御伽が事務所に入るとダッチが煙草を吹かしていた。
「ダッチさん、煙草やめてもらえませんか?」
「ん?どうしたおめぇさんはスモーカーだろう?」
そういうと、ダッチは灰皿に煙草を押し付け火を消した。
部屋にはダッチの煙草から出た煙が漂っていた。
「煙草の臭いは好きなんですけど、メンソールがどうも体に合わなくて……なんと言いますか……昔、メンソールを匂っただけで吐いたことがありましてですね(実話)」
御伽はそういうと恥ずかしそうに胸の前で指を弄りだした。
「そうは言われてもな……俺もこいつを手放す気はねぇんだ。俺が我慢するかおめぇさんが我慢するかどっちかしかねぇな」
御伽の指弄りは続く。昔、友人からメンソールの煙草をもらい、いつもの癖で火をつける前に葉を匂っただけで気分が悪くなったことがあったこともあり、メンソールは御伽の中ではちょっとしたトラウマでもあるのだ。
「まぁ、確かにラグーン商会でメンソールを吸うのは俺だけだからな、一人が我慢すればそれでいいかも知れねぇな」
そういうとダッチはソフトパックから煙草を一本取りだし御伽に向かって放った。
「だが、そいつはおめぇも一緒だ。他のやつらが文句を言わない以上、おめぇさん一人が我慢すればそれでいいんだよな」
ダッチいわく、御伽がメンソールを吸えればダッチ自身が煙草を我慢しなくて済む、ということである。
「わかりましたよ……」
御伽はポケットからボックスタイプのパックを取り出した。御伽は普段から煙草の本数が少なくなると煙草の箱の中にライターを入れるようにしていた。御伽いわく、「ライターと箱、別にしたら荷物が増えるじゃないですか」とのことらしい。
そして、御伽はパックから100均においてあるような鑢式のライターを取り出すと火力が一番小さい状態であることを確認し、火をつけた。
煙草の臭いとともにメンソールの清涼感が口の中を襲う。舌をつつかれるような、喉の奥を侵されるような不快感が御伽の口の中に拡がった。
肺まで煙を落とす。気管を清涼感で痛め付けられる。妙な薫りが喉を満たす。
いつも通り鼻から煙を出す。鼻孔をメンソールの違和感が襲う。
結論を述べると御伽は噎せた。日頃タール9mg程度の煙草を吸っているはずなのに、同じ重さであるはずのアメリカンスピリットメンーソルライトで噎せた。
「ほぅ、嘘じゃねぇ見てぇだな」
「私はアメスピのメンソールなら噎せます。マルメンなら吐きます。」
御伽はそう言い終わると直ぐに靴の裏に煙草を押し付けた。
「メンソールを吸う人は信用ならないってお婆ちゃんがいってました」
「そいつは怖ぇな。でも、信用できねぇのはこの街じゃあ当たり前のことよ。信用ならねぇ奴等を必死こいて信用ふりしてる。そういう奴等の……そうしねぇと生きていけねぇ奴等のなんだよ、ここは」
「偽善は嫌いです。」
「偽善じゃねぇさ。糞みたいな偽善者から逃れてきた糞の集まりなんだよ。それこそ、世界中の糞の中の糞だけが集められた収容所なのさ」
「糞糞言っているとその口縫っちゃいますよ」
「この町にこれ以上おっかねぇ女は要らねぇんだよ。ヤポンスキーが背伸びしても俺には怖くともなんともねぇんだよ」
ダッチは御伽に近づき、頭を撫でた。
「俺らの世界でここまで小せぇのは鉄砲玉しているガキか、もしくは……本当に狂っちまった、狂わされちまったガキぐれぇだ。この町の夜に泣かされるガキどもの声はどうしても俺の耳を放れてくれねぇ」
「何が言いたいんですか?」
「ガキは寝る時間だってことだ。これからは俺とタイラーの大人の時間だ。嫌だとは言わせねぇぞ」
ダッチはゆっくりと扉の方へと歩いていき部屋の照明を消した。
「ダッチさん、したいことがあるんならこんな回り口説いことしなくてもいつでもお相手しますよ」
全く見えないがソファの軋む音がする。ダッチが座ったようだ。
テーブルの上にふと、淡い光が零れる。
「ロマンチストなんですね」
「たまにはガキどもの泣く声が聞こえねぇ静かな夜ってのも良いもんだろ?」
テーブルの上に大きな容器が置かれる。ガラスの高い音が響いた。