物事を説明する場合、その過程や背景、内容というのも大切なことであるが、まず始めに結果を言った方が伝わりやすいものである。最初に結果を話し、物事の大筋――本質を理解してもらう。それからその背景であったり、詳細な内容を語ることで、相手はさらに深く理解することができる。
しかしながら俺は、何かを説明するとき、ついついその結果をずるずると引き伸ばしてしまう癖が。そして、それが俺の悪い癖という認識もあった。
そんなわけで、結果から言おう。
諏訪子にぶん殴られた。
さっきまでの暗い雰囲気が嘘のようだ。千数百年振りの再会だというのに、挨拶の代わりにもらったのは体重が乗った渾身の右ストレート。其処には感動できる要素なんて何もない。
いや、確かに先程の俺のセリフはどうかと思うが、流石にいきなりぶん殴られるとは思わなかった。本当は
――君を助けるためだよ。
なんて言おうとしていたのに、つい本音が出てしまった結果だけど、殴るのは酷いと思う。それに、できることなら罵りながら踏んでもらえる方が……
「は? え、ちょ、す、諏訪子様……?」
諏訪子にぶん殴られ吹き飛んだ身体を起こすと、何が起きているのか分からないといった表情の早苗が言葉を落とした。
まぁ、それも仕方の無いことだろう。だって諏訪子ってば、ぶん殴るの本当に早かったもん。俺が喋り終わってから間髪をいれずにぶん殴ってくれた。其処に千数百年のブランクなど全く感じない。
当初の予定では、もうちょっとこう……なんかカッコイイ感じになるはずだったんだ。
諏訪子と神奈子を探して神社巡り。そして、3つ目の神社で漸く諏訪子の姿を見つけた。しかし、どうにも諏訪子の様子がおかしく、強い雨が降っているというのに、何故かしゃがみこんでいたんだ。
よく分からない、よく分からないが……これはチャンスだと思った。
諏訪子が何を思ってこんな雨の中しゃがみこんでいるのかは分からない。けれども、諏訪子が何か苦しんでいるのは分かった。
そうなればもう此方のものだ。なんか良い感じのタイミングで俺が現れ、何か良い感じのセリフを言えばそれでグッドエンド。諏訪子と一緒のお風呂はもう目の前。あとはゴール目指して走り抜けるだけ。
そして俺は逸る気持ちを抑え、出て行くタイミングを見計らい、冷静な様相を取り繕い、降っていた雨を止めてから諏訪子の前へ行き、言葉を落とした。
我ながら、其処までは完璧だったと思う。もう惚れられてもおかしくなかっただろう。しかし、そんな慢心からついつい本音が出てしまったんだ。諏訪子と一緒にお風呂へ入りたいという俺の高貴で崇高な願いが溢れ、言葉として出てしまった。
その結果がこの様である。
「……それで、あんたは何をしに来たの?」
絶対零度の視線を俺へ送りつつ、冷たい冷たい声で言葉を落とした諏訪子。諏訪子怖いよ、諏訪子。
「お前を助けるためだよ」
「そのセリフはさっき言えよ」
はい、おっしゃる通りです。
せっかく起き上がった身体だが、極々自然な流れで正座。いくら暖かい季節になり始めたとはいえ、雨で濡れた地面は酷く冷たく感じた。
そんな冷たい地面の上へ正座している俺だったが、小さく静かに――笑ってみた。
「……なに笑ってるのさ」
「いやさ。お前と初めて会った時のことを思い出して……懐かしいなって」
必殺話題反らし!
このままじゃどう考えたって俺が怒られるだけだから、ちょっと良いことっぽいことを言うことでその場の空気を変えることのできる必殺技だ。多用することのできない、とっておきの技だが、その効果は絶大。これまでもこの技のおかげで幾度となくピンチを乗り越えてきた。
俺だって積み重ねてきたものがある。ちゃんと成長するのだ。
「話題を反らすな」
「あっ、はい。すみません」
必殺技が通じなかった。
おかしい。諏訪子でも共感しやすいような言葉を選んだはずなのに、どうして通じないんだ。もしかして、諏訪子にとって俺との出会いは別に思い出深いものじゃないってことか? 空から落ちてきた不思議な奴との出会いなんて、物語の始まり的にそれ以上素晴らしい出会いなんてないだろうに。まぁ、問題があるとしたら、あの時の俺が下着ひとつで男という点か。
……うん? ちょっと待て。
「あれ? てか、なぁ諏訪子。お前、俺のこと覚えてるの?」
一緒にお風呂へ入ることしか考えていなかったが、よくよく考えてみると諏訪子さん、普通に俺のことを知っていたよね。アホみたいなことをしていたせいで、そのことが頭からすっかり抜けていた。
いくら諏訪子といえども、初対面の人間にいきなり殴りかかったりはしないだろう。……ああいや、そんなことないか、諏訪子との初めての出会いでもいきなりぶっ飛ばされたし。
「……だから、話を逸らすな」
いや、これは純粋な疑問なんだが……
今までの経験的に、記憶を思い出してくれた奴も最初は俺のことを忘れていた。熊畜生という例外もあるが、多分、萃香や紫だって俺のことは忘れていただろう。
そうだというのに、どうして諏訪子は覚えていたのだろうか。外の世界だからとかそういうことかねぇ。
「え、えっと、あの、積もる話もあると思いますが……」
相変わらず、俺と諏訪子の様子に困惑気味の早苗。
まぁ、自分の祭神がいきなり荒ぶり始めたのだし、困惑だってするだろう。当人である俺だって、困惑しているし。
「参拝客の方々の目もありますし、母屋へ行きませんか?」
「それじゃあ、改めて聞くけど、青はどうして此処へ来たのさ?」
早苗に母屋へ案内してもらってから、相変わらず冷めた顔のまま諏訪子が言葉を落とした。
そんな今の状況だが……何というか、まるで合コンみたいでちょっと興奮する。今はなんとも殺伐とした雰囲気だが、合コンだってきっとそんな雰囲気の中で行われるものだと思う。
それじゃあ、まずは自己紹介から始めましょうか。なんちて。
「あー……ちょっと遠い場所にいたんだけどさ、叩き出されたんだよ。ただ、ソイツが何を思って俺を叩き出したのかは知らん」
幻想郷のことを説明した方が早い気もするが、それはまだ良いだろう。
「……よく分かんないけど、此処へ来た目的は?」
「諏訪子と神奈子に会うため」
諏訪子の質問を受け、何かを考える前に言葉が出た。だから、多分これが俺の本心なんだろう。その先には、一緒にお風呂へ入りたいっていうのもあるが、何よりもまず諏訪子と神奈子に会いたかった。
そんなことをふた柱は覚えていちゃくれないだろうが、諏訪の地を離れるとき、俺はまた戻ってくると約束したのだから。
ルーミアが待っている家や紅魔館。博麗神社や地霊殿、と俺が帰らなきゃいけない場所はたくさんある。でも、一番は諏訪子と神奈子がいるこの場所なのかなって思うんだ。一緒に過ごした時間は決して長くない。離れてから千年以上もの時が経ってしまった。
それでも、俺にとってこの場所は他よりも少しだけ特殊なんだ。
だって、
「……そっか。神奈子にはもう会ったの?」
おろ? マウント取られてボコボコにされるだろうと思っていたし、ちょっと楽しみにしていたが……もう終わりなのだろうか。
そのことに別に文句はないが少し寂しい。
「いんや、まだ会ってないよ。てか、そもそもだけど神奈子も此処にいるんだよな?」
「うん、一緒に生活しているよ」
まぁ、そうだろうな。
よく喧嘩をしていたが、諏訪子と神奈子の仲は良かったし。其処は原作通りといったところか。
「あ、あの! すみませんが、青さんって諏訪子様たちとどんな関係なんですか?」
諏訪子が俺のことを覚えていてくれたことは嬉しい誤算だが、はて、どうして覚えていたんだろうか。なんて考えていると、早苗が大きな声を出した。
まぁ、気になるわな。諏訪子や神奈子だって俺のことを早苗に教えてはいないだろうし。
「諏訪子たちとは昔、一緒に生活していた時期があったんだよ」
だからこの場所は俺にとって故郷みたいなものだ。例え、住んでいた時期は短かったとしても、思い入れはある。
「えと、でも、私は青さんを此処で見たことがないのですが……」
そりゃあ、まぁ、昔といっても千年以上も前のことだし。
「そりゃあ早苗は知らないよ。だって青がいたのは今からもう1500年も前のことだもん」
「……え゛?」
早苗が固まった。
1500年かぁ。言葉にするとそれだけだが、本当に色々なことがあったものだ。失敗だらけのそんな人生だったけれど、何もなかったわけじゃない。ちゃんと悪くない人生だったって思えているよ。
「その……青さんって何者なんです?」
「「さあ?」」
早苗の質問の答えに俺と諏訪子の声が被った。
何者かって聞かれてもなぁ……転生してきたなんて言えないし、自分がどんな存在なのかはやっぱり分からない。
「ああ、そうだ。なぁ諏訪子」
「うん? どうしたの?」
とりあえず、諏訪子と会うことができたのだし、これで一番の壁は乗り越えたと思って良いはず。んじゃあ、これからどうするかってことになるが、何をするにしても拠点がほしい。
だから、まずは拠点の確保から始めよう。
「また俺も一緒に住んで良いか?」
そして、神々の存在が否定されたこの世界で俺がやらなきゃいけないのはきっと……
「別にいいよ。それに神奈子もいいって言うと思う」
そりゃあ、良かったよ。
何に対してさっき諏訪子が苦しんでいたのかは分からないし、俺なんかに何ができるのかは分からない。それでも、目の前で可愛い女の子が苦しんでいるというのならやることは、もうひとつしかないだろう。
理屈じゃないんだ。動き出さなきゃ何も始まらない。
それに諏訪子たちには大きな大きな恩がある。随分と遅くなってしまったが、この俺の全力をもって、その恩を一方的に返させてもらうとしようか。
余計なお世話と言われても良い。偽善やエゴと罵られて構わない。それでも……絶対にお前たちを消させはしない。
それが、この世界で俺がやらなきゃいけないことなんだろう。