ロックはバラライカに電話を掛けていた。
「こんばんは。バラライカさん」
「どうかしたか、ロック?」
くわえていたタバコを灰皿に押し付け、ロックは話を切り出した。
「色々考えたんですが、なかなか答えがでなくって……」
ロックは申し訳なさそうに頭を掻きながら軽く頭を下げた。
サラリーマン時代に身に付いた……身に付いてしまったどうしようもない癖である。
「で?」
バラライカはロックの言葉に裏があることを読み、更に話を促した。
「暫くホテルモスクワの警備に同行してもいいですか?部屋で考えているよりも何か見えてくるかも知れないので……」
断られると思っていた。自分が足を引っ張るのを恐れ、断られると思っていた。
電話の奥でバラライカが誰かと話す声が聞こえる。
恐らくボリスであろう。
永い沈黙の末、バラライカの声が聞こえた。
「お前がそうしたいのならそうすればいい。ボリスにもお前の警護を任せるように伝えた」
予想外の答えにロックはすぐに返答することができなかった。
ようやく頭の整理がつくとロックは頭に浮かぶ疑問を本人にぶつけた。
「いいんですか?」
「自分から志願しておいて今更怖じけついたか?理由は早く私の町で好き勝手に暴れているネズミを捕まえたい……ただそれだけだ」
バラライカの声から受話器越しでもわかる隠しきれないほどの怒りを感じたロックはそれ以上掘り下げることなく、時間の指定だけを聞き、受話器をおいた。
ロックは息を吹き出しながら椅子の背もたれに全体重を懸けた。
「事件解決に一歩近づいたようでよかったです」
御伽が両手にコーヒーとココアが入ったカップを持ち、そのうちコーヒーをロックに差し出しながら声をかけた。
電話に集中していたためか足音に気付かなかったロックは慌てて振り向いた。
「タイラーか……驚かさないでくれ……」
「あら、ノックでもした方がよかったですか?でも、ワンルームのこの部屋にノックするような扉はないようですね」
御伽が笑いながらからかう。人畜無害、天真爛漫……そう形容するのが相応しいとロックは考えながらコーヒーを手に取った。
「タイラー……君には本当によくしてくれるね」
「当たり前じゃないですか。人殺しは悪いことです。私は悪い人が嫌いなんです」
笑顔のままタイラーが語る。
ロックはそのようすを眺める。そして、御伽の口が閉じたことを確認すると、静かに口を開いた。
「レヴィも嫌いかい?」
御伽は目を見開き、その質問の意図するところを探った。
傾き始めた月明かりが優しく二人を照らす。
「それはレヴィさんが私のことを嫌っていることをどう思うか?という質問ですか?」
首を傾げ、尋ね返す。
「あぁ、君なら気づいているだろうが、レヴィは君のことを……何と言うか……」
「嫌っているんですよね?嫌っているというより、理解も信頼もないと言った方が適切かもしれませんけど」
ロックの言葉を遮り、タイラーが口を開く。
「残念ながら、私は人が人のことをどのように感じているのかについては鋭い方です。皆さんが私のことをどう考えているのかについてはおおよその検討はついてますよ」
「それならいいいんだが……」
「私がレヴィさんをどう考えているのかについてでしたね」
御伽はココアを一口啜り、口を離す。彼女の薄い唇が湿り、部屋の僅かな光を反射させた。
「私は人にどう思われていようと、何かしらの感情を以て接して貰えるだけで素晴らしいことだと思っています。なので嫌われていようと、私から嫌う理由にはなりません」
最後に無視は辛いですからね、と冗談を付け加え、御伽は再びココアを啜った。
ココアの甘ったるい香りのなかで御伽は昔のことを思い出した。
地主の娘
一家殺害事件の生き残り
インチキ記者
正義の記者
日本人
誰もが「照由御伽」としてではなく何かしらのレッテルを貼り、そのイメージの少女を愛した。
誰も私を理解してくれないです
誰も私を見てくれないです
誰も私を愛してくれないです
誰も私を信じてくれないです
誰も私を支えてくれないです
誰も私を助けてくれないです
誰も私の声を聞いてくれないです
世界で一番不幸な私はどの私でしょうか?