もう12月、時間があっという間に過ぎていきますね・・・
昼休みが終わる頃、教室にいる十香はまだお昼を食べずにずっと待っていた。
士道は昼休みが始まると同時にどこかに行ってしまい、ならば蓮と…と思ったが、蓮もいつの間にか居なくなっていた。
「シドー…レン…どこに行ったのだ…」
ずっと二人を待ち続けているが帰ってこない。次々に教室に生徒が帰ってくる中で、十香の心に孤独感が募る。
(もしかして…私は嫌われてしまったのか…)
そんな考えてが頭をよぎる。だがすぐに頭を振って違うと自分に言い聞かせた。
(違う! そんなはずない…はずだ…)
どんなに言い聞かせても、もしかしたら…と考えると自信が無くなってくる。気が付いたら目が熱くなり、涙が溢れていた。
「あれ? どしたの十香ちゃん」
「何、まだご飯食べてないの?」
「もう授業始まっちゃうよー」
そう声が聞こえてきて、顔を向けるとそこには亜依、麻衣、美衣の3人コンビがいた。
「え? 十香ちゃん!なんで泣いてるの!?」
「もしかして、男子に泣かされたの!?」
「誰がやったぁ!? ギロチン台にかけてやる!」
十香を囲んで、三人は教室にそう言い放った。その言葉にクラスの男子が恐怖に震える。
「ち、違うぞ! 別に何もされてないぞ!」
このままでは誤解を生んでしまいそうなので、十香は慌ててそう言った。三人も一応、十香の事を思って言っているのだがこの様子では本当にやりかねないほどの剣幕だ。
「ええ? そうなの?」
「じゃあ何、どうしたの?」
「もしかして花粉症とか?」
ちなみに今は制服が夏服になるような季節なので、花粉の季節はもう過ぎているだろう。
十香は三人の質問に涙目で悲しそうな顔をしながら途切れ途切れに答えた。
「シドーとレンがな…戻ってきてないのだ…もしかして、嫌われてしまったのかと思うと…なんだか…ウゥ…」
そう言いながら十香は目から大粒の涙をポロポロっと溢れ出した。
そんな十香の痛ましい姿を見て、三人は十香をガシッと抱きしめた。
この瞬間、三人は十香を助ける事を心の中に誓う。
「あぁ!もう泣かなくていいのよ!」
「私たちが力になってあげるから!」
「十香ちゃんに涙は合わないわよ!」
もしこれがドラマであったなら、感動的?なシーンであっただろう。
亜衣は自分のスカートのポケットを探り、二枚の紙切れを十香に差し出した。
「ぬ? これはなんだ?」
「明日は開校記念日で休みよ。これは天宮クインテッドの水族館のチケットだから、これで明日五河君か神代君を誘って行ってらっしゃい」
「十香ちゃん、ごめんね。本当はもう一枚あればいいんだけど、今は二枚しかないの…」
麻衣が申し訳なさそうに言ってくる。
しかし、十香にとって三人の気遣いはとても嬉しかった。それだけでとても暗い気分が晴れていく。
「分かった!これでレンかシドーを誘ってみるぞ」
元気を取り戻して、笑顔になった十香は嬉しそうに言う。
その台詞を聞いて亜衣は前から気になった事を十香に聞いてみた。
「そういえば前から気になっていたんだけど…十香ちゃんっていつも五河君と神代君と一緒にいるけど、もしかして…二人の事が好きなの?」
「うむ!私は二人の事が大好きだぞ!」
十香はとてもいい笑顔で言った。だが、この言葉に三人の心にとても大きな動揺が走った。
3人は互いに目を見合わせて、コクリと頷く。三人は開けてはいけないパンドラの箱を開ける決意をした瞬間だった。
「じゃあ…もし二人のどちらかと結婚することになったら…十香ちゃんはどっちを選ぶの?」
亜衣はまるで時限爆弾を解除する工作部隊のような真剣の表情で聞いた。
他の二人も亜衣と同じく十香の言葉を聞き逃さぬように真面目の顔で聞く。
「ケェコン?一体それはなんだ?」
だが、十香の解答は三人の予想の斜め上をいった。
亜衣麻衣美衣の三人娘はそれを聞いた途端、え?そこから? と心の中でツッコミを入れてしまった。
「え?十香ちゃん、結婚の意味を知らないの?ま、まあ世の中にはそういう人もいるわよね…」
言葉の後半は自分に言い聞かせるように亜衣は言った。
そんな人も世の中にはいるだろう…十香以外に…多分…
「結婚っいうのは…えーと、簡単に言えば好きな人とずっと一緒に居られる事…かなぁ」
麻衣が結婚の内容を分かりやすく言ってくれた。
ここで十香に法律やらの小難しい事を言っても分からないだろう。これを考慮しての事だ。
「そうか!じゃあ私はレンとシドーの二人とケェコンするぞ!」
十香は笑顔で言ったが、その内容は何も知らぬ第三者が聞いたら百%誤解を受けるものであった。
これを聞いた三人のテンションは急激に上がる。
「え!?十香ちゃん、将来はそうするつもりなの!?」
「一夫多妻制ならぬ一妻多夫制ってこと!?」
「マジ引くわ!マジ引くわ!」
三人がわめいていると、教室の扉が開き蓮が入ってきた。
「ほら!十香ちゃん!行ってらっしゃい」
「う、うむ…」
十香は手に二枚のチケットを持ち、蓮の元に向かって行った。
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(すっかり遅くなったな)
蓮は自分の教室に向かいながらそう思っていた。昼休みももうすぐ終わりそうで廊下にはあまり生徒が見られない。
あの後、折紙は蓮と狂三の関係についていろいろと質問をしてきた。だが蓮は狂三の事を詳しく知っているわけではないのでほとんどの質問に『知らん』と答えた後逃げるように場を離れたが。
(この時間じゃあもう昼食は無理だな…あぁ腹減った)
蓮にとって昼食が抜きなのは砂漠に水を持たずに行くようなものだ。まあ午後は寝るつもりなのでそれで空腹を誤魔化すのだが。
(十香は昼食はしっかり食べたかな?)
そう思いながら教室の扉を開ける。もう昼休みの終わりが近いからか教室内にはかなりの生徒がいた。
そして、蓮が教室に入ると同時に一人の生徒が近づいてきた、十香である。
「十香、昼食はしっかり…」
「レン!ちょっと来てくれ!」
蓮が全て言い終わる前に十香は手を掴んで廊下に連れ出した。あまりに突然の事に理由を聞くことが出来ない。
「ど、どうしたんだ?いきなり…」
蓮がそう聞くと十香は緊張気味に二枚の紙切れを差し出した。それが何かのチケットだということは一目見ただけで理解できた。
「あ、明日!わ、私とデェトに行かないか!?」
十香のその言葉を聞いた時、一瞬何を言っているか理解出来なかったが頭の中でリピートしてやっと理解できた。十香が自分をデェト(デート)に誘っていることを。
「あ、明日か…明日はえーと…」
十香には悪いが、今の蓮には狂三の事やASTの仕事などで遊んでいる時間などほとんど無い。
なのでどのように断ろうか必死に頭の中で考える。
「十香、悪いな…明日には予定が…」
そこまで言いかけた瞬間、十香はいきなり蓮に抱きついて胸元に顔を埋めてきた。
十香のいきなりの行動に蓮は理解が出来ずにただ混乱するだけだ。
「え?と、十香?いきなりどうしたんだ…」
周囲を見渡して周りに人がいない事を確認して十香に問いかける。
「ひっ…うう…ぐぅ…」
よく耳を澄ますと十香の嗚咽が聞こえてくる。それと同時に自分の胸元が濡れていくのを感じた。
ここで蓮は気づく。十香は泣いているのだと
「やはり…そうなのだな…レンは…」
「十香、な、なんで泣くんだよ…」
そう聞くと十香は涙でグシャグシャになった顔で蓮を見上げて言い出した。
「私の…私の事が嫌いならそう言っても…構わぬのだぞ…」
「い、いきなりどうしたんだよ…」
蓮は十香の事を嫌ってなどでいない。それどころか自分の家族…妹のように大切に思っているのだが、なぜ十香にそのように思われているのかが全く分からない。自分は十香に対してそんなに冷たく接しているだろうか…
「べ、別に十香の事は好きだけど…」
「だったら…だったらなんで昨日から私を避けるのだ!」
それを聞いて蓮は分かった。なぜ十香なぜ泣いているのかが。
昨日から蓮は狂三の事で頭がいっぱいで十香をないがしろにしてしまっていた。
(はあ…これじゃ士道の事を笑えないな…)
心の中でそう反省した蓮は泣いている十香を力強く抱きしめ返した。
「俺は十香を嫌ってなんかいないよ。今は少し大事な用件があって忙しいだけなんだ」
「グスッ…私より大事な事とは一体なんなのだ?」
「それは…だな…悪い、今は言えないんだ…」
ここで『狂三が危険だからあいつの事を調べなければいけない』と言えなかった。
そう言って十香が狂三に対して妙な先入観を持って欲しくなかったのだ。
この時、蓮は心の何処かである期待を抱いていたのだろう。『狂三と十香が仲の良い友達』になることを。
「でも、十香の事は大好きだよ。もし、この言葉が信じられないなら…」
そこまで声が聞こえると十香は自分の額になにやら柔らかい感触を感じた。
その感触は前に自分は体感した事があった。その時は確か士道と…
「なっ…!」
それがなんなのか思い出した瞬間、十香は顔を真っ赤に染まった。
そして蓮を思いっきり突き飛ばして距離を離す。
「うおっと…いきなり突き飛ばすなよ。危ない…」
いきなり突き飛ばされた事に驚きながらも、蓮はバランスを取って倒れないように踏み留まる。
蓮はキスしたというのにその表情は羞恥は一欠片もなく平然としていた。
「いいい、いきなり何をするのだ! おおおお、お前はっ!!」
顔を赤く染めて明らかに狼狽した様子の十香の姿が可愛らしく、笑みが出てくる。
「これでお前を嫌ってないことを信じてくれるか?今は話せないけどいつか必ず話すから…」
「ふ、ふんっ…お前がそこまで言うなら…」
「ありがとな。そのチケットは士道と行ってくればいいさ」
「べ、別に言われなくてもそうするつもりだ。ばーか」
そう言って十香は急ぎ足で教室の中に入って行ってしまった。
この時、蓮は十香を怒らせてしまったと思い心配したが彼は気づかなかった。
教室に入っていく十香の口元に笑みがあったことを。
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その日の夜、蓮は寝室の机に向かい調べ物をしていた。
「ふあ〜…もうこんな時間か…」
欠伸をして時計を見ると短針はもう右側に傾いていており、窓から外を見てみても電気がついている家は少ない。
机の上には精霊の…特に〈ナイトメア〉に関しての資料が大量にあり、何を調べているのかがすぐに分かる。
「結局、書いてあった事はどれも同じようなことばかり…」
全ての資料に目を通しても特別目に留まるようなものはなく狂三に関しての大雑把なことばかり。
蓮は昼間に体験した狂三のあの謎の力の事を知れたら嬉しかったのだが、うまくはいかなかった。
「まあ、こんなもんかな。精霊の…特に狂三に関しては」
よく考えれば、あの狂三が他の誰かに感づかれるような能力の使い方をしているとは考えられない。
それでも今はこれだけが蓮にとって頼りなのだ。士道や十香を守るための…
しかし、今はもう夜遅く集中力も散漫になってきたのでこれ以上続けても意味はないだろう。
蓮は机の電気を消して、ベッドに向かう。
「続きは明日にして、もう寝るか…」
ベッドの前まで来て独り言でそう呟いた瞬間、
『あらあら、夜はまだまだこれからですわよ…』
薄暗い寝室に声が響き渡った。当然だがこの声を出したのは蓮ではない。
周りを警戒し見渡してもこの部屋には蓮しかいないのだ。
(誰だ…どこにいる…)
神経を研ぎ澄まして警戒しているとベッドと反対側にある部屋の入り口の前に真っ黒な影が現れ、その影の中から狂三が現れた。
その姿は黒と赤い膜で出来たドレスで士道が物理準備室で見た映像と同じ…狂三の霊装姿であった。
蓮はすぐに右手を『バスター』に変えて狂三に向ける。
「どうしてここに俺がいるって知ってるんだ?住所は教えてないはずだ」
「今日の朝、あなたの個人情報を調べてきましたの。結構住所は簡単に知ることができましたわよ」
どうやら狂三が朝のホームルームに遅れてきたのは蓮の事を調べていたかららしい。
これは蓮自身にとってかなりまずいことになった。さすがの蓮も二十四時間警戒出来るわけでは無いので、自分が寝静まった頃に狂三が現れていつ首を刈られてもおかしくない。
「それで、なにしに来たんだ?寝ているところを殺すのなら少し早いんじゃないか?」
「いえいえ…あなたを殺すなんてわたくしはしませんわ。それに今日は士道さんと駅で待ち合わせがありますので」
狂三は普通に答えたが蓮はさっきから狂三の
『バスター』がどのような力かは狂三も昼間の経験から知っているはずだ。つまり、今は銃口を向けられているに等しい。
しかし、狂三はさっきから笑みを浮かべて平然としている。
「…とても綺麗な腕ですわね…あなたにとても似合いますわ…」
そう言うと狂三は両腕を広げて蓮に一歩踏み出してくる。
「そうかよ。俺はあんまりこの腕は好きじゃないんだけどな」
その間も狂三はウットリとした目をしてまた一歩近寄ってきた。
「それ以上近寄るな!これ以上近づいたらお前を殺す!」
「この姿で来てもダメとは本当に記憶が…」
蓮の忠告を聞かずに狂三は何かをつぶやいた後、また一歩接近する。
(こいつ…本当に恐れてないのか…)
せめて立ち止まるぐらいはするかと思ったが狂三は全く恐る事なく歩みを進める。予想外の行動をする狂三には全て見透かされているような恐怖が心に積もっていく。
「くっ……こっちに来るな…」
狂三が一歩進めば蓮は一歩後ずさるだけだ。狂三は蓮の反応を見て笑みを深める。
蓮はベッドの上の一番奥に追い詰められて、狂三も蓮のいるベッドに乗りかかって来る。
逃げ場はどこにもなく、蓮の背筋にゾクリと冷たい感覚が駆け巡った。
狂三が目の前に迫り、殺されるのを覚悟して蓮は目を瞑る。
だが、次に感じたのは痛みではなくとても心地よい温もりだった。狂三は蓮をまるで包むかのように抱きしめたのだ。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですわ。わたくしはあなたを傷つけたりしません…」
そう言っても狂三は蓮を優しく落ち着かせる。それはまるで母が子供を安心させるかのように…
(なんで…俺は振りほどかないんだ…〈ナイトメア〉に触れられているんだぞ…!」
自分自身にそう言い聞かせても、狂三に抱きしめられているのが気持ち良く、ずっと調べ物をしていた疲れもあり瞼がだんだん重くなり意識が遠くなっていく。
蓮が眠ったことを確認した狂三はこっそり
狂三は蓮をベッドにしっかりと寝かせた後、布団をかけ蓮の頬を微笑みながら優しく撫でて影に呑まれて消えていった。