熊可愛いよ、熊
「それで……何処を目指すの?」
僅かに欠けた嘘っぱちの満月の下、熊畜生と一緒に飛行。
異変の空気に当てられてか、妖精や名前も知らない小妖怪が妖弾を飛ばしてくるが、流石にこの程度の弾幕を喰らうことはない。
この熊畜生のレベルがおかしいだけで、俺だって別に弱いわけではないのだから。
「迷いの竹林ってところだけど……言ったことある?」
俺がそう尋ねると、畜生は――うーん。と言ってから考えるような仕草をして首を傾けた。
クソが、動作がいちいち可愛い。これで、中身がこんなんじゃなければなぁ、なければなぁ……
「……ううん。私は知らない」
まぁ、そうだろうな。お前がお散歩をする範囲って結構狭いし。最近は妖怪の山のあの動物たちが集まっている場所へも行っているみたいだが、それでも迷いの竹林までは行っていないだろう。
ただ、幻想郷のことを考えると、できるだけコイツが動かない方が良いとは思う。コイツの場合、ちょっとした手違いで一面が更地とかになりそうだし。流石にそれは笑えない。
今のところは大丈夫だが、この先は……まぁ、そうさせないためにも俺がコイツと一緒に生活しているわけなんだけどさ。
そう言えば、コイツって俺とルーミア以外で誰かと話をしたことはあるのだろうか? ルーミアだって人見知りをする方ではあるが、妹紅を始めそれなりに知り合いはいたはず。俺もお嫁さん候補が沢山いるし。
「お前ってさ、俺とルーミア以外に知り合いはいんの?」
別に親しくなっておけとまでは言わないが、できるなら知り合いのひとりや二人くらいはいてほしいところ。
そうすればコイツに割く時間が減り、幻想郷の少女たちときゃっきゃうふふなことをする時間が増える。
「……青とるーみあ以外は知らない」
ああ、ダメだったか。もしかしたら、とは思っていたが、やはりダメだったか。
しかし、このままじゃマズイよな。俺の負担を減らしたいってのもあるが、知り合いはいた方が絶対に良い。それも、この畜生を良い方へ導いてくれるような奴が。
そうなると、誰が良いかってことになるわけだが……誰が良いんだろうな?
コイツの力を考えると、妹紅や輝夜、永琳なんかの不老不死組。チルノみたいな妖精。レミリアのように死に難いキャラの方が良いとは思う。
その中で、コイツとの相性が良さそうなのは……チ、チルノか?
あのチルノの性格ならこの畜生を悪い方へ導くことはないだろう。良い方へも導いてくれそうにないが……ああ、でも、妖精大戦争にコイツが関わりとんでもないことになりそうだ。そして、絶対に俺も巻き込まれるんだろうなぁ。コイツに食べられて終わるむしゃむしゃエンド以外のストーリーが全く見えない。
妖精大戦争っていつ起こったっけかな? 緋想天と同じくらいの時期だった気はするが……
「あら? 青と……其方は始めて見る顔ね。貴方たちも異変の解決に?」
考え事をしていると、不意にそんな声をかけられた。
其方を向くと、幽々子と妖夢の姿が。あら、最初に会うのは冥界コンビだったか。まぁ、紫と会ったら何を言われるのかわかったものじゃないし、まだ良い方かもしれない。
あと、妖夢? 俺を見つけた瞬間に抜刀するのはどうかと思うよ?
「別に解決しようとしているわけじゃないけどな。ただ、様子を見に来ただけだよ」
ぶっちゃけ、異変解決には何の興味もない。俺が興味あるのはいつだって可愛い女の子だけだ。
「ふーん、様子を見に……ね。それで貴方の隣にいる可愛らしい少女は?」
何かを含んでいそうな幽々子のセリフ。
ふむ、幽々子は畜生のことを知らないのか……ああ、幽々子ならこの畜生を任せても良い気がする。この畜生を悪いことに利用はしないだろうし、聡明な幽々子なら畜生を上手くコントロールすることだってできるだろう。
なんてことを考えていると、畜生に服を引っ張られた。
「……ねぇ、青」
「なんだよ。あと、今回は自分で自己紹介するんだぞ?」
ただ、コイツって名前がないんだよなぁ。呼ぶときも、“お前”か“畜生”だし。そして“畜生”と呼んだとき半分くらいの確率で殺される。マジ洒落にならん。
名前くらい別に俺がつけてやっても良いのだが、もし俺が名付けてしまったら、もう後には戻ることができない気がして、どうにも名前を付ける気にはなれなかった。いっそのこと誰かがつけてくれれば良いのだが……
そして、この畜生は俺の袖を引っ張ってどうしたと言うのだ。
「私のこと“可愛らしい”だって」
…………うん?
そんな畜生の言葉にどう反応して良いのかわからず、無言でいたら畜生の顔がムスっとなり始めた。
なんで怒るんだよ。意味わからんわ。
「……私のこと可愛らしいだって」
いや、それはわかったけど……え? なに、その言葉を受けた俺はどうすれば良いの? それだけ言われてもどうして良いのか全くわからんぞ。
本当にどうして良いのかわからず、困っていると畜生の妖気が徐々に膨れ上がり始めた。
ヤバいヤバい。頼む、頼むから落ち着いてくれ。ほら、妖夢だってもう完全に戦闘態勢になっているじゃないか。
今までだってこの畜生の行動の意味がわからないことは多かったが、今回は本当に意味がわからない。
「待て! 落ち着け! とまれ! お手! なに? なんなのお前。何に対してそんなに怒ってるんだよ」
俺の言葉を受け、どうにか妖気を収め始めてくれた畜生。けれども、その顔は酷く拗ねているように見える。ただ、何に対して拗ねているのかわからん。
むぅ、やはり畜生は連れて来るべきじゃなかったか。こんな簡単に爆発されたんじゃたまらん。
「だって、私は“可愛らしい”って言われたのに……」
だからそれがどうしたと言うんだよ。頼むからもう少し説明をしてくれ。
幽々子と妖夢だって俺たちのやり取りを見て困ってるじゃないか。
「いや、お前が可愛いのは知ってるよ? どれだけの時間お前と一緒にいると思ってるんだ。そんなこと誰よりも知ってるわ。んで、それがどうしたってんだよ」
憎たらしいことにお前は可愛い。アレだけ殺されながらもお前を嫌いになりきれないほど、お前は可愛いさ。
本当に面倒なことだが、それは変えようのない事実。俺が可愛い少女を否定してしまったら、自分自身を否定するのと何ら変わりないのだから。
それだけは曲げるつもりがない。
「…………えっ?」
俺の言葉を聞いた畜生はポカンと口を開け、何故か固まっていた。
大丈夫か? なんか悪いものでも喰ったんじゃないかって思えるくらいなんだが。まぁ、今日、コイツが喰ったのは俺だけなわけだけど……
そして――えへへ。と畜生は笑い、これはまた珍しい笑い方をしたな。なんて思っていたら畜生が俺を正面から抱きしめた。
ああ骨が、筋肉が、内蔵が……色々と聞こえちゃいけない音がする。
両腕は一瞬で逝き、潰された肺から押し出された空気で変な声が出る。筋繊維すらも切れる音が聞こえ始め――
視界が真っ暗になった。
いや、ホント。俺が何をしたというのだろうか……
ただ、死ぬ直前に見えたあの畜生の顔は……まぁ、今まで一番可愛らしかったんじゃないかとは思う。
――――――――――
気がつけば地面に倒れていた。
そして、そんな俺をじっと見つめてくる畜生。その顔は少しばかり赤みを帯びているようにも見えた。
それにしても、どうして俺は殺されたのだろうか……
悲しいことだが理不尽な死には慣れている。慣れているけれど……今回ばかりは何か違う気がする。ただ、何が違うのかまではわからない。
「んで、お前は何がしたかったんだ?」
「……もう満足したから大丈夫」
ああ、そうですか。
お前を殺したときもそうだったけれど、ホントお前の考えてることはわからんな。せっかく喋れるようになったのだ、もう少しくらい言葉にしてくれたって良いと思う。
起き上がってから大きくひと伸び。
周りを見ても幽々子と妖夢の姿は見えないし、きっと先に行ってしまったのだろう。
あまりもたもたしていては、異変も終わってしまう。ひとりでも多くの可愛らしい少女と会うためにも、サクサク進むとしようか。
「んじゃ、行くか」
「うん」
俺がそう声をかけると、畜生がそっと手を伸ばしてきた。
その手を掴んでから、上を目指して飛び上がる。
少しばかり寄り道をしてしまったが、きっとまだ間に合うはず。さて、次はどんな出会いが待っているんでしょうね?
せっかく熊さんと一緒に行動しているので熊さんメインにしてみました
と、言うことで第35話でした
これで熊さんも少しはおとなしく……なってくれるでしょうか?
では、次話でお会いしましょう