トカゲ娘が幻想入り   作:ごぼう大臣

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ぶつかり合いと、期待する先

 

 

こんな光景は、何百年と生きる私であっても、一生に何度見れるだろう。

 

空を分厚い雲が覆い、日の光は遮られ、代わりに鋭い稲妻が空にヒビを刻む。

その中に大きな二つの影、片や"空亡"。黒く丸い、小さな星のような核にまた黒い靄を纏いながら不気味に脈動している。今にも自在に形を変えて呑み込んできそうだ。天照が姿を隠した時に人々に闇の恐怖を植え付けた、無を象徴する妖怪。

片や"ニーズヘッグ"。北欧の神話に登場する、闇に包まれた死の世界に君臨する悪龍。憎しみ、嫉妬、寂寥、虚無、ありとあらゆる負の感情に突き動かされ、罵り合いと暴虐にその身を費やした。空亡に対峙する今、コウモリの翼を広げ、蛇のような体を揺らし、鋭い眼と牙を光らせている。

 

私の近くにいる、同じく特等席で見ている彼女らは、固唾を呑んで空の二体を見守っている。もし事情を知らなければこうして唖然としてすらいられなかっただろう。今この時、幻想郷の中でこの世の終わりかと疑わない者、理解が追い付く者がどれだけいるだろうか。

 

「グオオオォアアアッ!!」

 

リザ、いやニーズヘッグが吼える。それだけで耳が千切れんばかりに空気が震えた。そして一拍息を吸うと、口から自身を容易く包める程の炎を吐き出した。

 

「ひゃあっ!」

 

文が咄嗟に顔を庇う。まるで津波のように全身にぶつかる熱風、そしてそれが目に見えたかのような視界一杯のオレンジ色。空亡があっという間に炎に掻き消される。

 

「や、やった・・・?」

 

髪の毛を巻き上げられた影狼がボンヤリと呟く。あの真っ暗だった空が一瞬昼になったかのような眩しさ。大抵のモノなら炭にもならず消えると誰もが思う、いや実際そうに違いない。だが。

 

「まだよ。」

 

轟々と放たれていた炎の渦。その根本が微かにぶわりと揺れる。次の瞬間、そこの一点から炎が弾け、吹き散らされる。

 

「あれは・・・!」

 

勇儀が上空を睨む。炎が掻き消された中心には、相変わらずの黒い球、空亡が。

 

「グアァッ!」

 

火の粉に身を怯ませるニーズヘッグ。その隙に空亡が目の前の龍に突撃する。

 

「ガッ!!」

 

黒い靄の塊のような体にも質量はあるのか、ズシンと地鳴りのような響きが体を打つ。体当たりを食らったニーズヘッグは尾を捻らせて回転しながら吹っ飛んでいく。

空亡はそれに追撃、真っ直ぐ突き飛ばした相手を越える勢いで、ビュウ、と風の轟音を錯覚させながら突進する。

 

「ーッ!」

 

ニーズヘッグは間一髪それを横にかわす。そしてそのまま回転して尻尾を太い鞭のように薙いだ。

 

「のわっつ!」

 

勇儀が顔をしかめた。尻尾の衝撃波が地上まで届き、にわか台風のように竹がしなる。

しかし、それほど強力な尻尾打ちも、空亡には当たらない。体にぶつかったかと思うと、尻尾がのめり込むように空亡が歪み、次の瞬間にはが二つに分かれた体の間を尻尾が空を切っていた。

分裂した空亡がニーズヘッグに突進する。捻らせた頭に向けて上下から挟み込むように押し潰そうとした。しかし。

 

「ガアァッ!」

 

ニーズヘッグが吠えて牙をむく。そして口を目一杯に開けると、二つの空亡に真正面から強引に食いついた。黒い靄が声こそあげないものの、悲鳴を上げるようにグニャグニャと形を歪めた。

 

「効いてる!?」

 

藍が空中を注視する。ニーズヘッグはそのまま歯を食い縛ると頭を振って食い千切ろうとする。だが、空亡は体に食い込む白い牙の隙間から、ぞろぞろと自分の黒い靄を覗かせた。そして次の瞬間。

 

「っ!」

 

霊夢が目を見張る。そしてあっという間に、空亡は身体を水か油のようにヌルリと変形させてあらゆる隙間から飛び出し、その牙を逃れる。そして勢いそのままにニーズヘッグの顔から首もとまで覆い被さるように絡み付いた。

 

「グ・・・ギィ・・・ッ!!」

 

ニーズヘッグが金属の軋むような悲鳴を上げる。振りほどこうと身体をギリギリ震わせるが、空亡はまとわりついて離れない。遂には体全体を思いきり仰け反らせる。

 

「っ伏せて!」

 

咄嗟にその場の全員に叫ぶ。ここまで来れば危ない予感も当たる。振り返った直後にはニーズヘッグが胴体をしならせて翼を羽ばたかせたいた。

 

「きゃあ!」

 

霊夢が叫ぶ。今までの突風など比べ物にならない殴り付けるような風。ニーズヘッグの眼前に巻き上げた有象無象が形作る二つの竜巻が浮かび上がり、巻き込まれた空亡が引き剥がされた。そして風に切り刻まれるように散り散りにされる。

 

「あれなら・・・!」

 

流石に決着か、と注視する。しかし予想外はまだ続く。粉々になった空亡が竜巻の中をするりと抜けると、虫の群れのように一瞬でニーズヘッグに襲いかかる。

 

「ギャアアァッ!」

 

無数の切り傷をつけられてニーズヘッグが金切り声をあげた。声が止んで向き直る頃には、元の場所に集まって姿を取り戻しつつある空亡きがいた。

そうそう簡単には行きそうにない。しかしこれは・・・

 

「ねえ、紫。」

 

霊夢が不安な顔を向けてくる。対して私は冷静だ。彼女にはどう映るだろうか、一瞬眉をしかめた後、焦った声色で尋ねてくる。

 

「・・・リザの奴、何だか押されてない?」

 

恐らく苛立ちと恐怖がない交ぜになっている。それはそうだろう。彼女にしてみれば共倒れしてくれなければ都合が悪い、いや生死にも関わるのだ。ただ、私の心は不思議と落ち着いていた。何故だか確信を持って、空を見上げる。

 

「ええ、旗色は悪いわね。」

 

「・・・何でそんな暢気なのよ。」

 

やはりリザの言った事のせいだろうか。その理由は簡単に滑りでた。

 

「・・・手加減しているのよ。あの子は。」

 

「はあ?」

 

霊夢が怪訝そうに眉を歪める。続けて、藍がおそるおそる尋ねてくる。

 

「・・・紫様、手加減、とは・・・」

 

その場の雰囲気を察して、皆が私に視線を注ぐ。一息ついて、言った。

 

「・・・ニーズヘッグが目覚める直前、リザが私に言ったの。

"中の奴と会話が出来る、ルーミアと離れるな、忘れるなと言っている"

、と。」

 

「中の奴、て・・・あの龍?」

 

「でしょうね。」

 

私の答えに、藍はポカンとし、霊夢はうんざりした表情を浮かべた。

 

「話が通じていたというのですか?アレと!?」

 

「しかもそんな台詞を言ったって?」

 

「・・・ええ、嘘をついたとは思えない。」

 

答えて回りを見渡して見ると、文やうどんげも半信半疑の顔で口を結んでいる。やはりあの怪獣然とした姿と戦いを見れば、俄には信じがたいのだろう。

その気になれば蟻のように踏み潰せる者たちを庇い、あまつさえ自分達と同じような関わりあいを求めているなど。

しかし、もしかしたら証明出来るかも知れない。私のかつての予想を越えて、最上に事が進めば。

 

「霊夢、龍神と話させて。」

 

「へ?何言っているのよ、こんな時に・・・」

 

「良いから!」

 

手を回して置くに越した事は無い。龍神になら、私達に出来ない事も・・・

 

「あっ!」

 

「へ?」

 

影狼が声を上げる。咄嗟に視線の先を追うと、ニーズヘッグが空亡に肉薄している瞬間が映った。

 

ドオオォン、と今までで一番の轟音が響く。体全体を使った、ニーズヘッグの体当たり。空亡が激突した部分にめり込まれるようにズルンと身体を持っていかれ、引き裂かれそうな程に歪む。

 

「・・・凄いっ・・・」

 

耳を押さえてうどんげが呟く。しかし、その表情はすぐに更なる驚きに塗り替えられる。

 

「ひっ!」

 

目を見開き放たれる悲鳴。空亡が一瞬で触手を伸ばすと、ニーズヘッグを抱き締めるように身体を縛る。そしてそのまま、じわり、じわりと音がしそうな程にゆったりと、ニーズヘッグの身体を呑み込んで行く。

 

「・・・・・・」

 

その間、全員があんぐりと口を開け、一言も発せなかった。ただ、その様子を呆然と眺めているしか無かった。

そしてどのくらい経っただろうか。最後には、まるで底無し沼に沈んだように呆気なく。

ニーズヘッグの体は、空亡の体の中に全て取り込まれてしまった。

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