デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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70話

炎が広がり、木を家を人を燃やして行く。なんの前触れもなく起きたこの大きな火災、それが起きた住宅街は、反転した折紙が天宮市を破壊する光景を彷彿とさせるものだった。いや、この地獄の再来が五年後の天宮市で起きたという方が正しいかも知れない。

 

ここでは誰かを助けようとした誰かすら、皆死んで行くだろう。そして、ここでは蓮が知る限り二人の少女の運命が捻じ曲げられた。一人は五河 琴里。謎の存在〈ファントム〉によって精霊という人外の存在へと変貌させられた挙句、そうなった際のこの地獄を作り出してしまう結果となった。

 

もう一人は鳶一 折紙。まだ幼かった折紙は、自分の両親を殺した存在への復讐心を抱えながら生き、五年後に精霊へとなった彼女は時を操る力を持つ精霊、時崎 狂三の手を借り、親を殺された今日へ舞い戻ってくる。だが、自分の父と母を殺したのは五年前に戻ってきた自分自身だった。それに絶望した折紙は、世界を滅ぼす厄災へと変わってしまう。

 

 

(本当に、なんで…こうなったんだろう…)

 

目の前に広がる地獄を見て、蓮は無意味と理解しつつもそう思わざる得なかった。二人の少女は、昨日まで誰とも変わらない存在だったはずだ。なのに、今日という一日で一人は人間で無くなり、一人は未来で爆発する復讐心(爆弾)を胸に背負う結果となった。宇宙はすべての生物に平等の命を与えても、運命は幸福に出来ないのか、ならばどうして命はこの世に生まれ落ちるのか、それが分からない。

 

『蓮さん!蓮さん!どうしましたの?』

 

そんな思考も、脳内に響き渡る狂三の声で中断させられる。それを聞いて我に返った蓮は気分を入れ替えるように深呼吸をした。

 

「悪い、ボーッとしてた」

 

『しっかりして下さいまし。五年前のわたくしはすぐ後ろのビルの屋上にいたと思いますわ。もう士道さんは先に入ってしまいましたわよ』

 

後ろを振り向くと、狂三の言う通り目の前にはオレンジ色の光に照らされたビルがそびえ立っていた。ビルと言っても周囲がこんな環境では皆避難し、中には誰一人いないだろう。そうなると、廃ビルと表現するのが正しいのかも知れない。

 

「士道は階段を上って行ったのか。時間と労力の無駄だな」

 

狂三の時間遡行の力でこの時代に留まれる時はそう長くない、それにこんなビルの階段を駆け上がって体力を消耗するのはまっぴらだ。

 

「距離は…大丈夫だな。よし…」

 

蓮は左手を前に伸ばすと、籠手〈ウィトリク〉を出現させる。その手のひらから、パシュッという音と共にアンカーが射出され真っ直ぐ飛んで行く。アンカーの先端は屋上の手すりに引っかかり、蓮とを結ぶ。

 

結ばれたアンカーを数回引っ張り、しっかり固定されているのを確認した後、それを巻き取り自分の身体を地面から離れさせる。階段を上って行くのと比べて圧倒的に早いスピードで屋上に到達すると、アンカーの先端を回収し、空中でクルリと前方に回転した後屋上に着陸した。

 

「ふう…やっぱり空は良い。人間の性から解放されている気持ちになれる」

 

鬱陶しく揺れる前髪を掻き上げながら、蓮は前を見つめる。そこには二人の人物が立っていた。

 

一人は先にビルに入り、屋上に辿り着いたであろう士道だ。突然現れた蓮に、驚きつつも不満ありげな顔でこちらを見ている。だが、士道には悪いが彼には興味は無かった。

重要なのはもう一人、士道に古式の短銃を向けている少女。背丈は知っている姿と比べ大差はないものの、レースとフリルで飾られたモノトーンのブラウスにスカート。髪は括っておらず、少女の綺麗に揺らめいている。

 

だが、一番目を引いたのは記憶と大差ないその顔だった。人外の美しさを放つその顔の左目には、なぜか医療用の眼帯があった。

 

(眼帯…?怪我でもしてたのか?)

 

そんな呑気なことを考える蓮とは反対に、少女は自分の目が信じられないと言った顔で蓮を見つめている。そんな少女はに蓮は足を揃え、スカートでも摘んでいるかのように両手を上げると、行儀良く頭を下げる。それはまるで、狂三が挨拶するかのように。

 

「お初にお目にかかりますわ。わたくしの名は神代 蓮、またの名をジェイク・メイザース。時崎 狂三さん、本日は貴方様に手を貸していただきたい事がありましてここに参りましたの」

 

こんな状況でも、蓮は悪ふざけか狂三を真似た喋り方で自己紹介をする。それに反応したのは当然ながら少女だった。

 

「あ…なたは…」

 

放心気味にそう呟くと、士道に向けていた短銃を下ろし、おぼつかない足取りで蓮に歩いて行った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あなたは何者ですの?ここにどのような用事で?」

 

息を切らしながら階段を上がった士道を屋上で待っていたのは、姿の違う五年前の狂三(・・・・・)だった。そして現在、まだ自分を知らない狂三が短銃を向け警戒の色を示している。それを感じた士道は緊張で固まる。

 

「いや、その、違うんだ!敵対する気は…」

 

銃弾を撃ち込まれないように、両手を振ってそう言う士道だが、こんなところまで来た初対面の人間を警戒するなと言っても信じられる訳がないだろう。その予想通り、士道の足元に銃弾が炸裂し、穴を開ける。

 

「わたくしの許可なく動かないで下さいまし。いくつか質問をしますわ、正直に答えなかった場合、命の保証はしかねますわよ」

 

それは脅しではない。今の狂三を見ればすぐにわかる事だ。マズイ事になった、今の自分たちの境遇を話して協力を得ようにもタイムリミットがあるのだ、それに加え今の狂三が協力してくれるかも別の問題だ。

 

(こ、ここは…蓮に頼むしかないか…)

 

この状況では自分が話すより、蓮が話した方が簡潔かつ、狂三を信頼させられる事が出来るかもしれない。そんな希望と共に眼球運動で隣にいるであろう蓮を探すが、その姿を見つけられず愕然とした。

 

(蓮は…どこにいるんだ…!?)

 

ビルの前まで一緒に来たのは覚えている。だが、階段からここまでの道のりのどこかではぐれてしまったのか。何にしろ今、自分の近くに蓮は居ない、それを確認した瞬間、士道の手に汗が滲み、背筋がゾクリと震える。そんな様子に狂三は目を細める。

 

「さっきから挙動不審なご様子ですけど、一体何を探しておられますの?」

 

「えっ!?いや、大した事じゃ…」

 

だが、狂三はそんな士道の返答を信じていないらしい。胸元に向けていた銃口を士道の頭へと向けた。

 

「答えて下さいまし。一体、何を探してますの?」

 

「ひいいい!!」

 

答えなければ間違いなく自分の額に風穴が開くことになるだろう。それを感じ取った士道は、最後の希望とばかりに視覚を共有している狂三に語りかける。

 

「く、狂三、どうすれば…」

 

『あらあら、昔のわたくしは随分と慎重ですわね。大丈夫ですわよ、士道さん。どんなに慎重であろうと、"あの腕"を見ては有無も言えなくなりますわ』

 

今の士道に対し、狂三の答えはとても落ち着いたものだった。いや、何か楽しみ(・・・・・)とすら見ている様子すらも感じる。それが何なのか聞こうとした時、屋上に金属同士がぶつかるような音が響き渡る。その数秒後、手すりを飛び越えて誰かが屋上に乱入して来た。

 

軽い身のこなしで屋上に着地し、揺れる前髪を鬱陶しそうに掻き上げたのは、士道が探していた蓮だった。突然の乱入者に士道だけでなく、狂三の視線も向けられる。

 

(か、階段を使わないで一気に上がって来たのか…)

 

いきなりの登場に驚きつつ、今までどこにいたのかという非難を込めた目を蓮に向けるがスルーされる。その反応に、士道は内心ため息をした。

 

(なんて言うか…こんなに捻くれてるけど、十香達には優しいんだよな…。本当に何でなんだか…)

 

ここまで行くと最早病気の域だろう。だが、こんな行動をしても根はいい奴だと士道は知っていた。でなければそもそも、こんな所にいないのだから。そんな疑問も蓮が狂三に視線を向けた事で霧のように消えた。

 

銃を向けている狂三を見た蓮は、何を考えたのかまるでスカートでも摘むような仕草をした後、行儀良く頭を下げた。

 

「お初にお目にかかりますわ。わたくしの名は神代 蓮、またの名をジェイク・メイザース。時崎 狂三さん、本日は貴方様に手を貸していただきたい事がありましてここに参りましたの」

 

それは狂三の喋り方を真似た自己紹介だった。それを聞いた士道は、今にも叫びたくなる心情となる。

 

(この狂三とは初対面なのに!そんな煽るような言い方はマズイだろ!?)

 

自分たちを知っている未来の狂三だったら、笑って許してくれる(蓮に限って)かもしれないが目の前にいる狂三は士道はもちろん、蓮の事も知らないのだ。見ず知らずの他人に、小馬鹿にするように自分の真似などされたら怒るに決まっている。

 

だが、士道の予想は裏切られる。狂三は士道に向けていた銃を下げると、まるでその存在すらも忘れたように蓮の姿に釘付けとなった。

 

「あ…なたは…」

 

唯一見える右目に蓮の姿を映したまま、フラフラとおぼつかない足取りで蓮に歩み寄って行く。士道はその姿を固唾を飲んで見守る。蓮も剣こそ構えていないものの、警戒した目で近づいてくる狂三を見ている。そして…

 

「その腕は…あなたは、あなたが(・・・・)…」

 

狂三は、蓮の目の前まで近づくと、自然な動きで抱きつき、顔を埋める。その行動に蓮はもちろん士道も目を丸くする。

 

「あぁ…感じますわ。この中に流れる力の存在を…。身を沈めたくなる罪深き誘惑を…」

 

目を細め、熱い息を漏らす狂三に、他の二人は戸惑う。何度も感じた狂三の感覚、女性らしい甘い香りと魅力的な身体。だが、今はそれを味わっている時間も無く、士道もそれをただ眺めている訳にはいかない。

 

「あの、その…。狂三、話を聞いて欲しいんだ、俺たちは…」

 

パァン!!

 

そう言いながら狂三に近づいた士道の足元に銃声と共に穴が開く。それは蓮に抱きついている狂三が放った銃弾が、士道の立っている足元に命中したからだ。ただ、狂三自身は依然と蓮を抱きしめており、右腕だけを伸ばして射撃していた。

 

「はあ…はあ…、もっと…もっと、わたくしを…感じさせてくださいまし…」

 

驚く事に狂三自身は放った銃弾や撃った相手である士道の事を、全く気にもしてない様子で息を荒くしている。まるで身体だけが士道に反応し、攻撃したかのような現象。だが、それで士道は歩みも話しかける事も出来なくなった。

 

それもそうだろう。今のが威嚇と捉えると、次近づいたら、銃弾は頭に飛んでくるに違いない。蓮は動けない士道とアイコンタクトで頷くと、自分を抱きしめている狂三の顔を掴み、優しく自分の顔に向かせる。その表情を見た蓮は息を飲んだ。

 

「あぁー…あぁ…はぁ…」

 

狂三の目、口が放心気味に開かれており、瞳はどこを見ているのか分からず、口からは意味の分からない言葉と共に涎が唇から流れている。蓮が狂三と出会ったのは間違いなく六月頃のあの雨の日だったはずだ。しかし、狂三は明らかに蓮のことを知っている様子だった。

 

(俺が一体…お前に何をしたんだ…?何が、お前をそこまで狂わせる…)

 

その事を狂三に聞きたいところだが、今は時間が無い。焦点の定まらない狂三の目を見つめ、語りかけた。

 

「狂三!時崎 狂三!俺の声が聞こえるか!?」

 

「ふぇえ…あぁあ…」

 

彼女らしく無い気の抜けた返事。それを聞いてダメかと舌打ちする。すると、頭の中に目の前にいる狂三とは違う、別の狂三の声が聞こえてくる。

 

『手間をかけさせて申し訳ありませんわ。やはり、五年前の未熟なわたくしでは、今の大きな力を持つ蓮さんに飲み込まれてしまいましたわね』

 

「飲み込まれた?」

 

『大きな力は小さきものを取り込み、その力を上げる。それだけですわ。仕方がありません、わたくしから言ってみましょう。…聞こえていますの?気をしっかり持ってくださいまし、わたくし』

 

その声を聞いた狂三の目に、理性が戻り、焦点が定まってくる。数秒後、身体を震わせていたが、大きくビクッと痙攣し正気を取り戻した。

 

「あぁ…この声は、わたくしの…。一体何が…、この感覚は…」

 

『今、そこにいる蓮さんと士道は、わたくしが未来から過去に送った存在ですわ。どんなに逃すまいと捕まえていてもいずれ消えてしまいますのよ。それより、あなたにはして頂きたい事が…』

 

狂三は、これまで起きた事を簡潔に説明した。過去を改変しようとして、失敗し、それにもう一度挑むため今の時代の狂三の力を借りたいという事を。それを説明してる途中、士道が不安そうな目でこちらを見てくる。

 

何とか説明は上手く行っているが、それを狂三が受けてくれるかくれないかは話が別だ。その事を心配しているのだろうが、蓮はそんな士道に大丈夫だとでも言うようにコクリと頷く。それと同時に狂三への説明は完了する。

 

「なるほど、事情は理解しましたわ。微力ながらお力添えをさせていただきますわ」

 

「…本当に良いのか?大切な弾を、出会ったばかりの俺たちに撃って…」

 

頼んでいる蓮が言うのもあれだが、出会って一時間も経過してないであろう自分と士道に切り札と言えるような時間遡行の弾を使ってくれるとは思えなかった。もし、自分が狂三の立場だったら使いはしないだろう。そんな言葉を聞いて、狂三は妖しく微笑む。

 

「未来のわたくしからの頼みなんですもの。断る訳にはいきませんわ。それに…、これから先で出会う蓮さんに器量の小さいようなところをお見せ出来ませんし…」

 

小さく呟いたそれに、蓮はなんとも言えない表情で肩を竦める。こういうところは五年前から相変わらずであるらしい。狂三は数歩下がりながら、踵を床に当て、トン、トン、と音を鳴らす。すると、その背後に巨大な文字盤が姿を現す。狂三の持つ、時を操る天使、〈刻々帝(ザフキエル)〉だ。

 

「ただ、霊力は蓮さん自身から、徴収させていただきますけど、よろしいですわね?」

 

「もちろん、最初からそのつもりだったし」

 

そう言うと、蓮は右腕を狂三に触れさせようと前に歩き出す。だが、蓮が前に一歩進むと狂三は一歩後ろに下がってしまう。

 

「…?」

 

「クスクス…」

 

その行動に眉を顰める蓮に対し、狂三はその反応を楽しんでいるかのような顔だ。試しにもう一度前に一歩進むが、また一歩下がって遠くなる。それを見て、お手上げとばかりに両手を広げた。

 

「蓮が霊力を渡そうとしてるのに、なんで離れるんだ?分かってると思うが、俺たちにはあまり時間が…」

 

士道のその意見と全く同じ疑問を蓮も抱えていた。それに、狂三は当たり前だと言わんばかりの言い方で答える。

 

「どうやら、あなた方はまだすべき事があると察しましたわ。それなのにも関わらず、その霊力の譲渡の仕方は良い判断とは言えませんわね。未来のわたくしから聞いておられるはずですわ、デメリットの無い、力の渡し方(・・・・・)を…」

 

ペロリと唇を舐めた狂三は、今度は自分から蓮に近づいてくる。そして、両手を後ろに組み、目を瞑ると唾液で光る唇を前に突き出す。その姿勢で要求している事など知れている。

 

「えっと…、俺は後ろを向いているから…」

 

困ったように頬をポリポリと掻いた士道は、せめてもの配慮とばかりに後ろを向く。蓮も人に見られながらキスをするような性癖は無いが、その心遣いが今は心にくる。だが、狂三の言うことは正しかった。右腕を使っての譲渡は、蓮自身に目に見える疲労を残してしまう。そんな状態で活動するのはマズイだろう。

 

そんな誘惑に蓮は左手を伸ばし、狂三の頬を撫でゆっくりと顔を近づけていく。すっかり慣れてしまった狂三とのキス、だが大勢の人を殺めた狂三との行為を、蓮はもはや辞める事も、悪しき事とも捉える事が出来なくなっていた。身体と共に自分の気持ちも大きく変わっていっている、それに対する恐怖すらもない。

 

蓮と狂三の顔はゆっくりと近づいていく。そして、その唇が一瞬触れ合う、その瞬間。

 

『ダメですわ!!すぐに離れてくださいまし!!』

 

頭の中に響いた狂三の声。それによって現実に戻された蓮は、思わず狂三との距離を離してしまう。その声は目の前の狂三にも聞こえていたらしく、不満そうな雰囲気を放っていた。

 

『それ以上は見てられませんわ。わたくしの目の前で自分以外の女性と唇を交わすなんて!』

 

「いや、自分以外の女とって、目の前にいるのも狂三…」

 

『そ、そうですわ!別にわたくしの時のように数年前にまで戻るという訳ではないのですから、そのくらいの霊力は、五年前のわたくしがご自分で出してくださいまし!」

 

つまるところ、狂三は過去に戻る霊力は蓮からもらうのでは無く、自分から出せと言う。しかし、それを聞いて不満の声を上げるものがいた、当然ながら、それは五年前の狂三だ。

 

「あらあら、せっかくのお楽しみの時間を壊して随分な事を言いますわね、未来のわたくしは。こんな機会、二度と来る事は無いでしょう、ならば、未来のわたくしも同じ行動をしたのではなくて?」

 

『くっ…、で、ですがもう彼はわたくしのものですわ!その間に何人たりとも入れる気はありませんわ!たとえ過去のわたくしであろうと!』

 

余裕の表情の狂三に対し、頭から聞こえる狂三の声は明らかに動揺している。そんな精神状況では、誰かを言い負かす事など出来はしないだろう、それが自分自身なら尚更だ。そんな狂三を嘲笑うように、五年前の狂三は蓮に密着すると、その耳元で囁き始める。

 

「どうやら、未来のわたくしは随分と器の小さい女らしいですわね。…蓮さん、よろしければ今のわたくしに鞍替えしませんこと?未来のわたくし以上に、愛して差し上げる自信がありますわよ…」

 

『聞こえていますわよぉ!五年前のわたくしぃ!!』

 

そのまま、今と昔の狂三の言い合いが始まる。普段なら、どうなるのか呑気に観察したいところだが、今はそこまで待っている時間的余裕はない。ため息を一つすると、蓮は二人の討論の間に割り込む。語りかけるのは未来の狂三に対してだ。

 

「狂三、今は耐えてくれよ。せっかく昔の狂三がやってくれるって言うんだ、そのチャンスを私情で台無しにするわけにはいかないだろ?」

 

『グスッ…ですがぁ…わたくしの蓮さんが…』

 

狂三の声はいつの間にか涙声になっており、いつもの余裕そうな様子は片鱗も感じさせない。年相応な少女と言った感じだった。そんな狂三を安心させるように語りかける。

 

「大丈夫、気持ちは変わらないさ。俺の…数少ない理解者だから」

 

『蓮さんが…そう仰られるなら、わたくしは何も言えませんわ…』

 

渋々ながらも、狂三の了解を得る事は出来た。とりあえず、その事に安堵する。

 

「ふう…、何とか狂三のOKしてくれたから、こっちも早く…ムグッ!?」

 

そう言いながら前を向いた瞬間、狂三が不意打ちと言える動きで蓮と唇を重ねた。その行動に蓮は目を見開いて驚く。その隙に狂三は左手で蓮の後頭部を押さえて離れられないようにし、自身の右手で左手とを恋人つなぎをする。強引に蓮を襲う狂三の瞳には、歓喜が映る。

 

『あぁ…わたくしだけの蓮さんの濃いものが…どんどん吸われて…』

 

頭の中に、そんな狂三の悔しそうな声が聞こえる。だが、まるで自分を貪るような積極的な接吻に、反応する余裕がない。混ざり合った二つの唾液が、強引に奪われ、または与えられる。その味はまさに美酒と言うのが正しい。

最初こそは驚いていたが蓮だが、その快感に身を任せ、目を細める。そんな中、激しく光る右手を動かし、気になっていた狂三の左目を隠す医療用眼帯に触れる。そして、静かにズラし、隠されていた左目を見た。

 

(良かった…怪我をしていた訳では無いんだな…)

 

そこには、時計の文字盤が刻まれた左目があった。蓮が知っているのと何も変わらない、いつも通りのものだ。その事に安心し、蓮は眼帯を元の位置に戻すと、眼帯越しに左目を撫でる。まるで慈しむように。

 

「ぷはぁ…」

 

「はあぁ…」

 

譲渡を終えた二人は、唇を離すと同時に大きく息を吸い込む。その生理的な行動が、キスを終えたという何よりの証拠だった。名残惜しそうに離れた狂三は何も言わず、ただ、可愛らしい微笑みを浮かべている。

 

「さあ、〈刻々帝(ザフキエル)〉。仕事の時間ですわ。【一二の弾(ユッド・ベース)】!」

 

狂三が上に掲げた銃に、〈刻々帝(ザフキエル)〉の時計盤から溢れた濃密な影が集まる。その間に、蓮は自分たちに背中を向けている士道の元に歩いて行き、その肩を叩く。

 

「終わったぞ。もう後ろを向いて大丈夫だ」

 

「お、おう…。なんかブツブツと言い争ってたみたいだけど、何を話してたんだ?」

 

士道のその、悪意なき質問は何とも返答に困るものだ。それにうーんと声を出す。

 

「まあ、何と言うか、自分は一人だけで十分って事かな」

 

「…?」

 

何を言っているのか分からないと言った様子だが、そんな士道の背中を強引に押して狂三の前に立たせる。

 

「では、士道さんの方をお先に…。健闘を祈りますわ」

 

「あ、ああ。ありがとう…」

 

銃口を向けられ、身体を強張らせながら士道はそう言う。ニコリと狂三は微笑むと、狂三はカタカタと震える銃の引き金を引き、士道に向けて銃弾を発射する。放たれた弾は、士道の胸に命中するとその回転に巻き込むように、形を歪めさせ、姿を消した、

 

「さあ、もう一度。【一二の弾(ユッド・ペート)】」

 

再び出てきた影が、銃口に収まる。狂三の準備が出来たのを確認した蓮は、気恥ずかしそうな様子で口を開く。

 

「えっと…、これから五年後に狂三は俺と会うとおもうけど、その…、その時の俺は少し尖ってて、狂三に剣を向けたり色々言ったりするけど、今みたいに愛してやってほしいんだ」

 

この時代に居られる時間はほとんどないだろう、なのに何を言ってるんだろうと自分でも思う。そんな矛盾した気持ちの中で言葉を繋いでいく。未来で目の前にいる少女、狂三と出会い、ジェイク・メイザースが変わるために必要な事であると感じたからだ。

 

「心配には及びませんわ。女は、殿方に拒まれれば拒まれる程、相手を振り向かせたいと思うものなのですわ。その瞬間を楽しみに、蓮さんに向かっていきますの」

 

狂三は嫌な顔一つせず、大丈夫だと言ってくれた。それを嬉しく思いつつ、狂三の目の前に立つ。

 

「最後に一言…。その眼帯、似合ってるよ。元気でな」

 

『…っ!』

 

「お褒めに預かり、光栄ですわ。どうか、あなた方の目的が達成される事をお祈りしてますの」

 

聞いた瞬間、頭の中の狂三が息を詰まらせる。それとは反対に、狂三は嬉しそうな顔でお礼を言うと引き金を引き、銃弾を発射する。それと同時に蓮は目を閉じ視界を闇に閉ざした。

 

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