桜、向日葵、野菊、桔梗、紫陽花、梅、挙げ句の果てには竹の花。
春という新しい季節を迎えた此処、幻想郷はそんな季節なんて関係なく狂い咲いた花々に覆われた。そして、それがこの異変の始まりだったりする。
とはいえ、今回の異変はちょいと特殊。強いていうなら、あのサボりがちな渡しが仕事をしなかったからってことになるが、自然現象といえば、自然現象だ。放っておいても解決するものだし、急いだって仕方無いことでもある。
さてさて、そんな状況なわけだが、どうすっかなぁ……
今回ばかりは異変が異変だけに、どう動けば良いのか全く分からない。それに、幽香や小町とは既に会ってしまっている。映姫や文との接点はまだないから、そのために動いても良いのだが、なんとも悩ましいものである。
「なんだか外が騒がしいけど……今年ってもうあの年だっけ?」
お茶を飲みしな、俺のお嫁さんであるルーミアがそんなことを聞いてきた。
「うん、今年は丁度60周期の年のはず」
「そっか。どうりで」
ふむ……もういっそのこと、お花見っていう体でルーミアをデートに誘ってみるとか。きっと見るものには困らないだろう。まぁ、見るものが多すぎるってのも問題だとは思うが。
「よしっ、ルーミア。せっかくだから一緒にお花見しようぜ」
「妖精がうっとうしいからイヤ」
……うん、まぁ、ルーミアならそう言うだろうなぁって思っていた。
さて、そうなるとますます何をして良いのか分からない。あの畜生もまだ寝ているし。
ん~……ふらふら飛んでいれば出会いのひとつやふたつくらい訪れてくれるだろうか。再思の道を目指せば、少なくとも映姫や小町と会うことはできるだろうし、自機組の誰かと会うこともできるはず。
「そんじゃ、俺はちょっとデートに行ってくるわ」
「うん、わかった」
さて、今回はどんな出会いが待っているんだろうな。
―――――――――
「あー……これはまた見事な景色なものだ」
季節は春。
そうだというのに、その場所は真っ赤な花で覆われていた。今が秋ならそうなってしまうのも分かるが、この季節じゃまずそんなことが起こるはずない。遠くの方では紫の桜まで咲いちゃってるし……
さて、此処へ来たのはそんな花々を見るためじゃない。俺が来たのは可愛い女の子と出会うって理由だけだ。
とりあえず、あのサボってばかりの水先案内人を探したいのだが……
「待っていましたよ、青」
そんな声が聞こえてきた。
あらまぁ。まさか上司と先に出会うことになるとは……
「や、久しぶり映姫」
何年振りの出会いだろうか。出会ったのは一度だけ。それでも、俺のことを覚えていたのは流石といったところ。
さて、いきなりラスボスと出会ってしまったのだが、どうしたものだろう。まぁ、説教をされることは確かだろうが。
いや、映姫と出会えたのは嬉しいし、相変わらず可愛いし、結婚してほしいが、その……ほら、物事には順番ってものがあるんだ。とりあえずは手を繋ぐことくらいから始めてみるのが良いかもしれない。
「んで、待っていったのは?」
『待っていました』なんて随分と胸ときめく言葉だが、映姫と此処で出会う約束をした覚えはない。はてさて、何を待っていたのやら……
「はい、青には聞きたいことがありましたので」
聞きたいこと、ねぇ。
「安心してくれ。俺も映姫のことが大好きだよ」
「死ね」
ダメか。そういうことではないのか。そうなってしまうと、もうさっぱりだ。
うん? ああ、そうだ。映姫とは大切な約束をしたじゃないか。その約束の内容は確か――映姫が閻魔になったら俺のことを『お兄ちゃん』と呼んでくれる、といったものだったはず。
……なんかそれ以外にも条件があった気もするが、まぁ、気にしないでおこう。
「あい分かった。それじゃあ、とりあえず口に出してみようか。ほら、言ってごらん。お兄ちゃ――
ぶん殴られた。
「……話をしても良いですか?」
「謹んで伺いましょう」
殴られた右頬が痛む。
口調は丁寧なのに、映姫さんったら手が出るのは早い。裁判の時もこうなのだろうか。でも、可愛いから許しちゃう。可愛いは正義で絶対なのだ。
「では、お聞きしますが――貴方は何者ですか?」
ああ……なるほど。聞きたかったのはそういう話か。
浄玻璃の鏡を持つ映姫なら俺の過去のことを知ってしまっただろう。ただ、その過去が何処までのことなのかは分からない。その過去が――この東方の世界へ来る前のことからなのかは分からない。
「それは映姫がよく知っているんじゃないか?」
「知らないから聞いているのです」
さて、どうしたものか。
此処で、俺が東方の世界へ転生したことがバレれてしまうと、今後がかなり動き難くなってしまう。今でさえ、上手くいかないことだらけなんだ。これ以上はマズいだろう。それに、そんなことがバレればどんな扱いをされるか分かったものじゃない。
ん~……とりあえず、映姫が何処まで俺のことを知っているのかを知りたい。これじゃあ、何処からボロが出るか分かったものじゃない。
「それは俺にだって分からないかな。分かっているのは一度消え、戻ってくることができたと思ったら、其処は誰も俺を覚えていない世界だったってことだけだよ」
ホント、何があったんだろうね? こうやってこの東方の世界へ戻ってくることができたのは嬉しいけれど、もう少し俺に優しい世界でも良かっただろうに。
長い時間を過ごしてきた奴らに忘れられるってのは結構キツいんだ。
「……そのことは私も知っています。私が聞きたいのは、どうしてそんなことになったのか、ということです」
「それは俺にも分からないんだ。本当に」
……ふむ。どうやらこの世界へ来る前のことだったり、あの天使との契約のことは知られていないらしい。流石の映姫でも其処までのことを知るのは無理だったってことか。
それが分かれば気持ちは幾分か楽になる。
「……貴方のことを調べようとしても何故かできないのです。靄のようなものがかかり、貴方の詳しい過去を見ることができない。そんなこと今まで一度もなかったというのに」
なるほど。それで、俺が何者なのか気になったのか。
とはいえなぁ。本当のことなんて言えたものじゃない。それに言ったところで仕方の無いことだろう。
「なぁ、映姫。ずっと気になってたんだけどさ」
「はい、なんでしょうか」
ただでさえ、上手くいかないことの多いこの人生。これ以上の縛りプレイは勘弁だ。縛られることは嫌いじゃないが、自分で縛るのは好きじゃない。
「浄玻璃の鏡を使ってルーミアの入浴シーンを見ることはできないか?」
ぶん殴られた。
「…………」
ぶん殴られ、地面へ倒れた俺を見る映姫の目は随分と冷めて見えた。興奮する。
とはいえ、難しい話や湿っぽい話は苦手なんだ。此処は無理矢理でも、話を変えさせてもらう。そのせいで、映姫の好感度は下がってしまうだろうが、どうせ好感度なんて元々ないようなものだ。それならいっそ落ちるところまで落ちてしまった方がやりやすい。
「……多くの罪を負い、これからどんなに善行を積もうが、三途の川ですら渡ることのできない貴方を私が裁くことはないでしょう」
「分かっているさ、そのくらい」
この俺が普通に死ねるわけがないのだから。
何があったのか知らんが、どうにか帰ってくることはできた。けれども、もう次はないだろう。今度こそ俺は消える。それだけは確かなこと。
俺がいつ消えてしまうのかは分からない。だからこそ、後悔しないよう、自分のやりたいように生きていきたいんだ。
でもさ、そんなこと誰だって同じだろ? どんな奴だっていつ消えてしまうのか分からないんだ。この不老不死という変わった体質のせいで、そんな気分が薄れてしまうことは多いが、きっと誰だって未来に少しの不安と多くの期待を持って生きているんだ。
そうだっていうのなら、俺がやっていることは何でもない普通のことだと思う。
「分かっているから尚の事悪いのです。開き直ることも大切ですが、貴方がしていることはただの逃げです。そんな貴方に振り回された方々はどうなりますか? そう、貴方は少し勝手すぎる」
ふふっ、結局説教されることになってしまった、か。
映姫と出会った瞬間から分かっていたことではあったけれど、こうも見事に予想が当たるとつい笑ってしまう。
「んもう、笑ってないでちゃんと私の話を聞きなさい!」
失礼。
たださ、こうやってちゃんと叱ってくれる奴は俺の周りにあまりいないから少し嬉しくてさ。映姫の説教は、心に響くほど痛いものではあるけれどどうしたものやら、あまり悪いと感じない。
「はぁ、ホントに貴方って人は……この先、貴方がどれだけ善行を積もうが、地獄にすら逝くことはできません」
地獄、ねぇ。そういえば、もし俺があの課題をクリアできなかったら、地獄へ落ちる運命だったんだっけかな。それが今じゃ、地獄にすら逝けなくなってしまったとは……この人生、なかなかどうして分からないものだよ。
「そんな貴方に私ができることは何もありません」
いや、映姫が結婚してくれるだけでも俺は充分だぞ? なんて言葉が出かかったが、どうにか思いとどまることができた。人間成長するのだ。退化することもあるが。
「しかし、貴方には――青にはどうか少しでも良い人生を歩んでもらいたいのです……」
どうして映姫が此処まで俺のことを気にかけてくれるのかは分からない。俺が映姫にしてあげられたのはあの雨の日、菅笠を被せたことだけ。たったそれだけだ。
それでも、こうも映姫が俺のことを思ってくれるのはどうしてなんだろうな?
「……確かにさ。俺の人生は一般的に見れば幸せな人生ではなかったと思うよ」
俺なりに頑張ってはみたけれど、失敗だらけだった。
上手くいかないことばかりだった。
どんなに手を伸ばしたところで、手は届かず何度も何度も空を切った。2000年近くの時間をかけて築きあげたものも一瞬で無と化したように感じた。
それでも――
「けれどもな、胸張って言える。俺は良い人生を歩めているよ」
確かに色々と失ってしまった。それでも、残ってくれたものだってあるんだ。
ルーミアを始め、記憶が戻ってくれた奴だっている。フランドールみたいに、記憶が戻らなくても心を開いてくれた奴だっている。
そんな幻想郷の少女たちが俺の周りにいてくれるんだ。それ以上に良い人生なんてないだろうさ。
「……そう、ですね。貴方はそういう方でしたもんね」
呆れたような映姫の顔。けれども、その顔は笑っているように見えなくもない。
ああ、それだけは変わらないまま生きていると思うよ。
さてさて、それじゃあ、そろそろこんなお話は止めにするとしようか。
せっかくこんなにも花々が狂い咲いているんだ。それをひとりで楽しむのも悪くはないが……まぁ、どうせなら隣に可愛い女の子がいてくれた方が良いだろう。
だから、そっと右手を映姫へ差し出してみた。
「こんなにも綺麗な花々が咲いているんだ。どうですか? これからちょいとデートでも」
差し出した手と一緒に、映姫へそんな言葉も。
とりあえずは手を繋ぐことくらいから始めてみるとしよう。
「ふふっ、ええ、喜んで」
そして、映姫は可愛らしく笑いながら、俺の右手へその左手をそっと重ねた。
どうせ、短いデートとなるだろうが……まぁ、今ばかりは楽しませてもらうとしましょう。