東方想拾記   作:puc119

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第63話~シメジじゃなくて本シメジ~

 

 

 忘れられたものの集まる場所、幻想郷。

 そんな場所にいるせいでそれこそ忘れそうになってしまうが、ここはそんな場所だ。外の世界で追いやられ、ついには忘れられてしまったモノが集まる。

 じゃあ、そんな幻想郷ですら忘れられてしまったモノは何処へ行けばいいんだろうな。

 全てを受け入れてくれる残酷な幻想郷にすら忘れられたバカ者は。

 

「おおーっと、真剣に考え事をしていたら紅茶を下半身にこぼしてしまったぞ。まずい、このままでは青さんの青さんが火傷をしてしまうかもしれない。アリス! 急いで俺の下半身をできれば気持ち強めに拭いてはもらえないだろうか」

「死ね」

 

 天高く馬肥ゆる秋。

 

 せわしない日々が続く今日この頃ではあるけれど、今ばかりはちょいとのんびり過ごしてみるとしよう。

 

 

 熊畜生にむしゃむしゃされるいつも通りの夜を越え、今日も今日とてたぶん愛とかそんな感情いっぱいにあふれたルーミアからの冷たい視線を浴び、どうにも暇になってしまったためご近所であるアリスの家へ遊びに来たところ。

 

 そんな突然の訪問にも関わらずアリスはというと、たくさんの人形たちと一緒に俺を快く迎え入れてくれた。

 

「なんでアレだけボコボコにしたのに平気なのよ……」

 

 超えてきた死線の数が違うからな。そこら辺の連中と同じじゃないんだ。

 あ、あとこれ前約束していたお土産の日本酒ね。外の世界の酒だし、幻想郷じゃ珍しいと思うよ。

 

「さってと、それじゃあ今日は何処へデートに行こうか?」

「彼岸の向こう側へひとりで行ってきなさいよ」

 

 自分で言うのもアレだがそれなりに煩悩は多いからなぁ。涅槃の境地にはまだほど遠いだろう。まぁ、仏教徒でない俺にはやはり関係のないことである。

 

「はぁ……それで? 今回はどんな悩みがあってきたの?」

 

 ……うん? 悩み?

 

「いや、別に悩みがあってきたわけじゃないんだが……」

 

 いつもなら一言ふた言の軽口をたたくところだが、素で驚いてしまった。暇だったからただただ普通に遊びに来ただけだ。

 

「あれ? そうなの? また何か悩み事があって来たんじゃないの?」

 

 思い返してみると、確かにアリスの家へ来るときは相談ごとや悩みがあって訪れることが多かった。そうなるとまた悩み事を相談しに来たとアリスが思っても不思議ではないだろう。

 けれども何より、なんだか普通にアリスが悩み事を聞いてくれる感じなのが驚いている。アリスさんったらそんな感じ一切なかったわけですし。なんだかんだで尋ねれば紅茶を出してくれるし、話も聞いてくれるくらいの間柄ではあるが。

 

 さて、しまったな。そうだというのなら礼儀としてここは何か相談しなければいけない場面だろう。

 悩みの多い人生ではあるが、はてさて何を相談したら……

 

「ふむ……最近なんだがな、俺の嫁さんが冷たいんだ」

「あんたに嫁さんなんていないでしょ」

 

 俺の相談相手となれば一番はやはりルーミアだ。困ったらとりあえずルーミアに相談することが多い。

 けれども、そのルーミアのこととなるとなかなか相談する相手がいない。そんなわけで今回はアリスに相談させてもらおう。

 

「昔は俺が裸になるとキャーキャー言って反応をしてくれていたのだが、最近は冷たい視線すらくれずスルーされることが多くなっている」

「あんた最低だよ」

 

 ルーミア成分は定期的に補充する必要があるのだが、無視されてしまうとなかなか補充ができない。死活問題である。

 

「そんなことじゃなくて、もっと他に言うことがあるでしょ……」

「新年あけましておめでとうございます」

「投稿日的に合っているけどそうじゃない」

 

 今年もまたあの熊畜生と新年の挨拶をば、なんてことも考えたが流石に本編を進めたかったんだ。いや何の話だよ。

 

「ぶっちゃけると暇だったから遊びに来たんだ」

「それなら霊夢の所にでも行ってくればいいじゃない……って、なんで当たり前のように服を脱ぎだすのよ!」

 

 博麗神社は出禁を喰らっているからなぁ。

 それに霊夢とはどうせ異変のときに関わることになる。だからこういう時間があるときは異変中で会わないキャラたちと会っておきたいんだ。

 

「あ、そうだアリス。ひとつ頼みごとをしたいんだが……」

「いいから服を着なさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叩き出されてしまった。

 ちょっとありのままの自分を出したら直ぐこれだ。それでも頼みごとを引き受けてくれたアリスはやっぱり優しい奴だと思う。今日は一日アリスと過ごそうと思っていたんだがなぁ。

 人里へ行く気分でもないし、はてさてどうしたものか。このまま家へ帰ってもおそらくルーミアはお散歩へでかけているだろう。フラフラと歩いていれば東方キャラと出会えたりしないだろうか。キノコが採れる季節なのだし魔理沙とは会えそうな気もするんだが……

 

 まぁ、会えなかったら会えなかったで仕様がない。せっかくの秋なのだしキノコでも採って夕食は鍋にするとしようか。

 キノコに関する知識が乏しいせいで昔はよくトイレの神様となったりもしたが、今はあの熊畜生がいる。毒キノコかどうかはアイツに聞けば教えてくれるだろう。

 

 そんなことでナラタケやクリタケなんか中心に集めているときのことだった。

 

「た、たすけ……あっ、いえ、逃げてください!」

 

 ベニテングタケのようなキノコを見つけ感動している俺に声が届いた。

 そして聞こえてきた声の方を確認。

 

「うん? 酒屋のお嬢さんじゃないか。こんなところで会うとは奇遇だな。丁度良かった、ちょいと俺の本シメジを見てもらいたいんだが」

「死ね。あっ違う、そ、そんな場合じゃなくてっ!」

 

 まさか人里の住民とこんな場所で会うとは。普通の人間がいていいような場所じゃないんだがなぁ。まぁ、最近は人里にも変態仙人とかいう妖怪が現れるらしいし、人里だから安心というわけでもないのだろうが。

 

「んで、なんとも剣呑な雰囲気だが何かあったのか?」

「妖怪に追われて……」

「妖怪? はっ、もしかしてうわさの変態仙人か!?」

「それはあんたのことだよ」

 

 衝撃の事実を聞かされてしまった。俺が何をしたというのだ……

 それにしても妖怪ねぇ。そりゃあまぁ、ここは人里じゃないんだし妖怪の一匹や二匹くらいいてもおかしくないだろう。そして、その妖怪が人間を襲うことだって極々普通のことだ。

 とはいえ、流石に見捨てられるほどの度胸はない。たとえ助けを求めてきた者が女性でなく野郎だったとしても俺は救いの手を……救いの手を……まぁ、うん。ケースバイケースということが大切だ。

 

「とにかく逃げてください! またすぐにあの妖怪がっ!」

 

 叫ぶような震えた声。

 人里ではいつもいつも辛辣な言葉を投げかけてくれるお嬢さんだが、こんな状況でも俺を心配してくれるその心には感動する。

 

 そして、お嬢さんが必死に言葉を投げかけてくれる中、ソイツが現れた。

 

「あー……久しぶりだな、もしかして髪切った?」

 

 樹齢百を超えるであろう大木を難なくなぎ倒し、どす黒い妖気とむせ返るような腐臭をまき散らしながら。

 その全長は10m以上ある双頭の大蛇。以前も似たような奴と出会ったが、ソイツはあの熊畜生が全て喰らったはず。そうなるとコイツは別の個体だろう。

 

「えっと、一応聞くが言葉は通じるか?」

 

 そんな俺の言葉への返事は大口を開けての噛み付きだった。その噛み付きを氷壁でガード。まぁ、見るからに言葉は通じそうにないし、しゃーないか。

 勘弁してほしい。そもそもとして戦闘は苦手なんだがなぁ。

 

「へい、お嬢さん。なんでこんな状況に?」

「あっ、あ……えっと……」

 

 自分の状況を理解できていないのか、足腰から力が抜けその場にぺたりと座り込んでしまった酒屋のお嬢。まぁ、こんなでっかい蛇に襲われたらそうなるわな。

 

 状況はさっぱりわからんが、とりあえず目の前の蛇畜生を確認。

 以前、俺の家を半壊させてくれた蛇と大きさはほぼ同じ、しかしその蛇と違うのは、体のあちこちが腐っていること。このむせ返るような悪臭はそれが原因だろう。いくら殺され慣れている俺でもコイツにやられるのは勘弁願いたいものだ。これでも綺麗好きなんだ。

 

「ふぅ……お前のやっていることがさ、間違っているとは言わんよ。ただ、流石に見逃してはやれないんだ」

 

 ……きっとお前もただただ何かに巻き込まれただけなんだろう。自分よりもずっとずっと力を持った何かにさ。

 

 霊力を解放。

 

 堕ち切ることもできず、昇ることも叶わず……

 

 大蛇を飲み込める程度の水を全力で霊力を込め創造。

 

 

 そんなお前の御霊が少しでも救われることを俺は心の端っこの方で願っているよ。

 

 そして想像した水を凍らせた。

 

 

 

 

 

「その、本当になんとお礼を言えばいいか……」

 

 大蛇を凍らせた後、未だ腰が抜けているお嬢さんを背負って人里まで移動。背中越しに感じたあの胸の感触を思い出すだけでこれからも生きていけそうだ。

 

「お嬢さんだって巻き込まれただけなんだ。そんな気にしなくて良いよ」

 

 最近になって幻想郷にきた人間ならわからないだろうが、幻想郷で生まれ育ったこのお嬢は人里の外の危険性くらいは理解しているだろう。

 そんな人物がどうしてあんな場所に……なんて思ってはいたが、酒屋のお嬢曰く、気が付いたら人里の外にいた、とのこと。

 つまり神隠しにあったってこと。神隠しってなると紫が直ぐに思い浮かぶが、あの紫がこんなことをするとは思えない。それにあの大蛇の様子も気になる。あの大蛇だって弱くはないはず。そんな存在があそこまで追い込まれたってことは……まぁ、そういうことを考えるのは俺の仕事じゃないんだけどさ。そんな俺をこうして巻き込んでくれるのはやめてもらいたいものだ。

 

「貴方のことはずっとただの変態仙人だと思っていました」

 

 俺が言うのもアレだが、ただの変態仙人ってなんだよ。

 

「青様は命の恩人です。このご恩は決して……」

「あー……いや、ホント大丈夫だぞ? そんな気にすることじゃない。えっと……まぁ、アレだ。こんどお店へ行った時、ちょいとサービスしてくれればそれだけで充分かな」

 

 それからも是非お礼をさせてください、とかいろいろ言われ続け、なんとも居心地が悪くなったため少々強引にその場を離れることにした。

 恥ずかしながら素直に褒められるってのには慣れていないもので……

 

 

「ふふっ、青のことだから、『お礼はいいから結婚しよう』とか言うのかと思ったよ」

 

 なんとも複雑な気分のまま帰路につこうとしたところでそんな言葉。言葉とともにふわりと届いたお酒の香り。

 

「……ずっと見てたの?」

「どうだろうねぇ、本シメジの変態仙人さん」

 

 そしてクスクスと笑いながら一匹の小鬼が目の前に現れた。

 どうせ全部見てたんだろうなぁ。立場が立場だけに助けてほしかった、とは言わないが姿くらい見せてくれても良かっただろうに。普段の自分じゃない姿を見られるのはやはり恥ずかしいのだから。

 

「俺だって空気を読むことくらいあるのさ」

「うん、知ってるよ。青はさ、臆病だもんね」

 

 クスクス、クスクスと笑う一匹の小鬼。やり難いったらありゃしない。

 ああもう、別に恥ずかしいことをしたわけじゃないのになんだってこんな気分にならなきゃならんのだ。

 

「はいはい、このお話は終わり! それより萃香、今晩一緒に夕食でもどうだ? 今なら自慢の本シメジを見せてやるぞ」

「うん、炭焼きにしようか」

「いや、それはちょっと……」

 

 誤魔化すようにいつも通りの言葉を落とし、視線を上へ。日が沈むのも早くなった空には満ちかけの月がぽっかりと浮かんでいた。

 

 月が満ちる約束の晩まであと数日。

 

 

 







読了、お疲れ様です
久しぶりの更新ですので閑話でもと考えましたが、一応本編を書いたつもりです

次話は紅魔館でのお話となりそうですが、はてさてどうなるものやら

では、次話でお会いしましょう

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