デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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58話

「うーん、何が出来るかしら…」

 

ある部屋の一室で一人の少女が悩みの声を出していた。身体は普通の少女と痩せ気味で暗そうな顔が印象的だ。そんな見た目の少女は、一般宅と比べものにならない広さのリビングで、これまた普通の家にあるのと比べて高価そうなソファに腰掛けて、精霊、七罪は悩んでいた。その膝の上には一匹の猫が欠伸をしている。

 

先日、霊力が封印された精霊である七罪が悩んでいる理由は、自分と一緒にこの家に住んでいる同居人についてだ。同居人と言っても、七罪が今いるこの家は元々その人物のものであり、七罪は居候という身なのだが。

 

その同居人の名前は、神代 蓮。同時に七罪が想いを寄せる人物でもあった。

 

「ああもう…なんで私がこんなに悩まなくちゃ…」

 

そんな八つ当たりのような事を言いながら、乱暴に髪を搔きまわす。七罪が蓮をいつ好きになったのかは、七罪自身も分からない。だが、恋なんてそんなものだろうと自分に言い聞かせる。気づいたら目で追っていてもっと彼のことを知りたいと思っていた、それでいいと思う。ただ、自分が蓮に魅了された瞬間には心辺りがあった。

 

それはエレンから自分を救ってくれた瞬間。自分に背を向け、強敵に正面から挑み互角の戦いを繰り広げた時だった。数種類の武器を使い、相手のペースを乱しながら戦う、その光景は忘れられないような美しさがあったと感じる。

 

「どうすれば蓮の役に立てるか…」

 

そんな七罪が悩んでいる理由にも、蓮が関係していた。別に蓮と七罪の間に何かがあったという訳ではない、どちらかと言うと七罪が勝手に悩んでいるという表現が合っているような内容だ。

 

七罪の霊力が封印されて数日。その間の蓮の言動を思い返して見る。

 

『七罪、ビスケットを焼いたんだ。おやつにしないか?』

 

『七罪、洗濯物を出してくれ。まとめて洗うから』

 

『七罪、今日の夕飯は何が食べたい?なんでも良いはダメだぞ』

 

そう、蓮は七罪に対して過保護とも言える世話を焼いていたのだ。それに加え朝、昼、おやつ、晩、と全ての食事は蓮が作り、それは文句のつけようがないほど美味。七罪がしていた事と言えば、今のように飼い猫、ミルクを愛でている以外に無い。

 

「それにしても意外だわ…蓮があんな世話焼きだったなんて…」

 

勝手な想像なのだが、蓮は尽くされるタイプだとばかり思っていた。あんな見た目なのだ、多くの女は彼の気を引こうと躍起になり、多くの物を貢ぐに違いない。でも、実際は自分の決めた相手に尽くすタイプだった。そう考えると、なんとも言えない嬉しさが湧いてくる。だが、すぐに我に帰ると顔をブンブンと横に振る。

 

「と、とにかく!このままじゃただのヒモだわ!なんとかして蓮の手助けをしないと!」

 

拳を握り、そう決心する七罪。だが、膝に座るミルクは、不安そうにニャアと鳴いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

夕方、七罪はリビングから繋がるキッチンに足を踏み入れる。その姿は髪を纏め、エプロンと気合いの入っているのが伝わってくる。キッチン…と呼ぶには設備が充実しすぎてる場所にはすでに良い香りが充満しており、その中心には一人の少年がいる。

 

「あれ?こんなところに来てどうしたんだ?夕飯はまだ先だぞ」

 

七罪の存在に気づいた蓮が意外そうな様子で声をかけてくる。それに七罪は身体をビクっと震わせると、喉をゴクリと鳴らし声を出す。

 

「きょ、今日の料理!私も手伝うわ!何かやる事はない!?」

 

もちろんここで『一人で大丈夫』や『必要ない』などと言われてしまう可能性がある。そんな七罪の不安を知ってか知らずか、蓮は小さく笑った。そして、自分の隣を指差す。

 

「それは助かるな。じゃあ七罪は野菜を切ってくれ。俺はルーを作るから」

 

一先ず最初の壁は突破出来た、その事に内心ガッツポーズをしつつ、七罪は小走りで蓮の隣に立つ。そこにはまな板と包丁、ジャガイモ、人参、鶏肉、玉ねぎと複数の野菜と肉が置いてある。それを見て、七罪は今日の夕飯は、カレーが良いとリクエストしたのを思い出した。

 

「こ、これを一口サイズに切ればいいのね…」

 

すでに皮の剥いてあるジャガイモを手に取るとまな板の上に置き、震える手で包丁を握る。言葉といい表情といい七罪が緊張しているのは見てとれた。それもそうだ、流れで来たものの、七罪自身は料理などした事がないのだから。

 

(一口サイズに切る…一口サイズに切る…あれ、一口ってどんな大きさだっけ…どういうふうに切ったら…)

 

どうしていいか分からず、混乱する七罪の手を後ろから優しく掴む手があった。その正体は蓮で、不思議な事に蓮に触れられた瞬間、七罪の手の震えはピタリと止まる。

 

「落ち着け七罪。食材を掴む指は先を丸めるんだ。手を切らないようにな」

 

耳元で言い聞かせるような安心する声で蓮は言う。七罪の緊張が取れたのを感じると七罪の手を動かし、ストンストンとジャガイモを切っていく。これが切り終わる頃には七罪の手の震えは消えていた。

 

「うまく出来たじゃないか。その調子で後は頼むよ」

 

「あの…残りは本当に私が切っていいの?蓮みたいに上手く切れないのに…」

 

不安そうな顔で七罪は遠慮気味に言う。普段、蓮が作った料理の食材は食べる者の事を考え、食べやすいサイズで切られていた。それを自分がやっていいのかと聞く。すると、蓮は困ったように頬をポリポリと掻いた。

 

「まあ…俺のは気にしなくてもいいよ。癖みたいなもんだし。それより、七罪が食べやすいと思う大きさでやってくれれば、それでいい」

 

その一言で気持ちが楽になった気がする。七罪は『よしっ!』と心の中で気合いを入れると、他の野菜を掴む。数分後、七罪は全ての野菜を切り終わり、ふうっと息を吐くと包丁を置く。

 

「ん?ああ、終わったか。お疲れさん」

 

「ええ、蓮のと比べて形が不揃いになっちゃったけど…って、何やってるの…?」

 

すぐ隣に七罪が顔を向け、眉を顰める。蓮は加熱している鍋に入っているルーをおたまで混ぜている最中なのだが、その側には小皿が数枚あり、そこには粉のようなものが盛ってある。蓮はそれを口に運んでいた。

 

「気になるんなら食べてみる?身体に悪いものじゃないから」

 

何かとは言わず、粉末をひとつまみすると、それを七罪の前まで持ってくる。害はないと言っても、一応警戒して匂いを嗅いでみるが、その瞬間、七罪は驚きとばかりに目を見開いた。

 

「何これ…すごいいい香りがするんだけど…」

 

鼻を包み込む香ばしい香り。それを七罪は夢中で嗅ぎ続ける。だが、この粉末が何なのかはまだ分からない。

 

「クンクン…ねえ、これってなムグゥ!」

 

瞬間、粉末が握られている蓮の指先が七罪の口にねじ込まれる。何をされたのか理解する前に七罪はある刺激によって声を上げる事となった。

 

「か!か、からぁ!!水!!みずぅ〜!!」

 

口の中を駆け巡る辛味に、七罪は顔を赤くし声を出すと大急ぎで蛇口まで行き、水をがぶ飲みする。その様子を蓮はイタズラが成功した子供のような顔で見ていた。

 

「ゴホッ!な、何よそれ…?すんごい辛かったんだけど…」

 

「ごめんごめん、そんなに辛かったか?」

 

涙目で見てくる七罪に、クスクスと笑いながら謝る。そんなに七罪に、蓮は粉の正体を教えた。

 

「これはカレーのルーに入れる香辛料、スパイスだ。このスパイスの配合に色、辛さ、香りが変わるんだよ」

 

そう説明しながら、蓮は七罪の口に突っ込んだ手を今度は自分の口に入れて舐める。それを見た七罪は辛さとは違う理由で顔が赤くなってくるのを感じ、顔を俯けた。

 

「七罪は辛いのが苦手らしいから、甘めの味付けにしとく?」

 

「こ、子供扱いしないでよ…」

 

非難じみた声を出す七罪だったが、蓮のこういうところにドキッとしているのを感じていた。戦う時の鋭い雰囲気と今のような無邪気な一面。これがギャップ萌えという奴だろうか。しかし、それゆえ七罪には分からないところがある。

 

(どっちが本当の蓮なのよ…)

 

脳裏に焼き付いている勇ましく剣を振るう姿と今のように自分と談笑しながら料理を作る姿。どちらが本当の姿なのか七罪には判断出来なかった。だが、そんなのも楽しそうに鍋を混ぜる蓮を見ていると気にしなくてもなってくる。どっちであろうと蓮は蓮なのだ。

 

七罪の切った野菜を鍋に入れて煮詰める。ルーの水気がなくなったのを確認した蓮は、皿にある香辛料をひとつまみするとそれを鍋の中に入れる。それを最初に次々と香辛料をルーと混ぜ合わせる。一見すると、適当のように見えるが、組み合わせと量を頭の中で計算しているのだ。

 

そんな光景を見ていた七罪は、ある疑問を感じ、おたまを回している蓮に聞いた。

 

「思ったんだけど、どうしてカレー粉を使わないの?そっちの方が早いし、手間もかからないじゃない」

 

蓮が元からこういう風に手間をかけるのは知っていたが、なぜこんな回りくどい事をするのかが七罪には分からなかった。それを聞いた蓮は、うーんと声を出す。

 

「もちろん、そういう便利なものが市販されてる事は知ってるぞ。だけど、それらを使って楽するなんて許されなかったからなぁ。それが今みたいに落ち着いたんだとおもう」

 

「…完璧主義な友人が?」

 

「へえ、その話覚えてたのか。関心、関心」

 

理解が早くて助かるといった様子で頷くと、蓮はルーを口に含み味見をする。それが問題ないと判断したら、隣にいる七罪に顔を向ける。

 

「七罪、そこの棚から盛り付ける皿を取ってくれ」

 

「え?う、うん」

 

蓮が指差した棚で皿を取り出す七罪を見た後、鍋の加熱を止めホッと息を吐く。その時、キッチン内に大きな音が響き渡る。そこに顔を向けると、元は皿らしき破片の前で膝をついている七罪がおり、ブルブルと震えていた。

 

(あ、ああ…ああ……)

 

やってしまったという思いが七罪の胸の中を満たす。七罪の目から見ても、割ってしまった皿は綺麗な装飾が光を反射させており、明らかな高級品である事が理解出来た。いや、それ以前に蓮が食事にこだわりを見せる以上、安物の皿を使うはずがないというのが分かっていた。

 

そんな失意の七罪の耳に、自分の元に歩いてくる足音が聞こえる。怒られる…!そう思い身体を強張らせた。

 

「大丈夫か!?怪我は!?」

 

しかし、現実は自分を心配する声と共に両手を触られるだけだった。蓮は割れた皿など眼中になく、ただ七罪だけを心配して気にしている。

 

「な、なんで…?こんな高価そうなものダメにしたのに…なんで私を怒らないの…」

 

「なんでって…こんな皿、金を出せばまた買えるんだぞ?それより七罪の方が心配って、指先切ってるじゃないか」

 

その言葉で七罪は自分の指先から血が出てる事に気付く。怒られるという緊張感のせいで怪我をしていた事が分からなかったらしい。蓮は何を思ったのか、血が出てる七罪の人差し指をパクッと咥え、舌で傷口を優しく舐める。

 

「ひゃっ!?にゃ!にゃにしてるのよ!」

 

口の中の心地よい暖かさと、指を舐められている事の緊張感で、顔は赤くなり呂律が回らなくなる。そんな七罪を無視し、蓮はしばらくの間指を口に含む。一分ほど経って、蓮は指を口から離した。その時の自分の指に銀色の橋がかかる光景と、ゾクリと身体を駆け巡る感覚に七罪の身体が震える。

 

指先の出血が止まっているのを確認した蓮は、絆創膏を持ってきて傷口に巻く。これで処置は完了だ。

 

「これで良し、皿のことは気にしなくていいよ。俺は皿の破片を片付けるから、七罪は新しい皿にカレーを盛っておいて」

 

自分に背を向け、掃除に入る蓮の姿を見た七罪は罪悪感のようなものを感じてミスした自分を責めたくなる。だが蓮は怒る事なく、気にするなと言った。本来怒るべき人間にそうされなかった以上、七罪は自分を責める権利すら無いのだと感じた。

 

結局、食事に入れたのは蓮が一人で作業していた時と比べて、約三十分遅れた時だった。その時の食事中に言われた、『また手伝ってくれると嬉しい』という蓮の悪意無き言葉が、七罪の胸にグサリと突き刺さった。

 

 

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