デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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69話

〈エデンの園〉

 

アダムは男、イヴは女。彼らは神が最初に生み出した人間のひとつがいであり、神が作ったエデンの園で不自由なく永遠の命を持って暮らしていた。

 

主なる神は、楽園のあらゆる果実を二人に許したが、たった一つ、善悪を知る木の実だけは絶対に食べてはならないと言った。しかし、狡賢い蛇に騙されたイヴはその禁断の実を食してしまい、アダムもイヴを真似して実を食べた。すると、お互い裸でいる事が恥ずかしくなり、イチジクの葉で腰を覆い隠したという。

 

これを知った神は怒り、二人をエデンの園から追放した。これにより永遠の命を失い、その子孫たちは悪魔の誘惑に悩みながら、信仰に励まなくてはならなくなった。

 

 

〈イカロスの翼〉

 

ミノス王の怒りを買ったダイダロスは、息子のイカロスと共に塔に幽閉される。

 

だが、優れた名工だったダイダロスは鳥の羽を蝋で固め、空を飛んで脱出する事を思いつく。そして、作った羽をイカロスにも付けさせ飛び方を教えた。『飛ぶ時は必ず中空を飛ぶように。低すぎると海のしぶきで羽が重くなり、高すぎると太陽の熱で蝋が溶けてしまう』

 

そう忠告して二人は飛び立つが、血気盛んなイカロスは、空を飛ぶ嬉しさのあまりその忠告も忘れて空高く飛んでしまう。太陽に近づいた事により、蝋が溶け出し、イカロスは羽を散らしながら海に落ちて死んでしまった。

 

 

この二つの物語は、神の言いつけを守らなかった罪人と、身の程を知らない若者の暴走を示す内容だ。だが、もし、神がアダムとイヴを被害者と捉えたなら、イカロスに本当の翼があったのならこれらの結末を避けられたのか。

 

そう考える事はあっても結局許さなかったのか。それこそ、この世に実在するかも分からない神のみが知る事だろう。そして、神の怒りの恐ろしさを知ってても、人は禁断の蜜の香りに誘惑され、禁忌を犯してしまう生き物だ、いや、人間で無くともだろう(・・・・・・・・・・)

 

 

 

自分と比べて、小さすぎる背中に近づき、相手に気付かせるために肩に手を置く。その行動に少年はビクッと身体を震わせると、慌てて背後を振り向く。蓮の姿を見た少年は目を見開き、驚いた表情を作る。

 

「お前は本物(・・)だな!?身体は小さいが、五年後から全てを知っている士道だな!?」

 

「れ、蓮…?どうして…五年前の天宮市になんでお前が…?」

 

士道は戸惑った様子を見て、蓮はやはりとばかりに確信する。この姿の士道と別れたのは隣町、そこから全速力で飛んでこの天宮市に来たのだ、なのにも関わらず、ここにいるという事は別人(・・)だと考えるしかない。これで一先ず協力者である士道と合流できた。そう安堵する矢先、頭の中に声が響き渡る。

 

『きこ…て…ます…、蓮さん、聞こえてますか?』

 

頭の中に響き渡る声。それは蓮を過去に送った張本人、狂三のものだった。最初はノイズでもかかったように途切れ途切れのものだったが、やがてはっきり聞こえるようになり、狂三のものだと分かるようになると、蓮は周囲を見渡しその姿を探した。

 

「狂三!?どこにいるんだ?」

 

「蓮も狂三の声が聞こえるのか?じゃあ、お前も…」

 

士道の言動を見ると、どうやら彼にも狂三の言葉が聞こえているらしい。だが、周囲を見渡しても狂三の姿などどこにもない。その事に眉を顰めていると、聞こえて来る狂三の声が反応した。

 

『ああ、ようやく繋がりましたわね。いくら探してもわたくしの姿はそこにはありませんわよ』

 

「でも狂三の声が聞こえて来るぞ」

 

『それは、〈刻々帝(ザフキエル)〉ーー【九の弾(テット)】の力ですの。異なる時間軸にいる人間と意識を繋ぐ事が出来まして、今、蓮さんが見ておられるものもしっかり見えておりますわ』

 

「【九の弾(テット)】…でもそんなもの撃ってもらったか?」

 

記憶にある限り、狂三からもらった弾は時間遡行の力がある【一ニの弾(ユッド・ペース)】しか撃ってもらってないはずだ。それを聞いた狂三はよくぞ聞いてくれたとばかりにクスクスと笑う。

 

『ふふ、実は蓮さんから【一ニの弾(ユッド・ペース)】を撃つための源を受け取った際、コッソリと【九の弾(テット)】の弾を送り込んでおきましたの。ただ、さっきまで蓮さんの意識が伝わって来なかったため、心配していたのですが、何処におりましたの?』

 

「ああ、ついさっきまで天宮市じゃない隣町にいたんだ。幸い、妹思いな子供に教えてもらったおかげでここに来れたけど。さあ、これはどういう事だ?狂三…」

 

それを聞いた途端、狂三の様子が少なからず動揺したのを感じた。やはり、蓮が天宮市ではなく、その隣町に現れたのは予想外の事だったらしい。

 

『そ、そんなはずはありませんわ…わたくしは確かに…、で、ですが、もしかしたら間違えてしまっていたのかもしれませんわね…。手間を掛けさせてしまい、申し訳ありませんわ』

 

狂三の謝罪を聞き、まったくとばかりにため息をした後、背の小さい士道を顔を見下ろし、見つめる。その目を見て、大切な話をするのだと察した士道は、汗ばんだ手を握りしめる。

 

「俺はさっき、折紙を見た。俺らと同じように未来から来て、精霊化した状態の折紙だ。あいつがこの時代が消える直前の様子を見たか?折紙は何を見てあんな震えていた?知っているなら教えてくれ」

 

「お、折紙は…あれを見たんだ…」

 

自分より近くで折紙を見ていたであろう士道にそう聞く。すると、士道は痛ましい表情を浮かべると、震える手である方向を指差す。そこには肩口をくすぐるくらいの髪をした小学生くらいの女の子がいた。

利発そうな顔立ちをしたその少女は身体中黒く汚れ、その場に座り込み何を考えているのか分からない目で、空を見ている。そして、その前には巨大なクレーターがあり、そこには人間であったろう『パーツ』、元人間の『部品』が無残に転がっていた。

 

こんな住宅街に自然にクレーターが出来るわけがない。何より、蓮にはクレーターがある理由に心当たりがあった。そして理解出来た、折紙が消える間際の様子の原因が、今泣いている少女の正体とその理由が。

 

「まさか…あれは…。両親を殺した精霊の正体は…」

 

それを目の前で見たであろう士道に顔を向けると、コクリと頷く。この世界にとっては、常識に逆らった折紙の行動すら全て計算通りだったのだ。言い返せない皮肉、宇宙が与えた鳶一 折紙という少女の誕生と、その人生。それが分かった。

 

だが、その思考は火災によって倒れた家の大きな音を聞いて中断させられる。あまりの出来事に忘れていたが、この辺りは火の海と化しており、炎が燃え移った住宅が崩れている。それは少女が座り込んでいる場所にも発生し、燃えた建材が倒れ込んで来た。

 

「ヤバイ!逃げ「折紙っ!!」

 

蓮が何かするより早く、隣にいた士道が動いた。猛ダッシュで走り出すと、折紙に飛びつき強制的に場所を移動させる、その瞬間、さっきまで折紙がいた場所に建材が倒れ込み、土煙と火花を出した。

 

「まったく…無茶する奴だ…」

 

腕を振り、建材が巻き起こした土煙を払いながら蓮は呟く。このままここに居続けるのは危険だ、どうやら士道も同じ考えらしく折紙の手を握りながら燃える建材越しに、どうすればいいかと聞くような視線を送ってくる。

 

蓮は上空から見た景色を思い出し、まだ火が回ってなかった方向を指差し、そっちに走れとジェスチャーで伝えた。どうやらそれは正しく伝わったらしく、士道は頷くと、折紙の手を引っ張り指差した方向に走り出す。

 

『蓮さん、お二人を追いかけてくださいまし』

 

「ああ、分かってるさ」

 

士道と蓮とを分けていた建材を飛び越し、二人の後を追おうとするがその前に数分前まで折紙の両親であった『もの』に顔を向けた。常人なら嘔吐してしまいそうな光景、蓮はそれに対し目を瞑り、黙祷を行う。数秒後、目を開き、火の回っていない安全な場所へに向かうため、赤く染まった道を駆けていく。

 

『皮肉なものですわね。折紙さんが長年追い求めていた復讐相手が、過去に戻って来たご自分だなんて』

 

「俺もそう思うよ。これも全てを作った宇宙が決めた事なのかもしれないな」

 

『宇宙が…決めた事?』

 

二人を追いながら言った蓮の一言に、狂三は疑問とばかりに聞き返す。

 

「禁忌を犯した者の末路は狂三も知ってるだろ?ある者は楽園を追われ、ある者は翼をもがれて地に落ちた。折紙もそれらと同じ、世界か、或いは宇宙が決めた事に逆らい、罰を受けたんだ」

 

『敢えて、神が決めた事…とは言わないのですのね』

 

「俺は自分の目で見たものしか基本信じない。神とやらもこの目で見るまでは存在しないも同じだ」

 

そう言い終わった直後、蓮は足を止めた。自分の位置から少し先に士道が泣きじゃくる折紙を抱きしめているのが見えたのだ。それの邪魔をしないように道の脇まで寄るとそこから二人の姿を見守る。

 

「しかし…本当にどうして場合によって自分自身なんだろうな。五年間、溜まりに溜まった恨み、悲しみの感情が跳ね返って、折紙はああなったのか…」

 

『想いをぶつける相手も無く、ただ後悔だけが残っただけでしたわね。蓮さんはいっそのこと、憎む相手が実在していればあのようになる事も無かったとお思いになりますの?』

 

「どんな相手だろうと、殺して満足感を得る事が出来れば良いんだ。後悔が残る復讐劇なんて…三流以下さ」

 

『・・・・・・・・・』

 

吐き捨てるように言ったその言葉に狂三は無言になる。だが、すぐに蓮の考えを探るように質問をして来る。

 

『…蓮さんには、過去に戻ってやり直したい出来事はありますの?または、どうしても確かめたい事はなどが…』

 

それは人間なら一度は思いつく事だ。結果を知った上でそれをやり直し、より良いものにしたいと考える。だが、蓮は首を横に振ってNOと答えた。

 

「そりゃあ、今まで俺から離れていったものはたくさんある。だけど、そうなったには何か理由があるはずだろ、どんな理不尽なものだろうと。なら、追いかけるだけ無駄さ、取り戻そうと掴んだ瞬間、指の隙間から逃げていくと思うから」

 

『…とても無欲ですわね。誰もが一度は思い願うもののはずですわ。とはいえ、折紙さんのように叶えられる者はほぼ皆無でしょう』

 

「そうだな、だから俺には折紙の事を"愚か"だと笑う権利は無いと思う…」

 

やがて士道に泣き縋っていた折紙は、士道の服から手を離しその場に立ち上がると袖で涙を拭う。その目は真っ赤に充血していたが涙はもう引っ込んでいた。これから一人の少女の復讐が始まる、その瞬間を見て蓮は小さく呟く。

 

「過去に戻って叶えたい願いも無ければ、戻りたいと考えた事も無い。傍観者であるジェイク・メイザースという存在(・・)には…」

 

立ち上がった折紙は、士道に何かを言った後歩き去った。士道はその背中を追いかける事なく見つめていた。やがてその背中が見えなくなると士道も立ち上がり、蓮の方に歩いて来る。その表情はとても暗い。

 

「あいつはお前に何て言ったんだ?その様子じゃいい事を言われた訳じゃないようだが」

 

「折紙は…自分の感情を全て俺に預けるって。絶対に、どんな手を使っても…両親の仇を取るって…」

 

震える声で語る士道を元気づけるようにその頭をポンポンと優しく叩く。こんな事をしても士道が元気になるとは思えなかったが、そうせずにはいられなかった。

 

「あいつには言ったのか?自分の両親を殺したのは、未来から来た自分自身だって事を」

 

小さな少女には、あまりに残酷な真実だが、この場で何よりも重要な事だった。それを知っていればこんな悲劇は防げただろう、その問いに士道は顔を横に振る。

 

「悪い…言えなかった…」

 

「…まあ、そうだよな。言えるわけないよな」

 

それももっともな事だ。しかし、これによって皆の知っている世界、さっきまで生きていた世界へとなった。結局、過去へ戻っても何も変える事が出来なかった。これからどうするべきか、そう悩んだ時、目の前にいる小さな士道の身体が発光したかと思うと、段々大きく形を変えていき、成長した高校生の士道へとなった。

 

「うわっ!…何だ、七罪の天使の力が切れたのか」

 

「七罪の天使?ああ、〈贋造魔女(ハニエル)〉の力で変身してたのか」

 

士道の言葉を聞いて、さっきまで幼い姿だった理由を理解する。七罪の霊力は蓮が封印したのだが、蓮はその霊力の一部を右腕を介して士道に渡していた。DEMなどの敵や、今後も精霊と出会う事を考えると、手札は少しでも多い方が良いと思っての行動だったのだが、その力を使ったという事はそうせざる得ない状況があったという事だ。

 

「やっぱり良かったな、霊力を渡しておいて。どうやってその力を使ったんだ?」

 

士道には、自分のように霊力を自分の扱いやすい武器にして、力を使うという事が出来なかったはずだ。なのにも関わらずどのように使ったのか蓮は興味があった。そう聞かれ、士道はどう答えたら良いか分からないと言った表情と呻き声を出す。

 

「いや、どうしたかって聞かれてもな…がむしゃらにやったら出来たって言うか。多分、さっきみたいにもう一度やれって言われても出来ないと思う」

 

「ッ!?もう一度…さっきみたいに…戻る…」

 

顔を背け、気恥ずかしそうに言った士道のその言葉を聞いた瞬間、蓮の頭にある案が浮かんだ。それは、全てが終わり、手詰まりとなっている今の状況から抜け出す事が叶うものだ。だが、その作戦には一つの壁があった、これがダメだったらそれを実行出来ない。

 

「狂三!狂三!聞こえているか!?」

 

『ええ、聞こえておりますわ。そのような声を出されてどうなさいましたか?』

 

「五年前のこの日。狂三はこの付近にいたか?頼むから近くにいたと言ってくれ!」

 

その質問の内容に狂三だけならず、士道も眉を顰める。その問いの意味が分からないが、狂三は蓮に聞かれたのならば答えないはずにはいかず、この時の事を思い出して答えた。

 

『え、ええ、確かその街を訪れていたはずですわ。これほどの火災に精霊さんが関わっていると考えましたからね』

 

「よし!場所はどこに!?」

 

『火災現場近くのビルの屋上に…ああ、そういう事ですの。面白い事を考えますわね、流石蓮さんですわ』

 

狂三も蓮の考えを理解した様子だ。その口ぶりから、不可能な事ではない(・・・・・・・・・)という確証も得れた。

 

「もっと詳しい場所を教えてくれ!今からそこに向かう!」

 

そう言って、蓮は士道の腕を掴み走り出す。この場でただ一人何をしようとしているのか分からない士道は、引っ張られながら質問を投げかける。

 

「向かうって、どこに何をしに行くんだよ!?」

 

声を上げた士道に、前を走る蓮が顔を向ける。その顔には隠しきれない歓喜、あるいは希望のようなものと共に微笑が浮かんでいた。

 

「行くんだよ、五年前の狂三の元に。そこでもう一度時間遡行の弾を撃ってもらって、折紙が自分の両親を殺す前まで戻るんだ!」

 

それは、詰んでいるこの場から脱出出来る、まさに逆転の策だった。

 

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