デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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60話

ジェイク・メイザースの朝は一人で寝るには大きすぎるベッドか、机に座りながら迎えていた。前者は大きすぎて孤独感を感じ、後者はそもそも眠るところではないという論外な場所だ。だが、どちらでも共通した事が一つある。

 

それはどちらで起きようとも憂鬱な気持ちで起きていた事だ。その後、朝の世間話をする人間がいるわけもなく、一人で身支度を整えて、一人で朝食を食べる。静かなのは嫌いじゃないが、この生活が何年も続けば誰だってウンザリするに決まっている。それでも、このような朝はいつまでも来る。そう思っていた。

 

「うぅん…あんっ!…」

 

そんな色っぽい女性の声が今日の目覚まし音だった。それによって意識を覚醒した蓮はパチリと目を開ける。何時もなら天井が入って来るはずの視界は肌色に埋め尽くされており、石鹸のような芳しい香りが鼻をくすぐる。

 

「あぁん…もう…朝からだいたん…なんだから…」

 

その声がした方向…上側に顔を向けると妖しく口元を緩め、頬を染めた女性が自分の寝ているベッドに寄り添うようにいた。年は二十代中頃、豊満な胸元、モデル顔負けのプロポーションを誇る美女で、さらに下着姿と思春期の男子には刺激的すぎる姿だ。

 

さらに問題なのは、自分がその美女に抱きつき、豊満な胸を掴んでいる事だ。こんな時、普通の人間なら慌てて飛び退け距離を取ろうとするだろう。だが!ジェイク・メイザースは違った!なんと、逆に!

 

「ふあぁ…朝か。おはよ、七罪…」

 

美女の背中に腕を回して、自分の身体を密着させた!豊満な胸の谷間に自分の顔を埋めるというおまけ付きで。

 

「ふふ…おはよう、蓮くん。お姉さん、どうせならおはようのキスもして欲しいわ」

 

七罪は色っぽく唇を舐めて、蓮を誘う。それを見た蓮は胸の谷間から顔を離し、七罪の顔に自分の顔を近づける。七罪は目を瞑り、唇を強調するように前に出すが、蓮の顔は唇を飛び越え、その額に口づけを落とした。

 

「すぐに朝食の準備をするから、二度寝しちゃダメだぞ」

 

触れていた人肌の温かさを惜しみつつ、蓮はベッドから出て、リビングへと向かって行く。ベッドには目を瞑り、キスを待つ姿勢の七罪だけが残された。

 

 

 

今日一日の天気と、ニュースがテレビから流れる居間。そこの机には焼いたトースト、サラダ、目玉焼き、フルーツが並んでおり、蓮は優雅にコーヒーを口に運んでいた。ただ、いつもと違うところがあった。それは…

 

「ありえない…ありえないわ…まさかあそこで…スルーするなんて…」

 

蓮の座る席と向かい合った位置にいる七罪が、手元の一点だけを見つめてマーガリンをトーストに塗っている事だった。別にマーガリンを塗ることは構わないが、目を見開き、ブツブツと呟いてる姿は少しホラーだ。姿も性格も全く違うこの少女が、朝から蓮を誘惑してきた美女と同じとは誰も予想出来ないだろう。

 

「どうしたんだよ、朝っぱらからそんなブツブツと」

 

「どうしたって、せっかく誘ったのに蓮がスルーしたのが原因に決まってるじゃない!まさか、あの姿で朝から奇襲したのに、動揺一つしないなんて…」

 

あわあわと身体を震わせる七罪。七罪の精神状態は不安定でちょっとしたことで霊力を逆流してしまうのは知っていたが、あの自信満々の姿で軽く受け流されたのがとてもショックらしい。

 

「まあ、朝から見る七罪も新鮮で良かったぞ。色っぽくて可愛かったし」

 

「…やっぱり私、あの姿でいた方がいいかしら?」

 

様子が変わり、自信なさげに七罪は聞いてきた。何を言うつもりなのか察した蓮は、コーヒーの入ったカップを置く。

 

「私が蓮の手伝いになれる事なんてその…何もないから。せめて視覚的に楽しませる事が出来たらって思うの。だから…やっぱり変身した姿の私の方がいいかなって…」

 

つまるところ、家の家事などを手伝えない七罪は、せめて蓮を癒すため素晴らしいスタイルのお姉さん姿でいると言っている。そんな七罪の提案は予想通り過ぎて蓮はクスリと笑ってしまった。

 

「どっちの七罪だろうと気にしないさ。俺にとってはどちらの七罪も"本物"だと思ってる。本当の姿だからってガッカリする事もないし、変身した七罪だからってその姿でいる事を怒る事もない。まあ、流石にさっき見たいな誘惑をされたら困るけど」

 

「ああああぁあぁぁぁぁ!!」

 

ネガティブモードの今の七罪に自信たっぷりだった大人の時の話をするが、どうやらトラウマをえぐり返したらしく頭を押さえ、奇怪な叫び声を上げた。別に悪意は無かったのだが、悪い事をしてしまったと思う。

 

「そういえば、十香達とは仲良くなれたか?」

 

話題を変えようと蓮はそんな事を七罪に聞いた。七罪は十香達を自分の天使の中に閉じ込めたという前例があるため、ちゃんと馴染めるかが不安だったのだ。それを聞いた七罪は、顔を露骨に逸らす。

 

「…私は別に…蓮がいてくれれば…いいのに…」

 

「嬉しい事言ってくれるけど、十香達とはこれからも会うことになるから、早めに仲良くなって方がいいぞ。時間が経てば経つほどどんな顔して会えばいいか分からなくなるから」

 

そうは言っても、最近は七罪の引越しや日用品の買い物などで忙しかったのも事実だ。もう馴染んでくれてたら嬉しいと思っていたが、そう上手くはいってないらしい。

 

「そこでだ、今日の昼過ぎに四糸乃がこの家に来る。俺が昨日、七罪にこの周辺の道案内を頼んでたんだ。これを機に仲良くなってくれればと思う」

 

「ちょ、ちょっと!そんな、勝手に…」

 

「そりゃあイキナリだと思うけど、無理矢理でもこうした方がいいかなって思うんだ。大丈夫、四糸乃は優しいから仲良くなれるって」

 

そう言われると七罪は何も言えなかった。蓮は自分がみんなと馴染めるように気を使っての行動なのだ、それを考えもせず拒否することは出来なかった。

 

「そ、そうね、蓮も一緒にいてくれれば変な空気にもならないでしょうし…」

 

口下手で内気な自分でも、蓮がいてくれれば臨機応変な話題を振ってくれて話すことが出来るだろう。そう思っていたのだが、それを聞いた蓮は『え?』と疑問の声を出した。

 

「悪いが二人きりだぞ。俺は学校があるし、一日中家には居られない」

 

その一言で七罪の安心は霧散し、大きな不安と絶望が襲ってきた。さっきまでの様子はどこにやら、狼狽した様子で机をバンッと叩いた。

 

「どうした?マズイこと言ったか?」

 

「ふ、二人きり!?蓮が一緒にいてくれるんじゃないの!?」

 

「なんだ、その事か」

 

七罪とは反対に、蓮は冷静に言いたい事を察すると『ミルク!』と声を出した。すると、床で牛乳を飲んでいた飼い猫、ミルクが反応し身軽な動きで蓮の膝の上まで来る。蓮はミルクを抱っこすると七罪に見せた。

 

「大丈夫、ミルクもいるから。何を話せば分からなくなったらこいつを撫でれば何とかなるよ」

 

「私のして欲しい事と違うんだけど!お願いだから一緒にいて!」

 

「そりゃあ心配じゃないって言ったら嘘になるけど、どうやって仲良くなるか考えるより実際に接する方が早いし良いんだよ」

 

この話題は食事が終わっても続き、七罪はずっと一緒にいて欲しいと懇願するが、蓮は首を縦に振らなかった。やがて蓮は学校の制服を着て、これまた学校指定のカバンを持って玄関に立つ。

 

「それじゃあ行ってくる。あ、紅茶と茶菓子の置いてある場所は分かるな?しっかり頼むぞ」

 

「お願いぃぃ!一人にしないでぇぇぇ!!」

 

涙目でそう叫ぶ七罪だったが、残酷にも玄関のドアは閉められる。その閉まる直前の隙間から、抱っこされているミルクが嬉しそうに七罪の頬をペロペロと舐めているのが見えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

十一月にしては暖かい気候の中、学校へと向かう。一年前はまともに通ってすらいなかった場所、そんな場所に馬鹿正直に通っている自分を不思議に思いつつ自分の教室の開ける。すると、その理由ともなっている少女が出迎えた。

 

「おお、来たか!おはようだぞ!蓮!」

 

「おはよう、十香。今日も可愛いな」

 

蓮は恥ずかしがる様子もなく十香にそう言った。すると、聞いた十香の方が恥ずかしそうに頬を染め、蓮に抱きついてくる。

 

「あ、朝からそんな事を言うな…。恥ずかしいではないか…」

 

「別に今日が初めてってわけじゃないぞ。良い加減慣れろよ」

 

朝にこのような事を十香に言うのは珍しい事ではない。だが、十香はそれを聞くといつもと照れ隠しとばかりに抱きついてくるのだ。そんな十香を小動物を撫でるように愛でてると、後ろから士道が苦笑いを浮かべながら歩いてくる。

 

「おはよう蓮。今日も相変わらずだな…」

 

「よお士道。これが俺流のスキンシップなんでな」

 

十香の首筋を指で撫で、十香は目を細めて気持ち良さそうなき表情をする。そんな男女の付き合いと言っても良いか分からない光景に士道は何とも言えない様子だ。

 

「あ、そうそう。昨日、四糸乃が言ってたよ『七罪と話すのは緊張するけど、楽しみ』って。七罪の方は四糸乃と会うのはどうだって?」

 

「七罪は俺を含めた三人が良いって言ってたけど、それは無理って言っておいた。気まずい雰囲気にならなきゃ良いけど…」

 

それを言う様子からも自分が場にいておきたいという気持ちが伝わってくる。たとえ自分が不安でも本人達の事を考え、自分の感情を押し殺すのはらしいと思った。

 

多少のイベントを交えつつも変わらない、いつも通りの日常。今日も変わらず同じで楽しい毎日が始まる、そう思っていた。

 

「ええっと…鳶一さんが、急な都合で転校することになってしまいまして…」

 

その予想は、ホームルームに珠恵教諭から告げられたその報告によって、容易く裏切られた。それを聞いた士道は思わず立ち上がり、十香は目を丸くし、蓮も驚いた表情を浮かべ、誰も座ってない折紙の席を見る。

 

「お、折紙が転校するってどういうことですか!?」

 

「わ、私にも詳しい事情は分からないんですよぉ。ただ、鳶一さんから電話がかかってきて、転校することと必要書類を後で送るとだけ伝えられて…」

 

クラス中から視線が集まっている事など気にもしてない様子で、士道は質問を投げるがなぜ転校するのかは分からなかった。

 

「それで…一体!どこの学校に転校するって言ってたんですか!?」

 

「そ、それがですね…イギリスの学校とだけ…」

 

縋るような気持ちで聞いてもそのような答えが返ってきた。突然過ぎる別れに失意の底に沈む思いだ。そんな士道のポケットに入っている携帯電話が僅かに震える。画面を開くとメールが届いており、その差出人は蓮だった。

 

『気になるんだろ?行ってこい。十香達は俺が面倒を見るから』

 

それを見た後、蓮の方に目を向ける。士道の心情を察してるらしい蓮は、コクリと頷いた。それを見た士道は、心の中で『悪い…』と呟き、走って教室を出て行った。

 

(イギリスの学校ねぇ…まさか…)

 

騒然とするクラスで、蓮だけがある可能性を考えて顔をしかめていた。イギリスは自分の育った国であると同時に、"あの会社"がある場所でもある。そこに行くという折紙の行動には何か意味があると感じられずにいられなかった。

 

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