『諸君!時は来た!長い…長い沈黙を破り、我ら来禅が勝者となりために!勝利の結果こそが大いなる運命の証だ!今度は貴奴らに敗北の苦汁を舐めさせるため!来禅は王者として立つのだ!!』
『おおおおおお!!!!』
夏休み明けの九月の午後、壇上に立った亜衣の言葉に体育館中が大きく震えた。それはまるで戦争に行く前に兵士の士気を高める時。また、プロパガンダの放送のように見えるだろう。
(…たかが学園祭ごときで、なんでここまで熱くなれるのか…)
生憎、日本には自衛隊という組織があっても、軍隊は存在しない。これはもうすぐ始まる十校合同の学園祭である『天央祭』の演説なのだ。
その天央祭で最優秀を手に入れるのに熱くなっているらしい。
(しかし…そろそろか…)
熱狂的になる全生徒中、たった一人、蓮だけが
「おい!聞いているのかレンよ!」
いきなり左耳の近くでそう叫ばれて、反射的にそちらを向く。そこには夜色の長い髪と、綺麗な容姿が特徴的な十香が立っていた。しかし、頬を膨らまさせ、腕を組んでプンプンと言った様子であった。
「えっと…どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもないぞ!この祭の当日にメンチカツを食べに行こうと言っておるのに、さっきからずっと私を無視しおって!」
「わ、悪い…数週間前からあんまり眠れてないんだ…」
「なっ!?そ、そうだったのか…。だ、大丈夫か?」
さっきまでの様子から打って変わり、心配そうな様子で見つめてくる十香。蓮はそんな十香の頬にいきなり、右手を添えるそうに触れさせた。いきなりの奇行に十香は目を丸くする。
「どうしたのだ?私の顔がどうかしたのか?」
(DEMに十香の正体が知られて約二ヶ月…そろそろ何か仕掛けてくるな…)
よほど大規模な作戦でなければ二ヶ月もあれば準備は整う。そして、十香が精霊である事を知ったDEMがなにもして来ないはずがない。それを知っている蓮は自分の何かが大きく変わる。そんな予感を感じていた。
「いいや、なんでもないさ」
それを分かっていながらも、蓮は十香に微笑むのだった。
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放課後、蓮は久しぶりにASTの駐屯地を訪れていた。今日もきっといつも通りに装備を整備したり、ミリィが自分に擦り寄ってくるもだろう。しかし、今日は二ヶ月以上謹慎となっていた折紙が部隊に復帰してくる日なのだ。
当然ながら、同じ学校に通っている以上、折紙と顔を合わせる機会は数え切れないほどあった。それでも、蓮は六月に殺しあった事などまるで無かったかのような様子で折紙に接したところ、最初は警戒気味だった折紙もすぐにいつも通りになった。
部隊復帰祝いに士道の私物でも渡してやろうかと思っていると、前方から隊長の日下部 燎子が歩いてくるのが見えた。部隊の一員である燎子が基地内を歩き回るのは別におかしな事ではない。ただ、その腰に後輩である岡峰 美紀恵が涙目でしがみついていたのなら話は別だ。
「…基地の廊下でなにやってるんですか?」
「れ、蓮さん!丁度いいところにぃ…隊長を止めて下さいよぉ〜」
「いいところに来たわ!ねえ!これをどう思う!?」
蓮の姿を見た途端、美紀恵は助けを乞い、燎子は憤怒と言った様子で手に持った書類の束の一枚を渡してくる。目を通してみるとそれは補充要員に関する事だ。
ここ最近、ASTでは戦線に立てないほどの重傷を負った者や、死亡したなどという事は発生していない。それなのに補充要員というのも奇妙だが、その内容を見て眉を顰めた。
「今から塚本三佐のところにこれに対して文句を異議を言ってるから!」
「ダ、ダメですよぉ…隊長ぉ…」
腰に張り付いた美紀恵をものともせず、隣を通って歩いていく燎子。そんな燎子に後ろを振り向かずに声をかける。
「隊長さん、ちょっと待ってください」
「蓮さん…もしかして…」
「なによ!?もしかして、あんたまで止めるんじゃないわよね」
燎子を呼び止めた事により、美紀恵の顔にもしかしたら…という希望が出てくる。
「俺も行きます。流石にこれは目に余るものですからね」
その希望はあまりにも軽くあしらわれた。
燎子が扉をノックもなく開ける。室内には燎子が探していた塚本三佐と謹慎の終わりを告げられてたであろう折紙がいた。二人はいきなりの燎子の登場に呆気にとられている様子だ。
そんな二人をものともせず、燎子は上官の机に手に持った書類の束を落とすように置いた。
「どういう事ですか!?こんなの無茶苦茶過ぎます!」
燎子のこれほどの剣幕が理解出来ずに、理由を教えてくれと言った視線を向けてくる折紙に、蓮は無言で手に持った書類を渡す。それを見て、眉根を寄せたのが見える。
渡した書類にはASTに十名ものDEMインダストリーからの出向社員が来るという内容が書かれており、その社員は場合に応じて
「こんなの認められるわけないじゃないですか!一体上層部は何を考えているんですか?ここは野球チームじゃないんですよ!!」
冷静さを失い、一方的に不満を言い続ける燎子を見かね、蓮が前に出る。さりげなく燎子を手で制しながらだ。
「塚本三佐、なぜこのような条件でDEMからの補充要員を受け入れたかは分かりませんが、日下部隊長の指揮下に入らない部隊とともに作戦を行うとなれば命令系統の混乱などのハプニングを起こす可能性が極めて高いです。さらに、その社員とここの隊員とでは部隊の違いから、
無駄な事を話さずに、起こりうる事態とこの解決策をペラペラと語る蓮に誰もが呆気にとられる。塚本三佐には『そちら側でどうにか仲良くやってくれ』などという、反論(?)の余地もなく、渋い顔をして黙り込む。その時、燎子の時とは反対に静かに扉が開かれ、十人の外国人が入ってくる。
その先頭に入ってきた赤毛と釣り目が特徴的な女が燎子、折紙、そして蓮を見た途端、唇を釣り上げる。それと同時に蓮は顔を歪めて不快感を露わにする。
「あラ、誰かと思ったラ、勝手に〈ホワイト・リコリス〉を動かして謹慎くらったお馬鹿さんニ…精霊をまともに倒せないオママゴトチームの隊長さんじゃなイ」
「っ!ずいぶんなご挨拶じゃない…あんたは?」
いきなりこちらを見下した発言に燎子は屈辱に震えながらも名前を訪ねる。
「今日付けでこちらに配属となったジェシカ・ベイリーでス。以後よろしク」
『今日付け』という言葉に反応し、蓮は塚本三佐をチラリと見るが、気まずそうに目を逸らされる。このような知らせはせめて三日ほど前に知らせて欲しかったのだが、上層部はこれで不満が出るのも承知だったらしく、それを今日まで黙っていたらしい。
ジェシカ達が配属された以上、帰れと言う事も出来ない。
「フフ…にしてモ、堕ちたものねェ…レン」
これをジェシカは折紙、燎子、美紀恵に言ったわけでもなく、その視線は目を合わせてない蓮に対しての言葉だった。彼女は蓮の前まで歩いてくると、ニヤニヤと笑いながら、見下すように話し出す。
「前まではウェストコット様の直属の部下だったというのニ、今はこんな極東の島国のオママゴトチームの整備士だなんネ」
ジェシカのその言葉に隣にいる三人から、驚愕の目を向けられたのを感じる。ウェストコット、その名は世界に名を轟かすDEMインダストリーのトップの名前だ。その人物と共に仕事をしていた人間が、自分たちと隣にいたなど、想像すらしなかっただろう。
「自分で望んだ結果さ。お前みたいにアデプタス・ナンバーである事が幸せだと思っている奴とは違うんだよ」
「まア、ウェストコット様から特殊任務とあなたと仲良くしてと頼まれているからネ。私たちの装備の整備ぐらイ、させてあげてもいいわヨ?」
ジェシカはそう言うと、笑いながら他の補充要員を連れて部屋を出て行く。それがいなくなったと同時に燎子が詰め寄ってくる。
「あんた…ミリィと知り合いだったから、DEMから来てたぐらいは予想してたけど…現業務執行取締役の下で働いてたって本当なの!?」
「…数年前の話ですよ。今はAST所属で隊長さんの部下でしがない整備士です」
そうとだけ言って、ぺこりとお辞儀をして部屋を出て行く。部屋には塚本三佐、燎子、折紙、美紀恵だけが残された。
「あの…もしかして、蓮さんってすごい人なんでしょうか?」
「それはわからない。でも…これは彼の見方を変える大きなポイントになるかも知れない」
美紀恵の質問に表情を変えずに答える折紙。その数分後、甲高い警報が鳴り響き折紙、燎子、ジェシカ達は出撃していくのであった。
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一時間以上時間が経過し、作戦を終えた隊員が駐屯地に帰還してくる。その様子からだと、精霊を討伐する事も捕獲することも出来なかったようだ。それでも蓮は隊員達を責めたりするつもりはない。
この基地の隊員はよく頑張っているのを知っている。それでも精霊を討伐出来ないのはそれだけ士道達の行動が早いからだろう。ASTの努力を見ている自分からしたら大きく喜べないのだがまあ、誰かが死んでしまうだけの結果よりはマシだと考えていのもあるのが。
隊員が帰ってきたなら、次は自分達の仕事だ。整備や補給は第二の戦場と呼ばれるほどの場所だ。ここでの出来が次に響いてくる。
しかし、格納庫内で何やら揉めるような雰囲気を感じ、そこに足を進ませた。
「一体どういうつもり?」
そこでは折紙がジェシカと部下数人の前に立ち、そう問いていた。
「なぜ士道を攻撃しようとしていたの」
士道と聞いて、『フラクシナス』は精霊と接触する事が出来たと察する。その対話中にASTが突入してきた…という流れらしい。だが、攻撃したという意味が分からない。
「あラ、知り合いだったのかしら。一般人が戦場紛れ込んでたから保護しようとしただけヨ」
「…あなたは特殊任務を頼まれていると言っていた。それと何か関係あるの?」
そう言われて、ジェシカも蓮と話したとき、自分が特殊任務を頼まれていると口を滑らせたのを認識したらしく、憎々しく折紙を睨みつける。それは図星だったらしく、ジェシカが折紙の前髪あたりを掴もうと腕を伸ばす。
流石にそれ以上は見過ごす事が出来ない蓮は、素早く二人の間に入ると、伸ばされた腕を掴み、それを手前に引いてジェシカのバランスを崩しそのまま床に叩きつける。
「相変わらず、
まともに受身すら取れないジェシカを見てそれがよく分かる。ジェシカは倒れた身体をゆっくりと起こして立ち上がる。その顔は唇を歪めていたが、その目は笑っていなかった。
「レンはそんな成果のないお遊びチームの味方をするのかしラ?」
「お前らが何でここに来たのか知らないが、ここではお前達は
この場を一触即発の空気が支配する。周りの隊員もそれにあてられ、見ている事しか出来ない。その空気を破ったのは騒ぎに気付いて駆けつけた燎子だった。
「あんたら!何してんのよ!」
「…チッ」
燎子の声が聞こえると、ジェシカは苛立ちげに舌打ちをした後、部下を連れて歩き去った。ジェシカの姿が消えると、傍観者だったミリィが興奮した様子で寄ってくる。
「おおおお!!カッコよかったのですよー!」
目をキラキラと輝かせて、拳を握っている様子はまるで戦隊もののヒーローを見た小さな子供のようだ。そんなミリィを宥めつつ、ジェシカの後ろ姿を睨みつけて折紙に顔を向ける。
「手出しは不要だったか?一応、お前を助けたつもりなんだが」
「そうでもない。ありがとう」
そうだけ言って、折紙はどこかに歩いて行く。相変わらず愛想がないと思っていると、周りの隊員から事情を聞いてきた燎子がやって来る。
その様子は怒っているというより呆れている様子だ。
「話は聞いたわ。あんた、
「あいつの思考回路をよく分かっているつもりだったので、危険はありませんでしたよ。ほら、ミリィは仕事に行ってこい」
自分も整備士だというのに、ミリィだけを仕事に向かわせる。これで蓮と燎子の二人だけが残った。それを確認した蓮は真面目な様子で燎子にある事を伝えた。
「隊長さん、もうすぐDEMが何か大きな事を起こす可能性があります。もしそうなったら俺は
その突然の告白に燎子は驚いた顔で蓮を見る。その様子からはジョークなどを言っているようには見えない。
「…あんたがここに来ないのは珍しい事じゃないし、それを責めるつもりもないんだけど、それとは違うの?」
「はい。理由などは話せませんが、ASTにDEMからの圧力がかかり始めている。とでも言っておきますよ」
それを聞いて蓮がDEMに関係することだと予想できる。もしかしたら、蓮にASTは狭すぎるのかも知れない。それを広げてやれない自分が情けなく思えてくる。
「…分かったわ。もしそうなったら長期休暇を許可してあげる。一応聞いとくんだけど、AST休んでどうするの?」
「知り合いに面白い活動をしているのがいましてね。しばらくはそっちの手伝いをしようかと」
起業の手伝いでもするのかと思い、それ以上深くは聞かない事にする。そもそも、もしもの話でありまだ決まったとは言えないのだ。
許可を貰い、仕事に戻ろうとする蓮だったが、足を止め再び燎子に顔を向ける。
「これはアドバイスなんですが、ここの隊長はあなたです。だから、どんな時でも隊長の義務を優先してください」
「年上にアドバイスだなんて生意気な事するんじゃないわよ。あんたは早く自分の仕事場に行きなさい。サボった分、たっぷり働いてもらうんだから」
燎子の言葉に小さく笑いながら、歩いて行く蓮。燎子はその後ろ姿を見ながら小さくため息をついた。
(…あんたの目には一体何が見えてるっていうのよ…)
ジェシカ達が無茶苦茶な条件でここに来たのを見て、DEMが露骨にASTに影響を及ぼしているのは感じていたが、それでもなぜ長期休暇を取ったのかが分からなかった。それは戦場に出て戦う自分には永遠に理解出来ないのかも知れない。