鎮守府Aの物語 - 短編集   作:lumis

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真相と気まずさ

 

 執務室に漂う空気は、さながら爆発寸前のボイラー室のような熱気と、氷点下の静寂が奇妙に混ざり合ったものだった。

 夕闇が完全に部屋を支配し、デスクの電気スタンドだけが、四人の少女たちの厳しい視線と、困惑する大人たちの顔を照らし出している。

 

「⋯⋯つまり、こういうことかしら」

 Z16が、まるで法廷で検察官が証拠を整理するかのような冷静な、しかし冷徹な声で口を開いた。

 

「逸仙さんは、私たちの汚れた服を気遣って洗濯しようとしてくれた。でも、その前にオスカーとジンジャーが脱衣所に乱入して、私たちの下着を奪い合い、そのまま持ち去った⋯⋯。逸仙さんはそれを取り返そうと追いかけていたけれど、間に合わなかった。そういうこと?」

 

「はい。本当に、驚かせてしまって申し訳ありません⋯⋯」

 逸仙が深々と頭を下げる。その気品ある動作には一点の曇りもなく、彼女の言葉が「純然たる善意」に基づいていることを疑う余地はなかった。

 

「あたしはただ、逸仙さんに頼まれて猫を追いかけていただけだにゃ。他意はないんだにゃ!」

 アトランタが両手を挙げて降参のポーズを取る。その横で、オスカーは満足げに毛繕いを始め、ジンジャーは提督の万年筆を前足で転がして遊んでいた。

 

 すべてのピースがはまった。

 犯人は、言葉を持たない四足の獣たち。

 協力者は、あまりに献身的すぎた一人の女性。

 そして――最大の被害者であり、最大の容疑者となった男が、そこにいた。

 

 提督の「無実」が証明されたにもかかわらず、四人の艦娘たちが向ける視線には、氷点下の冷たさと、消しきれない疑惑の炎が同居している。

 

「⋯⋯で、残りの二枚はどこ?」

 Z16が冷ややかな声音で問うた。視線は猫たちと提督を往復している。

「お、俺に聞くなよ⋯⋯」

 弱々しい声で提督は反論した。

 

 手元にあるのはグローウォームのレースと、オスカーが運んできた吹雪の桜柄のみ。ギアリングの星条旗と、自分自身の機能性ブラックは依然として行方不明だ。

 

「そうね。オスカーとジンジャーが持ち去ったのは確かだけど、全部がここにあるわけじゃない」

 逸仙が眉をひそめ、散らかった書類の上で毛繕いをする猫たちを見下ろす。

 

 オスカーとジンジャーは悪びれる様子など微塵もない。むしろ、獲物を隠し終えた狩人のような、満足げな瞳を細めている。

 

「お~い、君たち。残りのぱんつはどこかにゃ~?」

 アトランタがオスカーの頭を撫でながら、子猫に話しかけるように問いかける。だが返ってくるのは、甘えたような「にゃあ」という鳴き声だけだ。

 

「やっぱり提督、猫たちを使役して私たちの⋯⋯」

 吹雪が呟きかけると、提督は両手を大きく広げて絶叫した。

「いや、もう容疑は晴れただろう!勘弁してくれ!俺が猫に命令して下着を盗ませるなんて、どんな黒幕映画の脚本だ!」

 

 

 

「そこまでよ。迷える子羊たちに、真実の終止符を打ってあげるわ」

 

 芝居がかった声と共に、廊下からレキシントンが姿を現した。彼女は手に古い皮製の虫眼鏡(どこから持ってきたのかは不明)を持ち、名探偵のような足取りで室内に入る。

 

 レキシントンは眼鏡の位置を直し、猫たちと提督、そして困惑する四人を交互に見やった。

 

「犯人が猫であることは明白。だが、真の謎は『動機』と『隠匿場所』よ。ミステリーの定石よ。犯人は必ず、自分にとって最も安全で、かつ愛着のある場所に戦利品を隠すもの」

 

「安全で、愛着のある場所⋯⋯?」 吹雪が首を傾げる。

 

「ええ。猫にとっての縄張り。彼らが『自分の城』と認識している聖域よ。アトランタ、この鎮守府でオスカーたちが一番好んで『宝物』を隠す場所はどこかしら?」

 レキシントンの言葉に、アトランタがピンと耳を立てた。

「お宝?隠す?そういやオスカーたち、階段裏の物置をたまに使ってるにゃ。あそこ、彼らだけの秘密基地みたいになってるんだにゃ」

 

「物置⋯⋯」

 Z16 が即座に反応する。

「行くわよ。そこが最終現場だわ」

 Z16が言うと、ギアリングが自由の女神像のように拳を掲げて賛同を示した。

 

 

 

 一同は、提督を先頭に(逃げ出さないよう見張り付きで)鎮守府の1階の西の階段へと足を運んだ。東西に分かれた階段のうち、西側の階段裏にある物置へと、一行は足を進めた。

 見慣れた廊下と階段なのに、まるで忘れ去られた遺跡のように不気味なほど静かだった。そして見つけた物置の扉は静かに閉じていた。その扉には猫の出入り用に作られたと思われる小さな穴が開いている。

 

 アトランタがそっと扉を開ける。埃っぽい空気と共に、独特の獣臭と、どこか懐かしい布の匂いが漂ってきた。隅っこには、猫たちが集めた「お宝」が山積みになっている。光るビー玉、紛失したと思われていた靴下、ハンカチ、そして――提督が行方不明だと頭を抱えていた赤いネクタイまでが、雑然と積み上げられていた。

 

「ここが⋯⋯猫の秘密基地⋯⋯!?」

 ギアリングが呆気にとられた声を漏らす。そのお宝の山の頂上、最も柔らかそうな古毛布の上に、二枚の布が無造作に置かれていた。

 

「あった⋯⋯」

 Z16が震える手でそれを拾い上げる。機能性豊かな黒地の下着。そして、隣には星条旗柄の布。

「ぎゃ~!あたしのお気に入りの星条旗ぱんつが~!」

 ギアリングが飛びつき、ボロボロになった愛しき下腹部の装甲を抱きしめて涙ぐむ。ジンジャーの爪痕がいくつか付いているが、致命傷ではない。

 

「オスカーだけじゃなくて、ジンジャーもここに運んでいたのね⋯⋯」

 逸仙が感心したように呟く。

「猫たち、協力して『お宝集め』をしてたのかにゃ⋯⋯」

 アトランタも苦笑いする。

「俺のネクタイまで⋯⋯これは先月なくなったんだが⋯⋯」

 提督は呆然としたまま、手元にあるネクタイを力なく掴み上げた。

 

 悪意などかけらもない。ただ、猫たちの「コレクション欲」と「遊び心」が生んだ、共同作業の成果だった。

 

 

 ひとまずロビーに戻って落ち着いた一行。

 

「これで⋯⋯解決、ですね」

 吹雪が、取り戻した下着を抱きしめ、安堵の吐息を漏らす。

 

「⋯⋯でも、まだ謎が残っているわ」

 Z16 が周囲を見回し、ふと疑問を口にした。

 

「グローウォームの下着は、なんで執務室の前にあったのかしら?ここから執務室までは相当な距離があるわ。それに、私たちの下着をなぜあそこまで詳細に?色の濃淡や柄まで!」

 

 ロビーの温度が一気に数度下がった。全員の視線が、再び提督と、グローウォームが手に持つ彼女の淡いレースへと集ままる。グローウォームの頬が、夕焼けよりも鮮やかに染まる。彼女は上目遣いで提督を見つめ、声を震わせた。

 

「いや、だから⋯⋯。いろいろあって。洗濯の手伝いを頼まれたことあったし、他には演習の時とかその⋯⋯。君たちは激しく動くだろう?風も吹くし、段差もある。俺は指揮官として君たちの動きを注視している。すると、どうしても視界に入ってしまうんだ。俺の脳は、戦術データと視覚情報を紐付けて記憶する癖があって⋯⋯」

 最後にエンジニアらしい言い回しで決めるが、四人の目は冷ややかだった。

「⋯⋯つまり、無意識に私たちのパンチラをデータベース化しているということですね」

 Z16の言葉は、鋭利なナイフのように提督の胸に突き刺さった。

 

「違う!そんな変態的な意図はない!ただ、情報の処理能力が高いだけなんだ!」

「でも、私の星条旗柄を『派手で目立つ』って言ったよねぇ。⋯⋯あたし、あのお気に入り、提督に見せるために履いてるわけじゃないんですけどー」

 ギアリングがバスローブの襟をきつく合わせ、くねくねと身をよじる。その仕草には、怒りよりも「見られていた」ことへの奇妙な優越感と羞恥が混ざっていた。

 

「指揮官様⋯⋯そんなに私のが⋯⋯気になったのですか?言ってくだされば、ちゃんと差し上げますのに⋯⋯」

 

 その言葉は、甘えを含んだ挑発のようにも、純粋な誤解のようにも響いた。提督の顔から血の気が引く。周囲の視線が、先ほどまでとは比べ物にならないほど鋭い刃となって突き刺さる。

 

「いやいやいや!本当に知らんし、パンツ欲しいなんて俺はどんな変態だよ!」

 提督は両手を振り回し、必死に弁明する。

 

「ね、猫のことだから咥えていってじゃれまわっているうちに、たまたま廊下で落としたんじゃないか?風で飛んできたのかもしれん!本当に他意はない!信じてくれぇ~!」

 

 絶叫する提督。その傍らで、逸仙が「あらあら」と困ったように微笑んでいる。彼女の微笑みは、事態を収束させる魔法のようでもあり、提督の社会的死を宣告するギロチンのようでもあった。

 

「じゃあそういうことにしておいてあげまよ、提督。」

 まったく信じてない視線で吹雪が言葉の刃を提督に向けると、提督以外の娘はケラケラと笑った。

 

 

 提督と吹雪たち5人がホットに盛り上がっているその脇で、レキシントンは演技風の仕草をして推理をしていた。

「話を総合すると、こうですね。オスカーが最初に二枚を運び、一枚は道中で落とし、一枚はこの物置に隠した。その後、脱衣所で争い始めた二匹。ジンジャーも一枚をここに運び、遊び疲れて執務室へ。最後にオスカーが残る一枚を身体にひっかけて執務室へ戻ってきた、と。」

 

 完璧な推理、とばかりにレキシントンは口角を釣り上げる。確かに完璧な推理と事実だったが、映画の世界に入り込んで悦に浸って語る彼女の話など誰も聞いていなかった。

 

「こら、君たち。もうするんじゃにゃいぞ~?」

 アトランタがオスカーの前足を掴み、優しく、しかし厳しく叱る。

 

「ふむ。ここまで見事な猫の犯行とはさすがです。今度、自主制作映画でオスカーとジンジャーを主役に撮ってみたいものです。タイトルは『猫と下着と迷宮の午後』」

 レキシントンがジンジャーを撫でながら、満足げに呟いた。

 

 オスカー、ジンジャー、そしていつの間にか付いてきていたフィッシュケーキ。三匹の猫の視線が、ふとアトランタやレキシントンのスカートの方へ向けられる。その瞳には、次の獲物を狙うような、妖しい光が宿っていた。

 

---

 

 夜が更け、鎮守府の談話室には温かい紅茶の香りと、お菓子を噛む音が響いていた。騒動から数時間が過ぎ、四人はバスローブから普段着に着替え、ソファに腰を下ろしている。

 

「解決はしたけど、なーんか釈然としないよね」

 吹雪がクッキーを齧りながら呟く。

「そうそう。事実にしたら出来過ぎよ。そんなにオスカーたちチームプレーが得意なのかしら?」

「あと、執務室の近くに落ちてたってのも、出来過ぎだよね~」

 ギアリングがわざとらしく体をくねらせ、悶えるような仕草を見せる。

「やっぱアドミラルが裏で糸を引いて、あたしたちのパンツを狙ってるんだよ~。『うふふ、今日はどの柄にしようかな』なんてね」

「指揮官様⋯⋯(ぽっ)」

 グローウォームが顔を赤らめ、茶杯の湯気の中に視線を落とす。

 

「あと、オスカーたちが私たちだけの下着を狙うってことも考えにくいよね」

 吹雪が指摘する。

「他の人の服は散らかったままだったし」

「そうね。下着消えたっていう被害報告は今のところ聞かないけど、この分だと猫たちの余罪や、第二・第三の犯行はありえそうね」

 Z16の予感は、不幸にも的中することになる。

 

 

 突然、脱衣所の方から、断末魔のような悲鳴が聞こえてきた。

 

「ぎにゃ~~~~~~っ!!!」

 

 静寂を切り裂いたのは、脱衣所の方向から響いたアトランタの悲鳴だった。

 四人は反射的に顔を見合わせ、立ち上がる。

 

「な、何事!?」

「まさか、また⋯⋯?」

 四人が顔を見合わせる。続いて、もう一つ、冷静さを保ちきれない声が響く。

 

「くっ、私のお気に入りのショーツが。犯人は再び犯行現場で事を起こすのですね⋯⋯!」

 レキシントンの普段の冷静さをやや欠いた震える声も聞こえてきた。

 

 アトランタが脱力したように膝をついた。

「今度こそ提督かもしれないにゃ~!猫を使役して、軽巡まで狙ってるなんて!」

 

 暗い廊下の隅を、一匹の黒い影が、何か高価そうな布切れを咥えて風のように通り過ぎていく。さらに、その背後を追うように、もう一匹の影が続く。

 

「またオスカーたち!?⋯⋯それとも、本当に提督が⋯⋯?」

 吹雪たちは互いに顔を見合わせ、視線を自然と執務室のある上の階へと向けた。

 

「第二の事件、発生ね⋯⋯」

 

 吹雪の呟きが、夜の鎮守府に虚しく響いた。終わりのないパンツ消失の輪舞曲(ロンド)が、今、再び幕を開けようとしていた。

 

 

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