身体が止まらなかった。
まずいと思ったときにはもう遅い。
創り出した炎はアイツへ真っ直ぐ向かい――突然現れた水の壁に当たり消えた。
「確かに昔の俺は弱かったよ。でもさ、俺だって多少は成長するんだ。妹紅が思っているよりも、今の俺はずっと強いぜ?」
そして、そんなアイツの言葉。
「だから! 私はお前なんて知らない!」
私の感情に反応したのか、自分の中の霊力が膨れ上がっていくのがわかった。感情に身を任せるのが良いことだなんて思わないけれど、今はどうするのが正解なのかが全然わからない。
さっきから止まらない涙が鬱陶しい。アイツの顔だって禄に見えやしない。
だから揺れる感情に身を任せ、私はもう一度アイツに向かって炎をぶつけた。
「随分と挑戦的なことで」
けれども、やはり水の壁のようなモノが現れ私の炎はそれに当たって直ぐに消えた。
「そりゃあ、俺だって攻めるよりは攻められる方が好きだけど、ちょいと乱暴じゃないか?」
「……何者だ、お前」
霊力なんてこれっぽっちも感じなかった。そうだと言うのに、私の炎を簡単に打ち消し、それでいて今も余裕そうな表情。
私だって決して弱くはないはずなのに……
「何者って聞かれてもなぁ。俺は俺としか答えようがないんだ。強いて言うなら……人の道を外した馬鹿者とでも言えば良いのかな」
人の道を外した……それはつまり、人間ではないってこと?
余計にわからなくなる。コイツは何がしたいんだ。何を言いたいんだ。どうして私なんかを構うのさ……私なんて、放っておいてくれて良いのに。
ああもう、やだなぁ。
モヤモヤとした感情がちっともなくなってくれやしない。こう言う感情は本当に好きじゃない。それもこれも全部コイツのせいだ。
それからも、私はアイツに攻撃し続けた。炎だけじゃない。霊弾だって格闘だって試した。何度も、色々……でも、コイツはその全部を簡単に止めてしまう。軽くいなすように。それでいてアイツからは何の攻撃もしてこない。
私の叩きつけるような言葉だってアイツは簡単にいなしてしまう。
……嫌いだ。
「嫌いだ。お前なんて、嫌いだ……」
そんな私の言葉。
その言葉を受けたアイツは少しだけ表情を崩す。でも、それだけだ。アイツからは何も言ってこない。
「……そっか。でもさ、俺は妹紅のことがずっと昔から好きだったよ」
アイツの姿と誰かの姿が重なった。
けれども、その重なった奴が誰なのかどうしてもわからない。涙が止まらない。
「その優しい性格も」
「……うるさい」
炎を放つ。
水の壁に当たって消される。
「その真っ白で綺麗な髪も」
「うるさいッ!」
ぐちゃぐちゃになってしまった感情。自分が何を考えているのかだってわからない。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。何が私を此処まで苦しめるのだろう。
私を苦しめるその原因が、コイツだけにあるんじゃないことくらいわかっている。それでも、どうしたら良いのかがわからないんだ。
何が正解で、何が間違いで……失敗だらけの私にはそれがわからない。
「全部、好きだったよ」
「だからッ! 私はお前が嫌いだッ!」
どうして貴方はそんなに辛そうな顔をするの? どうして貴方は此処まで私のことを構うの?
私にはもう何もわからない。
何も――思い出せない。
私とコイツの力量の差なんてわかっている。きっとコイツが本気を出したら、それこそ私なんかじゃ手も足も出ない。
でも、今の私じゃやっぱりどうして良いのか分からなかったから、モヤモヤした感情とか色々な想いで身体を包み、炎を纏い――アイツへぶつけた。
「っと。はぁ……もう霊力切れ、か。修行が足りんなぁ」
そんなアイツの声が聞こえたけれど、もう身体は止まらない。
そして私の右腕が――アイツの腹を貫いた。
「……な、なんで止めなかったの?」
「あふっ……いや、さ。もう限界。完全に霊力切れ」
また止められるだろうって思っていた。喰らうはずがないって何処かで安心していた。それに今まで、何度も何度もあの月の姫を殺したことはあった。
でも、私が今貫いた相手は――
「あ~……ごめんな妹紅。辛いことさせちゃってさ」
そう言ってアイツはやはり辛そうな顔で笑った。自分の方がよっぽど酷い状況だと言うのに、私に向かって――ごめん、と。
もう直ぐにでも息絶えると言うのに……こんな訳のわからないまま死んでしまうというのに、辛そうで優しそうな顔をして――笑っていた。
息が荒い。
心が痛い。
貫いた腕を引き抜くと、ゆっくりと倒れ、アイツの口からコポリと真っ赤な液体が溢れた。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。どうして私はもっと上手くやることができないんだろう。
血を流し続け、倒れたコイツを見ていると、頭の奥がチリチリと痛む。ずっとずっと昔の記憶が曖昧に浮かび上がる。
ああ……ああ、そっか。私はずっとずっと昔に今と同じような……
確かあの時が――
「なぁ、妹紅」
「……なにさ」
目を閉じ、小さな小さな声でぽそりぽそりとアイツが言葉を落した。
それは今にも消えてしまいそうで……だから消える前に、私はアイツの顔へ自分の顔を近づけた。
ポタポタと私の目から流れ落ちた涙がアイツの顔を濡らす。
「色々あったけどさ……俺はお前と出会えて良かったよ」
その言葉を聞いた瞬間だった。
それはまるで、記憶の波。何処かに置いてきてしまったそれが、一気に私へ押し寄せ、頭の中で広がっていった。
出会いから始まり、山の中、人里、海辺、色々な場所を旅したこと。吸い込まれそうな星空へ向かって飛んだこと。それから別れがあって、また出会いがあって。
それは全て今、目の前に倒れている人との記憶だった。
「あ、お……?」
無意識に彼の名前が溢れた。アレだけ一緒にいたのにも関わらず今まですっかり忘れていた、私の大切な大切な人の名前が。
そんな人を私は――
「あっ……えっ……ね、ねぇ、起きて。起きてよ。青。思い出したから。私、全部思い出したからッ!」
彼の肩を掴んで揺すってみた。
けれども、彼からは何の反応もなく、彼の目は開くことがない。
そりゃあそうだ。だって今、私が青を殺したのだから。私が自分の手でアレだけ大切に思っていた人間の腹を貫いたのだから。
頭の中は混乱。ぐるぐると何かが私の頭の中で暴れる。まともな思考なんてできたものじゃない。
涙が止まらない。
どうすれば良いのかがわからない……どうして、なんで私は……
「思い出した?」
誰かの声がした。
涙でボヤけた視界をそっちへ向けると、其処にはルーミアの姿が。ああ、そっか。そうだった。このルーミアと初めて出会った時だって青がいて……でも、青はもう。それは私が……
「落ち着いて。ソイツなら大丈夫だから」
大丈夫? 何が? どうしてそんなことが……だって、さっきから青の目が開いてくれない。いくら私が肩を揺すっても、反応してくれない。
「傷だってもう治ってる。思い出して、ソイツは死なない」
そんな言葉を聞いてから、視線を青のお腹の方へ移すと、ルーミアの言っていたように、私が貫いた穴は確かに塞がっていた。
でも……じゃあ、けれども、どうして……
「な、なんで、青は目を覚ましてくれないの?」
「ただの霊力切れ。今は寝ているだけなはず」
青の胸へ手を当ててみる。震える手で、そっと。
すると、トクリトクリと微かに心臓が動いていることがわかった。
良かった。良かった……青はまだ生きている。私の大切な人はまだ生きていてくれる。
「……どうしてルーミアが此処に?」
「ソレを回収しに来た。こうなる気がしてたから」
青を指差しながらルーミアはそう言った。
そんなルーミアの表情はなんとも複雑そうな顔。けれども、どうしてそんな表情をしているのか私にはわからない。
「とりあえず、ソイツは連れてく。貴方も一度休んだ方がいい」
ルーミアはそう言ってから、未だ意識の戻らない青を担ぎ上げた。
言いたいことがあった。言わなきゃいけないことも沢山あった。でも、何を言えば良いのかがわからなくて、どうしたら良いのかがわからなくて……
「それじゃ、私は帰る」
「あっ、ちょ、ちょっと待って」
そう言って飛び立とうとしていたルーミアを呼び止めたのは良いけれど、そこから何をすれば良いのかはやっぱりわからなかった。
「大丈夫。焦る必要なんてないから」
そんな混乱状態の私にルーミアはそう言って優しく微笑んだ。
その顔を見た瞬間、私の身体から力は一気に抜けてしまった。どうやら、知らず知らずのうちに力が入っていたらしい。
流石にこれはルーミアの言うように、一度休んだ方が良さそうだ。
「……また、会っても良いのかな?」
「むしろコイツの方から会いに行くと思う」
そう……かな?
それなら、嬉しいな。こんな酷いことをしてしまった私が青と会える権利なんてないだろうけれど、それでも期待してしまう。意地悪く、小汚いことを思ってしまう。
昔みたいに……またあの時のように青と過ごせたら良いなって。
「うん、わかった。また」
私の落した言葉に小さく頷くと、ルーミアは青を担いで飛び立っていった。
未だモヤモヤとした感情は残ったまま。けれども、アレだけ溢れていた涙は止まってくれた。
正直、また青と会うのは怖い。それでも、やっぱりもう一度会いたいって思う。
きっと私はそれほどに青のことを――
小さくなっていくルーミアと青の姿を見送りながら、そんなことを思った。
――――――――――
目が覚めると見覚えのある景色だった。
あら? 此処って俺の部屋だよな? な、なんで俺は此処にいるんだ?
何が起きたのかはわからないし、霊力を使いすぎたせいか、身体が重い。あと俺の腕にしがみつきすぴすぴと寝ている熊畜生が邪魔で仕様が無い。なんなんだコイツは。
ま、まぁ、そんな畜生は良いんだ。それよりもどうして俺が此処にいるかの方が問題。
妹紅と戦うことになってしまったのは夢なんかではないと思う。その戦いで霊力が切れて、妹紅の腕が俺を貫いて……ああ、ダメだ。其処からの記憶が全くない。
一人で帰れるはずがないから誰かが運んでくれたってことだと思うが、誰が運んでくれたのだろうか。妹紅……ってのはちょっと考え難い。だって俺の家の場所知らないだろうし。
そうなるとこの畜生とか紫とか……
まぁ、多分ルーミアだよなぁ。だとしたら随分と格好悪いところを見られてしまったな。
とりあえず、畜生を引き剥がし起き上がることに。どれくらいの時間寝ていたか知らんが、今はまだ昼間。ルーミアだって起きているだろう。
なんとも重い身体を動かし居間へ。
其処にはいつものようにルーミアがお茶を啜っていた。うむ、今日もルーミアは可愛いな。
「よっ、おはよう」
「おはよう。身体は?」
おお、あのルーミアが珍しく俺のことを心配してくれている。いつもなら――目が覚めなきゃ良かったのに。とか言ってくれるが。
「身体はちょいと重いけど、まぁ、大丈夫だよ。それよりありがとな」
「ん、別にいい」
此方を見ることもなく言葉を落とすルーミア。
やはり運んでくれたのはルーミアだったか。背負われたのか、抱きかかえられたのか非常に気になるところ。意識のなかったことが悔やまれる。
さて、それよりも聞かなきゃいけないことがあるだろう。
「あ~、そのさ。妹紅の奴、何か言ってた?」
妹紅にはかなり悪いことをしてしまった。そのことをどう謝れば良いのかわかりやしない。絶対に俺のこと怒ってるよな……お前なんて嫌いだ。とか言ってたし。アレはショックだったなぁ。泣きそうになった。実際泣いていたかもしれない。
「……自分で確かめれば?」
そして俺の言葉に対し、何故かムスっとした表情になったルーミアがそんな言葉を落した。
うん? どうしたんだ? 今日のルーミアは色々と珍しいな。何かあったのだろうか。
「なんだ? 嫉妬か?」
茶化すようにヘラヘラと笑いながら、そんな言葉をルーミアへ投げてみた。
どうせ、うっさい、バカ、変態。なんて言われるんだろうな。とか思いながら。
しかし、その予想は外れ――
「……そんなの私だってわかんない」
なんて言葉を落された。
えっ、えっと……ど、どうしたんだ? ルーミアの様子がおかしいぞ。マズイ。こんな時、なんて言葉を返せば良いのか全くわからない。
ん~……ルーミアとは長い付き合いなんだ。まぁ、こう言う日だってあるか。ちょっと心がざわついてしまう日くらいあるだろう。
そんな日は俺がいつも通りの言葉を送ってあげれば良いだけだ。
「ま、心配すんな。例えどんな状況になっても俺がルーミアを愛していることは変わらんからさ」
「うっさい、ばか」
うん、それで良いさ。
君と俺の関係はそれくらいが丁度良い。
さて、妹紅の方だけど……ホント、どうすっかなぁ。
と、言うことで第33話でした
次話は決めていませんが、こう言うお話ではないお話を書きたいと心から願っています
では、次話でお会いしましょう