デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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73話

「うぅん…」

 

地獄絵図だった街並みから変わって、心地よい微睡みの中で蓮は目を覚ました。寝ていたのは自宅の寝室にあるベッドの上、窓から入り込む朝日から、今は早朝だという事が把握出来る。結局あの後どうなったのか、世界は変わったのか考えながら重い身体を持ち上げる。

 

その動きに反応して同じベッドに寝ていた飼い猫ミルクが、耳をピクリと動かした後に起き上がり、ニャアと小さく鳴く。

 

「ミルクっ!お前なんだな!?怪我はして無いか!?」

 

今の現実を確認するように、語りかけるがミルクは不思議そうに首を傾げる(当たり前だが)だけだ。すると、蓮が寝ていたすぐ隣のシーツがモゾモゾと動くと、中から緑色の髪が這い出てくる。

 

「もう…何よ…?朝っぱらから騒がしいわね…」

 

気だるそうに出てきたのは、蓮と同じ家に住む少女、七罪だった。寝ていた彼女を起こしてしまったのは悪いと思うが、今は何より重要な事を確認するため、その両肩に手を置いた。

 

「な、七罪!?今日が日付を教えてくれるか!?」

 

「ふ、ふえ?」

 

寝起きの時、必死な様子でそんな事を聞かれればそんな反応ももっともだ。しかし、七罪は目覚めたばかりの働かない頭で昨日の日付を思い出すと、戸惑い気味に教えてくれた。

 

「た、確か、昨日が七日だったから、十一月の八日だと思う…」

 

「十一月の八日…」

 

その事実を脳に理解させるように復唱する。十一月八日、それは、折紙が街を破壊した日の次の日だった。それを認識した蓮は、今の状態から七罪を引き寄せ、その胸に強く抱きしめた。朝から過激なスキンシップに、抱きしめられた七罪は目を白黒させ、慌てた声を出す。

 

「え!?え!?、な、なな何なの!?どうしたのよいきなり!?」

 

「…いや、なんでも無いんだ。ただ、こうして抱きしめたくなって…」

 

自分達の苦労を、誰かに話そうと思わなければ、理解してほしいとも思わない。ただ、歴史を変え、悲劇を防いだという達成感だけが蓮の心を満たしたのだった。

 

 

「それじゃあ、七罪、ミルク。行ってくる」

 

「え?もう行くの?まだ三十分以上時間があるじゃない」

 

朝食を食べた後、蓮は素早く身支度を整えると、学校の制服を着て、鞄を手に玄関に立った。その事を疑問に思い、同じく玄関に立つ七罪はそう質問する。それに蓮は靴を履きながら言葉を返す。

 

「ちょいと士道に用事があってな。学校の前にあいつの家に行かなきゃならないんだ」

 

「ふーん、その用事って何?」

 

「この世界を変えたって話をしに行く」

 

「…ゲームの話でもしに行くの?朝から…」

 

真実を話しても、当然ながら信じてはくれなかった。頭上に?を出している七罪に苦笑いを浮かべると、顔を近づけ、その頬に口づけを落とした。

 

「……え?」

 

「何かあったらいつも通り〈フラクシナス〉に電話してくれ。ミルクも大人しく待ってるんだぞ」

 

最後に七罪の抱えるミルクの頭を撫でると、ドアを開けて家を出た。そのドアがパタリと閉じた瞬間、七罪は顔を真っ赤に染めその場に座り込んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「士道!いるか!?」

 

五河家の玄関を、"鍵を使わず"開けた蓮はそんな声と共にリビングの扉を開ける。リビングでは士道と琴里が朝食を食べていた。突然の乱入者に、士道は目を見開き、琴里は目を細め責めるような視線を向けてくる。

 

「あら?住居人がいる時に鍵をこじ開けて入ってくるなんていい度胸して…」

 

「悪い!司令官殿!二度としない!だから少し静かにしててくれ!」

 

「え、ええ?」

 

蓮の急いでいる様子とまさかの返しに、琴里は戸惑いの声を上げるが、それを無視して士道に向かい会う。士道の方も蓮が何故来たのか理解している様子だ。

 

「一応聞いておくが…お前は覚えているな?白い精霊を?」

 

蓮が放った精霊という単語に、琴里は耳を動かす。だが、蓮の言う通り、何も言う事なく大人しくしていた。

 

「…っ!ああ、覚えてる。どうなったんだ…あいつは…」

 

自分が何を話しているのか士道はちゃんと分かっているのを確認した蓮は、一先ず気持ちを落ち着かせるように一呼吸おいた。その後、上の方を指差す。

 

「食事中の時に悪いが、上でその事を話し合いたい。出来るか?」

 

「ああ、内容が内容だしな…」

 

真剣な様子でその事に応じる士道。今すぐ二階で話し合うという事に不満気な様子を欠片も見せないのを見ると、事の重要性は蓮も士道も変わらないらしい。先に士道がリビングを出て行き、蓮もそれに続こうとした時、黙っていた琴里が口を開く。

 

「まったく、朝から男二人で何を話し合うつもりなのかしら?」

 

「…鍵の件は謝るよ。さっきも言ったけど二度としない。だから今は…」

 

「それはもういいわ。なんか話を聞いてると、精霊絡みの事らしいじゃない」

 

それを聞いた蓮は足を止め、琴里の方を見た。その顔、その目は〈フラクシナス〉の艦長、五河 琴里のものだという事が感じられる。

 

「さっき士道に話していた事、私にも教えてくれないかしら。精霊なら〈フラクシナス〉の出番でしょ?」

 

「いや、士道一人で十分だ。司令官殿は何も無かったように食べててくれ」

 

「それは、蓮自身がそう判断したの?」

 

「ああ、俺がそう判断した」

 

迷いのない答えを聞き、琴里はため息をもらした。一応、元DEMという経歴を持つ蓮だが、その能力は琴里も十分認めていた。そんな人物が必要ないと言ったのなら、きっとそうなのだろうと考えてしまうほどに。

 

「分かったわよ。士道と二人だけで話してらっしゃい」

 

「悪い、朝から怒鳴り込んで来て…」

 

「そう思うのなら、今度何か甘いものでも奢ってちょうだい。最近、糖分が恋しくなってきたのよ」

 

そんな琴里の愚痴に、蓮は失笑を浮かべると士道を追ってリビングを出て行く。一人残された琴里は呆然と宙を見つめた。

 

「…まさか、精霊絡みで〈フラクシナス〉が必要無いなんて言われる日が来るなんて、思いもしなかったわ」

 

精霊と接触する二人を助けるのが自分の仕事であるはずなのに、それが出来ないとは何のための〈フラクシナス〉艦長なのかと、自傷気味の笑みを琴里は浮かべるのだった。

 

 

「最初から確認しておくが、お前は狂三の力で過去に戻って、折紙を救おうとした事を覚えてるんだな?」

 

「ああ…どうやら蓮も…って、覚えてるからうちに来たんだよな」

 

二階の士道の部屋に集まった二人は、お互いに過去に戻った事を覚えているか確認し合っていた。過去を改変するという大仕事をしたのだ、互いに記憶の食い違いなどが無いかチェックするのも必要だろう。その検査は、自分達が行なった行動を追って行くというシンプルなものですぐに終わり、記憶に違いがないことは確認出来た。

 

「よし、とりあえず俺もお前もちゃんとして来た事は覚えているみたいだな。司令官殿の様子はどうだった?見た所、違和感を感じなかったけど」

 

ベッドに腰掛けた蓮は、続いて琴里の様子を訪ねた。世界が変わったのだ、自分の知る人物に異常が無いか気になったのだが、士道は首を縦に振る。

 

「大丈夫、いつも通りのあいつだった。七罪の方も…」

 

「とりあえず、大丈夫だと言わせてもらう。怪我や病気してる様子もなかったし」

 

それを聞いて、士道も安堵のため息を出した。二人が大丈夫なら、十香達も何もなかったかのように元気だろう。そう考え、蓮も大きく息を吐く。そして、そこから皮肉を含んだ目で士道を見る。

 

「これも、終わり間際で誰かさんの無茶な行動のお陰かねぇ。あれには驚かされたよ」

 

「いや、咄嗟の行動っていうか…」

 

何かを含んだ言葉と視線を感じ、顔を引き攣らせ気まずそうに逸らす。ここで士道が困っていたのは、蓮が褒めているのか馬鹿にしているのかが判別出来なかったからだ。その感じ取り方を間違えたのなら、色々と言われるに違いない。

 

士道が顔を背けたのを見て、蓮はジリジリと言うようなイントネーションから、いつも通りの真面目な口調で聞いた。

 

「でも、悲劇は避けられたんだし、お前のあの無茶な行動が報われたんだろうな。そこは称賛しなきゃいけないところだな」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ…でも、正直二人までは届かないと思ってたんだけど、急に背後から強い風(・・・)が吹いてきて、俺を二人のところまで連れてってくれたんだ…」

 

「ふーん、変な風だな」

 

不思議そうに語る士道に、何とも適当な返答を返す。とはいえ、これで折紙が街を破壊するという現実は無かった事になった、それを理解し蓮はベッドから立ち上がるとドアに向けて歩く。

 

「それじゃ、俺は家の外で待ってるから、準備が出来たら出てきてくれ」

 

「あっ、ちょっと待ってくれ」

 

あくび混じりにそう言った蓮を、士道は引き止めた。

 

「その…ありがとう。今回に限った話じゃねえけど、危ない事を手伝ってくれて」

 

「礼なら狂三に言えよ。俺はただ、お前の冒険に同行しただけだし」

 

感謝を意にも返さない様子で、部屋を出ると階段を降りていく。そんな蓮を、士道は何とも言えない顔で見送るのだった。

 

 

(これで、本当に何もかも終わったのか…)

 

自分達が苦労をして掴み取った今。それを、蓮はまだ信じられずにいた。目的であった、折紙が世界を破壊するという悪夢は乗り越え、無かった事になっている、それは折紙という少女の過去を変えたからだ。

 

しかし、過去を変えれば未来も変わるのは当然の流れとも言える。つまり、折紙の復讐心だけが都合よく消えた世界などやってくるのかという事を疑問に思っているのだ。

 

「世界はそんなに優しくないよなぁ…」

 

その声は、秋を感じさせる冷たい風の音にかき消された。上を見ると、晴れ渡った綺麗な空が見える。今は美しく、心地よい世界が恐ろしく、残酷な牙を見せるのはいつなのか、ボンヤリと考えた。

 

 

 

 

「はい、殿町くんは出席、と。…じゃあ次は、中原さーん」

 

そして、その牙は、その日の学校のホームルーム時、珠恵教諭の出席確認の際に姿を見せたのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「えっ…?せ、先生…!」

 

珠恵教諭のその言葉を聞いた士道は、周りの目が集中するのも構わず、立ち上がる。その中で、蓮だけは士道の左隣の席を見つめる。前は折紙が座っていた席だが、今は誰も座っていない無人の座席となっている。

 

「あの…!折紙は…どうしたんですか…?」

 

「折紙…さん?それって、一体どなたですか?」

 

士道の緊張味の帯びた表情に対し、珠恵教諭はキョトンとした顔で、ドン底へと突き落とす事を言った。それを聞いた士道は呆然と目を見開き、助けを求めるような様子で蓮に顔を向けてくるが、今出来る事と言ったら、『現実を受け入れろ』と言わんばかりに顔を横に振る事ぐらいだろう。

 

それを見て、ようやくこの世界を理解したらしい。自分の勘違いだったと珠恵に言った士道は、崩れるように椅子に座る。右隣に座っている十香が、そんな様子の士道を心配してか、色々と声を掛けている様子だが、慰めにもなっていないだろう。

 

 

(何だ、この気持ち。これで良いはずなのに…)

 

珠恵が、折紙とは誰だと言った瞬間、蓮の胸にも奇妙な感覚が走った。それは後味の悪い、いつまでも頭の中にへばりつくような気味の悪いものだ、そんな感覚に眉を顰める。

 

(これで良いんだ、別にあいつを助ける事が目的じゃ無かったはずだろ…)

 

別に普段から特別仲が良かった訳でも無ければ、最後に殺し合いを演じた女だった筈だ。なのに、折紙がいなくなった事にどうして自分がこんなに後味の悪い思いをしなければならないのか、それが分からなかった。

 

 

 

「…ねえ、今日の士道、どうしたのかしら?さっきから、ずっとあんな様子だけど…」

 

「さあ、妹様の勘違いじゃない?いつもあんなもんだろ」

 

学校終わりの放課後、蓮は五河宅へと来ていた。その理由は単純、この世界の折紙の消失を知った士道の様子を心配したからだ。折紙の事を知った士道は、お世辞にもいつも通りと言えない一日を過ごし、現在、エプロンをつけてキッチンで夕飯の準備をしているのだが、その手際は危なっかしいものだ。

 

そんな様子に気づいた琴里は、同じソファに座って七罪とチェスに興じていた蓮に理由を聞くが、そんな風に適当に返される。

 

「別に司令官殿が気にするような事じゃないさ。放っておいて大丈夫」

 

気にするなと言いつつ、蓮自身もチラチラとキッチンに立つ士道に目線を向けている事に琴里は気づいていた。なのにも関わらず、そんな事を言うのはどう考えてもおかしい。その事に琴里は、ある仮説を立てた。

 

「もしかしてだけど…あんた、士道があんな風になっている訳を知ってるの?その事を相談されたとか?」

 

何も知らないと言うような態度でありつつ、士道を心配するような態度。そんな蓮を見て、琴里がそう考えたのは無理も無い事だ。何か悩んでおり、相談されたのなら不要に理由を話せないのにも納得できる。

 

慎重そうな言い方のそれを聞き、蓮は黒い駒を一つ摘むと、それを白のキングの前に置く。その後、ため息と共に琴里に顔を向けた。

 

「…まあ、相談されたっていうか、あんな状態の訳に心当たりならあるけど」

 

「やっぱり…その事について教えてくれないかしら?」

 

「やだ」

 

妹として、士道の事を心配し、力になりたいと考えているのは分かっている、だが、その助けを蓮は無情にも断った。力になれるなれないの問題ではない、それよりももっと根本的な問題がそこにはある。

 

自分の願いを即答で(しかも二文字で)断った蓮に、琴里はジッと鋭い目を向けるが、彼女が何かを言うよりも、蓮とチェスをしていた七罪が遠慮気味に話す方が先だった。

 

「士道も変だけど、あんたも今日は変じゃない…?私と勝負して、こんなに苦戦するなんて…」

 

七罪が言っているのは、チェス盤の駒の数についてだった。チェックメイトで勝利したゲームだったが、白も黒も互いに駒の数は少なく、かなりの接戦だった事が見て取れる。その事を指摘され、ヤケクソ気味に背もたれに寄っ掛かる。その蓮の手をふわふわの髪と青い瞳が特徴的な少女、四糸乃が握った。

 

「もしかして…蓮さんも、士道さんと同じ事で悩んでるんですか…?できれば…私たちにも話して欲しいです…。悩んで苦しんでるお二人を見るのはその…とても辛いです…」

 

『三人寄れば文殊って言葉もあるじゃーん。あれれ?四人だから四人寄ればになっちゃうねー』

 

四糸乃とよしのんの気遣った言葉と、元気を与える微笑みに琴里は小さく笑い、七罪はまるで天使を見るような救いの表情をする。だが、蓮はそんな四糸乃の頭を撫でると立ち上がり、キッチンに立つ士道の元へと向かっていく。

 

「本当にどうしたのかしら?士道もそうだけど、蓮も…」

 

「何かに悩んでいるのは確かそうね…、学校で何かにあったとしか…」

 

「もしかして…お友達と喧嘩してしまった…とかでしょうか…」

 

『うーん、自動販売機でお札を入れたけど、何も買えなかったとか?あれは落ち込むよねー』

 

わいわいと話し合う三人と一匹だが、正解にたどり着く確率はほぼ皆無だろう。それは、会話を聞いてない蓮にも理解出来た。

 

 

「士道、そこをどけ。今日の夕飯は俺が作るから、お前は休んでろ」

 

「蓮…悪い、そんなに危なっかしかったか?」

 

野菜を切っていた士道に、蓮はそう言うとほぼ強引にまな板の前からどけさせた。そして、手慣れた動きで士道の行動の続きをやるが、僅か数秒でキャベツの千切りの山が、まな板の上に誕生した。

 

「強いんだな、お前。俺なんか折紙の事が気に掛かっちまって…」

 

自分はこの作業だけで何度も指を切りそうになっていたのに対し、動揺を片鱗も見せない蓮に、士道はそう言う。すると、蓮は顔だけをくるりと向けた。

 

「それは、あれだけの事をしたのに元気そうな様子についてか?それとも折紙がいなくなっても平気に見える事についてか?」

 

「あっ、いや!別にそういう意味を込めて言った訳じゃ…」

 

士道も、別にそういう意味を込めて言った訳では無いのだが、流石に無表情でそんな事を言われるとこちらが悪いような気がしてしまい、大慌てで否定する。すると、蓮は本日何度目かも知れぬため息をした。

 

「…悪い、今のは笑えないものだったな。一応言っておくが、別に平気って訳じゃない。朝からずっと、なんか不快なものが頭から離れないんだ」

 

「不快なもの?」

 

蓮が、この様な感情的な事を言うのは初めてのため、戸惑ってしまう。それが、偶然か、折紙が居なくなり自分が動揺しているタイミングであるのなら尚更。

 

「これで大丈夫なはずなのに、後味の悪さっていうか、あいつがいなくなった事に納得出来ない俺がいる。この気持ちが何か知ってるか?」

 

いつも助けられてばかりいるため、こんな時は是非力になりたいものだ。士道は顎に手を当てしばらく頭を悩ませる。

 

「たぶん…だけど、それって…」

 

「ふ、二人とも、手伝えることはない?」

 

士道の言葉を遮ったのは、背後から聞こえた琴里の声だった。その声に振り返った蓮は思わず『は?』と声を出してしまう。

それもそうだろう、そこには琴里と四糸乃の二人が居たのだが、二人は知っている姿から数年経過したであろう大人の魅力溢れる姿になっていた。それに加え、今の二人の装いは季節外れな水着の上にエプロンと、ヘッドドレスというよく分からない服装だ。

 

二人とも、子供から卒業する時期特有の美しさがあるのだが、いかんせん、服装と恥ずかしそうな顔をしているのが謎過ぎてそんなものは目に入ってこない。

 

「…まあ、三人も居れば大丈夫だよな。何かあったら教えてくれ」

 

普段は出たとこ勝負の性格だが、それが泥舟と知って乗り込む気などなれない。ハプニングが目に見えている状況に、蓮はそう言うとせっせとキッチンから出て行く。背後から士道の悲惨な叫び声が聞こえてくるが聞こえないフリをして乗り切る。

 

キッチンから出て、ソファに腰掛ける蓮に一人の少女が近づく。

 

「れ、蓮は…こういうの…嫌い…?」

 

恥ずかしそうな様子で言ってきたのは七罪だった。琴里と四糸乃を変身させたであろう七罪の身体も、高校生ほどまで成長していたが、刺激的な水着メイドスタイルの二人とは違い、普通のメイド服だった。だが、照れながら聞いてくる破壊力は抜群だった。

 

「ありがとう、慰めてくれるのか?」

 

「えっと…その…迷惑だった?」

 

「いいや、ちっとも」

 

自分達を気遣っての行動に、お礼と共に微笑ましいものでも見るような目で七罪を見る。純粋に心配しての行動、それを容易く無下になど出来るだろうか。答えは否だ。蓮にはその気持ちがとても心地いいものに感じる。

 

「どう?いつものあんたに戻ったかしら?」

 

メイド服姿の七罪を観察していると、キッチンの方から琴里、士道、四糸乃が歩いてくる。琴里も四糸乃も文字通り身体を張って、元気をくれたと理解出来たのだが、相変わらずの水着エプロン姿と、士道が何やら鼻の頭をタオルで抑えているのが気になるところだ。

 

「まあ、少しぐらいは。司令官殿がそんな格好してるのに、元気にならないと悪いでしょ」

 

「くっ…わ、分かったのならいいのよ。いつまでもそんな様子じゃ他の精霊達が不安がるでしょ。特にあんたには強敵である〈デビル〉を預けてるんだから、しっかりしなさい」

 

「「〈デビル〉!?」」

 

恥ずかしそうな様子で琴里の言った異質なその単語に、蓮と士道は同時に疑問の声を出す。その反応に琴里は怪訝そうに眉を寄せる。

 

「えっ?精霊狩りの〈デビル〉よ。まさか、忘れた訳じゃないわよね?特に蓮は何度も戦ってるじゃない」

 

「その精霊狩りっていうのは一体?」

 

「何って、そのまんまの意味よ。〈デビル〉は必ず、単独では出現しないの。絶対、他の精霊が現れたタイミングで出現して、その精霊に攻撃を仕掛けるのよ。って、その相手をしていたのは他の誰でもない蓮じゃない。本当にどうしたのよ」

 

琴里が、さっきとは違う心配の目を蓮と士道に向ける。それを気にもせず、何か考え込むような仕草をした蓮は、顔を上げ、ある事を琴里に頼んだ。

 

「ちょっと、その〈デビル〉の画像か動画が見たいな。準備出来る?」

 

「は?動画が見たいって、蓮は直接〈デビル〉と対峙して…」

 

「いいから。早く!」

 

「わ、分かったわよ。少し待ってて頂戴」

 

蓮にしては珍しい、急かすような言い方に琴里は驚きながら、リビングを出て行く。そしてすぐに、自分の部屋から映像端末を持ってくると、それをテーブルに置く。

 

「これよ。見て」

 

琴里が映像を再生すると、滅茶苦茶に破壊された街が映る。周りから爆音や煙が出ている事から、戦闘は続いているらしい。その中に〈デビル〉はいた。正しくは闇を纏ってたかのようなそれらしきシルエットが。

 

「これが〈デビル〉…」

 

「ええ、全てが謎に包まれている正体不明の精霊よ。〈ラタトスク〉も一度も接触出来てないわ」

 

琴里の解説を聞きながら、士道と蓮が画面を凝視する。辛うじて人型と判断出来る〈デビル〉は顔も闇に覆われ見取る事が出来ない。だが、その周囲には羽のようなものが浮遊しており、その名前通りの見た目をしている。

 

「…ッ!まさか…あれって…」

 

「多分…お前も俺と同じ事考えてるな…」

 

背後から士道の震えた声を聞いて、蓮は確信した。その〈デビル〉は、世界を変える前に見た街を破壊していた折紙の姿そのものだった。おそらく、その正体も…。

 

(まだだ…まだ、終わってない(・・・・・・)!)

 

乗り越えたはずのものが、再び姿を見せた。その事に恐怖しなければならないはずなのに、何故か蓮の心は言葉に出来ない歓喜のようなものが支配し、同時に"闘志"のようなものが湧いて出てくるのを感じた。

 

 

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