天気は晴れ。
時刻は昼下がり。
このジメジメとしたこの森からは、その空を見上げることはできないが、鬱蒼とした木々の上にはきっと雲一つない青々とした空が何処までも広がっているだろう。
出かけるのにはちょうど良い天気。
家に篭っていたんじゃあ、もったいない。
さて、とは言うものの何処へ出かけようか? 人里へ行ってみるのも悪くはないが、もし家族にでもあってしまったら少々気まずい。それに今は体を動かしたい気分だ。
それなら宛も無く、箒へ股がってひたすらに空を駆けてみるのも良いかもしれない。
う~ん、それも悪くはないんだけど何か違うな。
もっとこう……スリルを味わえるようなことがしたい。
と、なるとだ。行くところは決まっている。
初めから答えなんて決まっていただろうに、どうにもひねくれているこの性格。自分へ対してくらい素直になれば良いのにな。まぁ、どうせこの性格は変わらないんだろう。
きっと私がアイツの所へ行けば、いつものように気怠そうな顔をしてくれるはず。そして私はアイツのそんな顔を見ながらお茶を飲むんだ。
お茶を飲み、一息ついた後は最近になって漸く形になった弾幕ごっこをして遊ぶ。その後はまたお茶を飲みながら日が暮れるまでゆっくりとさせてもらおう。沈んでいく太陽を見ながら、アイツと他愛無い会話をダラダラと続けよう。
「ふふっ」
そんないつも通りのことを考えると、無意識に笑が落ちた。
結局、晴れの日だろうが、曇りの日だろうが、雨の日だろうがやることは変わらない。いつも通り。平常運転。けれどもそれで良い。それが良い。
そりゃあ、どうせだったら何か変わったことや面白いことが起きて欲しいけれども、この人生そんなに上手くいくとは思っていない。それならば、いつも通りを楽しんだ方が良いに決まっている。
さて、それじゃあアイツのいる神社へ行くとしようか。
急ぐ必要なんてないけれど、どうせだったら早い方が良いに決まっているのだから。
――――――――
ふむ……この後、コレの処分はどうしようかしら? とりあえず縛って吊るしては見たものの、いつまでもこうしているわけにはいかない。
未だ怒りが収まっていないところもある。けれどもなんだろうか、コレとはあまり関わらない方が良いんじゃないかって言う気がする。此方にその気がなくとも、近づいただけで飲み込まれてしまうのではないかと言う懸念。
コレから強い力は感じないし、妖怪の類でもないはず。でも、どうにも良い予感はしない。いや、そりゃあ良い奴でないことは確かなんだけど。
今は気絶してくれているけれど、そのうち目を覚ます。そうなると少々面倒くさい。いっそのこと縛ったまま、森の中へでも置いてこようかしら? でも、運ぶのが面倒なのよね。
う~ん、これは困ったわ。誰かコレを処分してくれる奴とかいないだろうか。
「よお、霊夢。遊びに来てやったぜ」
いつもと変わらない声が届いた。どうせまた、お茶でも飲みに来たのだろう。
白黒の服。金色の髪。大きな帽子。名前は霧雨魔理沙。魔法使い。そして私の友人……で良いのかな?
ちょうど良い。せっかくなのだし、コレの処理を頼んでみよう。いつも只でお茶をあげているのだ。それくらいしてくれても良いと思う。
「え、えと……あの霊夢?」
「何よ?」
魔理沙が固まった。視線は先は私ではなく別の方。たぶん、アレのことを見ているのだろう。
「あ、あれはなんなんだ?」
「さぁ? 私が聞きたいわよ」
母屋の中で休んでいると外から叫び声が聞こえ、何事かと思って慌てて外へ出たらアレがいた。とりあえず、針やら御札やらを投げまくり気絶させてから縛りあげ、吊るしておいた。
う~ん、ホントどうしようかしら?
「お前、鬼だな。人間を縛って吊し上げるなんて……」
失礼な。
私は悪くない。
「だってソイツ、干しておいた私のさらしを握り締めて『うおおおお!』とか叫んでいたのよ?」
「なにその変態。怖い」
私だって怖かった。攻撃をすればするほどアイツは喜ぶし……
今まで多くの妖怪を退治してきたけれど、こんなに怖かったのは初めて。その相手がまさか人間だとは思わなかったわ。
「ねぇ、魔理沙はアレ、どうすれば良いと思う?」
「私に聞くなよぉ」
そうよねぇ。やっぱり縛ったまま何処かへ捨ててくるのが一番かしら?
はぁ、それは面倒くさそうだ。どうしてこんな変な奴が現れたのやら……
「……んっ」
縛り吊るし上げたソレから声が聞こえた。
むぅ、しまった。目を覚ましちゃったか。ホント、どうしよう……
――――――――
何か変わったことが起きて欲しいとは思っていた。
でもなぁ、こう言うことじゃないんだよなぁ……
縛り、吊るし上げられたソレはどう見てもただの人間だ。最初は霊夢がまた鬼みたいなことをしたと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。どう考えたってソイツがいけない。
それにしても、よく霊夢はそんな変態と戦う気になれたな。私だったら絶対に逃げる。だって怖いもん。ふむ、これが博麗の巫女の力か。
「……んっ」
二人でコレの処理をどうしたものかと考えていたら、ソイツから声が出た。
うわっ、うわぁ……起きちゃったよ。
お、落ち着け私、彼方は動けないのだ。私たちに危害を加えることはできないはず。もし何か変なことをしても、マスパを放てば問題ない。それくらいは許されると思う。
「ん~……や、こんにちは。お二人さん」
ソイツが最初にかけてきた声は、そんな言葉だった。いや、もっと他に言うことがあるだろうなんて思ったけれど、それを口に出すのはやめておいた。
「…………」
「…………」
無言でソイツを見つめる私と霊夢。だいたい、なんて声をかければ良いと言うのだ。もう帰っちゃおうかな。私、関係ないし。
「え、えと……それで今はどう言う状況なんだ? そりゃあ、縛るより縛られる方が俺だって好きだけど……やっぱりそう言うプレイなのか?」
決めた。
帰ろう。
暖かい我が家が私の帰りを待っているはずだ。
「じゃあな、霊夢。私は帰るとするよ」
後は任せたぞ、博麗の巫女。大丈夫、きっとお前ならできるさ。
「…………」
無言の霊夢に腕を掴まれた。
ダメか。帰っちゃダメなのか。ちくしょう、現実はいつだって残酷だ。
コレとはあんまり関わりたくないんだけどなぁ……
「……あんたは何の用があって来たの?」
えっ……霊夢コレと会話するの? 私はやめておいた方が良いと思うけど……
とは、言うもののコイツがどうして霊夢の所へ訪れたのかは気になるところ。たぶん人里の人間なんだろうが、人里からこの神社へ行くのはなかなか大変だ。荒れた参道は歩き難いし、妖怪に襲われる可能性だって高い。
それでも、此処へ訪れたと言うことは、何かしらの理由があると考えるのが普通。
「ずっと昔に貸した物をさ。返してもらおうと思ったんだよ」
ずっと昔に貸した物? 話の流れ的にさらしのことか?
何か違う気もするが……
そしてそんなことより、だ。
「なんだよ。霊夢はコイツと知り合いだったのか?」
そうならそうと言って欲しかった。この変態と霊夢がどんな関係なのかは知らないが、きっと二人の間で何かがあったのだろう。
「いえ、私はコイツのことなんて知らないわよ。今日初めて会ったもの」
……うん? そうなの?
なんだか話がややこしくなってきた。
「まぁ、そりゃあそうだわな。俺が貸したのは霊夢が生きているよりずっと前のことなんだし」
「なんのことよ?」
何処か不機嫌そうに霊夢が聞いた。正直、今の状況がさっぱりわからない。
ずっと昔――それも霊夢が産まれてくるよりずっと前に貸した物。それを返しに?
「それでだけど、この縄を解いてはもらえないか?」
「そんなの無理に決まっているでしょ。あんたが何者なのかもわからないのだし」
懸命な判断だと思う。何の力も感じないコイツに何かができるとも思えないが、何を仕出かすかわかったものじゃない。
それにしても、貸した物ってのは何なんだ? どうやらコイツ、ただの変態じゃなさそうだ。いや、ただの変態ってのもおかしいか。
「ま、そりゃあそうだよな。ふむ……なぁ、霊夢に魔理沙」
「……なによ?」
うん? コイツ今、私の名前を呼んだか? 私はまだ名乗っていなかったと思うが……
「どうやらもう直ぐ雨が降るらしい。屋根の下にでも避難した方が良いかもな」
雨?
上を見上げた。
雲一つ無い莫迦みたいに青い空。どう考えたって雨なんて降りそうにはない。コイツは何を言っている?
チラリと霊夢を確認。私と同じように上を見上げていた。しかし、其処には青々とした空が広がるばかり。嘘をつくにしても、もう少しマシなものにすれば良いのに。
だから私は、そんな嘘を言うコイツに対して、何を言っているんだと口を開こうとした。
そんな時だった。
ポツリと一粒の雨が私の手の甲に当たった。
「えっ?」
間の抜けた声が出る。
慌てて上を見上げた。
相変わらず雲一つ無い莫迦みたいに晴れた空。
しかし、キラキラと輝く無数の粒が太陽光を反射しているのが見えた。
「嘘……でしょ?」
その粒に上を見上げていた霊夢も気づいたらしく、そんな声が聞こえた。
瞬間――
今まで経験したこともない強い雨が降り始めた。
それは肌を突き刺すような強い雨。上を見上げても雲はない。それなのに、痛いほどの雨は振り続ける。
「な、来ただろ?」
アイツのそんな声も雨音のせいでよく聞こえない。
雨が、強い。
さらに恐ろしく深い霧まで現れ、視界が一気に白へと染まった。
なんだこれは? 何が起きている?
「さて、こんな雨も降ってきたのだし今日のところは帰るとするよ。次は、そうだなぁ……真っ赤な霧の出る満月の綺麗な晩にまた会おうか」
最後にそんなアイツの声が聞こえた気がした。
時間にしてたった数分程度のこと。それでも、足元には数糎の水溜りができていた。
そして、縛り吊るし上げられていたあの変態も、雨とともに消えた。
「なぁ……アレはなんだったんだ?」
「そんなの私が聞きたいわよ」
お互いにずぶ濡れ。なんとも酷い目にあってしまった。
結局、アイツの本当の目的はわからないまま。そんなアイツに少しだけ興味が湧いた。謎解きは嫌いじゃあないのだ。
上を見上げると、やはり莫迦みたいに青い空が広がっている。
アイツと初めて出会ったのは、そんな日だった。