七罪が学校に現れてから五日後の土曜日。七罪の存在を知る士道と蓮は現在、士道宅でソファに座り、暇を持て余していた。
あれ以来、七罪は姿を現わす事はなく、〈フラクシナス〉の観測に引っかかってないのが理由だ。
「こうも何もないと、かえって気味が悪いな」
「相手から何もなくても、警戒はしておいて損はないぞ」
それだけ聞けば、おかしな箇所は何もないのだが、言った本人が猫じゃらし片手に飼い猫と遊んでいるのでは力など抜けてしまうだろう。
緊張感のない様子に士道はため息をつく。
「なんでそんなに余裕でいられるんだよ、七罪は何かするって宣言していったんだぞ」
「俺たちは姿を自由に変えられるという七罪の能力を知っている。となると、五日前のように派手な行動をしてくる可能性は低い。美九の時のように手下や仲間がいるとは思えないし、それでも何かしてくるというのなら…」
蓮は猫じゃらしを操り、ミルクを自分の膝の上まで誘導すると、そのまま捕まえて腕の中に収める。ミルクは暴れることなく大人しく捕まった。
「何か小細工を挟んでくるはず、その策を破れば後は楽だ。七罪を地面に這わせることが出来る」
表現は物騒だが、確かに、七罪には十香や狂三のように強大な戦闘力があるとも考えにくい。姿を隠しているのがその証拠だ。だとしたら、その能力を生かした作戦で来ると考えるのが予想だ。
「そうは言っても、そもそも、七罪が何かしてくるって決まったわけじゃあ…」
士道がそこまで言いかけたところでリビングのドアが開き、我らの司令官、琴里が入ってくる。ここは琴里の家でもあるため、彼女がリビングに来るのはおかしな事ではないが、その表情がいつもと違う、緊張したものなら話は別だ。
「可愛い顔が台無しだぞ。学校の男に告白されて、それを教えに来たのか?」
「…ええ、そんなところよ。ただ、相手は女で、七罪って名前なんだけど」
その名を聞いた途端、士道の顔が驚愕に染まり、蓮は目を細める。琴里は手にした封筒を差し出す。それには住所や郵便番号は綴られておらず、直接投函したらしい。そして、封筒の下部には七罪と記してある。
「朝、ポストに入ってたわ。七罪からのラブレターよ。〈フラクシナス〉で調べてみたけど、危険物の類ではないわ。まあ、絶対の保証というわけではないけどね」
「相手が人外である以上、そうなるか。…俺が開けるよ」
そう名乗り出たのは、右腕を〈バスター〉に変貌させた蓮だった。差出人が物体を変化させる精霊である以上、〈フラクシナス〉の検査結果を過信するのは危険だ。そのため、封筒を開けた瞬間に爆発などが起こる事を考えて、この腕で開封することにした。
この腕なら開けた瞬間に、指先が吹き飛ぶ程度の爆発であれば問題は無い。
左手で封筒を持ち、右腕で開封する。封筒中に入っていたのは数枚の写真だった。十香や琴里を始めとした、精霊六人、さらに、折紙、亜衣、麻衣、美衣、殿町、そして担任である珠恵ことタマちゃん。合計十二枚。
そして、短い文章が書かれたカード。それにはこう記してあった。
『この中に、私がいる。誰が私か、当てられる?誰も、いなくなる前に。 七罪』
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「…これは、七罪からの挑戦状かな?」
新たに呼んだ令音とともに、十二枚の写真を囲む。どの写真も被写体の目線がこちらを向いてなく、盗撮だと一目でわかる。
「このメッセージは、この十二人の中に七罪がいるって意味か?」
「そのまま受け取るとそうなるわね」
そうなると、七罪は姿形を天使で変えて潜んでいるだろう。なるほど、自分の能力を利用した勝負内容だ。そして、気になる文がもう一つ。
「『誰もいなくなる前に』どういう意味なんだ?」
士道が蓮の疑問を、そのまま言葉にしてくれた。この中に七罪が潜んでいるのは分かったが、この文の意味が理解出来ない。
「…多分、何らかの方法で復讐するって意味じゃないか?俺たち、だいぶ恨まれてたし」
「だからって、みんなを巻き込むのは…」
自分が辛い目にあうのはまだいい。それは自業自得ということで納得がつく。だが、関係無い十香や折紙たちを巻き込むのは士道の心に、言葉に出来ない苦しみを生み出した。
「…こうなった以上は仕方が無い。シン、君はここにいるメンバーとデートをして、違和感が無いかチェックしてもらう」
「え?ここにいる…全員と…ですか?」
「見た目で判断できない以上、そうするしかないか。頑張れ士道」
そう言った途端、士道が『えっ?』という声と共にこちらを向いてくる。そんな反応をされると、何か変なことを言ったか不安になるが幸い、士道がすぐに理由を話してくれた。
「俺一人でやるのか?二人でデートするんじゃなくて?」
「…お前一人だよ。その弱々しい雰囲気で、相手の油断や言い間違えを誘うんだ」
士道は自分に強そうな雰囲気があるとは思っていないが、男である以上、そんなにはっきり言われて受け流すことが出来るわけでもない。ムッとした士道は、何か言い返してやろうと考えるが、蓮はさらに続ける。
「俺一人ならまだしも、二人一緒だなんて七罪から見たら『警戒してる』と言わんばかりだろ。だから、士道一人で、この手紙の事すら忘れた気分で接してくれればいい。会話や映像は〈フラクシナス〉が記録してくれるだろうし、思いついたように、昔話でもすればいいよ」
「え?そ、そりゃあそうかもしれないけど…」
「繰り返すようだが、この手紙の事を本気にしてないって様子を相手に見せろ。ボロを吐かせるっていうより、掠めとる気持ちでな」
士道に会話術をレクチャーし始める蓮。士道もさっきまでの気持ちを忘れて頷いている。それを見た令音は、隈だらけの目でジッと見つめた後、何か感じたように話した。
「…もしかして、今、
それを聞いた途端、蓮は士道への言葉を止め、令音の方へ顔を向ける。その後、肩を竦めて小さく笑った。それは、まるで自虐のようにも見える。
「そう見えた?こんな状況で不謹慎だ、とでも説教する?」
「…いや、そんな事は無いさ。この状況で君はとても頼りになる存在だからね」
どうやら本当に気になっただけらしい。令音のその質問を聞いて、無意識に自分が高揚していたのを感じ気分を落ち着かせる。すると、腕を組んでいた琴里が茶々を入れるように会話に入ってくる。
「それにしても、ずいぶんこういうのに慣れてるわね。あんたの腹黒さが伝わってくるわ」
「よく『嘘はダメだ』って言う人間がいるが、それは大間違いだ。嘘は社会で生きていくのに必要不可欠なものなんだよ。そんな社会に生きているんだったら、それを見破る術を身につけるのは当然だろ」
それを聞いて、目の前にいる蓮は元DEMの人間だった事を思い出す琴里。あのような会社で生きていくのだったら、嘘の一つや二つを見破る能力を身につけねばならないだろう。
「とにかく、七罪はこの中の誰かと入れ替わっているだろうな。その一人を当てるには、会話でボロを誘うしかない。その入れ替わった奴の安否も気になる。士道、頼むぞ」
「ああ…絶対に見つけ出してやるよ」
今の状況をまとめ、これからやるべき事を示す。その途中、横目で琴里の姿を見てみる。一応、琴里も写真に写っている人物…つまり、七罪の可能性のある人物でもあるのだが、見ている限り、いつもと違う様子は感じない。
とはいえ、七罪の変身能力に関しては、まだ分からない事が多い。姿形だけでなく、過去の記憶や癖という所まで真似る事が出来るというのなら、思い出話で見つけ出すのも絶望的となる。
それでも、何もしないよりマシだと信じている。行動しなければ何も生み出さないからだ。
「…今はそのようにするしかなさそうだ。七罪の発見はシンに任せるしかない。琴里も、七罪の正体が分かるまで〈フラクシナス〉には入れられるわけにはいかない」
「まあ、当然の処置ね」
自分も容疑者の一人だと自覚しているため、異議なしと答える琴里。その潔さも怪しいと思わない訳ではないが、今ここでそんな事を考えても無意味だろう。
このようにして、七罪への挑戦は始まった。十二人から、たった一人の偽物を探し出す戦いが…
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夕日が沈み、闇が支配する空。もう秋となり太陽は夏の時ほど、長く輝くことは無くなった。その空の元、蓮は精霊たちの住むマンションの廊下を歩いていた。
昨日届いた七罪からの手紙、その調査のため、士道はいつも作っている精霊達の食事が作れなくなってしまった。なので、士道に変わり、蓮が夕飯係を引き受けたのだ。
精霊達の食事を作るのが仕事なのだが、これには容疑者である十香達と接触出来るメリットもある。こうすれば、いきなりデートに誘ってきたというほどの唐突感もなく、自然に接することも出来る。
しばらく歩き、ある部屋の前で足を止める。その部屋のインターホンを押して数秒後、ガチャリという音と共に扉が開く。
「くく…よくぞ参ったな!我らの部屋へ!」
「歓迎。待ってました」
そこには、可愛らしいパジャマを着た耶具矢と夕弦が、左右非対称のポーズをとりながら立っていた。
「悪いな、急にこんな事になって」
「気にするでない。我への奉公と供物を忘れぬのは感心するぞ」
「期待。どんな料理か楽しみです」
キッチンに立ち、包丁で食材を切る蓮と、ソファに座りテレビを見てる二人とそんな会話が交わされる。料理に使われる食材については、〈フラクシナス〉に料理と必要なものをすでに伝えてあり、冷蔵庫の中に用意してもらっていた。
着々と料理が出来ていくなか、耶具矢がテーブルの方を見てみると、皿に盛り付けてあるキュウリの浅漬けがあった。どうやら、今回の料理は和風のものらしい。そして、それを見た途端、耶具矢の心に悪魔が囁いた。
ソファを音を立てずに立ち上がると、足音を立てずにそっとテーブルに近づき浅漬けに手を伸ばす。いわゆる『つまみ食い』と呼ばれる行為なのだが、それを見ている夕弦は注意する事なく見守る。
耶具矢の指が一つのキュウリを掴む瞬間、まな板と包丁がぶつかるトントンという音が止まった。耶具矢も指先がビクッと震える。
「…すぐに出来るからなー」
そうとだけ言うと、再びその音が再開する。それは意味もなく放たれた言葉とは思えなかった。耶具矢はどうすれば良いか助けを求めるように夕弦に視線を送る。その意図が伝わった夕弦は顔を横に振った。
それを見た耶具矢は、まるでさっきの動きを巻き戻すようにゆっくりとソファに戻っていった。
「ムシャムシャ、何これ!すごく美味しいじゃない!」
「美味。とても素晴らしいです」
二人は白米を食べながら賞賛の言葉を送る。テーブルには浅漬けを始め、アサリの酒蒸し、鶏の照り焼きなど白米が進む料理が並んでいる。その料理をおかずに口に白米を頬張り続けており、喉を詰まらせないか心配になるほどだ。
とはいえ、作った料理に美味しいと言ってくれるのは素直に嬉しい。だが、悲しいことに今日はそれを見守っていられない。七罪を暴くため、色々と揺さぶらなくてはならないのだ。
「食事中に悪いが、耶具矢、前に出した数学の課題はやったな?ノートを持ってきてくれ」
その瞬間、耶具矢の箸の動きがピタリと停止する。続いて、困ったように視線が宙を泳ぐ。この反応を見て、大方察しがついた。
「えっと…そんなのあったっけ?」
「連立方程式のやつだよ。この時間で採点するから早く」
『えっと…』や『その…』など、必死に言い訳を考えている耶具矢。そんな彼女を見ている夕弦は必死に笑いを堪えている。この反応もいつも通りでおかしな点は無い。
「まあ、やってないのなら仕方が無い。デザートの抹茶ケーキは無しに…」
「ストーーップ!!違うの!サボったんじゃなくて、忘れてたっていうか…事故なの!!」
「指摘。忘れてたのは事故とは言わない気がします」
「夕弦は黙ってて!!」
慌てる耶具矢、それを掻き回す夕弦といつもと違う様子はない。容疑者は十二人とはいえ、七罪は一人なのだ、一心同体のこの姉妹の片方と入れ替わったのなら、もう片方がその事に気付く可能性がある。
そのリスクを考えると、七罪はこの姉妹のどちらかは避ける確率は高いだろう。
「分かったよ。提出期限をもう少し伸ばしてやるから。次はちゃんと出せよ」
必死な耶具矢に苦笑いを浮かべつつ、デザートの抹茶ケーキをテーブルに置く。それに耶具矢は大喜びだった。
結局、七罪である証拠等を見つけることは叶わなかった。。だが、いつもとは違う夕飯の時間は楽しく流れていく…。