「ったく、やって良い事悪い事があんだろうがよ。」
「・・ごめんなさい。」
オレは仁王立ちし、影狼を見下ろす。彼女は正座してシュンと肩を落としている。その肩にかかる髪の先からは、プスプスと煙が上がっていた。
5分ほど前、とうとう下着が危ないというところでオレはなるべく小さい炎を吹いた。それは影狼の髪を焦がす程度だったが、影狼は
『きゃーっ!私のキューティクルがー!!』
などと大袈裟に騒いだ。まあ、オレが無言で怒りのオーラを出すと、一転しおらしくなったのだが。
「くぅ・・ツルツルめぇ・・!」
「なんか言ったか?」
「いえなにも。」
「リザさん。許してあげて。本当は良い子なのよ。」
怒りが再燃しかけたところでわかさぎ姫が止めに入る。・・子供の前だしやめておくか。
「そういえばリザさん。"紅魔館"はいきました?」
「え?なんだそりゃ?」
話題を切り替えようとでもしたか、わかさぎ姫が尋ねてくる。しかしオレは紅魔館なるものに心当たりはない。
「この近辺の顔役ですよ。物凄い吸血鬼の舘です。」
「吸血鬼・・」
またもや新しいカテゴリーの登場だ。それも顔役となれば、今までの奴等より更に強いんだろうか。
「行って損は無いと思うわよ。これから色んな所に行くでしょうし。」
影狼が薦めてくる。確かに知り合うのなら早い方が良いだろう。しかし、性格はどんなものなんだろう。万が一『コイツはくせぇーっ!ゲロ以下の(ry』なんて性格のヤツだったら困る。
「なに?あそこに行くの?」
いつの間にかルーミアと大妖精、チルノがいた。小首を傾げる彼女らに「ああ・・」と生返事だけ返す。
「でも、もし危ないヤツだったらなぁ・・」
「怖がってンのー?」
「っお前な・・!」
チルノがからかうのにムッとしていると、ルーミアがクスリと笑って言った。
「大丈夫だよ。以外と楽しい場所だから。」
「私達は付き合い長いので、いざとなれば任せてください。」
大妖精が屈託なく笑う。このチビッ子、随分健気だなあ。
とにかく、そんなに警戒する必要は無さそうだ。オレは腰をあげ、周りを見渡す。
「じゃ、せっかくだしみんなで行くか?」
「おー!」
満場一致。皆ノリが良い。オレが空へ飛ぼうとしたとき、わかさぎ姫が湖を泳ぎだした。
「なんだ、飛ばないのか?」
「泳ぐ方が得意なんですよ。どうせこの湖の中心の島にありますし。」
「へえ・・」
まあ、下半身が魚だしな。と納得し、場所もハッキリしたので再度地を蹴ろうとする。しかし。
小さな影が、脇を走り去る。
「じゃ、アタイも泳ぐ!」
「え、おい!?」
対抗心でも燃やしたか、チルノが湖に向かって駆け出した。あろうことか――
いや、濡れない為と理解は出来るのだが――
服を脱ぎ捨て、パンツ一丁になって。
「いやっほーい!」
湖に向けて飛び上がるチルノ。わかさぎ姫はその姿を正面から晒され
(゚Д゚)
としていた。
「ぐはあ!」
傍らで突如悲鳴が上がる。見ると、大妖精が鼻血を噴水の如く吹き出しながら悶えているではないか。
「おい!?どうした!?」
慌てて抱き起こすと、大妖精は震える声で親指を立てる。
「チルノちゃんの・・(自主規制)・・幸せ・・・・」
なんてこった。子供らの中では一番行儀が良いと思っていたが、まさかこんな一面があったとは。
「にょわーーっ!!」
落胆する間もなく、今度はチルノの声が響く。ええい、今度は何だ。
「抜けない!」
チルノが何故か上半身だけ湖から出して助けを求めている。よく見ると湖に浸かった足先から腰にかけて分厚い氷が包んでいる。自身の冷気で周囲の水が凍ったのだ。
「わ、私が抜く!」
「待てや。」
鼻血も止めずに駆け出す大妖精の肩を掴む。コイツに触らせてはいけない。
思わず考える。なあ影狼。外見なんて良いじゃないか。中身が無垢なほうがどれだけ素晴らしい事か。
見ればルーミア達がチルノ本人を含めて笑い転げている。お前ら寒中水泳やるロシア人か。ウォッカでも持ってきてやろうか?
――
「いっちばーん!」
「はいはい・・」
地に足をつけたチルノがクルクルとはしゃぐ。先程の氷はオレが根気よく火を吹き付けて溶かしたのだが、抜け出て服を着るや否や
『競争しよう!』
といいつつ勝手に飛び出した。そしてオレが追いかけるのも振り切り見事一等賞、という訳だ。
とはいえ、チルノは喜んでいるものの皆は競争するつもりなど無かったようで、ゆるゆると後に続いてくる。
「とうちゃーく」
「『break out 突き破れ そして 時を越え 未来へ〜!♪』と、お待たせ。」
「いやあ、みんな早いねー。」
「ふう、やっとついた。大ちゃん、鼻血止まった?」
「ふえぇ・・」
ルーミア、みすちー、リグル、そして大妖精をおんぶした影狼が相次いで到着する。チルノは彼女らに向かって胸を張った。
「へへん!みんな遅いのね。アタイが速すぎちゃったのかしら。」
一同が苦笑いする。チルノは気づいていないのか上機嫌のまま。しかし、そんな彼女に誰かが声をかけた。
「もし、私を忘れてはいませんか?」
「っ!?」
一番近くにいたチルノが振り向くと、そこには水から上半身をだし、岸に肘をついて見つめるわかさぎ姫だった。
「いつからそこに!?」
「みんなが来る前から居たわよ。とっくにね。」
涼しい笑顔で答えるわかさぎ姫だが、彼女の瞳の奥には自慢げな光が見え隠れしていた。チルノはぐぬぬ、と悔しがる。
「ゴールはまだだもん!」
「あ、おい!?」
チルノがいきなり走り出す。追いかけようとした時、その島の中心にある巨大な屋敷が嫌でも目にはいった。
――紅。そう。欧州の貴族の城のような外郭に、深紅の色が一面を覆っている。それはまるで血でも塗りつけたかのようで、塔に嵌め込まれた大時計は白い数字盤がぽっかり空いた真逆の白の穴。黒く大きく鋭い針が淡々と時を刻んでいる。
高い石造りの塀に囲まれ、唯一見える出入り口には仰々しい鉄柵。そしてその横には長身の門番らしき女性が立っている。
吸血鬼の館、外観からも威圧感を放つそれが、中にいる奴への警戒心を喚起させる。
「ここがゴール!だからアタイが一番!」
しかしチルノはオレが考える事を知るよしもなく、傍らの門番にも目をくれず鉄柵をつかんで振り返り、一番を主張する。怒られるぞ、と思ったが皆は笑いながら見つめるだけで止めはしない。
「・・・・」
門番はチルノを一瞥すると、スタスタと近寄る。チルノは気づいていないが、ここにきてようやくルーミア達の顔色も変わったのを感じた。
「ちょっと、チルノ。この門は人様の家よ?」
「っ!?」
声をかけられ、チルノが跳ね上がるように振り返る。門番は無言で立ちすくんでいた姿とは裏腹に子供を叱るような口調だったが、チルノは目をパチクリさせていた。
きっと不味いことをしたと思っているのだろう。いざとなったら仲介でもしようか、などと思っていたとき、チルノが発した言葉は予想とは違うものだった。
「めーりん!?起きてたの!?」
・・何言ってんだコイツ。門番なら寝たりなんてする訳ないだろ。
「めーりんさん寝てない!」
「スゴい!明日は雨!?」
・・おいおい、揃いも揃って・・・・
「いやあ、えへへ・・」
・・『めーりん』とかいう門番が苦笑いしている。いやいや、マジなんかい。大丈夫か。
「・・おっと。」
めーりんがオレに目を移す。流石にもう面倒なので、自分から進み出て名乗る。
「はじめまして。リザだ。よろしく。」
「はじめまして。紅 美鈴(ほん めいりん)です。べに、に、みすず、とかいてそう読みます。よろしくお願いいたします。」
美鈴は丁寧に頭を下げた。寝ていた、というのはともかく、しっかりした人間のようだ。
緑色の、龍の絵がはいったチャイナ服を着て、肩口からは肌着の小さいフリルのついた袖、上着の垂れ布から覗くのは白いズボン、そしてシンプルな革靴をはいている。
茜色の髪は背中まで長く伸び、二つの小さな三つ編みをこれまた小さなリボンでまとめている。頭の上のベレー帽は緑の地に黄色い大きな星が入っている。
最初は入り口に突っ立っていたせいか『門番』然に見えたが、間近でみるとおしゃれな格闘家、といった雰囲気だ。
「・・えー、今回はどのようなご用で?・・って、随分大人数でいらっしゃいましたね・・」
美鈴の言葉に振り返ると、確かに多い。ルーミア達ガキんちょとわかさぎ姫、影狼、オレを入れれば総勢八人だ。
『お寺の和尚さんがカボチャの種を撒きました〜♪』
『隣のじっちゃんばっちゃん芋食って屁出てパンツに穴あいて死んじゃった〜♪』
『しっぺーデコピンババチョップ!富士山ぞーきんぜーんぶ!』
ルーミア達はオレが美鈴と話し出したのを退屈に感じたのか、わかさぎ姫や影狼を巻き込んでその辺で遊んでいる。
「・・はは。」
自然と目を細めてしまうのが自分でも分かった。美鈴に見られていないかとふと恥ずかしくなったが、目を移すと美鈴も同じような顔で、はたと眺めているオレに気づき、揃って照れ笑いする。割りと似たところがあるのかもしれない。
「・・そういえば。」
「うん?」
美鈴の顔が少し真剣になる。
「リザさんて、いつから幻想郷に?」
「昨日来たばかりだよ。ルーミアと成り行きで一緒になってな。」
「昨日・・」
美鈴はポツリと呟いて、何やら頷き出した。「やっぱり・・」という言葉が微かに聞こえる。
「どうした?」
声をかけると、美鈴はハッと顔を上げた。そして急に背を向けて駆け出すと、振り返ってこう言った。
「えっと、中に話を通してきます!そこで待っていて下さい!」
「? おう・・」
門の柵にぶつかりながら大急ぎで舘に飛び込む美鈴の背中を見送る。何をそんなに慌てているんだろうか。
「リザー?」
「ん?」
後ろからルーミアが腰布を引っ張ってくる。そして美鈴が去っていった方向を見つめる。
「美鈴、どこ行ったの?」
「ああ、中の人に話して来るとさ。もう少し待ってろ。」
「ふーん、暇だなあ・・」
ルーミアが頭に手を回して足をブラブラさせる。儀礼なんてモノは得てして子供には性に会わないものだろう。というかオレも正直暇だ。どうしたものか。
「あ、来たよ。」
「は?なにが・・」
眉をしかめて振り向いた瞬間、目の前に知らない銀髪の人物が立っていた。
「うおわっ!?」
間抜けた声で飛び退いてしまう。いつの間にいたんだろうか。ふと見ると隣に美鈴もいて覗き込んでくる。
「お待たせいたしました。メイド長の"十六夜 咲夜(いざよい さくや)"と申します。」
十六夜 咲夜。銀髪の女性はそう名乗った。青を基調として白いフリルをのぞかせたメイド服を身にまとい、白いソックスに青い靴を履いている。
ただ、恭しく挨拶するその藍色の眼は鋭く、美鈴とは違ったきつい性格を滲ませているように見えた。
「リザだ、よろしく。」
握手には答えてくれるものの、咲夜の顔には笑み一つ浮かばない。無表情、いや、警戒といった方が近い表情を浮かべている。
「リザさん?」
美鈴の呼び掛ける声がした。咲夜につられてしかめっ面していたような気がして、表情を直す。
「中に通しても良い、との事ですが・・」
「が・・?」
「なにぶん、大人数なので・・」
「ああ・・」
見渡すと、チルノやその他はすっかりグループで遊びに興じている。もう別にオレについてくる理由もない気がする。
「んー・・」
「? なに?」
ルーミアはまだオレに関心を持っている。しかし館の主人とやらは果たしてルーミアも部外者扱いしやしないだろうか。
「構いませんよ。ルーミアと二人ぐらいなら。」
「へ?」
美鈴はニッコリ微笑んだ。どうやら内心は見透かされていたらしい。
「うーん、じゃあチルノたちは?」
「ごめんねー。あんまりいたらちょっと困っちゃうんだー。」
美鈴が屈んで申し訳無さそうに言う。ルーミアはしばらく面白く無さそうだったが、やがてコクりと頷き、チルノ達に向かって言った。
「みんなゴメーン!私リザと二人で行かなきゃダメなんだってー!」
「わかったー!」
皆は事も無げに了承する。寂しがるかもと少し穿ったが、ルーミアはそんな様子は見せずにこちらを見上げる。
「偉いな、ちゃんと伝えられて。」
「えへー。」
ルーミアが笑って手を差し出してくる。自然に手を繋ぐ。
小さく、柔らかい手。握り返してくる感触が、二人でいられるのを喜んでくれているようで、嬉しいと同時に、誇らしくなってくる。
「では、こちらに。」
「早くいこ!」
「お、おい引っ張んなよ。」
咲夜が踵を返し、美鈴もそれに続く。オレはルーミアに連れられて他二人の歩く先、玄関へと走らされた。
――
「こちらです。」
「うお・・」
美鈴が扉を開け、咲夜が入った先を見て、思わず顔をしかめる。
中は外から見たのと同じく、紅が壁一面に広がっていた。目の前には無駄に広いエントランスが広がっており、周囲に沢山の部屋のドアが作られている。そして正面奥の階段からは二階の廊下が取り囲むように広がっている。
「・・すげえな。」
「伊達に有名な屋敷じゃありませんよ。」
オレ達が入った後ろで美鈴がエントランスの中からドアを閉める。
「あれ?門番が中入って良いのか?」
「こ、細かいことは良いじゃないですか。」
「・・・・?」
美鈴がなぜかどもりながら答える。その時、咲夜がこちらを見ながらポツリとこう言った。
「ルーミア、ちょっと。」
「?」
咲夜はツカツカと歩み寄ると、ルーミアの繋いでない方の手をとる。
「・・・・っ!」
一瞬、嫌な予感がした。
そして、次の瞬間。
ルーミアが、咲夜ともども、
消えた。
――
「・・・・は?」
最初に出たのはそんな間抜けな声。
何があったか。直前までは覚えている。咲夜がルーミアの手をとった。そして・・そして・・・・
「なっ・・え!?なんだよこれ!」
館の中に声がワンワンと響く。ルーミアがいた場所を手で探っても、その手は空しく空を切る。何も、無い。
「・・美鈴!?おい!」
出入り口の方をみやる。美鈴は先程と一転塞ぎこみ、こちらを見ずに立ちすくんでいる。その様子で、嫌が応にもあることに気づく。
「・・何をした!?」
低い声が漏れる。美鈴は少しも取り乱さない。驚かない。こうなる事を知っていた。そして止めなかったのだ。
美鈴が、ゆっくりこちらを見据える。
「リザさんには、気の毒に思います。しかし、駄目元でお願いします。
――あの子・・ルーミアに、もう関わらないで下さい。」
「・・・あ?」
"関わるな"。そう言った。どうしたか知らないが、無理に、何も、言わずに引き離して。
「話が見えねえぞ。理由を教えろよ。」
極力声を押さえて要求する。今とりあえずは最低限の誠意、相手の考えが知りたかった。
しかし、美鈴は首をふる。
「それは・・言えません。広がったら・・万が一があってはいけないんです。」
「随分一方的だな。」
美鈴に一歩近づく。美鈴はこちらを見据えたままだ。
「・・無理矢理押しはいるには、どうしたら良い?」
「スペルカードは?」
「生憎、持ってない。」
持っていても行動を変えるつもりは無かった。出来れば了解を得たかったが、それは当然無理だろう。
そう思っていた。だが。」
「・・では、格闘は?」
「え?」
意外な言葉に足を止める。予想していなかった、そして、納得ずくでこの衝動を収められるかもと期待させる問い。
「格闘・・ケンカか?」
「ええ、一応得意分野ですが・・いかがです?」
「・・・・!」
拳がいたいほど握られ、眉間にシワがより、シュウシュウと妖気が漏れるのを感じる。
美鈴はそれで察してくれたようで、一歩こちらに近づく。
「怪我するかも知れませんよ?」
「お互い様だ。」
言い終わる瞬間、地を蹴っていた。