貌だと。」
「・・・ふむ・・・」
文さんの困惑しきった話しぶりとその根が深そうな内容に、私としても心配になる。とはいえ私は心理学など知るわけもなく、神妙な顔で首を傾げる位しか出来なかった。文さんもその辺りは分かってくれていたようで、私に「何とかして下さい」という意味の事は言わなかった。が、不意に私を見据えながら代わりにこう尋ねてくる。
「早苗さん。
・・・何か知りませんか?」
「え、その・・・」
「何を隠そう、例の変化は貴女が二人の前に姿を現した、あの日からなんです。
貴女を責めるんじゃなしに、微かな手掛かりでも教えて頂ければ・・・」
「・・・・・・」
文さんの顔に憎しみはない。しかし私は黙って首を横に振るより他なかった。実際自分でも何をしてしまったのか、思い当たるものが何も無いのだ。
私の無言の返事に、文さんが肩を落とす。
「そうですか・・・」
「・・ごめんなさい。」
「いえ、良いんです。こちらこそ無理を言いました。」
文さんは肩を竦め、空を見上げる。
「ただ・・お二人が親しくしているのを見た手前、どうしても切羽詰まってしまいまして。」
胸の内がズキリと痛む。文さんの照れた表情も気にしていられない。
・・・違いはあれど、霊夢さん達が望んだのはこういう事だった。それに荷担したのは私なのだ。二人に同情し寝返ったりしなければ私は今のように罪悪感は感じなかったろう。
ただ、文さんや親しい人は?何より、リザさんやルーミアちゃん本人にとっては、どう感じる事だったろう。
「早苗さん?」
「はっ。」
文さんが怪訝な目を向けてきた。咄嗟にネガティブな感情を振り払うようにかぶりを振る。私が落ち込んでも仕方がないのは知っている。だが役に立てないのは恨めしい。私がため息を押し止めていると、文さんがふとこう切り出した。
「・・・見に行って見ます?」
「へ?」
「いえ、一人で悩まれてらっしゃるのは辛いかと・・・。伝えたい事もありますし。」
「・・・・・・」
正直、まだ怖い。でも、文さんが心配して言ってくれているのも分かる。私だけ蚊帳の外にいるのは、私自身、身勝手かも知れないけど心苦しい。
「・・・お願いします。」
「分かりました。ついて来て下さい。」
文さんが飛び出す背中を追う。後ろからじゃ見えやしないけど、今どんな表情をしているんだろう。
―
「こっちです。」
「はい・・・。」
ようやく永遠亭が見えてきた。
竹林に入る少し前、何時までも飛んでいては見つかりやすいと途中から歩いて永遠亭に向かうことになった。とはいえ文さんのお陰で道に迷う事もなく、私も少しばかり長く歩いたとはいえ体力が無いわけでもない。
・・・ただ、また落とし穴に・・・まあ、良いや。
「ん?」
「へ?」
文さんが不意に前方に目を凝らし出した。私も同じ方向を注視するが、遠い上に辺りの竹が邪魔をして何があるのか見えづらい。しばらくしてようやく、戸口で三人の人物が話しているのが見えてきた。
「あれは・・・」
文さんに合わせて小走りに近づくと、人物が誰なのかがハッキリと見えた。
玄関から顔を出しているのが永琳さん。そして外から話している二人が影狼さんに、勇儀さんだ。
「どうしたんです?」
「あ、文に・・・早苗。」
振り返った影狼さんが私を見て顔をしかめる。私がたじろぐと勇儀さんが横から説明してくれた。
「いや、ちょっと様子を見に来たんだけどさ・・・。ルーミアが調子悪いって。」
「ええ!?」
永琳さんに目を移すと、彼女は私を曇った顔で見つめるだけだった。どうやら嘘では無いらしい。
「そ、それって大丈夫なんですか!?」
「今は頭痛がすると言って寝ているだけ。ただ・・・」
一瞬だけ目を落とし、一層鋭い目で見据えて来る。
「念の為、今は面会謝絶。悪いけど帰って頂戴。」
永琳さんの声は幾分低く、体が微かに強張った。文さんが横から口を挟む。
「・・・そんなに酷いんですか?」
「念のためよ。」
永琳さんはそれ以上は言わなかった。念のためとは、ただの頭痛と何が違うのか。
「・・・いまいち納得出来ないわね。」
永琳さんがピクリと顔を上げる。声の主は影狼さんだ。普段の温厚さは影をひそめ、睨む永琳さんとピクリともせずに対峙している。
「永琳。貴女、リザが冬眠の時期に来た時も、埋まるように水を向けたわね。
・・・本当に念のため?あの子を一人にさせたいんじゃないの?」
「・・・・・・」
永琳さんは黙っている。しばし沈黙が続き、ついに、影狼さんが一歩近づこうとした、その時。
「まあ待ちなよ。」
勇儀さんが手を出して止める。そして永琳さんの前に進み出ると、穏やかな声でこう言った。
「ま、そんなに疑ってばかりでも仕方ないだろ・・・。早苗。」
「な、何です?」
「アンタ、リザの眠っている場所を知らないだろう?・・・影狼、案内してくれ。」
「眠って・・・?」
影狼さんは眉をしかめ、全員が顔を見合わせる。勇儀さんは永琳さんに向き直り、念を押すように言う。
「・・・それ位良いだろ?」
少しだけ力の籠った声だった。永琳さんは少し睨みあった後、観念したようにため息をつく。
「・・・分かったわ。好きになさい。」
「だってよ。ホラ。」
勇儀さんが振り返り、私達に向けて微笑む。すると影狼さんが渋々と前を歩いていき、文さんも追いかけた所で、慌てて後を追った。
―その先は、永遠亭から離れた、竹林の中のちょっとした広場だった。一番先頭の影狼さんがはたと立ち止まり、地面を指差す。
「ここよ。」
道すがら聞かされた、リザさんが身を潜める為に"冬眠した"場所。指し示されたその先は小さな岩位しか目立つものは無かった。周囲に目を凝らして見ても、跡のようなモノは見当たらない。顔を上げて首を捻ると、文さんや勇儀さんも同じように地面を睨んで首を傾げている。
「文さん?勇儀さん?」
「いやー、実際に立ち会ったのは影狼さんだけなモンですから。」
「私も、地底からわざわざ出なかったからね。」
二人は困った顔で笑う。本当にここなんだろうか。影狼さんのいう場所は何の特徴も見当たらない。一人だけが言い張っても似たような場所と間違えてやしないかと不安になってくる。
私が影狼さんに目を移すと、彼女は見透かしたように頷いて岩に近づく。
「ここ、見て。」
影狼さんが岩に手を翳す。三人揃って覗き込むと、岩に小さく×印の傷が彫ってある。
「この目印がある以上、間違いないわ。」
「ふうん・・・」
言われなければ、まず気づくまい。私がそう思っていると急に勇儀さんが影狼さんに向き直りながら顔を上げた。額から伸びた角がぶつかりそうになる。
「しっかし、分かりにくい目印だねえ。」
「そうですよ。言われなければまず気づきませんって。」
勇儀さんに文さんが私の思っていた事を代弁してくれた。それに対して影狼さんは「仕方ないじゃない。」と口を尖らせる。
「目立つような印つけて、速攻バレたらどうするのよ。元も子もないじゃない。」
「む・・・」
もっともな台詞だった。
私は霊夢さんが目を光らせているのを身を以て知っている。これなら確かに見つかりづらいだろう。ただ・・・
「・・・でも、このままじゃ・・・」
「早苗?」
見つからないだけでは不安は拭えない。今ルーミアちゃんも様子が変だと聞くし、永琳さんも何か企んでる。
裏で何か仕掛けられている。その前提で動くべきだったんだろうか。それにしてもどうすれば・・・
「やっと見つかった。長かったわね。」
「っ!」
突如、誰かの声が背後に響く。さっきまでいなかった、しかし聞き覚えのある声。
「まさか・・・」
頬に伝う汗の感触、警戒しながら振り向くと、そこには空間を切り裂くような穴から抜け出た、紅白の服の少女の姿。
霊夢さんだ。
「いつの間に!?」
「早苗が此方に向かった時から。リザの居場所を掴みたかったからね。」
牙を剥く影狼さんに、お払い棒で肩を叩きながら、霊夢さんは事もなげに言い放つ。いつも通り面倒そうな仕草。だが、その周囲を見れば本腰を入れて来た事が分かる。霊夢さんの後ろのスキマからは紫さんに加え、その式の籃さんまで出てきた。
「何の用ですか!?」
「いきなり不躾ね。そんな怖い顔しなくても。」
口に扇子を当ててすましている紫さんに、文さんが一歩踏み出す。空気がピリピリと緊張に染まり、肌を刺した。
「とぼけないで下さい!リザさんとルーミアさんの様子が変だと既に聞いています!」
「永琳の奴はハッキリしない態度だったが・・・答えてもらうぞ。」
いきり立つ文さんに勇儀さんが続く。私は今一歩言葉が出ず、何も言い出せなかった。
すると二、三歩歩み寄り、答えてくれた人物がいた。一番真面目そうな籃さんだ。といっても、先ずは質問だったが。
「・・・まず、お前達は知っているのか?」
「・・・・・・」
「奴等二人の中に眠っている、怪物の事を。」
籃さんの言葉に場が静まり返る。皆聞かされているのだ。二人の秘密も、一緒にいる危険性も。
「大きな力は、一つなら封じるだけで済んでいた。だが二つが傍に揃うと、途端に檻を壊そうと互いに引き合い、暴れだす。
・・・隙あらば喰らってやろうとな。」
「・・・それは知っています。その先ですよ。知りたいのは。」
籃さんの念を押すような説明に、文さんが苛立った声で口を挟み、チラリと私に目を向ける。
「・・・何をしたんですか。早苗さんを使って。」
文さんがキッと見据えると、紫さんが扇子を下ろして肩を竦める。此方を睨む視線は冷たく、何処か陰があった。
「・・・互いを慕う感情を制御する呪札。霊夢に頼んで作ってもらったのよ。」
「感情を、制御・・・?」
眉をひそめると、紫さんはため息をつきながらも説明してくれる。
「言葉足らずね。特定の相手への愛情や関心、記憶を強制的に押さえ込む。
ただ加減が難しくてね。端から見たら鬱か何かに見られがち。」
紫さんは淡々とした口調だったが、何ともそら恐ろしい話だ。つい昨日まで友達だったのが、思い出が消え、会いたいとも思わなくなるというのか。
「随分酷い話だな。ヘドが出る。」
勇儀さんが吐き捨てるように言った。情の厚い彼女には一層許せなかっただろう。すると霊夢さんがその顔を一瞥し、憮然とした表情で言う。
「・・・一応言っておくとね。目覚めてしまえば今の人格はどうなるか分からない。私達は本人の防衛本能を強化しただけで・・・」
「そんな事はどうでも良いんです!」
気がつくと叫び声をあげていた。私が急に遮ったのでその場の全員がギョッと私に向けて目を見張る。ハァハァと息は荒く体も震えていたが、それでも言わずにはいられなかった。
「いつの間に、そんなモノを私に・・・!」
自分が怒っていたのか嘆いていたのか、どんな顔をしていたかは分からない。ただ声を拙く絞り出して霊夢さんに問いかけると、本人はジロリと目を細くする。
「何時までも誤魔化せると思った?毎回逃げ出すみたいなアンタの背中に、こっそり仕掛けといたのよ。」
霊夢さんの突っ慳貪な言い様に、情けなくて涙が滲んできた。何をしてきたんだ。私は。結局フラフラと良いように踊らされただけじゃないか。拳を握り締めても堪えきれずに、俯いた途端に涙が一滴地面に落ちる。
「どうして、私に・・・」
声は微かに嗚咽が混じり、顔を上げると視界はボヤけていた。霊夢さんが答えにくそうにしているのが辛うじて雰囲気で分かる。
「・・・早苗、アンタ、あの二人に本当の事を話そうとしたでしょう。」
「・・・え?」
霊夢さんは嫌に確定的に言った。確かに私は一度、永遠亭でリザさんとルーミアちゃんに秘密を教えようとした。ずっと本人には伝えずにいた、自身の抱えるモノを。
ただ、あの時は結局例の術の発動に驚いて、結局何も言わずに逃げ出した。対外的には変わった事は無かった筈だ。何故霊夢さんは知って・・・
「例の術は、アンタがいずれ打ち明ける、その瞬間に発動する仕掛けだったのよ。」
「え・・・?何でわざわざ・・・」
霊夢さんがもう一つため息をついた。私はどうにも飲み込みが悪いらしい。うんざりしたような霊夢さんのキツい目付きに、ふと影が射す。
「・・・件の呪札が掛かった状態で事実を知らされれば、二人とも関係を絶つだろうと思ったのよ。
幻想郷優先の思考になっているんだから。」
「"させられている"の間違いでしょうが。」
文さんが噛みつく。紫さんがやれやれと大袈裟に手を広げて見せた。
「そう言わないでよ。早苗も目の前で納得してくれた方が気が楽でしょう?」
私に憂鬱な視線が行く。私の意思を言い訳に使っている、とは思えなかった。紫さんは兎も角、霊夢さんは表情を取り繕う柄ではない。籃さんも真面目ゆえに顔に出てしまう。私の気持ちも慮ってくれてはいるのだ。それは分かった。
ただ。
「あの・・・」
一つだけ。
「聞いても良いですか。」
肝心な事を。
「・・・何?」
「皆さんは、リザさんを見つけて・・・どうする気だったんですか?」
「・・・・・・」
場にピリピリと緊張が走る。確かめなければいけない。皆が対立するのかどうか、この質問の答えで決まる。
口を開いたのは、籃さんだった。
「・・・最近になっても、二人は一つ所に居続けた。どうやら上手く効いてくれてはいないようだ。」
「・・・・・・」
「その理由を突き止めたくてな。先ずはリザを引きずり出し・・・」
籃さんの目が、意思の光に煌めく。
「・・・今度こそ二人の心をコントロールさせてもらう。」
「・・・!」
影狼さん、文さん、勇儀さんが身構える。そして勇儀さんがポキポキと拳を鳴らした。
「・・・させると思うかい。ンな事。」
「・・・でしょうね。
ああ、万が一記憶を呼び覚まそうとされたら厄介だわ。」
紫さんの声を合図にして、籃さんが妖気を纏い、毛を逆立て、霊夢さんは御札を取り出す。いよいよ戦闘体勢だ。
「この場で思い知ってもらう。」
紫さんの声は本気だった。その底冷えするような口調に、覚悟の決まりきっていない私の足が竦む。他の三人の背中が毅然と動かずにいたのを見つめていると、ふと、霊夢さんが私に目を向けた。
「・・・早苗。」
「・・・・・!」
その一言は、ほんの少しだけ優しげだった。その意味はすぐに理解した。霊夢さんは戦わずに済む最後のチャンスをくれたのだ。今の内に此方に来いと。手荒な事はお互いしたく無い筈だ。そう言外に含んで。
「・・・・・・」
震えていた脚が、前へと進む。
「・・・ちょ、ちょっと、貴女・・・!」
体が軽い。荷が下りたように。
「早苗さん!?」
思考がスッキリする。迷いがない。
「おい、早苗!」
背中にぶつかる声が三人目になった。もう霊夢さん達はに向けての間を遮る人はいない。
私はそこで、手を広げて背後の勇儀さんを庇うように立つ。霊夢さんの眉が、ピクリと動いた。
「・・・何のつもり?」
「この方には、一つ借りがありましてね。」
力がみなぎる。六人の視線に挟まれていても、堂々と胸を張っていられた。
いつだか言われたっけ。人間関係は財産だと。
―手は出させない。出して良いモノじゃない。
「影狼さん。」
「へ?」
振り返らずに言うと、当人は困惑した声を上げた。予想外の展開だったか。やっぱり少し照れ臭い。
「永遠亭に行って下さい。ルーミアちゃんをお願いします。」
「・・・でも、貴女は・・・」
「三対三で十分ですよ。行って下さい。」
一瞬置いて、霊夢さん達の頭上を影狼さんが飛び去って行く。彼女はそこまで強くない。行かせて正解だろう。紫さんも油断することなく、私達から目を反らさない。
「困ったものね。あなた達、自分が何をしているか分かっている?」
紫さんが呆れたように溢す。
「誰でも、運命と戦う事は出来る筈です。」
私が返した言葉を、霊夢さんは鼻で笑う。
「・・・私はアンタみたいに奇跡なんざお呼びじゃない。」
掲げた御札が、光り出す。
「リスクは、潰すだけよ!」
投げられた力を込めた御札は、私の結界に遮られた。土煙が晴れた瞬間、私は霊夢さんに向けて地を蹴る。
「はあぁっ!!」
仲間と守るべきモノがある背中が、いつになく重く、熱かった。
◆
まずい。非常にまずい。
ルーミアが今いる寝室、そこから遠く離れた場所にまで威圧感が広がっていく。棚に並べられたビーカーや器具が揺れてカタカタと音を立てていた。
何が起こったというんだ。紫達の策は失敗したのか。
大人しくなっていたのが急に、ぶり返しでも来たというのか。
よりにもよって目と鼻の先になってしまった。今更近づけば何があるか分からない。かといって逃げようにも何処にも逃げ場は・・・
「きゃっ!な、何だいアンタ・・・ぎゃふん!」
「おい、止せ、待てって!」
「師匠!そっちに・・・ああもう!」
五月蝿い。反対側からドタバタと喧騒が近付いた。何だこんな時に。
ガラリと襖を開けて廊下へ顔を出すと、目の前にいる少女が目に留まる。
「永琳!!」
蹴飛ばすような勢いで現れたのは、ハァハァと息を荒げ、まるでアメフト選手のようにしがみつくうどんげとテイを引き摺る影狼の姿だった。
「し、ししょ〜・・・」
うどんげはズルズルと床を滑りながら言った。よく見れば影狼の尻尾でペチペチと顔を叩かれている。
うん、この子はとりあえず無視、と。
「何の用?」
短く問うと何倍も長い答えが、まくし立てるように返ってきた。
「今すぐルーミアちゃんを渡して!説明している暇はないの、早く!」
相当焦っている。出先で紫にでも会ったのは想像に難くない。しかし、今は手出しする訳にはいかない。
首を横に振ると、影狼は何処からそんな力が出るのか、うどんげとテイを放り出して詰め寄ってくる。
「ぎゃっ!」
「あうっ!」
「この期に及んで邪魔をしないで!取り返しのつかない事になるの、お願い!」
叫びは悲痛なものだった。異様な気配に気づいていないのも頷ける。しかし、今はダメだ。最終的な目的は置いといても、今は遠ざけねば。
「ごめんなさい。今は無理だわ。」
「無理矢理でもいくわ。」
「あなたね・・。」
廊下へ出て両手を広げ、行く手を塞ぐ。その瞬間。
「っ!?」
「きゃあっ!」
背中に洪水のような力の奔流が押し寄せる。顔を庇う影狼が一瞬視界に映り、すぐに衝撃と共に虹色が明滅する。
竜巻のように煽られながら、観念したように私は意識を暗闇に放り出していた。
◆
「・・・ん。」
体が重い。私、何してたんだっけ。ルーミアちゃんを取り返しに永遠亭に行って、そして・・・
「起きた?」
誰かが覗き込んできた。ボヤけた視界がハッキリして、その人物の顔が判明する。
「全く、世話が焼けるわね。」
「わああ!」
なんと、それは紫だった。私が飛び退くと、彼女はフン、と鼻を鳴らす。
「随分な反応ね。ずっと見ててあげたのに。」
「な、なに言ってんのよ!何でアンタ・・・が?」
叫んでいる途中で二回ほど瞬きする。紫の隣には霊夢や籃どころか、周囲を見れば早苗や文、勇儀、永遠亭の連中まで勢揃いしているではないか。
そして、さらに目を引いたのは、永遠亭の"残骸"だろうか。竹林の中の盛大な材木の山、修理に何千億かかるだろうかと思わせる跡地である。
「・・・何があったの?」
「ん。」
霊夢がなにやら空を指し示す。そう言えば辺りがヤケに暗い。私は夜まで気を失っていたんだろうか。
そんな風に思いながら空を見上げる。すると。
「はい?」
夢でも見ているようだった。空一杯に立ち込めた暗雲が泥のように浮かんで日の光を遮り、さながら嵐の寸前のような暗闇を作っている。
そして、その中に一際暗い、大きな穴のような円が黒い炎のようなモノを吹き出し、胎動しながら空に浮かんでいる。それはさながら黒い太陽のように見えた。世界に光ではなく闇を、破滅をもたらす太陽。そんな想像が浮かんだ。
「あれがルーミアの正体よ。」
「は?」
紫が呟く。意味を掴めない私を一瞥し、紫はまた空を見る。
「あれが先代の封じた闇の王・・・空亡(そらなき)。」