東方想拾記   作:puc119

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第50話~はじまりは~

 

 

 ふと、見上げると雲ひとつない青空が何処までも広がっていた。

 

「今日は温かくなりそうだなぁ……」

 

 そんな空を見た私の口からは独り言がぽそり落ちる。

 

 目を閉じれば確かに感じる春の香り。そんな香りを乗せた春の風がそよぎ、私の直ぐ横を数人の子供らが元気な声を出しながら走り抜けていった。

 ああ、そっか。今日は休日で学校も休みの日だったのか。時刻はまだ昼前。あの子らはきっとこれから目一杯この休日を楽しむのだろう。

 

「ま、私なんて毎日が休日みたいなものだけどさ」

 

 元気に駆けていった子らを見た私の口からは自虐気味の言葉が溢れた。そんな私には乾いた笑いすらも出てきてくれやしない。

 

 

 ……この世界は変わってしまった。

 夜に見える星の数は減り、流れる空気は重くなり、あれだけ澄んでいた私の名と同じあの湖もいつの間にか汚れてしまった。

 

 そして――私の姿が民草には見えなくなってから、どれくらいの時が経っただろう。

 

 これでも昔はそれなりの力を持っている神のひと柱だった。だって、大きな国ひとつを抱える神だったのだから。

 そうだというのに、大和の神に敗れ、民草との距離も離れ私の力は失われていった。きっと私はこのまま消えていくのだろう。誰に気づかれることもなく、ひっそりと静かに私は消えていく。

 

 これも時代の流れ。そう割り切ってしまうのは簡単だ。けれども、それで消えていってしまう私の気持ちや想いはどうなるのだろう。困った時、人が神に祈り、縋るというのなら、私たちは誰に祈れば良いんだ……

 

 神が存在するためには人間の力が必要。人間の想いが私たちの力となり、その力が人間の力となる。しかし、人間は神を求めなくなった。それでも、この世界は栄え巡り廻る。其処にはもう私の居場所なんてない。

 

「それも、仕方無い……のかな?」

 

 此処数十年で急激に成長した人間の力。人間はもう自分たちの力だけで歩いていくことができる。人間はもう私たちを必要としていない。

 時間は進み、そんな時代になってしまった。どうやら神奈子はまだ諦めていないみたいだけど、私たちが昔のような存在に戻れるとはやっぱり思えない。

 そして、その考えは間違いじゃないんだろう。

 

 あー、やだやだ。最近はこんなことばかり考えている。

 いくら考えたところで、私にはどう仕様も無いんだ。それなら楽しいことを考えていた方がよっぽど良い。

 

「ん~……足湯にでも行ってこようかな」

 

 数年ほど前、湖の近くの公園にできた足湯。今日は其処で一日のんびり過ごすとしよう。

 

 

 

 

 

 

 休日で天気も良いというのに、その日は珍しく足湯を楽しんでいる人間は少なかった。私以外にいるのは男性の老人ひとりだけ。

 

「おじーちゃん、隣座るねー」

 

 そんな老人へひと声かけてから、私も足湯へ浸かってみる。

 温かくなり始めた季節ではあるけれど、まだまだ寒い日は続く。そんな時、この足湯はなかなかに有り難い。

 

 そして、私が声をかけてあげたというのに、老人は何の反応もしなかった。

 昔は神である私の声を聞くことなんて滅多にできないことだったというのに、随分と贅沢な時代になったものだよ。今じゃ、届けたくても私の声を届けることができないなんて、ホント贅沢な時代だ……

 

「ま、もう慣れたけどさー」

 

 足を動かし、ぱしゃぱしゃと音を立てながら精一杯強がってみる。こうして、強がっていないと自分が消えてしまいそうになるから。

 はぁ……ホント、最近はこんなことを考えてばかりだ。悪い癖。でも、どうせ私が消えてしまう最後の最後までずっと考えているんだろうなぁ。

 

 怖い。

 不安に押しつぶされそうだ。

 嫌に決まっている。

 

 随分と長い時間を生きてきたというのに、いざ自分が消えてしまうとなると、やはり怖いのだ。ホント、贅沢な性格だよ……

 

 

 暫くの間、ボーっといろいろなことを考えながら足湯を楽しんでいたけれど、人間が増えてきたので、私は出ることにした。空いていたのは本当に偶々だったんだろう。

 さて、これで暇になってしまったわけだけど、ん~……今日は何をしようかなぁ。カエルが出てくる時期ではないし、やりたいことがあるわけでもない。

 

 仕様が無い。せっかくの春なのだから、日が沈むまで満開の桜を眺めているとしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 足湯から出た後は、夕方になるまで湖の周りに咲いている桜を見ていた。

 私以外にもお花見をしている人間は多く、ゆっくりと見ることはできなかったけれど、人が多い場所はやっぱり好きだ。

 私の姿は見えないだろうし、私の声は届かなくなってしまったけれど、人間を嫌いになることはできないんだろう。

 

「あっ、お帰りなさいです。諏訪子様」

 

 帰宅して直ぐ、早苗が私に声をかけてくれた。

 私の声が人間に届かなくなってからそれなりの時は経ったけれど、この早苗だけには私たちの声が届いてくれる。

 それはこの時代じゃ異常な霊力のおかげなんだろう。でも、この子がいてくれるおかげで、私はまだ消えちゃダメだって思えているんだ。恥ずかしいから言葉にすることはできないけれど、この子に本当に感謝している。

 

「おかえり。諏訪子は大丈夫だったかい?」

 

 早苗に続き私へ声をかけてきたのは、私と同じ神である神奈子だった。

 神奈子とはよく喧嘩をする。でも、その仲は悪くないんじゃないかな、と思っている。

 

「うん? 大丈夫って何が?」

 

 もう少し情報を伝えてくれないと流石に分からない。

 

「えと、近くで不審者? が現れたそうです」

 

 神奈子の代わりに早苗が教えてくれた。

 不審者、ねぇ。そんな奴は見かけなかったけど。それにそもそも、私がその不審者に会ったところで……

 

「私は見なかったよ。それで、その不審者ってどんな奴なの?」

 

 この世界も昔と比べてかなり平和になった。

 その不審者がどんな奴なのか分からない。でも、その程度なら騒ぐことでもないと思う。

 

「その……私も見たわけではないんですが、ほぼ全裸姿で街中を走り回る人がいたそうです」

 

 ……訂正しよう。物騒な世の中になったものだ。そんな奴、昔だっていなかったし。

 

 いや、そうでもないか。確か、ずっとずっと昔にそんな奴が……うーん、アレはどんな奴だったかなぁ。本当に昔のことだからどんな奴だったのか思い出せない。そんな奴、一度見たら忘れないだろうに。

 

「う~ん、私は大丈夫だけど、早苗は気をつけなよ?」

「はい、分かりました! それじゃあ、御夕飯にしますね」

 

 それから、その不審者の話をすることはなかった。だって、いくら不審者だろうが変態だろうが別に私たちと関係しているわけではないのだから。それほどに、私たちは人間と離れてしまった。

 

 けれども、きっと始まりはこの日だったんだと思う。

 人間から忘れられてしまった私たちが大きく変わることとなった物語の始まりは。

 

 

 

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