デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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42話

暗闇が支配する一室。日の光は窓から差し込む事なく、ボンヤリとしたオレンジ色のランプの光が頼りなく室内を照らしている。場所は蓮の自宅のベッドルーム、部屋に設置された大きなベッドの上で家の主人は眼鏡を掛け、ランプの光だけで本を読んでいる。

 

普段は文句や皮肉ばかりを言っている蓮だが、眼鏡を掛けると真面目そうで知的な雰囲気を放っていた。

 

「サラミス海戦、ハンニバル、スパルタ、衆愚政治…」

 

口からは古代ローマに関する単語が呟かれる。それは今読んでいる本の内容であるのだが、別に古代ローマの事について勉強している訳ではない。一言で説明すれば"暇つぶし"…というものだ。

ある程度、読書をしていたがため息をした後、飽きたと言わんばかりに本をパタリと閉じる。その瞬間に時刻は深夜十二時になり、それと同時に部屋に暗闇とは別の黒い影が出現した。

 

「約束通りの十二時…時間を守る奴は好きだぞ」

 

それを見た蓮は感心するようにそう言う。床に広がった影からは黒と赤のドレスの霊装を身につけた狂三が姿を現わす。深夜十二時に寝室で…という約束を狂三は一分のズレもなくに守った。寝室に降り立った狂三はゆっくりと歩いてベッドまで来ると、擦り寄るように蓮にもたれかかる。

 

「約束を取り付けたのはわたくしですもの、遅れる事など許されませんわ」

 

「昔はやたら時間にルーズな奴ばかりに会っていたから、その言葉に癒されるよ。…それで、狂三は俺に何をして欲しいんだ?」

 

まるで試すようにそう問いかける。九月の美九との戦いの最中に助けてくれた狂三に後に借りを返すと言っていた。今日、狂三が来たのはそれを伝えるためだった。

これに関しては、余程の無理難題でも無ければ叶えるつもりだった。いい意味でも借りたものは倍にして返すというのが蓮の考え方だからだ。

 

「…わたくしの望みはただ一つ、それは…」

 

そこから数秒沈黙が支配する。もしかして悩んでいるのかと思ったが、狂三は蓮の顔を真っ直ぐ見て、その沈黙を破った。

 

「…わたくしと一日デート(・・・)してくださいまし」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

雲一つない晴天。残暑というには高いこの気温から考えると、地球温暖化の問題も笑えないところにまで来ているのだと理解出来る。

日曜日の休日、天宮駅から電車に乗って数分。とある場所で降りた後、現在人が賑わう街中を歩いていた。

 

人々の活気と温度に暑苦しさを感じるのだが、それだけが理由では無いという事は理解していた。

 

「ふーんふーんふふふーん♫」

 

この温度だというのに蓮の右腕に抱きつき、嬉しそうな表情を浮かべてご機嫌にも鼻歌を歌っている狂三が原因だった。文化祭の時もそうだったが何故か狂三は自分に身体を預けたがる傾向がある。

その理由は謎だが、ここまで密着しなければ歩けないという状況では無いため『少し離れてくれ』と言いたい状況なのだがこんなご機嫌な狂三を見て言える人間などいないだろう。

 

そして、その二人は周囲からも注目の的になっていた。休日の都会となれば蓮達以外のカップルも当然おり、彼氏が狂三に見惚れていると彼女が背中を抓り、彼女が蓮に夢中になると彼氏はつまらなそうに舌打ちをする。

 

そんな状況を作りながら歩く二人を数十メートル後ろにある黒いワゴン車から覗く瞳が見つめていた。

 

 

 

「目標の様子はどうだ?」

 

「今のところ不自然な行動は特に」

 

昼間だというのに日光が差し込まない暗い車内。席に座る三人の男の中で一番年長らしき男の問いにパソコンを操作する男が簡潔に答える。

もう一人はその横でハンドガンの整備を行っていた。

 

「そうか…もう少し様子を見よう。このままターゲットの動きに合わせて車を動かしてくれ」

 

命令に運転席に座る四人目の男が『了解』と応える。その言葉や装備から彼らが一般人などでは無い事は誰にでも分かる事だった。

 

「隊長、やはりこんな人目が多いところで実行するなんて無理ですよ!もう少し作戦期間を延長出来なかったのですか!?」

 

弱音を吐いたのはパソコンを操作していた若い男であった。彼の悲痛の叫びに隊長の男は反論出来ないとばかりに呻く。

 

「人がこれほどいる場所で目標の捕獲(・・)だなんて!当初は一人でいるところを狙うはずだったのにどうして…」

 

「…これはメイザース執行部長から直々の任務だ。任務期間を長引かせるのはあまり良く無い。目標が一人で…しかも暗い夜道を歩く時を待つ余裕は無かったんだ」

 

「しかも、隊長はこのレンとか言う名前の少年をイギリスに連れて行く理由すら聞かされて無いだなんて…」

 

声にこそ出さないものの他の二人も同じ気持ちだったのだろう。満足に目標を調べる時間すら与えられず、知らされた事といえば名前と住所、顔写真ぐらいの最低限のデータだけだ。

 

「私だって不満が無いわけじゃ無い。だが、執行部の中で厄介者扱いされている我々にとってこれは起死回生のチャンスなんだ」

 

そう言うと隊長は前に座る二人に頭を下げた。それに二人は迷うように目を合わせるが、小さくため息をして微笑を浮かべる。

 

「…分かりましたよ。ただし、任務が終わったら一杯奢ってくださいよ」

 

納得出来ない事はある。それでも彼は目の前の隊長を信じてみようと思った。それを聞いた隊長は『すまんな』と小さく応えた。

 

(いっその事、彼がマフィアのメンバーとかならこの後味の悪さは無くなるのに…)

 

そんな願望を抱きつつ、再びキーボードを叩き始める。どんな決心をしようと一般人と思える少年に危害を加える気分の悪さは消える事は無いのだった。

 

 

 

 

「それで、今日はどこに行きたいんだ?」

 

様々な視線を感じながら蓮は狂三にそう問いかける。わざわざこんな風に散歩したいという理由で自分を連れ回しているとは考えられない。狂三には何が行き先があると考えた。

 

「蓮さんをデートにお誘いした実の理由は次の季節のお洋服を選んで欲しいと思いましたの。女は先を見越して行動しなければなりませんのよ」

 

秋物の服を選ぶだけなら自分は必要ないのだが、男に『似合う』と言われる服を買いたいという心は理解出来る。この暑さでも次の季節の事を考えて行動しなければならないとは厳しい世界だなと感じる。

 

「そうか、じゃあ行き先はブティックだな。狂三の気に入った店を選んでいいぞ」

 

狂三はそれを聞いてハッとなる。彼女はその台詞を見栄を張った言葉と感じず、『オシャレをした自分を見るには金の糸目はつけない』と脳内で勝手に変換されて思い込む。実際、蓮はそういう意図も含めて言ったのかは謎なのだが。

 

「わ、分かりましたわ!蓮さんあなたの心を奪う至高のお姿を見せてご覧にいれましょう!」

 

緊張と決心の混ざったような様子でそう宣言する狂三。そう言われても蓮はオシャレに対して専門的な知識を持っている訳ではなく、現在着ているこの服も似合ってはいるものの何か細かいポイントを意識しているというわけでもない。

 

「え?あ、ああ期待しておくぞ?」

 

急に張りきり始めた狂三に困惑しつつも楽しみにしていると答える。それを聞くと満足そうな様子で周囲を見渡し、店を探す。買い物というのは店を探すところから…そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

じっくり歩いた結果、最終的に狂三が選んだ店は大きなビルにある店でそれほど大きくない場所だった。だが、店の名前が金色に縁取られているところや、店頭に並んでいる服を見れば高級感を感じる事が出来る。

入店してみると高そうな服が綺麗に並んでおり、それには店の商品に対する心遣いが感じられた。

 

店内には蓮と狂三以外の客もいたが、二人とは年齢が違う大人ばかりで同年代など一人もいない。全ての店というわけではないが、ブティックはこのような高級商品を扱う店でそこがただの服屋との違いであり、成人も迎えてないような子供が来る場所ではないのだ。

 

思いがけない小さな客の入店に店員はもちろん、他の客からの視線が集まるが狂三はそれを気にする事なく好みの洋服を探し始める。

 

「では着替えてきますわ。楽しみにして待っていてくださいまし」

 

気に入った洋服を見つけた狂三はご機嫌な様子でそれらを持って試着室へと入っていく。数分後、着替えた狂三が姿を現わす。

トップスは濃い青でその上に生地の綺麗な薄茶色のトレンチコートを着ており、太もも位置のフレアスカートと色を合わせる黒タイツ、そして膝上までのニーハイブーツと秋らしさが見事に表現されていた。

 

「季節感を表したつもりですが似合っていますか?」

 

「ああ、似合ってるよ。そんな服を着ていたら裏路地に連れ込んで襲いたくなるぐらいにな」

 

「ふふ、似合っていると受け取っておきますわ」

 

見せつけるようにその場で一回転する狂三。純粋に楽しんでいる彼女を見ると最悪の精霊『ナイトメア』だなんて考えられない。

褒められて嬉しくなったのか、狂三は着ていたら服を側にいた店員に預けて次に着る服を探しに行く。

 

狂三にもこのような女の子らしいところがあると感心していると、視界の端に二人の定員がいるのに気がつく。顔を向けてみるとこの店の店長らしき三十代の女性とその後ろに控えてる二十代の女だった。

 

「何か自分に用でしょうか?」

 

何かを言いたそうな顔をしていたため、会話の始まりを自ら開く。それを聞いた店長の女性は申し訳なさそうな、言いにくそうな様子で話し始める。

 

「その…とても申し上げにくいのですが…当店は…」

 

それだけ聞いて店長が何を言いたいかが理解できた。この店はそこらにある普通の服屋とは違い、商品(洋服)にかけてある値札には安いとは言えない額が書いてある。そのため金を持ってなさそうな少年少女に遊びの感覚で商品に触ってほしくないのだろう。

 

海外ではストレートに言われることだが、お人好しの日本人には言いにくい内容だ。それを察した蓮は懐からブラックカードを取り出す。思わぬ物の登場に二人は目を丸くした。

 

「彼女が気に入った物はちゃんと買うつもりです。それ以外に何かを不安なことはありますか?」

 

「す、すみません!あのレディに似合いそうな秋物の服を全て持って来て!」

 

後ろにいた店員にそう指示すると、彼女は慌ててどこかに行ってしまう。それを見て少し罪悪感を感じていると狂三が新たな服を持って帰ってくる。その後、狂三のファッションショーはしばらく続き、結局試着した全ての服を購入しカードにある住所に送ってもらう手筈となった。

 

 

 

ブティック以外に幾つかの買い物をし終わった時の時刻は丁度昼頃だった。昼食をとるために二人はレストランへと向かった。そこは街やビル群の景色が広がるテラスに座席があり、食事をしながら景色を見れるという計らいになっていた。

 

「いい景色にいい料理…素晴らしい場所を見つけましたわね」

 

「俺もそう思うよ」

 

向かい合って座る二人のテーブルには洋食が並んでいる。それをマナー良く上品に食す狂三だが、それに対して蓮の腕は止まっていた。

 

「あら?どうか致しましたか?」

 

「いや…プライベートでこんな風に誰かと食事するなんて真那と士道たち以外ではそうそう無いと思って」

 

心配そうに聞いてくる狂三に苦笑いの顔でそう答える。すると、狂三は不満そうに頬を膨らませる。

 

「もう!わたくしの前で真那さんのお話はしないでくださいまし」

 

「ああ、そういえばずっと追われてるんだっけ?」

 

思わぬ地雷を踏んだせいで拗ねる狂三。そんなに狂三を可愛いと思いつつ腕を動かしていく。この時間がもう少し続く…そう思っていた。

 

 

 

 

「良し、仕掛けるぞ」

 

車内で執行部からの刺客である部隊の隊長が隊員にそう指示を出す。それを聞いた隊員は少なからず動揺している様子だ。

 

「確かに今は目標の動きは止まっていますが…今ですか?」

 

「顔を隠し、強盗を装って二人を連れ去る。車はここに停車させていつでも出れるように準備しておいてくれ」

 

その他の細かい計画を伝えると、整備の終わったハンドガンを手に持ち軽く構える。その時、拳銃のセーフティー(安全装置)をオンにする。

 

「銃にはセーフティー(安全装置)を掛けろ。万が一にも死傷者を出すなよ」

 

「目撃者も多くなりますが、大丈夫なんですか?」

 

「後始末は執行部(向こう側)がしてくれる。俺たちは死人を出さない事に気をつけていればいい」

 

命令の内容に異議がない他の二人はせっせと準備を進めていく。言われた通りに銃は発砲出来ないようにした後に目出し帽をかぶる。

 

「準備が出来たな?行くぞ!」

 

運転手以外の三人は車のドアを素早く開け、統率の取れた動きでレストランに突入していった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「全員そこを動くな!!」

 

優雅な昼食はその怒鳴り声で中断させられた。レストランに目出し帽をかぶった三人の人間が拳銃を持って入ってきたからだ。それを見た一般客は恐怖の声を上げ、その場に大人しくなる。それは店員も同様だった。

 

三人の内の一人が銃口を店員に向けて『金を出せ』と脅す。他の二人は客が妙な動きをしないか見張っているがその視線は蓮と狂三の二人に集まっていた。普通の客は怯えていたのに対して、二人は食事を中断していたものの恐怖など欠片も感じさせない様子で浮いていたからだ。

 

「お、おい!!そこの男と女!こっちに来い!

 

それに不気味さを感じつつ、仲間が金を奪ったのを確認した二人はあくまで偶然を装って蓮と狂三の腕を掴んで連れて行く。抵抗らしい抵抗をせずにされるがままに連れて行かれる二人。彼らが座っていた席に置かれた料理の皿に万札が数枚挟まっていた事に気付いた人物はこの場にはいなかった。

 

 

車に詰め込まれた蓮と狂三は少しの間揺らされた後、廃ビルへと連れてこられてそこの一室に両手を縄で後ろに縛られていた。現在、目の前では自分を拉致した四人の男が疲れた顔をして休んでいる。

蓮のすぐ隣には自分と同じく、腕を拘束された狂三がいるがやはり恐怖を感じている様子もなく目を閉じ身体を自分に預けていた。

 

「この後、別部隊に彼を引き渡して任務は終わりだ。みんな良くやってくれた」

 

隊長が他のメンバーに労いの言葉をかける。それを聞いても蓮は欠伸をするなど余裕の様子だ。それを見た隊員の一人が眉を顰める。別に癇に障ったという訳ではない。この状況でそんなに余裕でいられる事に疑問を感じたのだ。

その隊員は蓮の前まで歩いてくると、しゃがんで話しかけてくる。

 

「君は…この状況でどうして余裕でいられるんだ?」

 

「俺はあんたらが別に怖くないからだよ」

 

投げやりといった様子で答えられる。それを聞いてさらに疑問が深まった。先ほどの隊長の言葉で殺されないということは分かるが、それでもその余裕は異常だった。

 

「その具体的な理由を教えてもらえるかな?」

 

「もう、お前たちは詰んでいるから(・・・・・・・)

 

それを言うと同時に巻かれた縄が千切れて両腕が自由となる。その手には半透明のナイフが握られており、それを目の前にいる隊員の太腿に勢い良く突き刺す。

 

「うぐあああっ!!」

 

不意をついた痛みに叫び声を上げてその場に膝をつく。その声で視線が一気に蓮に集まる。蓮はそのまま相手の首に腕を回して盾にするように拘束した。

 

「こいつ!よくもっ!」

 

それに一番早く反応した隊員がホルスターから銃を取り出して隠れてない顔に狙いを定めて引き金を引く。だが、弾丸は発射されずに引き金の重い感覚だけが指先から伝わってくる。彼らは拳銃のセーフティー(安全装置)の解除をこの状況で忘れていたのだ。

 

そんな決定的な隙を蓮が逃すはずなく、拘束している隊員のホルスターから銃を奪い慣れた手つきでセーフティー(安全装置)を解除、銃を構えている隊員の足元に二発の弾丸を撃ち込む。

 

「うぐぁ!」

 

手に持った銃を床に落とし、その場に蹲る。それを確認した後、拘束した隊員を他の隊員に投げ飛ばして床に倒す。当然、その隊員は自分にのしかかる隊員を退かして立ち上がろうとするが、床の影から生えた白い腕に手を掴まれてそれは叶わなかった。

 

「な、なんなんだ…これは…」

 

目を見開いて自分の異様な状況を把握する。だがすぐにそれと同じ大量の手が顔、腕、足を掴んで床に押し付けられる。他の二人も同様で身動きが取れなくなり、三人は地面に広がった影の中に沈んでいく。

 

「な、ナイトメア…最悪の精霊がなぜ…」

 

その腕の正体である赤と黒の霊装を纏う狂三を見た隊長は、信じられないとばかりに数歩あとずさるがすぐに壁に背中が当たる。目の前には霊装を纏う狂三と彼女に甘えられる蓮の姿があった。

 

「なんだ…お前は…何者なんだ…」

 

うわ言のように呟く隊長も手足を掴まれて、影の中にゆっくり沈んでいく。そんな彼を真っ直ぐ見据えた蓮は静かに言った。

 

「エレン・メイザースからのメッセージはしっかりと受け取った。俺に平穏はない(・・・・・・・)という言葉を。…ご苦労だったな」

 

それが彼の最後に聞いた言葉だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「すまないな。俺のせいで狂三まで巻き込んでしまって」

 

「いいえ、気にする必要はありませんわ。わたくしも時間を補給出来ましたし」

 

夜十時、室内をオレンジのランプが照らすこの状況で蓮は狂三に謝罪を述べた。狂三は黒のランジェリーとブラだけの悩ましい悩殺姿でベッドに寝転がっていた。蓮も下にズボンを履いているだけで上半身は裸で白い肌を堂々と見せている。

 

「わざわざこんな島国にいる俺に部隊を差し向けるなんて、ご丁寧なことで…」

 

呆れたと言った様子で自身も狂三のいるベッドに寝転がって添い寝する形となる。今日一日は色々とあって精神的に疲れた。だが…

 

「あら、今日はまだ終わってませんことよ?」

 

妖艶に微笑む狂三が指で顔をくいと上げると、自分の唇をゆっくりと近づけてくる。今日はまだ終わってない…つまり、これからは夜のデート(・・・・・)だという事だろう。

互いの唇が近づいていき、一つになる…その瞬間。

 

近くに置いてあった携帯端末の着信音が雰囲気を壊す。それが不快だと分かる顔をする狂三を優しく撫で、腕を伸ばして端末を手中に収める。しばしの間、ランプ以外の白い光が室内を照らす。画面を数秒見た蓮はため息を一つした後に端末の電源をオフにして元の場所に戻す。

 

「…また、何も知らない凡人からの厄介ごとですの?」

 

「一緒に食事しただけで何が契約相手だよ…」

 

話の内容を隠すつもりは無かった。彼女は全てを知っているのだ、今のメールも何が書かれていたかなど予想出来ただろう。蓮はそんな人間の汚さに悲しいのような悔しいような表情を浮かべる。狂三はそんな蓮を胸元で優しく抱きしめた。

 

「狂三…?」

 

「もう隠す必要はありませんわ。わたくしはあなたの心を知っているのですから…」

 

女性の身体の柔らかさと甘い香りを感じる。そして狂三のその言葉は抗う意志すら起こさせない誘惑と魅力に満ち溢れていた。その空間にいる蓮の両目から涙が溢れ出す。

 

「う…うう…あああああ…!!!」

 

一度溢れ出す出した涙は止まらなかった。まるで今まで流さなかった分が今出てくるように…。

 

「もう…一人は嫌だ…孤独はもうたくさんだ…!力が…力が欲しい…何も失わないで済むほどの力が…」

 

「なら…わたくしを愛してくださいまし(・・・・・・・・・・・・・・)…」

 

その一言に蓮は涙で濡れた顔をゆっくり上げる。狂三はその顔の頬を優しく撫でて心を奪うような笑みを浮かべていた。そこから継がれる言葉は洗脳のように頭に響き渡る。

 

「あなたの孤独はわたくしが埋めましょう…癒しましょう」

 

「狂三が…癒す…」

 

「あなたとわたくしが組めば…この世に勝てない存在はありませんわ。全てが…わたくし達にひれ伏します…」

 

「狂三がいれば…全て守れる…」

 

その反応に狂三は笑みで唇を歪める。今、自分は士道や十香よりも彼の心に一番近い存在だと確信したからだ。ただ同じ時間を過ごしているだけではなくしっかりと心を理解して上げなければ依存させる事は出来ない(・・・・・・・・・・・)

 

「さあ…わたくしと一つになりましょう…」

 

狂三はさっき水を差されたキスをするため、再びゆっくりと近づけていく。そして、暗闇の中二つの影は一つとなった。それは二人の心の何かを現したものだったのかも知れない。

 

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