GOD EATER〜Dual sniper〜 作:CiAn.
「先生、憩の容体は?」
「かなり衰弱しているね。原因が分からないから一向に良くならない。打てる手は全部試したんだけどね……」
医療室の外で俺は憩の担当医と話をしていた。しかし聞けば聞くほど否応無しに焦燥感ばかりつのる。
「クソッ……!」
ことの発端は3日前に遡り、以前から調子の悪かった憩が熱を出した。
いつものように床から気だるく起き上がった俺はベッドの上にいる憩に小言を言おうとその顔を見ると、頬が赤く苦しそうに顔を歪めていた。体温も高く最初は熱かと思ったが薬も効かず、気付けば今日までずっと憩はうなされていた。
持ち前の倦怠もどこかに捨てたようにただ懸命に生きようとしている姿は、俺に耐えられるものではなかった。違う、お前は抗いもしないようなやつだろ。死ぬまで俺に迷惑かけてくれよ。
そんな言葉は自分の口からは出なかった。仮に言えたとしても朦朧とした意識の憩が聞けるとも思えない。
病室に入り、ベッドで横たわる憩の側にイスを置いて座る。その顔を眺めると元居た世界、死ぬ前に住んでいた世界の姉を思い出す。
綺麗で優しくて頭も良い。機転も利くし料理も上手いからいろんな人から好かれた。もちろん俺も慕っていた。そして恨みを抱いたとか、引け目を感じることもなく俺は死んだ。
死んだ後、姉と瓜二つの神が現れたものだから驚いた。しかし性格は正反対で髪色も違うものだから別人だと確信したが、黙っていると姉にしか見えない。
「……憩」
自然と言葉が出ていた。何か言わなくては気が済まない、そんな気さえしている。
「俺の姉だって言うなら先に死ぬなよ。不出来な弟の行く末を見届けるくらいはしてくれよ」
「……そんな面倒なことは御免だ。私はお前の姉ではないからなー」
掠れた声でそう言った憩はどこか達観の念が見えた。そんなものは似合わないからやめてほしいのだ。今は原因も分からず気が沈んでいるのだから余計に辛い。
「いつか治る。それまではわがままくらい聞いてやる」
そう言って俺はその場から離れた。聞いてやると言っておいてこれ以上見てられなかったのだ。
なんだか分からないうちに出会ってから情が移ったのかもしれない。
病室を出るとジーナさんが立っていた。用件は分かっている。例えどんな事情があろうとゴッドイーターの仕事に休みはない。休暇でも取れば話は別だがそういう話は事前にしなければならない。
「今すぐに準備します」
「無理はしちゃダメよ」
たしなめるように言ったジーナさんの好意に甘えるわけにもいかず、俺は神機保管庫へと足を運んだ。
敵は無防備な背中を向けて落ちている資材を食っていた。強者の余裕とでも言いたいのか俺という狙撃手の存在には気付いていない。
ジーナさんからの無線で攻撃の合図が出された。それに合わせて俺とエリナは戦場へと舞い降りた。
「さっさと終わらせる」
ショートブレードの連続アドバンスドステップによる肉薄する俺の後ろではチャージスピアを構えるエリナが疾走している。
「青葉、いけるよね」
「ああ」
お互いで声を掛け合ってから俺は跳躍する。ちょうどその下をエリナが滑り込むように通ってアラガミの体にスピアをねじ込む。
さらにジーナさんの追撃が入り、アラガミーーヴァジュラが振り向いた。その間抜けそうに開いた口に刀身を突き刺した。俺たち人間と同じ深紅の血が飛沫となって俺に降りかかることを気にも留めず、ヴァジュラの口の中を真横に凪ぐ。
「そこっ!」
エリナが苦しむヴァジュラの喉笛を外側から貫くようにスピアで串刺しにした。
「あら、残念。こんなものなのね」
俺とエリナを払いのけようと振り上げた前足と、射抜くように俺を睨んでいた目、僅かに覗いていた腹に正確無比な射撃が撃ち抜いた。
悪いがこんなやつと戦っている場合ではないのだ。早く終わらせて憩の看病をしなければならない。
「これでっ……!」
「終わりにしましょうか」
「さっさとくたばれ」
呆気ないほどの短い断末魔を残して倒れたアラガミに神機を向けてコアを摘出する。
「面倒だな。こんなやつらをちまちま倒すのは」
倦怠神なんて訳のわからない存在と過ごしてきた結果なのか、自然とあいつの口癖がうつっていた。さすが倦怠を喰らい生きる神とでも言おうか。影響力はそれなりにあるようだ。
(倦怠を、喰らう……?)
何だか妙にそこだけがやけに強調されているような気がした。大切な事かのように頭の中で何度も反芻されている。
「あ……」
そこで初めて俺は気付いた。憩が置かれている最悪な状況に。
この世界は人が等しく死と隣り合わせの危険な状態で生きている。そんな世界で怠惰な感情を抱く人間など一握りしかいない。
ーーつまりそれは憩が生きるために必要なものがこの世界にない事を物語っていた。
そう、顔を知らない憩に試練を科した神とやらは初めからチャンスなど与えていなかった。無条件で助からない立場に置いて憩を排斥したのだ。
なるほど、だとしたらあいつの生への無関心も頷ける。初めから死ぬと分かっているなら抗いなど無意味だろう。だがそれならなぜ俺をこの世界に送り込んだんだ?わずかな希望を捨てずに俺に賭けたんだ?
「……蒼葉、どうしたの?」
ジーナさんが怪訝な顔でこちらを見ていた。考え事をしている間に渋面を作っていたらしい。
「すみません、ジーナさん。先に帰投させてもらいます」
返事を待たずに駆け出した俺をエリナが止めようと声をかけたが無視して走る。憩が生きているかを確かめたかった。あいつがいつ死んでもおかしくない状況は俺を急がせるには十分な力があった。
(死ぬなよ……、俺がお前を排除しようとした馬鹿な神に一泡吹かせるまで、それまで……耐えてくれ!)
焦燥に駆られる俺の頭上では赤い雲が薄っすらとかかっていた。日が傾くには幾分早い時刻の中、俺はなりふり構わず走った。
「まったく……バカな男だなー」
自然とそんな言葉が漏れ出ていた。しかしこれは仕方のないことだろう。私が目をつけたあの青年は今、必死にこちらに向かっている。神には分かるのだ、自分を求める声と祈りが。
蒼葉は今、私を求めている。死んでほしくないと懸命に祈っている。間に合ってくれと懇願している。どれもこれも心の底からの願いのように私に訴えかけるものばかり聞こえてくる。
「……本当にバカだ。私を救いたいなら歩いてダラダラ帰ってこい。とびっきり怠そうに、愛想の欠片もない声で弱り切った私を笑え」
それが私の延命行為になるのだ。それは蒼葉も知っている。同時にそんなことをしてもほんの少ししか生きれないことも知っている。
だからあいつは賭けたのだ。自分が戻るのが先か、私が死ぬのが先か。
(だがもう、終わりだ……。悪いな、私はお前に会えるまで待つのもまた、面倒くさいんだー)
霞む視界で外を見れば空は赤に覆われて、爛爛と地上を照らしていた。
夕焼けには早い時間。私の糸は神の手により呆気なく切られる。蜘蛛の糸は垂らされない。
蒼葉が走り去った直後、空に赤い雲が現れ始めた。不気味さと悪寒から私はエリナを連れて辛うじて屋根のある建造物に入った。間を置いてから雨が降り、地面を濡らしていく。よく見れば雨粒も赤い。
「ジーナさん、あの雨……」
「ええ、何かありそうね」
注意深く外を見ていると、アラガミの咆哮がこだました。それも単体ではなく複数体のものだ。息を殺すように私はエリナを抱き寄せて身を小さく丸めた。
「外は危険そうね。少し待ってましょう」
「……はい。あの、ジーナさん」
「どうしたの?」
顔を上げたエリナの表情は曇っていた。出来る限り優しく問い返すと震えた声で彼女は言った。
「蒼葉、大丈夫かなって……。いつも冷静だしこういう事態もちゃんと対処すると思うけど、今日の蒼葉はなんか焦ってたし」
「お姉さんが危ないから早く戻りたいんでしょうね」
さっきも出撃時間のギリギリまで近くにいたのだから、心底心配なのだろう。未だに病の正体が分からず治療は難航しているのも蒼葉の焦燥を増幅させているのかもしれない。
「それにしても、この雨何かしら?」
赤く染まった空を仰ぎ、私たちは2人寄り添って雨宿りを続けるのであった。
「……ヒバリさん、憩はまだ生きていますか?」
通信を繋いで、自分の知りたいことを単刀直入に切り出した。無線の向こうでは数秒の沈黙が続いた。
『憩さんは、先ほど息を引き取りました……』
「そう、ですか……」
間に合わなかった。あいつにまだ俺の死に様を見せていないというのに。これでは最初に交わした契約の意味がなくなってしまうではないか。
周りには多くのアラガミが俺を囲むように立っていた。獲物を見定めるようにじっくりと観察してくる。
「そういや、お前らも荒ぶる神なんて呼ばれてたな」
雨に濡れた髪を後ろに流してから武器を持ち直す。不思議と体の奥から力が湧いてくるようなそんな感覚が俺を支配した。
「その姿で生まれた自分を呪うんだな。今の俺は、神を死ぬほど憎んでいるからな……」
降りしきる赤い雨の中、俺は幽鬼のように私怨を撒き散らした。
雨が止んだのはそれから1時間後のことだ。
もしかしたら予想していた人もいるかもしれませんね。人の倦怠により生きる倦怠神はゴッドイーターの世界では生きられない、と。
実をいうとこういう脆い神っていうのが好きなんですよね。全知全能の絶対神ではなく、その他の神の中にはこんなのもいて良いかななんて思ってます。
そんなこんなで次回からジーナさんとの絡みが増えることでしょう。絶望は恋のスパイスですからね(ゲス顏)