「へ、うへへ……」
紫によっていきなり外の世界へ放り出されてしまった。
住む場所も金も身分を証明できる物もない。幻想郷ならまだしも、そんな状態の奴がなんの不便なく生きられるほど、この世界は優しくない。何このハードモード。
このほぼ不老不死な体質のおかげで、食に関しては問題ないし、別に寝る場所もいらない。とはいえ、休む場所がないってのと、自由に食べることができないってのはなかなかに辛い。
……さて、そろそろ今の状況を説明しておこうか。
日は完全に沈み、時計の針は長針と短針が丁度真上に来る時間。そんな時間に、公園のベンチへ座り自動販売機で買ったコーヒーを飲んでいるところ。
そんな優雅な時間を過ごしているわけだが……
「うひっ、へへ……」
俺の目の前にいるこのほぼ全裸の男性は何者だろうか。
こんなこと初めてだから、どんな反応をして良いのか分からない。幾つもの自販機を巡り、やっと自販機の下からコーヒー1本買えるだけのお金を見つけ、買うことができたというのに、全然その飲み物を楽しめない。なんなんだコイツは。本当に勘弁してください。
困ったことに、何の反応もしなければさっさと何処かへ行ってくれるだろうと思っていたが、コイツったら一向に動こうとしないのね。
いや、自分のあられもない姿を他人に見てもらうことによって、己の欲求を満たそうとする気持ちも分かるし、俺だってルーミアにやることはあるが……それを俺にやるのはおかしいだろ。やるならせめて可愛い女の子にやれよ。そんなことを俺にされてもただただ迷惑だ。何考えてんだコイツは。
はてさて、どうしたものか。此処で変に騒いで警察でも来たら面倒だ。俺だって1000年以上生きてはいるが、その見た目はただの高校生。そんな奴がこんな時間にひとりで外にいるのはおかしいだろう。補導待ったなしだ。
ん~……この状況もそうだが、俺はこれからどうすれば良いんだろうな? どうにかして諏訪までたどり着くこともできたから、諏訪子や神奈子と会いたいのだが……多分、俺のことは覚えてないよなぁ。せめて覚えていてくれれば、また一緒に生活することもできたんだけどなぁ……
ああ、もう。いろいろと馬鹿らしくなってきた。だいたい、なんで俺は野郎の下着姿を見ながらコーヒーを飲んでいるんだ。どうせ見るのなら可愛い女の子の下着姿を見たい。
「……なぁ、おっちゃん」
いつまでもこんなことをしていても仕方無い。そろそろ動き出すとしようか。
何を思って紫が俺をこの世界へ行かせたのか知らんが、せっかくこの世界へ来たのなら好きに動かせてもらうとしよう。
「おっ? ど、どうした?」
あーあ、せっかく苦労して手に入れたコーヒーなのに、全く美味しいって思わんかったわ。幻想郷じゃコーヒーなんて滅多に飲めんし、もったいなかったよなぁ……
「どうやら雨が降るらしいぞ。悪いこと言わんから、今日はもう帰っとけ」
「……は?」
俺が何を言っているのか分からないといった表情の変態。
何が原因か知らんけれど、外の世界はどうにも能力を上手く扱えない。それでも、この変態をどうにかすることくらいはできる。
一度目を閉じ、少しだけ集中。そうしてから能力を使い――土砂降りの雨を降らせてやった。苦労して手に入れたコーヒーを台無しにされたんだ。これくらいの仕返しはしておきたい。
温かくなり始めた季節とはいえ、夜空から落ちてくる雨粒はやはり冷たい。それも、バケツをひっくり返したような雨ともなれば、体温なんて直ぐに持っていかれるだろう。
「は? え? きょ、今日は快晴だって……」
突然の雨に変態は困惑した様子。
お前が何を考えそんな行動をしているのか知らんが、今日はもう止めとけって。この雨の中、そんな格好をしていたら風邪ひくぞ。
そんじゃ、俺も動き出しましょうかね。
会える会えないは別として、会わなきゃいけない奴らがいるのだから。
―――――――――
いつものように昼間はふらふらと遊びに出かけ、夕方に帰宅。
「ただいまー」
「おかえり、諏訪子」
そんな声をかけてきた神奈子の様子を確認すると、願い事のリストらしきものを読んでいた。
有り難いことに私の神社へは幾人も参拝してくれる。そして、参拝した人間はやはり私たちへ何かしらの願いを伝える。神奈子が今読んでいるのは、そんなお願い事が書かれたリスト。
「今日は何か面白いお願いあった? 誰かを呪ってほしいとかそういうの」
「そんなものなかったし、あったとしても教えないわよ」
それは残念。
昔と比べ私の力は落ちてしまったけれど、人ひとりを呪うくらいなら今でもできると思う。まぁ、そんなことをしたら神奈子に何を言われるのか分かったものじゃないけどさ。
「はぁ……どの願いも私には叶えられそうにないわね」
ため息とともに、神奈子の声が聞こえた。
私もそうだけど、この神奈子だって随分と弱くなってしまった。今の神奈子じゃ、願いのきっかけを作るのが精一杯だろう。
「仕方無いよ。そういう時代だもん。あと、私にもそれ見せて」
科学が発達したことによって、多くのことが見つかった一方。多くのものが消されてしまっている。私たち神はその消されていくものだ。
それが時代の流れってやつなんだろう。私の力だけじゃ変えることのできない、大きな大きな流れ。
神奈子から受け取ってお願いごとを流し読み。書かれているのは、家内安全や無病息災、商売繁盛、良縁成就などなどよく見るもの。けれども、そのどれもが今の私たちに叶えることはできそうにない。
もし、その願いをした人間が本当に私たちのことを信じ願っているのなら、可能性はあるかもしれないが、この時代に私たちの存在を心から信じている者なんて何処にもいなかった。
神と人間の距離はひどく離れてしまっている。今はそんな時代なんだ。
「あれ? このお願いならなんとかなるんじゃない?」
「そんなものあったっけ? んと……私たちと、会いたい? いや、無理でしょ。その願いをした人間の前に私たちが行ってもどうせ見えないんだし」
まぁ、それはそうだけど。会うことはできるじゃん。
あー……でも、そうか。その人間が会ったって思わなければいけないのだし、やっぱり無理か。
「それにしても、今時そんなお願い事をする人間なんて珍しいね」
「そうね。どんな人間がそのお願いをしたのか分からないけど、そんなお願いをされたのは久しぶりだ」
神と人間との距離は離れてしまった。今じゃ、神の存在を本気で信じている人間はきっといない。このリストに書かれたってことはその人間が本当に願っていたってことで、それはつまり……
「変な奴」
私がいうのもおかしいけれど、そう思ってしまう。
ただ、どんな奴なのかちょっと見てみたいな。この時代に本気で神の存在を信じているソイツを。まぁ、どうせまだ知識の少ない幼子って落ちなんだろうけどさ。
「ただいま帰りました!」
そんな声とともにバタバタと音を立てながら、早苗が帰ってきた。いつもより少し遅い時間だけど、何かあったのかな?
「おかえり早苗。ちょっと遅かったみたいだけど、何かあったのかい?」
どうやら神奈子も私と同じことを思ったらしく、そんなことを早苗に尋ねた。
「駅前にすごい人がいたんですよ! 私と同い年くらいなのですが、何も無いところから水を出したり、その出した水を凍らせたりと……ホントすごかったです!」
あら、駅前にそんな奴がいたんだ。手品師ってことだろうけど、そんな奴がいたのなら今日は私も駅の方へ行けば良かったな。
「ソイツって明日もいそう?」
「えと、どうでしょうか。今日は警察の方の姿を見た瞬間直ぐに何処かへ行ってしまいましたが」
う~ん、それじゃあ、明日もいるかどうかは微妙そうだね。
能力を使えば私や神奈子だって似たようなことはできるけれど、タネのある手品はできない。だから見てみたかったんだけどなぁ。
「聞いたことのない名前でしたが、もしかしたらすごく有名な方だったかもしれませんし、サインをもらっておけば良かったです……」
そんなにすごかったんだ。
私も姿を見せることができれば有名になったのかなぁ。飛んだり、何も無いところから植物を出したりすることができるし。
「そんな奴がねぇ。それで、その手品師はなんて名前だったんだい?」
ああでも、神である私がそんなことをするのは流石にマズいか。いくらそれで有名になったとしても、それで神力が戻るわけでもない。はぁ、やっぱりもうどう仕様も無いのかなぁ。
「えと、直接聞いたわけではありませんが……青さんという名前だそうです」
……うん?