デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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65話

気を失った蓮が、目覚める時に最初に感じたのは消毒液のような独特の香りだった。その匂いで意識が薄っすらと覚醒し、ゆっくり閉じていた瞼を開ける。最初に目に入って来たのは真っ白な白い光、それが蛍光灯の光だとすぐに気づく。そして、それが見えるということは自分が今、横になっている事にも。

 

(とりあえず、死んではいなさそうだな…あの世にも蛍光灯が無ければ…)

 

少し疲労の残っている身体を起こし、周りを見渡すと自分の寝ている場所…ベッドは白いカーテンに囲まれ外の様子は分からない。

 

(ここは…病院か?この消毒液の匂いやカーテン、ベッドといい…)

 

そう考えるが、カーテンをスライドさせて外の様子を見れば分かることだ。カーテンを掴み、勢いよく横に退かす。そして見えたのは、椅子に座る士道と、包帯に包まれ、ベッドにいる十香、耶具矢、夕弦、美九の世話をする四糸乃と七罪だった。皆は蓮の姿を見た瞬間、驚きと安心が混じったような表情を浮かべる。

 

「蓮!良かった、目が覚めたのか!」

 

「寝起きで頭が痛いんだ。あんまり大きな声を出すなよ士道」

 

喜ぶ士道にそんな軽口を叩いた後、首や腕、身体のいたるところを動かしてみる。痛みや違和感を感じる箇所はない、出来れば折紙が精霊になったという事も無かった事にして欲しかったが、目の前にいる包帯に包まれている四人の少女の存在が嘘では無いと言っている。

 

「それで、十香、耶具矢、夕弦、美九…だよな。まるでミイラみたいな有様だ」

 

折紙との戦いで軽くない傷を負った四人は身体中を包帯と湿布で覆われ、かろうじて誰か判別できる程度のものだった。それが可笑しく、クスリと笑うと四人は不満そうに頬を膨らませる。

 

「む、むぅ、笑うな…」

 

「べ、別にもう治ってるし!もう元気に走れるんだから!」

 

「アイドルにとってお肌は大切なんですけどねぇ」

 

「反論。蓮の方もボロボロじゃないですか」

 

夕弦の言葉を聞いて、蓮は自分の身体を見下ろしてみる。すると、傷は無いものの、着ていた制服は右脇腹部が大きく破れており、それ以外にも血や土などで汚れている。こんな姿で道を歩いていたら間違いなく警察が呼ばれる状態だ。

 

夕弦の反論に、『それもそうか』と笑みを浮かべながら頷くとベッドから立ち上がり側にあった椅子に腰掛ける。それには慌てた反応をしたのは七罪だった。

 

「だ、ダメよ!もう少し寝てなきゃ!」」

 

「いや、もう十分寝たと思うし、身体に違和感を感じる場所もないんだけど…」

 

ボロボロの服を掴み、必死の形相で言う七罪の迫力に押され、引き気味に答える。さっき時計を見たが、現在の時刻は午後十時を回っていた。学校帰りの放課後に蓮は気を失ったのを考えると、休憩としては十分だし、実際休めていると感じていた。

 

それを見ていた士道が、何か言いたげに頬をポリポリと掻く。

 

「いや、蓮…あのな。実は蓮がこの病院に搬送されて、ベッドに寝かされた時から七罪はずっと付きっきりで見てたんだ。それくらい心配してたから気が気で…グファ!」

 

話してる途中なのにも関わらず、七罪は素早いフットワークで踏み出すと、座っている士道の腹部に蹴りを入れた。その顔は赤く染まっている。蹴りをくらった士道は、奇妙な声と共にバランスを崩し、派手な音と共に床に倒れこんだ。

 

「べ!別に!おかしなところが無いならそれでいいのよ!!ただ!少しでも無茶してないか心配しただけなんだから!」

 

椅子から落とした士道に追い打ちをかけるように叫ぶ七罪。だが、当の士道は後頭部を抑え込み、『ぐおぉぉ!』と苦痛の混じった呻き声を上げており、七罪の言葉は耳に入ってない様子だ。そんな士道に四糸乃が心配そうに駆け寄る。

 

そんな七罪を見て、寝ている間も心配かけたんだなと感じ申し訳ない気分になる。

 

「心配させて悪かったよ。けどもう大丈夫だ。それと、後頭部強打は命に関わるからやめた方がいいぞ」

 

蓮は苦笑いを浮かべながら、床で呻き声を出す士道に近づくと、四糸乃と協力して身体を起こさせる。寝起きの人間扱いが荒い場所だなと頭の片隅で思いながら。

 

「いたたた…、けど、元気ならいいんだ。そうだ、みんな、喉が渇いてないか?飲み物買ってくるよ」

 

士道の言葉に、皆が頷く。実際、蓮も起きたばかりで喉が渇いていたのも事実だし、他の者も同じだったようだ。だが、蓮と十香達怪我人グループに加え、四糸乃と七罪の数を入れると買ってくる飲み物の数は六本になる。とても士道一人で持ちきれる数ではない。

 

「あの…士道さん以外に…私と七罪さんで持てば一人二本ずつになるので…お手伝いします」

 

「いや、手伝うんだったら俺がついていくけど…」

 

「い、いえ!蓮さんも病み上がりで動くのは良くないと思いますし…ここで待っててください」

 

手伝いを名乗り出ても、四糸乃に慌てて止められる。大丈夫と言っても、自分がまだ怪我人扱いされているらしい。そんな扱いに不満を感じるが、我慢し病室を出ていく士道、四糸乃、七罪を見送った。これで室内にいるのは蓮、十香、耶具矢、夕弦、美九だけとなる。

 

そんな状況になると、蓮は十香のいるベッドに向けてゆっくり歩き出した。その様子が真剣味が帯びている。

 

「どうしたのだ?まだ痛いところがあったのなら寝てた方が…」

 

ただならぬ様子で近づいてくる蓮に、十香が心配の声を上げる。他の三人も、蓮を心配そうな目で見ている。その歩みは十香のベッドの側で止まる。そして、十香を抱きしめたのだった、怪我の事を考えて優しく、包み込むように。

 

その行動に耶具矢、夕弦は目を見開き、美九は『あらー』と目を輝かせる。そして十香は混乱などの感情で顔を真っ赤にし硬直してしまっていた。

 

「すまない…本当にすまない…。十香達を巻き込んでしまって…」

 

そんな蓮は十香達が見た事がないほど弱々しく、儚い。そんな様子で十香から離れると、耶具矢、夕弦、美九に向けて頭を下げる。

 

「えっ!?なんであんたが頭を下げるのよ!?」

 

「狼狽。頭を上げてください。私達を守った蓮がなぜ謝るのですか?」

 

「なんだか、こっちが申し訳ない気分になっちゃいますー!」

 

頭を下げているのは蓮なのに、それを見ていた三人の方が気が気でない様子だった。三人の言う通りに顔を上げる蓮、その青い瞳からは一筋の雫が頬に向けて伝っていた。

 

「俺が…無力だった。もっと力があれば、みんなを守り切れたのかも知れない…だけど、ダメだった」

 

折紙の襲撃は、蓮がDEMを見張っていれば止めることは出来なくても、予測する事が出来たかも知れない。そうすれば十香達はこんな傷を負うことも無かっただろう。全ては暖かい日常に浸って、警戒するのを忘れた自分の責任だ。

 

「結局、折紙を止めることも出来ず、命が助かったのは偶然に近い…。正直、自信が無くなったよ、これから十香達を守っていけるか」

 

ウェストコットの脅威は、エレンなどで理解していたつもりだったが、今回の襲撃はまさに奇襲だった。その戦闘を超えての自信の喪失、それに蓮は悩みと悔しさを感じていた。それを聞いていた美九は『うーん』と声を出した。

 

「思ったんですけどぉ…蓮さん、幾ら何でも完璧主義過ぎませんかー?」

 

「首肯。美九の言う通りだと思います。少し肩の力を抜いてみては?」

 

「てゆうか、私たちに出来ない事を平然とやるあんたが言うなしっ!嫌味にしか聞こえないから」

 

「む?む?そ、そうだな、無理はしない方が良いぞ!」

 

その一言に、耶具矢、夕弦が同意とばかりに頷く。ただ、十香だけが頭の上に『?』を浮かべていたが皆に同調して頷く。その反応を見て、今度は蓮が唖然としてしまった。

 

「完璧主義…完璧主義か…。ふふっ、あはははは!!」

 

すると、蓮は急に顔に手を当てて笑い出した。四人の驚きと心配の視線が集まる。だが、そんな事を気にもせず蓮は笑い続ける。その理由は、自分と違うと思っていたあのエレンと、少なからず同じようになっていた事に気付いたからだ。

 

(何があの人と違うだよ…!同じだったんじゃないか…成功やトップしか許さないあの人の考え方に…)

 

敵であるエレンと思考が同じなど笑える。それに気づかせてくれたのは十香達であり、自分だけでは絶対に気づかなかった事。今度は笑いで出た涙を拭い、顔を向ける。

 

「ああ、そうだな。その通りだ。少し気が滅入ってたのかも知れないな」

 

「よくわかりませんけどぉ、蓮さんはいつも通りで大丈夫ですよー。今回の事でも変な責任を感じる必要は無いと思いますしぃ」

 

「折紙とも、いつか和解の印を結ぶ時が来るであろう。クックッ、その対価は何にしてやろうか…」

 

「何かあったのなら言って良いのだぞ。レン一人で抱え込む必要は無いのだからな!」

 

なんだか、怪我人である十香達に慰められる結果となってしまった。その事に苦笑いしてると、さっきから顎に手を当てて、何か考えていた夕弦が、顔を上げて蓮の方を向いて来る。そして、確認するような様子で話す。

 

「質問。よく分かりませんが、夕弦達は蓮の助けになれたという事ですか?」

 

「ああ、かなり助かったよ。夕弦達のおかげで」

 

「確認。つまり、夕弦達は蓮に何かをしてあげれたという事ですね」

 

夕弦の質問の意図が分からない十香他二人。だが、蓮はそれがなんとなく理解し、微笑を浮かべると夕弦の望む回答をしてやる事にする。

 

「そうだな、俺は受けた恩は返す主義だから、お礼をしなきゃな。何かして欲しい事とかあるか?」

 

「懇願。ならば、さっき十香にしたみたいに夕弦をギュっと抱きしめて欲しいです」

 

夕弦のその一言に『えっ!?』という声と共に視線が集まる。蓮も僅かに目を見開く。だが、夕弦本人は冗談を言っている様子には見えなかった。そして、両腕をゆっくり広げ、蓮を受け入れる体勢となる。

 

「注意。怪我が痛むので優しくお願いします。さあ、早く」

 

「え?あ、ああ…」

 

言われるがままに、夕弦の寝ているベッドに寄ると腕を広げている夕弦を、正面から力を入れずに抱きしめる。それを十香、美九は照れつつも目を逸らさずに見ている。しかし、耶具矢だけは顔を真っ赤にし、あわわわ…と身体を震わせていた。自分の半身とも言える夕弦のあまりに大胆な行動に動揺しているのだろう。

 

「恍惚。蓮に包まれていると不思議と落ち着きます。こんな身体にした責任を取ってください」

 

「…変な言い方しなくても大丈夫だ。お前は十分大人だよ」

 

そこから数秒は平和な時間が続いたのだが、蓮はある異変に気づく。身体のことを考え、優しく抱きしめていた夕弦が逆に蓮の身体を強く抱きしめてきたのだ。それにより、夕弦の豊満な胸が蓮の身体に押し付けられて形を変える。挙げ句の果てに、蓮の首筋の匂いを嗅ぎ、舌を這わせきた。

 

「おい。何してんだ」

 

「溜息。士道ならこれでイチコロなのですが、さすが蓮です。これぐらいでは息も乱しませんか…」

 

残念そうな夕弦の声を聞いた後、蓮はゆっくり彼女から離れる。その行動にまったくと呆れていると、内心穏やかで無い耶具矢を見た夕弦は、嘲笑のようなものを浮かべる。

 

「提案。耶具矢も蓮に抱きしめられたらどうですか?とても良い気分になりますよ」

 

「なっ!?なななな、何言ってんのよ!おかしいんじゃないの!?」

 

「否定。おかしくなんてありません。これは耶具矢にも与えられた権利だと思います」

 

動揺する耶具矢に、夕弦は平然と返す。その当たり前だと言わんばかりの反応に、喉をゴクリと動かした。

 

「ほ…本当に私、していいの…?」

 

「首肯。蓮も士道と同じ、耶具矢と夕弦の共有財産となる人間です。夕弦がした事、された事は当然、耶具矢にもされる権利があります」

 

まるで洗脳のように語る夕弦の言葉を、耶具矢はふむふむと聞き入っていた。それに口を挟もうとは思わない、たとえ抱擁を拒否されようと本人達の意思だと考えているからだ。夕弦の説得(?)を聞いた耶具矢は、数秒考え込むと、夕弦と同じように両腕を広げた。

 

「よ、良かろう…。蓮、お主を我が腕の中に包まれる許可をやろう…!だ、だが、わ、我が力に魅了さ、される事が覚悟出来てるの、のであればな!!」

 

耶具矢は、少しでも威厳のようなものを出したかったのかも知れないが、言葉をつっかえているのに加え、本人が心配になるほどの動揺ぶりだった。そんな耶具矢に苦笑いを浮かべた蓮は、ガシッと彼女を正面から抱きしめる。

 

その瞬間、耶具矢の口から小さく『きゃっ!!』という可愛らしい声が出た。それを聞かなかった振りをする。だが、抱きしめて数秒後、蓮を抱きしめる耶具矢の腕の力が、夕弦の時のように急に強くなり、耶具矢の身体に押し付けられた。

 

「耶具矢…、無理しなくてもいいぞ。そんな風にしても胸の大きさは誤魔化ないし、ただ苦しいだけ…」

 

「は、はあ!?無理してないし!別に夕弦のを意識している訳でも、ひぃん!!」

 

胸を強調するように身体を押し付けていた耶具矢は、そんな声と共に蓮の身体を離すと、自分の腹部を抑えて身悶えた。その目の端には涙が浮かんでいる。身体に無理な力を入れたせいで、傷が響いたのだろう。

 

なんとも締まらない、耶具矢らしいところだ。無理した耶具矢の頭を撫でつつ、蓮は美九に顔を向ける。美九はニコニコと蓮を見ていた。

 

「美九は…止めておく?一応アイドルだし、こういう事をするのは良くないと思うから」

 

「あーん、私だけお預けなんてひどいですぅ!ちゃんと皆さんにした事をして下さい!」

 

断られるかと思ったが、意外にも美九はウェルカムとばかりに催促し、腕を広げる。蓮は本人が良いならと思い、抱きしめる。その行動に美九は満足気だ。

 

「ふふふ、蓮さんのお肌って、シミや日焼けもなくて本当に綺麗ですねぇ。私が吸血鬼だったら、首筋にカプッとしちゃいそうですぅ」

 

「おお、怖い怖い」

 

美九のダイナマイトボディが身体に直当たりするが、慌てる事なく平然と対処する。数秒の抱擁後、蓮は美九から解放されフッと息をつく。これで全員と抱擁を交わした事になる。なるのだが、ここである事に気付いた。

 

「むむむ…」

 

最初に抱きしめたはずの十香が、何故か不満気な様子で蓮を見ていたのだ。

 

「えぇっと、十香、どうしたんだ?」

 

「…レンは、私にだけしてくれると思った事を、美九や耶具矢達にもするのだな…」

 

そうとだけ言うと、顔をプィっと背けてしまう。そんな反応の十香を見た蓮、耶具矢、夕弦、美九は互いに顔を見合わせる。そして、理解した、十香が嫉妬しているのだと。

それを理解した耶具矢達三人は、小さく笑うと、耶具矢は十香を指差し、夕弦はガシッと抱きしめるようなジェスチャーをとった。最後に美九は幸せそうに自分の両頬に手を当て、身をよじる。

 

その行動を見て、蓮は肩を竦める反応をすると、顔を背けている十香に近づき、不意打ちに抱きしめた。その行動に十香はビクッと身体を震わせ、緊張した表情となった。

 

「そうだったな、じゃあ十香には特別に二回で…」

 

「いや、違うぞ!私は、その…そのような意味で言ったんでは…」

 

そんな拒否するような反応をして顔を伏せる十香だったが、言葉には隠しきれない歓喜のようなものがあり、俯いている顔の口元は緩んでいた。それに十香自身が気付いているのかは分からない。

 

「思えば、十香が俺の中の始めだったな。十香が居てくれたおかげで、今までの自分から変わる事ができたのかも知れない」

 

「むぅ?何を言っているのだ、変えてくれたのはレンとシドーではないか。私は何もしてないぞ…」

 

妙な事を言うなとばかりの反応に、蓮は『そうだったけ?』と返し笑う。いつからだろう、こんなにも臆病になったのは。最初から何もなければ、失う悲しみも無い、そんな考えで自分の事を誰にも知ってもらおうとせず、他者の事も知ろうとしなかった。

 

そんな停滞状態の自分を変えてくれたのは十香や士道達だった。やがて、それらが言葉に出来ない大切なものになると同時に、失うのが怖くなった。

 

「その…無理はするのではないぞ?レンが何かに耐えている姿を見ると…何故か私も辛くなるのだ。だから…何かあったら言えばいい、うん!それがいいのだ」

 

「あぁ…十香…!」

 

十香らしい不器用な言葉を、照れながら言うその姿。それを見た瞬間、蓮の心に慈しみの思いが生まれ、怪我のことも忘れて十香を抱きしめる。目の前にいる一人の少女、十香を守るためだったら何だってする決意が湧き立つ。エレンやウェストコットに対する恐怖もその前には無かった。

 

「十香達は絶対に守ってやる…、俺が…どんな代償を払ってでも…必ず…。だから、安心していい…」

 

「レン…レン…」

 

二人が抱きしめ合うその光景に、耶具矢、夕弦、美九の視線は釘付けになり、言葉も発する事が出来ない。男と女の心が一つになったと表現するその光景に、自分は異物だと感じ、それを見守るべきだと理解した。ただ、誰かが鳴らした喉の音、それが自分たちのこの場での存在アピールなのだろう。

 

「十香…十香……」

 

「レン…レン…」

 

二人は熱に浮かされたように互いの名前を呟き、顔を見つめ合う。そして、蓮が十香の頬に手を添え、動かないように固定すると自分の顔を十香の顔に近づけていく。その行為の意味は分かりきっている。

それを見た十香は、目を閉じ、美しい唇を前に突き出す。それが十香の意思だった。蓮の顔が十香に近づけていく途中、室内は沈黙が支配していた。もしかしたら、皆が呼吸まで止めていたのかもしないほどだ。

 

数秒が何時間にも感じる空間で、二つの唇が一つになる。だが、その時、部屋のドアを開ける音が雰囲気を崩した。

 

『…ッ!?』

 

部屋にいた一同がその方向に注目する。そこには右腕でペットボトルを抱え、左手につけたパペット『よしのん』の口でドアノブを掴んでいる四糸乃がいた。その顔は真っ赤に染まり、ワナワナと震えている。

 

「あの…その…わ、私…何も見てませんので…」

 

蚊の鳴くような声でそう言うと、羞恥のあまり目の端に涙を浮かべながらどこかへと走って行ってしまう。それを見て、我に返った五人、そのうち、自由に走れる蓮が、素早く四糸乃の後を追う。この後の十香にどう接すれば良いか悩むところだが、誤解とも言えないあの状況をどう説明すれば良いか悩むところだ。

 

(だけど…嘘じゃない。本当だからな、十香。この気持ちも…)

 

夜の病院内の廊下を走り、四糸乃の後を追う。蓮が四糸乃の肩に手を置いたのは数秒後の事だった。

 

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