社内に侵入した蓮は月明かりだけが差し込む暗い廊下を歩いていた。その目の前には四人のDEM隊員がおり、蓮が一歩進む度に一歩後ずさるというのを繰り返していた。
彼の後ろには血だまりを作り、床に倒れている数名の隊員がおり蓮が装備している籠手に血が付いているのを見ると誰が殺したかは一目瞭然であり、蓮自身が死者の世界への境界のようにも見える。
誰も向かってこないことに焦れて、蓮は加速して、隊員達の間合いを縮めにかかる。それを見て息を詰まらせた隊員は大きく後退するが、とある隊員が右手にレイザーブレイドを持って前に出る。
「この…化け物がァァァ!!」
蓮が目の目に来るとそう叫びながらブレイドを振り下ろす。しかし、それは腕ごと掴まれて届かない。敵の攻撃を防いだ後、空いた右腕の籠手が稼働して手首から隠しナイフが迫り出し、それを少しの躊躇いなく隊員の脇腹にねじ込む。
「がっ…!」
そうとだけ発し、隊員は力なく人形のように蓮に寄りかかる。命を奪ったという罪の意識は全くない。殺したのは自分に立ち塞がる『敵』だからだ。
「い、今だ!奴は隙だらけの状態だ!撃て撃て!!」
隊長らしき人物がそう指示し、三人は手に持った銃器で射撃してくる。蓮はさっき殺した隊員の身体を盾にして銃弾を防ぐ。暗い廊下をマズルフラッシュの光が瞬くが、すぐにそれは止まり、代わりにカチッカチッという音が響く。
「ッ!急いでマガジンを交換しろ!」
感情のままに撃ったため、銃の弾薬切れに気づくのが遅れた。急いでマガジンの交換に取り掛かるがそんな隙を見過ごすはずが無い。盾にした隊員の死体を投げ捨て、今度こそ接近戦に持ち込む。
マガジン交換に夢中の隊員に即座に切り替える余裕などあるはずなく、頭部の下顎部に籠手のナイフを突き刺し絶命させ、もう一人の隊員にもいつの間にか左手に持っていた剣で斬り、床に伏せさせた。
「ひいいぃぃ!!」
最後に残った隊長は、手に持った銃器を投げ捨てホルスターからハンドガンを取り出して銃口を向ける。そこから弾が発射されるより早く、その腕にアンカーが絡まり無理矢理、前に移動させられ二人はすれ違うように交差した。
その直後、隊長の肩から上が無くなり、大量の血を噴き出して床に倒れる。噴き出した血は蓮の顔に触れるより早く、凝結し顔を濡らさない。
蓮は立っているのが自分だけとなった廊下を歩いていくのだった。
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「そう言えば、十香がどの部屋に囚われているか、把握してなかったな」
侵入したはいいものの具体的な場所を知っているわけではない。そんな事を忘れるだなんて士道のうっかりでも移ったかと思い反省する。その足元では数名の隊員が苦しそうな声を出して倒れていた。
蓮は一番自分の近くにいた二十代の女性隊員の首を掴み、壁に押し付ける。尋問の開始だ。
「少し前に俺と同じぐらいの年齢の女の子がここに運び込まれたはずだ。その子は何処にいる?」
「うぅ…し、知らない。何の話…なの…?」
「嘘をついても良い事は無いぞ」
「ほ、本当に…知らない…」
口を割らない隊員を見て、少し考える。考えてみると『〜室に精霊を監禁するから、侵入者を近づけるな』などと馬鹿正直に説明されているわけがない。せいぜい『〜室に侵入者を近づけるな』と言えば済む話だろう。これも士道のうっかりが移った所為だろうか。
「分かった、質問を変えよう。お前達は侵入者を何処に近づけるなと命令された?」
「ッ!誰が…そんな事を言うと…」
そう言った途端、蓮の雰囲気が
「俺にも事情があるとはいえ、
指の隙間から見える蓮の顔に隊員はいきなり恐怖を覚えた。その顔はまるで死神のように感じて、今首に鎌をかけられている感覚がする。地面に倒れていた他の隊員もその雰囲気に呑み込まれ、痛みすら忘れて息を詰まらせた。
「どうしても話したくないなら、それでも良い。俺は質問しているわけであって命令してるわけじゃないからな。ただし、話さないお前に用はない。そういうわけだ」
恐怖のあまり身体が震える。彼女の足元には水たまりが出来た、恐怖のあまり失禁したのだ。
「う、うわあああ!!」
その時、床に倒れていた隊員の一人がこの空気に耐えられず逃げ出す。叫び声だけでそれを察した蓮は氷のナイフを生成し、それを逃げた隊員の足に突き刺して逃亡を阻止する。
「逃げるな。もし誰も話さなかったらお前にも聞かなきゃいけなくなるからな」
それを聞いた彼女は理解した、自分が話さなくても困るわけではない。今、生かされているのは言うかも知れないという可能性があるだけというのを。
「じゅ、十八階の…隔離エリアに…近づけ、るな…と…」
「そうか、よしよし、素直な奴は嫌いじゃないぞ」
顔面を離し、掴んでいた手で彼女の頬を撫でる。尋問で大切なのは厳しい言葉からの優しさ、いわば飴と鞭という言葉のかけ方なのだ。
「ふふっ…ふふ…ひひひひ…」
褒められた事で隊員は壊れたような出す。蓮は隊員を床に降ろした後、上に上がる場所を求めて歩き出す。その直後、尋問した女性以外の隊員の身体から紅い水晶のようなものが飛び出し即死させる。一人二人だけならまだしも、これだけの人数に見られたなら生かして帰すわけにはいかない。
廊下には女性隊員の壊れた笑い声だけが響き渡っていた。
その後、エレベーターを見つけたがそれは当然のごとく稼働していなかった。その事に舌打ちしつつ、階段を使って十八階の隔離エリアを目指す。その途中、士道と合流したのだが、その手には修学旅行の時見た〈
「誘宵 美九…!何でお前が…」
士道の隣には四糸乃達を操った張本人、美九が立っていた。耶具矢と夕弦が来ていたので美九も来ているだろうと予想はしていたが、まさか士道と共にいるとは考えられなかった。
「大丈夫だ、今の美九は協力してくれてるから警戒しなくていい」
「だから!私はあなたに協力しているわけじゃありませんから!十香さんを軍門に加えたいだけなんですぅ!」
士道と一緒にいるとはいえ、ツンツンモードはそのままらしい。それでも剣を向けるほどの存在ではないと認識し士道の元へ駆け寄る。重傷を負っているようには見えないが、十香の〈
「無理するな士道。これからは俺が前に出るからあまりその力を使うな、それと十香の監禁されてる場所は…」
「十八階の隔離エリアだ。そこに入るための鍵も手に入れている」
「お、そっちも場所を知ってたか。お陰で入り口をぶっ壊す手間が省けたよ」
「場所を知ってるあたり、誰かさんよりは頭がいいらしいですねー」
美九のその言葉にまさか…という視線を士道に向けると気まずそうに目をそらす。それで美九の言う誰かさんが誰のことか理解出来た。
「こっちは美九のおかげで場所を聞き出せたけど、蓮はどうやって聞き出したんだ?」
「精神的に追い詰めたっていうか、まあ、人に言うことを聞かせるのは忠誠心だけじゃないってことだよ」
忠誠心を使って聞き出した事を意識してか、そんな事を言うと美九は『ふんっ』と言い不貞腐れたようにそっぽを向く。そんな美九に苦笑いを浮かべつつ階段を上り、通路を少し歩くと前方に武装した
「言っておきますけど、私は必要最低限しか動くつもりはありませんから」
「はいはい、わかったよ。お姉さま」
自分の支配下にいない者に支配下においた時の呼称を言われ、美九は悔しそうな顔を浮かべる。そんな事を気にもせず蓮は敵に突っ込んでいく。
「なんだこいつはァァァ!」
突っ込んでくるとは馬鹿めと思った
その直後、〈ウィトリク〉を装備した右腕を士道達に向けてくる。一体何かと思った瞬間、籠手からパシュッという音と共に小さな先端が尖った槍が発射され、それは士道と美九の顔の間を通り背後にいた隊員の額に突き刺さる。二人が背後を振り向いた時にはその隊員は倒れていた。
「うわっ!」
「ちょ、ちょっと!当たったらどうするんですかー!後ろにいたならそう言えば…」
「言っても良かったけど、そうしてたら多分撃たれてたぞ」
呆れ気味にそう言う蓮。すると、その廊下の奥から増援が出てきて小銃を構える。
「美九!」
それに士道が素早く反応し、手に持った
「ぐぁーッ!」
「まったく、だから無理しないで後ろにいろと…」
「それでも…十香を助けなきゃ…ならないんだ。こんな痛みで立ち止まってる暇なんか…」
また肩を貸してやりながら通路を進むが、必要となれば士道は痛みなど気にせず再びこの力を使うと分かった。士道に力を使わせないようにしなければと気をつける必要があると改めて感じる。美九は傷つきながらも進む士道を哀れそうな目で見ていた。
「あーあー、まさか、そんなボロボロになりながらも戦う自分に酔ってるんですかー?自分は正しい事をしてるって思いながらぁ」
後ろを歩く美九が小馬鹿にするような事を言うが、二人はそれを無視して進む。士道は単純にそれに反応する余裕が無いのかも知れないが、蓮はただ単純に相手にするのが面倒なだけだった
「ちょっと!何無視してるんですかぁ!」
自分が無視されている事を不満に思ったのか、前に回り込んで強制的に自分に注意を向かせる。ホールの時も思ったのだが、自分から勝手に話しておいてそれが無視されると文句を言うのは如何なものか。
「はあ…、そこを退け。俺たちは十香を助けに来たのであって、お前のお喋りの相手をしに来たんじゃ無いんだ」
「あ、あなた達の『好き』とか、『大切』だとかなんて安いものでしょう!あなただってその力があるのなら、十香さんのような綺麗な女の子を何人も好きなようにする事だって出来るでしょうに!」
「それは、お前がそう思ってるだけだろう?俺たちとお前はその考え方からして違う、なら議論するだけ無駄だ」
野生動物と人間は例え言葉が通じ合っても話し合いは不可能だ。片方は弱肉強食の世界で生き、もう片方は社会を作って生きている。そんな考え方が違う双方がまともな対話を出来ないのと同じで美九と蓮も人を見る目から違うということだ。
それに加え、今の美九は友情など自分の持ってないもの、知らない事を否定するばかりの幼稚な考えしか出来ない状態だ。そんな彼女との会話に意味はない。
「ま、また別の子を探せばいいじゃないですかぁ!何でたった一人の人物にそこまで執着して…」
「美九!お前も人間なのにっ!何でそんな事を言えるんだ!」
そう叫んだのは士道だった。その言葉に美九と蓮は驚愕で目を見開く。
「人間だったお前に、〈ファントム〉…ノイズのような姿をした『何か』が、精霊の力を与えた…そうだろ!」
「〈ファントム〉…?何だそれは?」
「人間を精霊にする何かだ。琴里もその〈ファントム〉によって精霊になったんだ」
六月に琴里から自分は元は人間だったと聞いていた。その時は自分が人間でなくなる時の事を思い出させたく無いという思いがあり、追求はしなかったがまさか、人間を精霊に変える存在がいたとは驚きだ。どうやら士道の推理は正解らしく、美九は鋭い目で睨んでくる。
「どうして…あなたがそれを…」
「知り合いに情報通がいてな」
士道はそう言うが、蓮はその情報通が狂三だとすぐに分かった。前に一晩を共にしただけで自分の全てを知ったという出来事があり、その時と同じ方法を使ったのかも知れない。
「同じ人間じゃないか…だったらもっと…」
「ふざけないでください…!男は奴隷!女の子は可愛いお人形!人間にそれ以外の良い所がどこにあるって言うんですかぁ!」
人間の素晴らしさについて説いてほしいなら、どこかの情報屋にでも頼め、と言いたかったがこの場ではそれは士道の役目だろう。
「美九、お前に一体何が…」
「ふんっ、何で私がそんなこと…」
そこまで言いかけた所で、美九は自分をジッと見つめている蓮の存在に気づく。士道と同じで気になると言った様子であり、それを見た美九は吐き出すように話し始める。
自分はかつてテレビで見たアイドルに憧れ、十五歳の頃に念願だったアイドルとしてデビューした事。その頃は男女関係なしに観客を大切に思っており、自分の歌を多くの人に聞いてもらえるだけで喜びに溢れていた事。
所属する事務所から枕営業を勧められ、それを断ったところ身に覚えのないスキャンダルを流され、ファンだと思っていた者たちからも手のひらを返すように裏切られた事。
そして、それが原因で大切な声を失った事…。
「だから、私は男が大っ嫌いなんですよ!醜くて、下劣な…見てるだけで吐き気がします!女の子だって、私の言う事を聞く子だけいればいいです!」
「そうか…お前は美人だからな。それが理由で事務所の目にとまったのか…」
それは蓮の心からの悲しみの言葉だった。嫌味しか言わなかった男の心からの言葉に美九は少し動揺した。
「それは…違う!違うぞ美九!手のひらを返したファンやプロデューサーは腹が立つが、全ての人間を嫌いになる事は無いだろ!」
「うるさーい!人間なんて信用出来ません!」
意見を譲らない美九。普段はそれを個人の考え方と捉える蓮は、士道のようにその考えを否定したり心の中に踏み込んんでいくような事はあまりしないのだが、さすがにこれは放置出来なかった。
「…お前はもう十分悪夢を見たんだろ?だったらもうそろそろ夢から覚めて良い頃だ、人を知ろうと一歩を踏み出してみろ」
その言葉に美九は何も言えなかった。士道は美九の考え方を否定したが、蓮は『人を少しで良いから知ってみろ』と言ったのだ。
「そうだな、まずはそこにいる士道を少しで良いから信用してみたらどうだ?お人好しが服を着て歩いてるような存在だぞ。きっとお前が危ない時でも助けてくれると思うが」
「そんなの当たり前だ!」
蓮の質問に迷いなく答える士道の気迫に息を飲む美九だったが、思い出したようにさっきの人間不信状態に戻った。
「ふ、ふん。私を騙すような人間を信用出来るわけないじゃないかですかぁ」
「まあ、確かにそうだよな。女装してすり寄ってくるような変態は信用出来ないよな」
「お前はどっちの味方なんだよ!!」
自分の黒歴史は言われて堪らず声を出す士道。二人は気付かなかった、美九が僅かだが
その通路の奥に頑丈そうな扉が設えられている。
「まさか…ここか?」
士道が手に持ったカードで開けようとした時、歩いてきた通路から足音が聞こえてくる。足音から見て五六人というところだろう。
「ちっ、最後の増援か。二人はこのまま行け、俺は敵の相手をしてくる。このまま中まで追ってこられても面倒だ」
「く、悪い」
士道の礼を聞いた後、蓮は歩いてきた通路を引き返して行く。その後、すぐに銃声が鳴り響いたが、数十秒で沈黙へと戻ったのだった。