【完結】LOST GENERATION ―NARUTO THE MOVIE― 作:春風駘蕩
1.出会った二人
チリンッ……
少女の耳に、小さくも綺麗な鈴の音が届く。
と思ったその時にはすでに、少女は背中から盛大に倒れていた。
「いっつ!!」
鈍い痛みに顔をしかめながらも、少女―――アケビは、目の前の一人の上忍を睨みつけた。倒れているせいでさかさまに見える彼の顔をキッと見据えながら、アケビはすぐに立ち上がりる。恨みがましく睨みながらも狙うのは、上忍が腰に下げた鈴だ。
上忍の懐に接近し、フェイントをかけながら鈴を狙う。自慢ではないが、忍組手ではそれなりの成績を収めていた。
なのに、どうやっても鈴に手が届かない。それどころか、かすりもしない。
「くっ!」
焦って、蹴りが大振りになってしまった。
上忍はそれをしゃがんで躱し、無防備なアケビの軸足を払う。
「うわっ!?」
再び倒れたアケビは、転がったまま太腿のポーチに手を入れ、手裏剣を取り出して投げつける。そして、すぐに起き上がって殴りかかった。
上忍は手裏剣をわざわざ輪に指を差して止め、アケビの突進を難なく交わした。
不発に終わったアケビは、上忍の傍をすれ違いながらよろめく。
すると、バランスを崩したアケビの頭にのしっと誰かの手が載せられる。と思った直後、人一人分の体重が駆けられ、アケビは「ふぎゅっ!?」と声を漏らした。
アケビの上に載った少女は、束ねた長い黒髪をたなびかせて跳ねる。
上忍の前に降り立ち、少女―――レンは鋭い突きを放つ。上忍がそれを受けると、今度はその手を掴んで上忍の顔面に向かって回し蹴りを放つ。
上忍は掴まれた方と逆の手でそれを受けるも、レンは軸足で飛ぶと、上忍の頭を挟み身体を捻って投げ飛ばす。
短い呻き声をあげて倒れる上忍だったが、すぐに起き上がる。
その鼻先に、チリンと奪われた鈴が突き出される。
やれやれ、と言わんばかりに肩を落とした上忍に、レンはニッと口角を挙げて見せた。
「ハァ……」
うつぶせに倒れたアケビは、先に課題を果たしたレンを見て深くため息をついた。コンビネーションを試すこの試験は、一応これで合格らしい。
「よう。へっぽこ」
「!」
驚いたアケビが見上げると、そこには小馬鹿にしたような笑みのレンがいた。
「踏み台役、ごくろう」
その言葉に、アケビはカッと頭に血を昇らせた。
レンは興味をなくしたように踵を返す。だが、先ほどの馬鹿にした笑みが忘れられなかった。
「…んぎぃぃぃぃぃぃ!!」
悔しかった。情けなかった。自分の弱さも。
だが何よりも、
そう思って、修行を重ね、忍術を勉強し、何度もレンに挑んだ。生傷が絶えず、時に骨が折れたり、経絡に負担をかけすぎて激痛が走ったりした。
だが、うまくいかなかった。任務先では、失敗してレンにその尻拭いをさせる羽目になり、修行中の忍術を、隣でレンにさらりと使いこなされたり、挑んだ組手ではコテンパンに負かされて地面に何度も転ばされたり。
「次は……次は絶対勝つ!! 私は……火影になるんだ!!」
敗北を味わうたび、アケビは悔しさに顔を真っ赤に染め、レンはそれを見て鼻で笑うということを繰り返した。
だがそれでも、レンのことは嫌いになれなかった。
任務が終わった後、一人で過ごしているレンから言いようのない雰囲気を感じ、アケビは何となく気になっていた。それがどことなく寂しそうで、アケビは彼女から目を離せなくなっていた。
そして何より、レンに挑む日々が嫌じゃないと思えてきていた。
レンと話せることが、共に強くなっていると実感できることが、うれしいと思えてきたことにアケビはその時、気づいていなかった。
以前、養父にそのことを相談してみたが、彼はただ苦笑するだけで教えてくれなかった。
結局、答えは得られないまま、アケビはまた、修行の日々を過ごしていた。
自覚し始めたのは、ある任務の時だった。
豪雪の中、抜け忍の集団を追って森の中へ入り、戦闘に突入したのだ。
「うぉぉぉ!!」
斧を持った巨漢の忍が、細い剣を持ったレンに襲い掛かる。
レンはそれを紙一重で避け、巨漢の顔面に回し蹴りを叩き込む。だが巨漢はその足を掴み、怒号とともに投げ飛ばした。
「ぐあっ!?」
大樹の幹に激突し、レンはがっくりを項垂れる。
巨漢はレンに迫り、斧を高々と振り上げた。
「火遁・豪火球の術!!」
レンを叩き切ろうとしていた巨漢の顔面で、爆炎が弾ける。ぐらりとよろめいた巨漢は、その直後登場したアケビに蹴り飛ばされた。
「レン! 大丈夫!?」
ズン、と倒れた巨漢を放り、アケビはレンに駆け寄る。レンの肩に手を置くと、パチンと手で払われた。
「! ……レン」
眉を寄せ、アケビはレンを見つめる。
レンは、アケビの目を見ていられないのか目をそらす。だがそのために、アケビの目が怒りではなく、悲しみを帯びたものであることに、気づかなかった。
その時、アケビの周りを影が覆った。
と思った瞬間、アケビの首に太い腕が巻き付き、万力のような力で締め上げ始めた。
「ぐうっ……!?」
起き上がった巨漢に捕らえられ、アケビは悶え苦しむ。呼吸ができず、溺れるような感覚に、アケビは巨漢の腕の中でバタバタと暴れた。
「くっ……か……」
歯を食いしばるアケビは、呻き声を漏らす。
だが、自身の頬に生暖かい感触を感じると同時に、巨漢の力が緩んだ。
巨漢は、肩に刺さるクナイを掴み、呻き声を漏らしてアケビを離す。
着地したアケビは、咳き込みながら膝をつく。その隣を、剣を持ち直したレンが跳躍して巨漢に襲い掛かる。
巨漢は苦無を抜き、レンの剣を受け流して後退する。ついでに斧を拾い上げ、レンに向かって大きく振るう。
アケビも刀を抜き、レンを追う。
「あああああ!!」
「ハァァ!!」
二人で剣と刀を振るい、巨漢を追い詰める。巨大な斧を剣で弾き、巨漢の体に傷をつけていく。火花が散り、雪の中を照らす。
喧嘩ばかりしているとは思えないほど、息の合ったコンビネーションで、アケビとレンは戦場を舞う。
「ぬぅああああ!!」
「!!」
怒り狂った巨漢が、二人を一息に力技で吹き飛ばす。
雪の上に倒れたアケビとレン。巨漢はアケビの方に向かって、斧を振り上げた。
「……!!」
目を見開き、アケビは凍り付く。その眼が迫りくる刃を映し、脳裏で最悪の光景を思い浮かべる。短い生を走馬灯のように思い出す。
しかし、その刃が振り下ろされる寸前、黒い影が滑り込んだ。
ガキンッと刃同士がかち合い、斧の勢いが死ぬ。
斧の一撃を受け止めたレンは、ギンと目に殺意を込める。その眼が真紅に染まり、両方に一つの勾玉が浮かんで回転する。
急速に力の上がったレンが、雄叫びとともに斧を振り払う。
アケビも正気に戻り、刀を振り上げて巨漢に向かって走る。刃を備えた二人のくノ一は、阿吽の呼吸で刃を振りぬいた。
「ぐああああ!!」
ザシュッと血飛沫が飛び散り、巨漢の力が抜ける。斧が手から滑り落ち、巨漢はそのまま雪の中に倒れた。
ビュービューと吹雪が辺りを白く染めていく中、ゼェゼェと荒い息をつくアケビとレンは、剣と刀を下ろす。アケビは膝をつき、安堵で肩の力を抜く。
なんとなくレンの方を向いたアケビは、目を瞠った。
「……レン、その目」
「!! 見るな!!」
アケビの指摘に気付いたレンは、ハッと目を覆って顔を背ける。
アケビはレンの眼―――写輪眼の存在に呆然となるが、ブルブルと震える彼女にだんだんと緊張が抜けていく。気づけばアケビは、レンの肩を抱いていた。
「……なにも、聞かないよ。レンが何も言いたくないなら、ね」
「…………」
ビクンと肩を揺らしたレンは、ゆるゆると手を下ろし、肩を落とす。その眼は、いつの間にか黒目に戻っていた。
二人は大樹の根元に腰を下ろし、ただ無言で佇む。沈黙したレンに、アケビは何も言わず傍に寄り添い続けた。
しばらくの静寂、雪が積もる音だけが聞こえる中、レンが口を開いた。
「…………私の、遠い祖先が、うちは一族のものと関係を持っていたらしい。……先祖返りだと、亡くなった祖母が言っていた」
「…………」
「……頼む」
悲痛な顔で、レンは頭を下げる。
その姿が、非常に弱々しくて、アケビの胸を締め付けた。ただそれは同情ではなく、苛立ちか、怒りに近い感情だった。
「この眼のことは、誰にも言わないでくれ。私はこの容姿のせいで、血の繋がらない子などといういわれのない疑いをかけられてきたんだ」
「…………」
アケビがレンを見つめると、レンは気まずそうに目を背ける。
「…意外か? 私だってまだ小娘なんだ。…寂しくも、なる」
「…………」
アケビは半目になり、レンを見つめる。
こいつから、そんな言葉を聞きたくなかった。自分の目標で、越えるべき壁で。
何より、誰よりも親しい友である、こいつに。
「私はもう、一人になりたくない。……だから」
「バーカ」
告げられた言葉に、レンは目を見開いた。
心底呆れた表情で、アケビはレンを見つめる。深い深いため息をつき、ニッと笑う。
「私だって最初は驚いたけどね、それだけのことだよ。能力だの血筋だので迫害するとか思わないでくれるかな?」
「…アケビ?」
「私を、そんな心の狭い人間だと思わないでくれるかな?」
レンはアケビの思いが分からず、困惑した表情で見つめ返す。
アケビはずいとレンに詰め寄り、至近距離でレンと目を合わせる。
「…私の夢は、里のみんなに認められる忍に……火影になること。でもここでアンタを否定したら、私の夢も否定することになる。…それにさ」
アケビは刀をしまい、レンに拳を向ける。
眉を寄せるレンにかまわず、アケビは優しく微笑んで見せた。
「アンタは、私の目標でもあるんだから……そんな弱っちぃこといわないでよ。私のとってアンタは、越えるべき壁で、競い合う仲間で、……友達なんだから」
「…………!!」
レンは目を見開く。告げられた言葉のぬくもりに、身を震わせる。
こんな人が、こんなことを言ってくれる人が、すぐ傍にいたのか。彼の英雄を、自身が目指すような人のような、太陽を思わせる温かい言葉が、レンの心を刺す。
それだけで、凍てついた心が解かされた。
「……なら、一つだけ言わせてくれ」
「ん?」
訝しげに首を傾げるアケビに、レンはにやりと笑う。
小馬鹿にしたような、いつもの笑みだ。
「火影は、お前だけの夢じゃない」
「!」
アケビは目を見開き、次いで顔をほころばせた。
友がいつもの姿に戻った喜びと、互いの夢を知れた高揚で、身が震える。
二人は拳を合わせ、立ち上がる。
「負けないよ」
「……ああ」
二人は笑い合う。
アケビとレンはこの日、〝