「それで、彼らに異常は?」
「見る限り、今のところ問題ないかと。あの子も含めて…」
三人と別れてすぐに交わされた車椅子を押すリサとボールドウィンとの会話。それはここに二人以外の他者が居ても、空間震警報のサイレン音に飲み込まれて聞こえないだろう。リサの報告を聞いた「そうか」と呟きボールドウィンはふうと息を吐く。
「私は近いうちに世界中の〈ラタトスク〉支部に彼の捜索を命じるつもりだったが…彼を確保したのが〈フラクシナス〉で…五河司令で良かったと思っている。もちろん、彼女が幸せそうだったことも…」
心から安心したように言うボールドウィンの示す"彼"が誰を示しているのかリサは理解していた。かつて自分の子どものように愛し、知識を与え…惜しくも救えなかった存在だ。
「カレン、彼に挨拶していかなくていいのかい?私の言った通り、君を憎んでなどいなかっただろう」
「…今のあの子に私は必要ありません。すでに私を乗り越えて先に進んでいます」
無表情に機械的に分析するリサ…いや、カレンを見たボールドウィンは、それが照れ隠しだとすぐに看破するが、何も言わずに笑みを浮かべる。そして、脳裏に先月の出来事がフラッシュバックする。
ボールドウィンは拳を強く握る。あの瞬間は自分にとって決定的瞬間だったのだ。
「私は精霊達を救うため、アイクとは別の道を進んできたつもりだったが…彼にとっては私もアイクと同じ、自分を傷つける害ある者なのだな…。結果、私はアイクの『手助け』をしただけだった…」
救いたいと思っても、戦わせる事しか彼を活かしてやれない。ボールドウィンはそんな自分がとても悔しかった。
「なんか、雰囲気出てるな…」
「・・・・・・」
〈フラクシナス〉に回収されて、空間震の発生現場に送られた二人は現在、廃園となった遊園地を歩いていた。今の時刻が暗くなり始める夕刻というタイミングもあってなんとも言えない不気味さがあった。
そんな雰囲気に当てられて怯んでいる士道に対して、隣を歩く蓮は周りをキョロキョロと見渡している。自分と違ってこんなのに怖がるとは思えなかったが、その反応も妙だった。
「さっきからどうしたんだ?周りを見渡して…」
「いや、懐かしいと思ってな。今年の六月辺りに来たことがあるんだよ」
士道の質問に"懐かしい"と返す。当然だが、士道は蓮を連れてこんな廃園の遊園地になど来たことがない。それを疑問に思っていると本人がある方向を指差した。
「士道、あれを見てみろ」
言われて見てみると、そこにはアトラクションの一つである観覧車があったのだが、錆びて脆くなった所為だろうかそれは崩れて、なんとか元の形が何なのか分かる程度の物だった。そんな残骸を示して小さく言う。
「俺が暴れた痕跡だ」
「…は?」
意味の分からない士道には、そんな言葉しか出てこない。そんな反応をされても十分に承知とばかりの顔をする。
「詳しいことは話せないけど、まあ、大きな世界の裏で起きたとある事件とだけ言っておこうか」
「意味の分からない事ばかり言っておいて、結局話せないのかよ…」
『お喋りの時間はそこまでよ。そこから先に霊波反応があるから、蓮はここまでね』
耳につけたインカムから琴里のストップの声がかかり足を止める。対話は士道の仕事である事と精霊の警戒心を解くため接触は士道一人となる。もし、精霊が好戦的な性格だった場合を考慮して、蓮は付近で待機となっていた。
「それじゃあ頑張れよ。お前の腹の風通しが良くなりそうになったら助けてやるから」
「いつも思ってたんだが、もうちょっとマシな励ましはないのか…?」
頬を痙攣させ、そんな悪態をつきながら一人で進んでいく士道には見た感じ緊張などを感じさせない様子だ。それを見て内心ほくそ笑みながら近くのベンチに腰を下ろす。もし、士道が危機的状況となったら琴里からGOの命令が来るためそれまで暇な状態だ。
しばらく待っていると、空から風をきる音と、V字に展開された編隊の影が見える。精霊を狩るため、ASTの部隊が到着したのだ。
それでも蓮は動かず、琴里からも何の連絡も来ない。それから少しして、銃声のような音も微かに聞こえてくる。
そうなっても、蓮は世界から切り離されたかのように動かず、ベンチに座って目を閉じてじっとしている。だが、突如目を開き、ベンチから立ち上がった。
そして、暗くなりかける空をじっと見つめていると、その視界内に箒に跨った女性が入ってくる。
橙色と黒で作られた霊装、髪と瞳は宝石のような翠色で頭の上にはつばの広い先端の折れた円錐の形をした帽子を被っている。そんな魔女のような格好と、スラッと伸びた手足、豊満なバストと女性の理想を現したようなプロポーションが特徴的だった。
その"精霊"は高速で飛んでいたため、すぐに視界から出て飛び去ってしまい、その後を追ってASTも同じ方向に向かっていく。
「随分とムードに合っていた精霊だったな」
一度見たら忘れられないであろう姿を見て、出てきた感想はそれだった。その後、帰ってきた士道と合流してこの場を去った。結局、霊力の封印は失敗、嫌われた理由は
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DEMインダストリー、英国本社ビル。世界各国に支部のあるDEM社の脳とも言える場所の一室に、一人の男が椅子に腰掛けていた。
サー・アイザック・レイ・ペラム・ウェストコット、このDEM社の長の人物で、彼の前にはDEM社最強の
「それでエレン、例のものは出来たかな?」
「はい、ただ、衛星カメラの映像から現像したので画質が落ちてしまいましたが…」
そう言って持っていた資料から、数枚の写真を渡した。写真を見たウェストコットは唇の端を上げる。
「なんだ、しっかりと綺麗に撮れてるじゃないか。
その写真には巨大な上半身だけの青い巨人と、その前に立つ少年の姿が映っていた。九月に反転した十香に腹部を貫かれ、瀕死の状態から蘇生した蓮の姿だ。
「エレン、これは我々が彼に命を与えた時から望み、求めていた姿だ。それをエリオットは…あの裏切り者はしてくれたよ!」
顔に手を当て、笑い出すウェストコット。エレンも顔には出さないものの恐らくウェストコットと同じ気持ちだろう。気持ちを落ち着かせたウェストコットはニヤリと笑いながら続ける。
「枯れ木に実った果実は熟し始めている。もう少しで完成するだろう」
「今、あの子身柄は〈ラタトスク〉が確保しています。本人の意志を無視しても奪還すべきと私は考えますが」
ウェストコットは喜んでいたが、現在、ジェイクの身柄はDEMではなく敵である〈ラタトスク〉機関にあった。まずは身柄を確保せねば取らぬ狸の皮算用となってしまう。だが、ウェストコットは顔を横に振る。
「いや、〈ラタトスク〉は我々にも都合よく力の成長を促してくれている。しばらくはそれを邪魔する気はないさ、まあ、我が社の"皇帝"が居なくなるのは少なくない損害だが、それは何とかしよう」
今の〈ラタトスク〉のおかげでこの姿に至ったと予想したウェストコットは、身柄の奪還を急がないと決めた。エレンもそれには異議なしと伝える。
「いいかいエレン。最後に勝ち、全てを得るのは我らだ。その時をゆっくりと待とうじゃないか」
危ない橋を渡らずに勝利する。そのタイミングをウェストコットは濁った瞳で見極めていた。
「ふぁああ…」
次の日の学校の教室で、蓮は無防備な欠伸をしていた。今の教室に士道の姿はない。昨日の夜遅くまで新たに出現した精霊、『七罪』について緊急対策会議が開かれており、それに出席した士道は遅れてくるとの事だった。
「それで…シドーはいつ来るのだ?」
一緒にいる十香が不安そうな様子でそう聞いてくる。十香は朝からこんな様子で蓮の側を離れずにいた。今までずっと共にいた人間が居なくて落ち着かないらしい。そんな十香の手を握って優しく微笑む。
「十香、俺だけじゃあ…不安か?」
「い、いや、そんな事は無いぞ!ただ…二人と一緒に居ないと、何とも言えない気持ちになるのだ…」
優しさと少しの悲しさを混ぜたような顔を向けられた十香は、慌てた様子で内心を吐露する。どうやら士道と蓮は二人で一セットとして十香の精神安定の役目を果たしているらしい。どちらが欠けてもダメとは、不安定なことだ。
そんな十香を後ろから抱きしめて包み込んだ。十香は顔を赤くして驚いていたが、暴れることなくすぐに身を委ねる。
「こういう風にされるの、好きだったよな。大丈夫、俺がいるから…」
その言葉が不安の氷を優しく溶かしていく。なぜか十香はこのようハグされるのが好きだと理解した上の行動だ。それだけを見れば微笑ましい光景なのだが、ここは教室で当然ながら他の生徒もいる。
現在の季節は秋で、これから寒くなっていくのと逆のアツアツの会話にクラスの男子生徒は、手のひらから血が出んだかりに強く拳を握る。
「おうおう、アツアツだね!お二人さん!」
「公衆の面前で見せてくれるねぇ!」
「歩いている時、後ろに気をつけなよ!」
チンピラのように絡んできたのは、亜衣麻衣美衣の三人娘だ。この三人は十香と仲が良いのは知っていたが、このタイミングで来るのは驚いた。
「てゆうか、今日は五河くんは一緒じゃないの?」
十香と一緒にいる士道が居ないのは、やはり気になるらしい。やはり、この教室では自分、十香、士道はセットで見られているのだろう。
「ああ、士道はかなり遅れて…」
亜衣の質問にそこまで答えたところで、教室の扉が開いて鞄を持った士道が入ってくる。それを見た蓮は眉を顰めた。琴里から士道が遅れてくるとメールが来たのは数分前、それから準備を整えて来るとしたら早すぎる。
一応、〈フラクシナス〉を使ったという可能性はあるが、学校に向かわせるために使うなど、あの小さな司令官は許可しないだろう。
「おお!待ってたぞシドー!用事はもういいのか?」
士道の姿を見た途端、十香は笑顔で寄っていく。すると、士道はにっこり微笑み何かを言った後、手にした鞄を放って目の前の十香の豊満な胸を鷲掴みした。
『はっ?』
これには見ていた蓮も、十香も一瞬、士道が何をしたのか理解出来なかった。しかし、十香はすぐに顔を真っ赤に染める。
「な、なななっ!何をするのだーっ!」
パニックになった十香は、士道の顔面に向けて拳を放った後に逃げ込むように蓮の腕の中で戻ってくる。まあ、放った拳は、素早く避けられてヒットはしなかったのだが。
「い、いきなり何をするのだ!その…ビックリするではないか…」
言葉の勢いが後半弱々しくなったが、抗議の言いながら蓮の身体に抱きつく十香。密着しているせいで、今度は蓮が大きな果実の感触を味わう事になるのだが慌てたり、動揺することは無い。そして、士道はというと…
「いやー、やっぱり天然物は揉み心地がちがう」
反省してる様子皆無で、手をワキワキと動かしていた。そんな士道の前にあの三人娘が立ちはだかる。
「ちょっと五河くん、何してんの!」
「犯罪なんだけどそれ!」
「ムショで臭い飯を食う覚悟は出来てるかぁ!?」
セリフだけで分かるほど、ブチ切れた状態の亜衣麻衣美衣が出てくるが、士道は亜衣の手を取ると、彼女を壁に押し付けて至近距離で耳に息を吹きかける。亜衣は気の抜ける声と共に床に崩れ落ちる。
続いて、麻衣と美衣のスカートの裾を掴むと、そのまま捲り上げてその中身を晒す。二人は悲鳴を上げながら慌ててスカートを押さえて無力化された。
「ははっ、二人共良い下着じゃないか。今度は俺が選んでやろうか?」
セクハラ百%の発言に二人は顔を真っ赤に染める。ファーストキスを済ませているとはいえ、チェリーボーイの士道にしてはあり得ない行動だ。いっそ他人だと言われた方が納得出来る。
奇怪な行動をする士道を見ていると、偶然目が合い、こちらを値踏みするようにジロジロ見た後に向かってくる。蓮は十香を逃がすように自分から離れさせる。
周りが注目する中士道は蓮と対面するほど近くまで来ると、右手の中指で蓮の顎をくいと上げて、顔をジロジロと観察する。そして、一言放つ。
「へぇ、よく見ると綺麗な顔してるな。俺好みだ」
まさかの発言に朝の教室に驚きの声が響き渡る。その声の元は見ていた生徒のものだった。
「五河くんって両方いけるタイプだったの!?」
「尾木ちゃーん!!まさかの新カップル誕生よ!!」
「いやー!私の…私の神代くんがぁああ!!!」
一瞬にして世紀末な状況となる教室。しかし、当の本人である蓮は、狼狽を顔に出すことなく『こいつ、何言ってんだ?』と理解出来ない心境だった。
とりあえず、顎に触れる士道の指を払い、小さくため息をした後に士道を見る。
「聞かれたくない会話をしたいなら、普通に誘え。まったく…」
自分はそう解釈したと言わんばかりにそう吐き捨てると、士道と共に教室を出て行く。十香と折紙はその二人を最後まで見つめていた。
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教室を出た二人は、蓮が先を歩く形で誰も居ない校舎の端へ歩く。今の時刻がホームルーム開始五分前というのもあり、他の生徒とすれ違う事もない。
「・・・・・・・」
二人の間に会話はなく、コツコツと足音だけが聞こえる状態だ。蓮は目的の場所への曲がり角が見えた瞬間、チラリと背後を見て士道がついてきているのを確認すると、全力ダッシュでその曲がり角に入る。
士道はそれに驚きつつ、蓮に遅れて角を曲がる。それと同時に首を掴まれ壁に押し付けられる。
「きゃっ!」
士道の口から女っぽい悲鳴が漏れる。目を開けると、蓮の顔が近くにあった。その表情は十香に向けていた優しげなものとは違う、敵意の籠ったものだ。
「どういうつもりだ
「ず、随分と積極的な行動だな。とりあえず手を離してくれないか、
答えた瞬間、士道の顔の右横に何かが突き刺さる。目を動かして見てみるとそれは光が反射する短刀で、金属質な籠手に覆われた蓮の腕がその剣を持っていた。
「ダウトだ。普段
どんなに嘘をつこうとしても、予想外のハプニングが起こると素で反応してしまうものだ。蓮は追い詰めるこの状況と嘘を餌に相手の素の反応を誘った。すると、士道は何かが可笑しいように笑い始める、やはり士道本人では無いと確信すると、手を離して距離を取る。
「ははははっ!嘘を使って相手を見抜くだなんて、賢いところも"私"好みだわ!」
笑い声は士道だったが、その後の声は士道では無い女性の声だった。蓮は右手に持つ剣を逆手に構えて戦闘の態勢をとる。だが、偽士道はそれを見ても余裕の笑みを崩さない。
「いいわ、あなたには"私"を見せてあげる」
その瞬間、士道の身体が光り輝きその形を崩す。光が収まった頃、目の前には魔女のような特徴的な帽子を被り、豊満な身体と橙色と黒の霊装を纏った二十代過ぎほどの女性が立っていた。その女性を見て、蓮は目を見開く。
「ふふ…もしかして、お姉さんに恋しちゃったぁ?」
甘ったるい言葉と共に、まるでグラビアアイドルのように前かがみになり豊かな胸を強調させる。十代後半の少年ならば、動揺させるのに十分な威力のある光景だが、蓮が驚いたのはそこではなかった。
「お前は…
思わず出たその言葉を聞いた女性は、さっき浮かべていた顔と違う憎々しい表情でこちらを見ていた。
「昨日見た…じゃあ、あなたも見たのね…私の…本当の…ッ!」
「…何の話をしてるんだ?」
「あんたの人生も滅茶苦茶にしてやるわ…!タダじゃおかないんだから…!」
蓮の質問に答えずに女性の身体が光を放ち、反射的に目を瞑ってしまう。次に目を開けた時、女性の姿は幻のように消えていた。
「名前、七罪…だったっけ。厄介な事になりそうだな」
それを予測するのに、コーヒー一杯分の時間も必要なかった。