ダンジョンに音楽を求めるのは間違っているだろうか   作:白雫

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ダンまちのssです。

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第一話 始まりの風が奏でる音

 ………肌を撫でる柔らかい風が、ファミリアのホームの窓に取り付けられたカーテンを揺らす。純白のその向こう側には、過去の英雄達が守り通し、作り上げた礎の上に繁栄を築いたオラリオの街並みが見渡せた。

 

 その喧噪は、肌で感じ取るのに十分すぎるくらいの大きさだ。

 

 

 

 もう、声変わりはしたのかな。

 

 ふと、そんなことを思う。

 

 自分の一番馴れ親しんだ音、すなわち自分の声は、もう随分前に肌に伝わる振れとしてしか聞こえなくなってしまった。

 

 もう少年期も後半になった。いい加減声変わりしていてもおかしくはない。

 自分の声の音程が変わってしまっているかもしれない。ボクは、信じられない程に音痴になってしまったかもしれない。

 

 それでも、神の恩恵を授かったお陰で得たスキルと、自分の短い過去の経験を併せて、必死に音合わせをする。自分の耳で確かめられない苦痛を感じながら、それでも、自分の声で紡ぐ唄を歌うために。

 

 調律は、こんなにも難しい。耳が聞こえなくなった時から痛感してきたことだ。

 自分の耳で、美しい音楽を感じることは出来なくなってしまってから久しい。

 

 だが、だからこそ得られたモノがあった。

 この世界に満ちあふれている美しい音楽達を、肌で感じ取り、目や鼻で聴いて、その振動を全身を使って取り込む。

 鳥のさえずりも、陽の光を反射する湖面の輝きも、日が昇り、沈んでいく空も、壮大な夕暮れの後に広がる夜空の星の瞬きも、誰も見たことのない明日の朝の優雅な日の出さえも、全てが美しい音色を産みだし育んでいる。

 

 世界が奏でる唄を、ボクは皆に聴かせたい。

 

 でも、ボクには、それが美しい音色として人々の耳に入っているのか、自分の耳では確かめることさえできない。

 それを肌で尋ねて、耳が聞こえなくなる前の音を思い出しながら心の中で音を聞き取り、偽りの安心を得ることしかできない。

 

 音が聞こえないことへの不安や悲しみで、ボクが感じ取った世界が曇ってしまう。しかし、それだけは、それだけはダメだった。

 ボクにとっては、それが僕に残された最後の音楽だから。

 

 

 神に祈るだけではなにも変えられない。

 自分自身の手でなんとかするのだ。

 

 それを、ボクの主神も望んでいるはずだから。

 

 体で支えていたハープに手をかけて、頭の中に浮かんだ旋律を音にする。

 心で音を聞いて、指先から次の音を奏でて、世界に音を響かせる。

 

 

 

 気怠げな午後の日差しの中。

 窓辺にとまる鳥達のそばで。

  

 今し方読み終わった物語、世界中の男達が憧れる、偉大な英雄の紡いだ情愛と悲恋の物語を、心の赴くままに、心に奏でられる音をそのまま歌った。

 

 

 

 

 

 

 

 ───世界の中心とうたわれる迷宮都市オラリオ。

 

 元々は、ダンジョンから湧き出るモンスターをその巨大な穴に閉じ込めるための管理機構(ギルド)が発端であった。

 それが、ダンジョンが生み出す莫大な利益が知れ渡ると共に、そこに降り立った天界からの客人、神様達の保護の元、世界中から数多の冒険者たちが、その身に余る勇気と知恵、そして一握りの才能と欲望を抱えてオラリオにやってきた。

 

 

 富や名誉、美男美女との出会い、冒険心を満たす壮絶な戦い。

 そういったものを求め、この地にやってきた者の数など、下界の子供達を愛してやまない全知零能の神様達だってご存知ないだろう。

 

 神様達は、天界での永き時の停滞に飽きてこの下界に降りてきたらしい。

 下界の子供達、すなわちボクらは、最初から完璧な神様達とは違って、ひどく弱く、頼りなく、永遠の命を持つ彼らにとってはほんの刹那の時しか生きられない。

 

 それでも、必死に何かのために頑張り、絶えず変化する下界に、神様達はこの上ない娯楽性を見出されたようだ。

 

 自らそのお力をほとんど封じ、自分達の施す神の恩恵(ファルナ)のみ下界のボクらに与えて、神様達はそれを現場で見て楽しむ、と言うわけだ。 

 

 ボクら下界の者達にとっては、神様達のくださる恩恵は、この上なく素晴らしいモノだったから、それまで架空実在関係なく信仰していた下界の民達は、オラリオにやってきた神々のもとに我先にと集まり、己を研鑽して夢や希望を成就させてきた。

 

 神々はそれを大いに楽しまれ、現在に至る。

 

 

 

 

§ § § § § §

 

 

 

 

 

 

 オラリオの一画にある、人々の集まる噴水広場にて、一柱の美しい女神が水の流れを見ながら佇んでいた。

 

 至高の美しさを湛えるその手には、ごく普通の小さな竪琴が所在なさげに座っている。

 女神の手にあるとなれば、普通の竪琴では役不足だ、とばかりである。

 

 かの女神の名は、ハトホル。 

 音楽好きな、心優しい女神として知られていた。

 

 

 端から見れば、憂いをたたえたようなその顔は、しかし、

 

(─────────ポケ~……………)

 

 ただぼーっとしているだけである。

 

 彼女は、さしたる目的もなく、下界に降りてきた女神だった。

 自分のファミリアを持つこともなく、ただ日がなこうしてどこかでなにも考えずにぼーっとして、たまに手慰みの音楽を奏でる。

 

 そんな彼女が、まともな生活など送れるはずもない。 

 基本暇人な神々(一部を除く)のいる天界でも、「暇人ニート」「ヒモ女神」と名高かった、生粋の駄女神である。

 

 神の力のほとんどを封じられる下界ではただの人以下の女神が、どうやって三年間も下界にて暮らしてきたのか。

 

 

 言うまでもない。ヒモだ。

 

 懇意にしている、寛容な男神(ガネーシャ)のもとで寄生し、たまの神会(デナトゥス)やガネーシャ主催の『神の宴』で音楽を提供する自称音楽家のニートとして、三年間恥も感じず生きてきた。

 つまり、天界にいるときとやってることがなにも変わらず、「なんであいつ来たんだよ」「流石はヒモ女神さん、マジぱないッス」「むしろヒモでない女神(ハトホル)女神(ハトホル)じゃない」などというのが神々のもっぱらの意見だった。

 

 

 

 

(…………あ、そろそろ音楽を…………あ、でもおなか減った、かも)

 

 そんな生産性の欠片もないことをだらだらと考えていると。

 

 ふと、水面に視線をやっていた女神の目が、広場に入ってきた少年を捉えた。

 

 まだ幼いように見えるエルフの少年は、ぼろ切れも同然な衣服を身にまとい、大事そうに抱えた袋包みを人にぶつけないように注意しながら、よたよたと力なく歩いていた。

 

 エルフの子供が故郷の里から出てくることはほぼないと言っていい。

 エルフと言う種族は基本的に森の奥など自然の中に住処を持ち、他種族に対して比較的閉鎖的である。

 その気高さは、他者の肌への接触を容易には許さず、自分の気を許した者にしか素肌を(さら)しすらしないという徹底ぶり。

 

 そんな彼らがエルフの里から出てくるときは、そのほとんどが悲しい理由で故郷を失ったときか、好奇心に負けてオラリオまで来ちゃったときか。

 

 

 それでも、あんなにボロボロになったエルフの子供なんて、あんまり見ないな、と女神が思っていると。

 

 その少年は、彼女の座っている噴水の縁まできて、そこを背にして座り込んでしまった。

 その目にあったのは、ただ、絶望の色だけだ。

 何か大切なモノを失ってしまった下界の子供達と同じ目だった。

 

 

(きっと故郷を失ってしまったのね)

 

 

 エルフの里にそんな被害が出たなんて話は、最近聞いていなかったけど、と女神は思う。

 きっと自分の知らない間にそういうこともあったのね、と一人納得する。

 

 

(そうとなれば)

 

 音楽で、心を癒やしてあげましょう。

 

 女神は(おもむろ)に竪琴を体の前に立てて、手を添え、弦をはじいた。

 

 

 

 少年が、音を出した瞬間、急に此方を向いた。

 その目には、驚愕が見て取れる。

 少し離れたところに座る彼に向けて、自分の思いが伝わるようにと、優しく語りかけるように(うた)を歌い、竪琴を鳴らす。

 

 

 

 悲しいことや、辛いことがあっても、決して生きることを諦めちゃダメよ?

 

 元気になって?

 

 

 

 思いが通じたのかは分からなかった。けれども、少年は女神の音楽に、夢中で聴き入っていたようだった。

 

 少年は、音楽が止まると共に、女神の方に駆け寄ってきて、こう言った。

 

「ボクに音楽を、教えてください!」

 

「…………え?」

 

 予想外の言葉に女神の反応が遅れる。

 

「あなたの音楽は聞こえたんだ!耳がなんにも聞こえなくなってから、初めて聞こえた音だったんだ!ボクに、ボクに音楽を教えてください!」

 

 まだ幼い少年が、興奮入り混じった声でそう叫ぶ。

 

 音楽を教えてくれ、なんて下界にきてから初めて言われたことだったし、それに、耳が聞こえないって。

 

 愛と豊穣の女神・ハトホルは、どうしたらいいか分からず、途方に暮れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オラリオの現・都市最大派閥(ファミリア)の主神、ガネーシャは、自身の新しいホームの最上階で、頭を悩ませていた。

 

「………」

 

(ハトホルの奴が、自立してくれない………)

 

「くっ、だが俺はガネーシャ。友を見捨てることなど………」

 

 ハトホルは仮にも天界からの友達、神友だ。

 彼女を見捨てることは、ガネーシャの矜持に関わる。

 

 それに、ハトホルという女神は、優しさなら天界屈指だが、頭の悪さにかけては天界随一と言われている。そして、なにより真生のドジであり、彼女がまともなファミリア運営をこなせるとはとてもじゃないが思えない。

 

 うんうんと象仮面の下で唸ってると、

 

(あ、そういやイシスが下界にくるのって今日だったな)

 

 ガネーシャは、下界に逃げ、もとい遊びにくる女神イシスの仮の宿に、自分のファミリアのホームを貸し出すことにしていた。

 友の頼みは聞いてやるのがガネーシャだ。

 

「ふう、俺はガネーシャだからな」

 

(仕方ない。もう少し面倒をみるとするか)

 

 自分がガネーシャだ、ということを理由に、ヒモ女神を養うことを受け入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 うららかな午後の日差しが差し込む中、女神イシスを迎え入れる準備をしていると、

 

「ガ、ガネーシャ様!一大事です!」

 

 ガネーシャのいた部屋に、【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者の一人が慌てて飛び込んできた。

 若いヒューマンの男で、茶髪の髪の毛を短く切りそろえている。

 

「どうした!ま、まさか、ガネーシャか!?」

 

「全っ然違います!」

 

「そこは、『いいえ、それはガネーシャです』だろう!?」

 

「ええいめんどくさい!いいから来てください!神ハトホル様が!」

 

「な、なに!?ガネーシャが!?」

 

「もう何でも良いからとっとと来い!!」

 

 話の噛み合わない自分の主神に暴言をためらい無く吐いて、彼はガネーシャを引っ張り、ホームの門へと走った。

 

 

 

 

 

 

「「「────ですから!ハトホル様にはそんなことは無理に決まってるじゃないですか!!」」」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】のホーム正門の前にて、自分のファミリアの団員数名がハトホルがしようとしている何かを必死に否定していた。

 声がハモっている辺りに、ハトホルのダメさはここにいる者達に共通して抱かれていることなのだということが伺える。

 

「わ、私にだって、ファミリアを作ることくらい、なら」

 

「ええそりゃ作ることくらいなら出来ますよ!」

 

「神様であれば神の力(アルカナム)を使えるんですからね、ご自(しん)の恩恵を与えることまでは(・・・)できますよ!」

 

「でもそこまでなんです!ファミリアの運営はあなたのご想像以上に煩雑かつ困難なものなのです!」

 

「で、でも……………あ!ガネーシャ!あなたなら分かってくださいますよね?」

 

(ここに説明もなしに連れてこられたばかりの俺に何を言えと!?)

 

 話を聞く限り、どうやらハトホルは唐突にファミリアを作ろうとしているようだ。

 ガネーシャは、ハトホルの頭の悪さは今に始まったことではない、と思い直し、

 

「とりあえず、俺はガネーシャだが?」

 

「そんなことは知ってます!もうっ、ガネーシャのお馬鹿!」

 

 ハトホルの思わぬ暴言にショックを受けるガネーシャ。

 

((((お前にだきゃぁ言われたかねぇよ!))))

 

 その場にいた全員が心の中でシャウトした。

 

 と、

 

「私は決めたんです!私はこの子と一緒にファミリアを立ち上げるんです!」

 

 ハトホルがそう言いながら、ハープを抱えている腕と反対の手で、彼女の後ろに立っていた人影をずいっと前に押し出した。

 

「あ、え…………」

 

 その小さな子供は、耳の長いエルフの少年だった。

 彼は、自分がどういう状況に置かれているのかがわからないといったふうに、自分を見下ろす男神と冒険者達の顔を見回して、オロオロとしていた。

 

「この子は?ガネーシャなのか?」

 

 ガネーシャが尋ねる。

 

「違います!この子は耳が聞こえないにも関わらず、冒険者になってお金を稼ぎながら音楽を学びたいと、その一心からエルフの里を飛び出して、このオラリオにやってきたのです!」

 

 ガネーシャのボケなのか本心なのか良く分からない問を律儀に否定して、ハトホルは必死に訴えた。

 

「は!?耳が聞こえない?」

 

「そんなのが冒険者になれるはずがないでしょう!?」

 

「そういうことなら、あなたがファミリアを作らずとも我々のファミリアで保護すればいい!そうすればあなたも彼に音楽の手ほどきができるでしょう!」

 

「そ、そうだぞ!俺はガネ「それじゃダメなんだ!!」

 

「!?」

 

 冒険者達の顔、特に口の辺りを注視して見ていた少年が、自分の言葉で初めて自分の意志を叫んだ。

 どうやら彼は、耳が聞こえないために人の唇の動きを見て話を読みとっているらしい。

 少年から見て、ガネーシャを連れてきた男性団員の頭に隠れていた男神(ガネーシャ)の口が偶然(・・)見えず、偶然(・・)ガネーシャの主張(俺はガネーシャだ!)を遮ってしまったのだ。

 

(偶然、だよな……………?)

 

「ボクは冒険者になって、自分でお金を稼いで、音楽も頑張って誰よりも(うま)くなって、世界一の音楽家の冒険者なるんだ!!そう決心したんだ!」

 

「ガネーシャ、どうか彼の意志を認めてください!私に、私にファミリアを作る方法をお教えください!」

 

(((そこからかよ!)))

 

 三人の冒険者が心の中でつっこむ。

 

「し、しかしだな……」

 

(ハトホルの自立の意志が芽生えたのは嬉しい限りだが、いかんせんこいつはちょこっとポンコツ女神だからな………)

 

 ガネーシャが心の中で女神(ハトホル)をディスりながら決めあぐねていると。

 

「これは一体、なんの騒ぎなの?」

 

 ハトホル達の背後から、凛とした声が聞こえてきた。

 そこには、ギルドの職員数名を従えた、黒髪の美しい女神が立っていた。

 頭に載せた金色の飾りが、彼女の人ならざる美しさを際立たせていた。

 

「久しぶりね、ハトホル。それからガネーシャも。今日からしばらくお世話になるわ」

 

「あ!イシス!あなたも下界に来たのですか?」

 

「イシス様…………今日、神イシスが下界にいらっしゃって、我らのホームにしばらくお泊まりになるとお伝えしたはずですが?」

 

「え!?そうでしたっけ?」

 

「……………」

 

「……………とりあえず、何があったのか教えてくれる?」

 

 とガネーシャ達に尋ねた。

 さすがは女神。ハトホル達の会話を聞いて、誰にこの状況の説明を求めるべきかを見極めたようだ。

 

「いや、それがだな────」

 

 ガネーシャが、ところどころに「ガネーシャ」を混ぜながらわりかしまともに説明し始めた。

 

 

 

「────というわけで、俺達は今、ガネーシャ級に困っているのだ」

 

「………なるほどね……」

 

 女神イシスは「ふんすっ」という雰囲気で横に立っているハトホルを、溜め息をつきながら見やって、

 

「それなら、良い考えがあるわ」

 

「へ?」

 

「そうなのか?教えてくれないか、イシスよ」

 

「これはあくまで一つの意見なんだけど」

 

と前置きして、女神イシスはこう言った。

 

「私とハトホルで一つのファミリアを立ち上げれば良いんじゃないかしら?」

 

 




どうでしたでしょうか?

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