「おかえり。」
私の帰りに、祖母は満面の笑みでそう言った。
「ただいま。今日の晩御飯は?」
「素麺作っといたさかい、食べまっし。」
夏の夜、確かにこんな時には、無性に素麺をすすりたくなる。私は素麺の置かれたテーブルの前に座ると、テレビをつけた。
「いただきます。」
チュルチュル、と素麺をすする音が居間に響く。
「婆ちゃん、今日海の家の方はどうやった?」
ここは石川県加賀市橋立町。加賀橋立と呼ばれる集落があり、かつて北前船の船員達が暮らす町として栄えた。
加佐ノ岬と呼ばれる美しい岬のふもとに位置し、小さな港や海水浴場がある。婆ちゃんは、その海水浴場で海の家を営んでおり、町のアイドル的な存在で人気があるのだ。
「海開きもして暫く経つし、暑くなってきたからお客さんがえらい増えたね。そりゃ忙して忙して…。だけどお客さんが楽しそうにしとるの見とると、その忙しさも気にならんかったわぁ。」
「そっかぁ、今日手伝いに行けたら良かったのになぁ。」
「なん、気にせんでいいよ。明日もお客さんいっぱい来るやろさかい。」
「じゃあ、明日は俺が頑張るさかい、婆ちゃんには楽させてやるわ。」
「はっはっ!あんまり張り切って、熱中症で倒れるまいぞー?」
そんな明日の予感を塗り潰す出来事が、テレビから流れてきたのはその時だった。
「緊急速報、全国の沿岸に避難命令が出されました。沿岸部にお住まいの方は直ちに避難し、身の安全を確保して下さい。繰り返します…」
「なんなんだよ、これ…。」
「コウ!逃げるよ!」
外に出ると、空が紅く染まっていた。
「婆ちゃん走れるか!?俺の肩使って!山の方まで走るよ!」
-同時刻 太平洋 相模湾沖-
「なんだあれは…生き物か?兵器か…?」
「全く見当がつかん。…艦長!正体不明の敵は我々の正面にいます!攻撃を!」
「こちら艦長。その正体不明の敵についてだが…こちらのレーダーに捕捉できないのだ。」
「そんな…!我々見張り員は、確かに敵を肉眼で確認しております!」
「居るのは分かる。だが…レーダーにも、映像にも、その姿が映っていない…!」
「ならば、火器を手動操作に切り替えて頂きたい!街が砲撃されるのを黙って見ている訳にはいきません!」
「…分かった。火器を手動操作に切り替える。」
…
……
「主砲、照準……撃てっ!」
護衛艦に搭載された127mm砲が火を吹き、正体不明の敵に着弾の炎が生じる。
「よし、命中!」
突然の被弾に怯んだかのように見えた『それ』だったが、体勢を立て直し、緑に光る怪しい目を光らせ、海面下へ潜った。
「…なんだ!?どこに行った!?気をつけろ!見た目によらずすばしっこいぞ!」
「…!右舷、雷跡!!」
「魚雷だと!?」
「『亡霊』だとでも言うのか…!」
その護衛艦は魚雷3本の直撃によって、艦体を断裂、海中に没した。
「はぁ…はぁ…婆ちゃん、大丈夫かい?とりあえずここまで来れば…。」
「一体、何が起こっとるんや?」
自然公園に指定されている高台から遠くを見回す。紅い空の発端に、向こうの街があった。
「街が、燃えてる…。」
「あれはどこの方やろうな?」
「多分、金沢…。」
時折海上で何かがキラッと光り、一拍遅れてドォンと、発砲音のようなものが聞こえた。
敵の軍艦?それにしては、あまりにも小さいように見えた。遠くにいるにしても、発砲炎の光の中に見えるその大きさはせいぜい10m前後。あれは一体…?
「婆ちゃん…ハッキリとは分からないけれど、何かとんでもない事が起きてるよ…。」
後編予告
当たり前の日常は、突如終わりを迎えた。
謎の敵の砲撃と空爆を受け、炎の中に消えて行く故郷の町。
頭上から迫り来るのは、敵の爆撃機…?
死を覚悟したその時、敵の爆撃機から私を守ってくれたのは、過去の大戦で使用されていた戦闘機だった…。
岬の先端から海上を見る。一つの人影…あれは一体…?
次回、『おかえり』 後編。
登場キャラクター
・岡田 コウ
昔から海が大好きな、船乗りの血を継ぐ青年。大学に通っていて、夏休み、故郷に帰省している最中。謎の敵との戦いに巻き込まれて行く。
・岡田 サチ
主人公の祖母。町の海水浴場の海の家を営んでいる。優しく、明るい性格。
これから、一度の投稿でそれほど量は多くせず、小分けにして投稿しようと思っています。
投稿者の都合上、投稿の間隔が長くなることもあります。あらかじめご了承下さい。