ロックは自室に籠り、情報を整理していた。
被害者の素性、これまでの犯罪歴、ホテルモスクワが目を光らせていた場所、そこからの死角、凶器の入手経路……
纏めるべき情報はそれこそ山のようにある。そして、これだけ情報を集めても犯人に関する情報は一文もなかった。
犯人はこの町をよく知る人物である。
……そうでなければ都合よく路地裏で殺人が起きるわけがない。
犯人はホテルモスクワに関係を持たない、もしくは敵対している。
……そうでなければバラライカの堪忍袋を切るようなことをするわけがない。
犯人は大柄の男である。
……そうでなければスナイパーライフルなんて代物を持ち運べるわけがない。
犯人は格闘術を身に付けている。
……そうでなければ悪漢に対してナイフで致命傷を負わせることは難しい。
犯人は……
ここでロックの思考が止まった。
「ダメだな……」
自嘲気味になりながら煙草に火をつけ、大きく吸い込み、吐き出した。
犯人に関する情報はバラライカから直接伝えられた頭が切れることと何か異質なものを信仰していること、そしてかなりムカつくやつである。これらのみであった。
そして、それらもダッチとバラライカが冗談混じりの電話で話したものだという。
情報は無に等しい。
扉をノックする音が聞こえる。
レヴィの荒いノック音とは違う。
ダッチの力強いノック音とは違う。
「タイラーか?」
扉がゆっくりと開き黒いボブカットが見えた。
「そうです。私です。煮詰まっているようなので温かい飲み物を持ってきましたよ。」
そう言って御伽は二つのマグカップを差し出した。
「コーヒーとココアどっちが飲みたいですか?因みに私は甘いものは好きですけど、苦いものは大嫌いです」
御伽はそう言ってニカッと笑った。無邪気なその笑顔は暖かく、優しさに溢れていた。
「それじゃあ、ありがたくコーヒーをもらうよ」
「優しいロックさんならそういってくれると思いました」
御伽はコーヒーの入ったマグカップをロックに渡すと、ココアの入ったマグカップに口をつけながら、ロックのベッドに腰掛けた。
「どうですか?煮詰まってますか?」
「そうだね。ここまでいろんな情報を集めてみたけど犯人に関して有力な情報は皆無。わかったのはジャックザリッパーが実は19世紀に死んでいたことくらいだよ」
ロックがマグカップに口をつけすするのを見ながら御伽は立ち上がった。
「君はどう思う?その見事な推理力と妄想で俺のいた会社を一時的にでも傾けさせた来ヶ谷乃愛さん」
「そうですね~」
御伽がロックの書き込みがある地図を眺める。
犯行時刻や現場の写真などさながら刑事のような書き込み具合である。
「私はこの地図を見て犯人が複数人であると推測します。まず第一にホテルモスクワの巡回を掻い潜りながらターゲットを見つけて、路地裏に誘うなんて難しいと思うんですよ。そして、実行犯の他に共犯がいるとするならば、ホテルモスクワの内部に裏切り者がいる可能性がありますね」
御伽は顎に手をあて、唸るようにしながら持論を述べた。
「もちろん、俺もそれは考えた。しかし、その裏切り者のメリットはなんだ?金が入るわけでもない。長年共に過ごしてきたバラライカさんやそのあり方に文句があるのなら彼らなりのやり方で伝えるだろう」
御伽は蜂の巣になったバラライカを想像し、考えるのを止めた。
「でも、その周辺組織なら話は違うのかも……」
直属の部下ではなく、連携をとっている組織ならば、バラライカのやり方に合わない人間もいるかもしれない。
「しかし、それでは巡回のルートなんかを手に入れる手段がなくなるんじゃ……」
「ハッキングなんかが得意な人ならそういうの情報を盗んだりできるのかもしれませんね」
ロックは御伽の持論を聞き、軽く吹き出した。
「この荒くれものの集まる町でそんなことができる人間が何人いる?皆無だ」
「皆無ならそこから人間を絞りやすいんじゃ……」
ロックは話を御伽の話を途切り、部屋の外へと押し出した。
「ありがとう、タイラー少しは答えに近づいたのかもしれない。今日はもう遅いから帰りな」
「でも……」
「俺も今日は直ぐに寝るよ。一度頭を整理したいからね」
御伽はわかりましたと言って自分の部屋へと向かった。
……Q.E.D
……Quiz for Elite mariners who is being Dirty
……汚れ続ける優秀な水夫への挑戦状