「初めて来てみたけど……これはなかなかに見事だな」
目の前に広がる赤。
葉を出すことなく、真っ赤な花でできた絨毯が地上を埋めていた。
――彼岸花。
そう呼ばれる花は決して縁起の良い花でない。けれども、その独特な形状と、群生する習性、そしてまるで燃えているかのようなこの赤は不思議な魅力がある。そんな彼岸花が、此処再思の道を埋め尽くしていた。
葉見ず花見ずとも呼ばれる彼岸花。その名の通り、彼岸の時期になると一斉に花を開き、その時に葉は見せない。だからこそ、此処まで見事な景色を作り出すことができるのだろう。
それは、あの春に咲く桜木にも、夏に開く向日葵にも負けないほど美しく、そして――悲しくなる景色だった。
最近になって漸く、夏の残暑も和らぎ始めた。暑さ寒さも彼岸まで。なんて言葉があるように、きっと今は彼岸の時期なんだろうと思い、彼岸花があるこの再思の道を訪れてみることに。
それにルーミアも誘ってみたが、興味がないと言われてしまい、取り付く島もない。ただ……これはひとりで来て良かったのかもしれない。
何故かそう思ってしまうような景色なんだ。
「花言葉は確か、『悲しい思いで』だったかな……」
思い出や記憶に振り回され続けるこの人生。やはり色々と思ってしまうことはあるのだ。だって、上手くいかないことばかりの人生だったのだから。
「おや? もしかして自殺志願者かい? ただ、今死んでも渡しがいないから彼岸へ行くのは時間がかかるよ」
何をするでもなく、満開の彼岸花をただただ眺めているとそんな声。
「いんや、俺はただこの彼岸花を見に来ただけだよ」
声をかけてきた人物は大きな鎌を持った赤髪の少女。つまり、三途の川の水先案内人。小野塚小町だった。
まぁ、こうして会うのは初めてなわけだが。
「そりゃあ、また物好きなことで。確かに此処の景色はなかなかなものだけど、人間が訪れることは少ないからねぇ」
それはもったいないことで。これだけ見事な景色なら観光地になっても良さそうなものなのに。いや、まぁ、人間にとって人里以外の場所が優しくないことも分かっているが。
「たまにはこう言うのも悪くないと思ったんだよ。それで、君は?」
「小野塚小町。ただの渡しだよ。お前さんは?」
「青。ただの不老不死もどき」
ふむ、それにしても小町と会うことができるとは。できることなら会いたいと思っていたものだから、なかなかに有り難い。映姫にも会っておきたいところだけど……まぁ、流石にそれは難しいか。閻魔と言う職業はそんなに暇ではないだろうし。
「それにしても、お前さんはなんとも不思議な存在だねぇ。不老不死者は何度か見たことあるけど、ソイツらともまた違う。お前さん、何者だい?」
他の不老不死者と言うと……月組や妹紅のことだろうか? まぁ、あの少女たちと違い俺は蓬莱の薬を飲んだわけじゃないからなぁ。それに、俺も完全な不老不死者ではない……と思う。
この世界へ来るとき、寿命は2000年と言われた。それまでまだ時間はあるはずだが、俺って一度消えてるしなぁ。あと、どれくらいの時間生きていられるのか分からない。
「何者って聞かれてもなぁ……それなりの時間を生きてきたけど、そればっかりは分からんよ」
「ふーん、そう言うもんかい。とは言え、今のお前さんじゃ地獄にすら行けなそうだ。あの方ならまずそう言うだろうね」
地獄、かぁ。つまり断罪すらさせてもらえないってことだろう。
多分だが……もし俺の寿命が尽きた時、俺はまた消えるのだろう。それも、もしかしたらまた記憶ごと。どうして俺がこの世界へまた戻ってくることができたのかは分からない。誰かがそうしてくれたのか、はたまた神の気まぐれか。
ただ、いつの日かまた俺が消えてしまうのは確かだと思う。
「別にそれでもいいさ。それに、地獄は数百年ほど生活したこともあるんだ。十分満喫したよ」
決して過ごしやすい場所ではなかったが、あの優しい姉妹のおかげで、十分すぎるほどの生活を送ることができた。あの姉妹は今でも元気でいてくれるだろうか。そうだと嬉しいが。
「へー、地獄へ行ったことがあるのかい。ホント、お前さんは変わってるねぇ」
そうだな。自分のことだが、平凡な人生ではなかったと思う。
本当に色々あって……色々なくした。俺の人生はそんなことばかりだ。それが悪かっただなんて思いはしないけれど、きっともっと上手い方法はあったんだろう。
「さてさてそんじゃ、あたいはこれで行くとするよ。あまりのんびりしているとまた怒られてしまうからねぇ」
「あいよ。まぁ、あんまり仕事はサボらないようにな」
この小町とは来年の春また会う機会があるはず。狂い咲く花の中での再会を俺は待っているよ。
「ふふっ、分かっているよ。ただ、あたいもあたいなりに頑張ってるのさ」
「そりゃあ、失礼した。そんじゃ、あの説教好きの元地蔵少女にもよろしく伝えといてくれ」
俺がそんな言葉を落とすと、小町は驚いたような顔をした。
きっと映姫なら俺のことを覚えてくれているはず。映姫との出会いはとてもじゃないが、綺麗なものではなかった。だって俺がただ怒られただけだし。それでも、俺のことを覚えていてくれたら嬉しいと思うんだ。
「なんだい。映姫様のことを知っていたのかい。あい分かった。映姫様に伝えておくよ」
うん、よろしく頼んだ。
そして、小町と別れることに。
小町とは今日初めて会ったわけだが、何と言うか……思った以上に掴み難く感じた。きっと口説き文句を言ったところで、さらりと流されてしまうだろう。そう言う相手は今まで会ったことがなかったため、どうにも接し方が分からなかったんだ。まぁ、そんな小町のことも大好きだが。
さてっと、俺も帰るとしようか。もう少しばかり残っていても良いが、これ以上此処にいても悲しいような気分にしかならなそうだ。
そして、地面を覆い尽くす彼岸花たちに背を向け、歩きだそうとした時だった。
「花は良いものだわ。例えどれだけ長い時間を過ごそうとも、こうやって今の季節を教えてくれるのだから」
彼岸花とはまた違う、花の香りがした。
それは1000年ぶりに聞いた懐かしい声。彼女にはあの夏の花がよく似合うが、彼岸花の中に立つ彼女もまた素敵に見えた。まぁ、この彼女が素敵なことくらい分かりきっていることだが。
「……そうだな。残念ながら俺にこの彼岸花の声は聞こえないが、それでも今がどの季節なのかくらいは分かるよ」
とは言え、来年の春はその花々が狂い咲くはず。それは一見綺麗なものと感じてしまうが、俺はそんなに好きではない。
やはり、その季節季節に咲く花が好きなんだろう。
「君からもらった花、渡しちゃったんだ。せっかくもらったのに悪いな」
「あれはもう貴方の花だった。贈った相手が大切に使ってくれているのなら、文句はないわ」
そっか。それなら良かったよ。
あの花には何度も助けられた。今はもう俺の物でなくなってしまったが、あの花には色々な思い出が詰まっている。感謝するばかりだ
「……もし欲しくなったのなら、私のところへ来なさい。貴方が大切にしてくれると言うのなら、またあげるわ」
「うん、ありがとう。その時はよろしく頼むよ」
それは嬉しいよ。矛にも盾にもなるあの花は、やはり有り難い存在なのだから。
……本当はもっと他のことを話さないといけなかったと思う。再会の挨拶だとか、記憶のことだとか、そう言うことを。もちろん、彼女が俺のことを思い出してくれていたことは嬉しかった。本当に。心の底から。
けれども、何故かその時は言葉が出てくれなかったんだ。
離れてしまったと思っていたものが、実は近くにあって、それに驚いたってことだろうか。そんな性格じゃないと思っていたんだがなぁ……
それとも、彼岸花が創り出したこの雰囲気にでも当てられたのかね?
「さて、それじゃ俺はこれで帰るとするよ。……またな、幽香」
「ええ、また。青」
う~ん、どうにも今日は上手くいかない日だ。
せっかく小町との出会いや、幽香との再会があったと言うのに調子が出ない。まぁ、こういう日もあるってことなのかな?
きっと、このふたりとまた出会うのは来年の春になるはず。その時はいつもの調子になっていることを願うばかりだ。
これからどんどんと寒い季節になっていくわけだが……はてさて、何をして過ごそうか。
ちょいとしっぽりとしたお話でしたね
どうにもまだあの作品に引っ張られているらしいです
次話からはいつもの調子となれば良いのですが……
では、次話でお会いしましょう