冥界へと続くその長い階段の先からは春の香りがした。
下の世界は未だ、寒い季節が続くと言うのに雲の上だけは別らしい。雲の下では雪が降り、雲の上では花びらが舞う。
ホント、不思議な世界だ。
さてさて、一人で来てしまったが、これからどうしようか? きっとこの階段の先にある白玉楼ではあの亡霊姫とその姫に仕える半人半霊がいるはず。
今頃はのんきにお花見でもやっているのだろう。
まぁ、とりあえず行ってみれば良いか。もしかしたらお茶をいただきながら、お喋りとかできるかもしれないし、妖夢が俺に一目惚れしてくれるかもしれないのだから。
そんなことを考えながら、白玉楼へと続く階段へ近づいた時だった。
「うっわ、どうして貴方がいるんですか……」
嫌な感情を隠そうともせず、随分と辛辣な言葉が聞こえた。良い加減俺だって泣いて良いと思う。本当に。
その声の主は紅魔館を牛耳っている件のメイドだった。いつもは表情の動きが少ない咲夜だが、今回は違った。超不機嫌そう。
……うん、無表情よりは良いと思うよ。
「異変解決の様子を見に来ただけだよ。咲夜は?」
「私はその異変を解決しに来ましたが、ついて来ないでください」
咲夜さんマジ容赦ない。
何故こんなにも嫌われているのだろうか。
仕舞いにゃ泣くぞ。おっ? 良いのか? 良い年の男が全力で泣くぞ。
「……お願いですからそれはやめてください」
ふっ、どうやら俺の勝利らしいな。
少しばかり大切な何かを失ってしまった気もするが、今は気にしないことにしよう。はてさて、そんな今の俺には何が残っているのだろうか。
「それにしても、雲の上は随分と暖かいのですね。せっかくマフラーをしてきたのに……」
「じゃあ、俺がそのマフラー持ってようか?」
「死ね」
もうヤダ、この人。
ちょっと口を開いたかと思えば次の瞬間には罵倒されている。
まぁ、興奮しかしないが。蔑んだ視線とかゾクゾクする。是非、二人きりの薄暗い部屋の中とかでやってもらいたい。
「それで、どうするのですか?」
「とりあえず、上を目指そう。其処にいるはずだからさ」
誰が? とは聞かれなかった。それにもし聞かれていたとしても、応えることはできなかっただろう。俺だって何が正解なのかはわからないのだから。
色々ありすぎて、何が何だかわからなくなることだってある。そう言うことだと思う。
咲夜と雑談をしながら白玉楼を目指し進んでいると、見えない壁が現れソレにぶつかった。ああ、そう言えば結界とか張ってあるんだったな。
「結界……ですか?」
どうやらそうらしい。
しかし、困ったな。霊夢でもいれば破ることができるだろうけれど、残念ながら俺はそんなことできない。教わったこともないし、教わるつもりもなかった。
仕方無い。無理矢理壊すか。簡単に壊れるような結界ではないだろうけれど、こちとらそれなりの実力はあるはず。きっとこの結界を……
「あっ、上の方は通れるのね」
破らなくても済んだ。
どうやら思った以上にセキュリティは甘いらしい。まぁ、穏便に事が済んだのだし良しとしようか。
咲夜に続いて俺も結界の内側へ。
雲の上に来てきてから随分と暖かくなったと感じていたが、結界の内側は更に暖かかった。ひらひらと舞い踊る桜の花びら。春ですねぇ。
「そう言えば、青様は普段何処で生活しているのですか? 妹様が青様と会いたが……って、どうしましたか?」
咲夜の言葉を聞き、クスリと笑が溢れた。
「いや……ただ、もう俺は紅魔館に住んでいないのに、昔みたいに呼んでくれるんだなって思ってさ」
それが嬉しくて、無意識のうちにクスリと笑ってしまった。
俺のことを覚えている奴はほとんどいなくなってしまったけれど、ちゃんと覚えていてくれる奴もいてくれたことが嬉しかった。
「……確かに、お嬢様や妹様は青様のことを覚えていません。ですが私や美鈴は覚えていますし、鬱陶しいことではありますが、貴方は私たちの大切な家族です。ですので、当たり前のことかと」
そっか、家族……か。
少しばかり棘はあるけれど、素直な咲夜の言葉はなかなか心にくる。
「うん……ありがとう」
「何その笑顔、キモいですね」
……今くらいは空気読もうよ。
ちょっと優しくなったかと思えばコレだよ。どうして俺の周りはこんな女の子ばかりなのだろうか。流石に俺だけが原因ではない気がする。
登場人物全員、攻略難易度が高過ぎる。この調子じゃハーレムなんて夢のまた夢だ。
マズイな……このまま行くと、あの畜生ルートへ入る以外のルートがなくなる。それだけは回避しなければ。畜生ルートなどバッドエンドでしかない。それならまだチルノルートの方がマシだ。
「其処の二人組、止まりなさい。結界があったはずだけど……貴方たちは?」
声が聞こえた。
それは初めて聞く声ではあったけれど、直ぐに理解することはできた。どうやらステージ5へ入ったらしい。
二振りの刀を持ち、その身体の近くにはふよふよと何かが浮いていた。
髪の色以外は、あのぶっきらぼうな門番とは似ても似つかない容姿。超カワイイ。一生大切にするので結婚してください。
「春を取り返しに来ただけよ。貴方? 私たちの春を奪ったのは」
俺はその様子を見に来ただけです。
「私と言えば私だけど……それは西行妖を咲かせるため。もう少し……あと少しで満開になる。そうね、ちょうど良いから貴方達からその春をいただくわ」
「西行妖? それに随分と積極的なのね……。青様はどうします?」
ふむ、どうするか。
どうせ咲夜と妖夢はこれから弾幕ごっこを始めるのだろう。空を飛ぶ彼女たちのスカートの中身を追いかけるのも悪くはないが、そんなことをしているのがバレたら咲夜に殺される。時間を止められたらどう仕様も無い。
ふむ、それなら俺は幽々子のいる場所を目指すとするか。
「悪いけど先へ進むよ」
「わかりました。直ぐに追いつきますので、お気を付けてお進みください」
妖夢だって決して弱い相手ではないだろう。咲夜なら心配いらない気もするが、咲夜も気をつけてくれ。それにそろそろ他の自機組も追いついて来る頃はず。
普段静かなはずのこの冥界も騒がしくなりそうだ。
「……そんな簡単に進ませるわけがないでしょ?」
二振りある刀のうち一本を取り出し、妖夢が言った。刀の名前は確か楼観剣……だっただろうか。
進ませないと言われても、その言葉に従うつもりはない。それに今は頼もしいメイドさんがいる。
「青様は気にせず、先へお進みください」
咲夜がそう言うと、夥しい量のナイフが咲夜を中心に広がった。
何処にそんな大量なナイフを持っていたのかわからないが、咲夜さん得意のタネ無し手品。ソレを見ることができないのは残念だが、今ばかりは我慢しよう。どうせ、紅魔館へ行けば容赦なく披露してくれるし。
「ーーっつ、鬱陶しい……」
そんじゃ、よろしく頼むよ。瀟洒なメイドさん。
――――――――
咲夜と妖夢を置いて先へ進むこと数分。
春の香りがどんどんと近くなってきた。そして、いつか見た時と同じような門。けれども、其処にあのぶっきらぼうな門番はいなかった。
そんなことに少しばかりの寂しさ覚えながらその門を抜けると、満開になった桜の咲き誇る立派な庭が広がっていた。幾本もの桜木は視覚的にも嗅覚的にも此処が春なのだと教えてくれる。
この場所はあの場所と違う。
けれども――
懐かしいな。
そう思った。
満開となった桜木へ何かしらの想いを馳せつつ庭の中を進むと、一際目立つ桜の木を見つけた。
それは絶対に花を開かせることはないはずの木。そんな木のはず。
しかし、その桜の木は確かに花を開き、この世界へ色を加えている。
まだ満開ではなく七分咲と言ったところ。それでも、目を奪われる程度には見事な桜木だった。
いつかの記憶と今見ている景色が交差する。いったい幾人の人々がこの桜に誘われたのだろう。そして人々を誘い、生気を吸う度にこの桜はより華やかになっていったはず。
つまるところ、約千年振りに見た西行妖は――死にたくなるほどに綺麗だった。
「ねがはくは 花のもとにて 春死なむ そのきさらぎの 望月の頃……か」
全ての元凶はあの歌人だが、その人物の気持ちがわからないでもなかった。
「……随分と懐かしい歌を知っているのね」
妖怪桜のことを眺めていると、後ろからそんな声をかけられた。
それはずっと聞きたかった声。今では遠い昔のこととなってしまったが、それでも忘れたことは一度もない。
「それなりに有名で、色々と思い出のある歌だしな。そりゃあ知っているさ」
それにその歌は4番目の課題だった。納得のいく結末ではなかっただけに忘れることなんてできるはずがない。
「それで……貴方は何の用事があって此処へ来たのかしら?」
後ろを振り返り、声の主の方を向く。其処にはあの時と変わらぬ姿のままの彼女がいた。ああ、そっか髪の色は変わっちゃったんだよな。
ゲームの中では当たり前の色だけど、見慣れていない桜色の髪はどうにも違和感がある。
さて、何の用事か……ねぇ。
んなもん決まっている。
「君に膝枕をしてもらうためだよ」
と、言うことで第21話でした
(´・ω・`)コウシンオソクテゴメンネー
次話はこの続きっぽいです
こんなペースで大丈夫でしょうか?
では、次話でお会いしましょう