デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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76話

 

秋の夕方。空が綺麗なオレンジ色に染まる時間帯に士道は目を覚ます。現在、士道がいる場所は学校の屋上、どうやら考え事をしている内に眠ってしまっていたらしい。

 

「あー、ついうたた寝しちゃったか…」

 

やべえと声を出し、身体を起こすと反省するように、頭を抑える。今の現状でする考え事と言ったら当然折紙の事についてだ。過去を変え、全くの別人と言っても過言ではない状態で現れた折紙。だが、今の彼女には精霊になっていたという不可解な謎があった。

 

「今度のデートで、その謎を探らなきゃならないんだよなぁ…」

 

その、何とも言えない不安に声が沈んでいく。折紙とデートするのは前の世界で何度かやっていたため、初めてという訳ではないのだが、今は状況が状況だ。今までとは違う不安が浮かんでくる。なのだが…

 

「いい夢は見れたか?随分と深い眠りだったらしいが」

 

「えっ…?」

 

自分の真横から聞こえてきたそんな声にそんな不安は消え、間抜けな声を出してしまう。当然だが、寝る前は屋上にいたのは自分一人だけだ。その事を思い出しながら、声の聞こえた方向に顔を向ける。

 

「夕焼けの太陽で日光浴か?変わった趣味だな」

 

「うふふ、可愛らしい寝顔でしたわよ」

 

「うおっ!?いつの間にッ!?」

 

そんな言葉と共に居たのは、数秒前の士道のように横になり、顔を向けている蓮とそれを膝枕している狂三だった。まるで幽霊のごとく現れた二人に、士道は驚きの声と共に後ろに飛び退いた。

 

「いつの間にと申されましても…士道さんがお目覚めになった時からおりましたわ」

 

「お前を探してたら屋上で寝てたからさ。起きるまで待ってたんだよ」

 

ふあぁと気の抜けたあくびをする蓮を見て、それなりの時間待たせたようだ。だが、蓮も士道の気苦労を理解して休ませてくれたらしい。その事の礼を言おうとした直後、何を考えたのか蓮は自分の枕となっている狂三の太ももに手を添え、リラックスするように息を吐き出した。

 

「ああぁ…、狂三の太ももは何でこんなに落ち着くんだろう」

 

「あらあら、今度は蓮さんが眠ってしまいますの?」

 

士道と入れ替わるように目を細め、眠りへと入っていきそうな蓮の頭を狂三は面白がるかのように撫でる。太ももの感触を確かめるかのように撫でている蓮だが、そのせいで狂三のスカートは乱れ、かなり大胆に黒タイツに包まれた足を露出してしまっていた。下手すれば、絶対領域のさらに先が見えそうなほどだ。

 

「そ、それで、二人は何の用で俺を探してたんだ?」

 

スラリと伸びた足に見入りそうになった士道だが、はっと我に帰ると慌てて顔を逸らしそんな事を聞く。その反応を見て、いたずらが成功したような笑みを浮かべながら蓮は立ち上がり、狂三もそれに続くように立った。

 

「何って、こんな状況で話し合う事って言ったら、あの事しか無いだろ?」

 

「あの事って、折紙の事か?って、事は狂三もまさか…」

 

その話題を話し合う場に、狂三がいる事を理解して、驚きの表情で見る。その疑問に狂三は微笑みの表情を浮かべる。それが士道の疑問に対する答えだった。

 

「ああ、ちゃんと今までの事を覚えてるって。今の折紙がおかしいって事も分かってるよ」

 

「そ、そうか…、でも狂三は…その、大丈夫なのか?」

 

士道は狂三に強張った顔と警戒の目を向けながら、蓮に耳打ちする。その不安も何となく察する事が出来る、一応協力してくれた存在とはいえ、まだ警戒の色が無くなった訳では無いらしい。そんな不安を感じ取ったのか狂三は口に手を当て、上品に笑う。

 

「クスクス、わたくし、そこまで節操が無い訳ではありませんのよ?無防備な背中を向けてる士道さんを襲うなんて事しませんわ」

 

「本人はああ言ってるし、問題ないだろ?今のところ、現状を理解してるのは俺たち三人だけだし寂しい三人衆としてやっていこう」

 

そんな適当な返事を返されるが、話し合うのに頭数が欲しいのも確かだ。それが時を操る精霊であるのなら尚更だろう。

 

「安心させるんならもっとマシな言葉をくれよ…。ていうか、さっきから不思議に思ってたけど、お前は何でそんな格好なんだ?」

 

注目を狂三から、蓮の身なりへと移す士道。その理由は現在の服装がワイシャツとネクタイとズボンだけで、上着のブレザーが無いからだ。少し前に衣替えがあり、制服は冬服へとなったはずなのだがどういう事だろうか。

 

「ブレザーはどこにやったんだよ?たしか、朝来るときは着てたよな?」

 

「ああ、上着ね。ちょっと汚れたから教室に置いてきたんだよ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

そんなよく分からない理由を聞いた士道の頭上には?が大量に浮かんでいる事だろう。そんな士道の横に立つ狂三の頬が僅かに朱色に染まっているのを蓮だけが気づいていた。

 

「まあ、そんな事はどうでもいい。せっかく集まったんだ、もう少し実のある話をするぞ」

 

両手をパンパンと叩き、そんなもっともな意見とともに脱線していた話を戻す。この言葉から、話し合いは蓮が指揮する形で進むように決められたらしい。

 

「この場にいる全員が気になることは共通してるよな?前の世界で防いだはずの『折紙の精霊化』についてだ。しかも、〈デビル〉とか言われている異常な姿になっていた事」

 

まず最初に知りたい事と今起こっているイレギュラーの出来事について確認する。それについては士道はともかく、狂三からも何も無かった事から、異議はないらしい。

 

「とりあえず今は、今の折紙についての情報が欲しい。士道…、お前、昼休みにあいつと話してたよな?何か気になった点は?」

 

「えっ!?気になった点って言われても…」

 

一先ず、会話の話題をこの中で唯一折紙と会話した士道へと振る。遠目で見ていた自分と比べて、直接話した士道の方が何か気づいていたかも知れないという思惑が理由なのだが、その反応で大方察する事が出来た。

 

「そりゃあ、折紙本人が精霊になってる事に気付いてないっていう変な部分はあったけど、それ以外は特に普通だったっていうか…むしろ、前の折紙の方が異常だったとおもうんだが…」

 

『普通』、これほど便利で反応に困る言葉があるだろうか。まあ、気付いてないのに言えというのも理不尽なので、頭を悩ませる士道に『分かったよ、それはお前から見たら嘘をついている様子では無いと受け取っとく』とフォロー(?)しておいた。

 

「さあて、他に今のあいつを知る方法は…」

 

顎に手を当て、じっくりと考え込む。今自分たちが知りたいのは戸籍情報と言ったらデータ上の情報ではなく、精霊になった時についてなのだ。そもそもそれを確認する手段などあるのだろうか、そう考えるとどれだけ難易度が高いかよく分かる。しかし…

 

「今の折紙さんについて、知る方法がないでもありませんわよ」

 

そう言ったのは蓮と士道とは違い、余裕の表情をしている狂三だった。この場において、聞き捨てならない一言に二人の視線が集まる。

 

「へえ、その具体的な方法は?」

 

そのやり方に興味ありとばかりにそう問いかけると、狂三は笑い、今いる屋上の床に踵を打ち付ける。すると、彼女の足元の影が身体にへばりつき、赤と黒の霊装を形作る。それを見て、その方法を察する事が出来た。

 

「ああ、なるほど。天使の力を使うのか」

 

「ご名答ですわ。私の〈刻々帝(ザフキエル)〉には、撃った対象の過去を知る事ができる【十の弾(ユッド)】がありますわ。これを折紙さんに撃てば、望む情報は手に入ると思いますわ」

 

霊装を身に纏った狂三が右手を掲げると、影から一挺の短銃が飛び出しその手に収まる。後は折紙の元まで行きその弾を撃てば悩みは解消されるだろう。

 

「【十の弾(ユッド)】…そうか!」

 

狂三の説明を聞いた士道も理解したらしく、興奮気味にそう言う。

 

「頼むっ!力を貸してくれ!それがあれば折紙が反転している理由が分かるんだろ?」

 

「さて、どうしましょうかしら」

 

狂三は、士道の願いにYESと答える訳でもなく面白がるかのように銃口に唇を触れさせる。実際、狂三も面白がっているのだろう。しかし、今はその答えは都合が悪い。そこで行動したのは蓮だった。

 

「くぅるぅみぃ〜、そう言わず協力してくれよぉ」

 

「ひゃっ!?蓮さん!?何をっ!?」

 

狂三が士道の方を向いている間に蓮はその背後に回り込むと、そこから飛びつき両脇から腕を通し両手で胸元を揉みしだく。その行動に狂三は余裕そうな表情から一変し、甲高い声と戸惑いの顔となった。

 

「狂三はさ、強いし可愛いから絶対協力してくれると思うんだよ、な?」

 

「わ、わたくしはっ、そんなお言葉で操られるほど、安い女ではありませんわよっ!あんっ!そんなに乱暴にしてはっ!!」

 

そんな言葉を合図に狂三の胸を掴む手の動きは派手になっていく。だがこんな現場で一番困っているのは、そんな光景を見せられている士道だった。

 

(えっと…これは止めた方がいいのか?)

 

一応人道上は止めるべきだろうが、ここで狂三にNOと言われて困るのは自分たちだろう。そう考えると狂三には悪いが見て見ぬふりをすることにした。今の士道に出来る事といったら狂三の服装が霊装のドレスの下で形を変える胸元から、気恥ずかしそうに目線を逸らす事ぐらいだろう。

 

「わ、分かりましたわっ!!手を貸しますので、これ以上は!!」

 

結果、先に根を上げたのは狂三だった。普段の彼女らしくない余裕のないリタイアを聞き、その背後に立つ蓮はニヤリと笑うと震える狂三の耳元に顔を近づける。

 

「協力してくれるのか…、じゃあ、これはご褒美だ」

 

そう囁くと、その耳にカリッと甘噛みをする。瞬間、狂三は目を見開き『ひんっ!!』を声を上げた後、息を乱しながら崩れ落ちるかのように座りこんだ。

 

「うぅ…こんなの…酷すぎますわ…」

 

「よし、これで前に進める」

 

「お前、本当にえげつないな…」

 

目に涙を浮かべる狂三と、背後から抱きついている、彼女をそんな状態にした元凶に士道は引きつった顔でそう言うが、本人に鼻で笑われ一蹴される。とはいえ、このような手段を使ったものの狂三の性格から考えると、口約束だろうと約束したものを取り消すなんて事は無いだろう。

 

「それで、その弾をいつ折紙に撃ち込むかは…」

 

蓮がそこまで言いかけたところで、屋上の入り口からキィと扉を開けるような音が耳に入る。その音につられ三人が顔を向けると、そこには一人の少女が顔を俯かせながら立っていた。

 

「あれ…折紙?」

 

「俺からもそう見えるな。やっぱり」

 

顔を俯かせているため、すぐに分からなかったがその少女は鳶一 折紙だった。彼女がなんで屋上に来たのか謎だが、この場で彼女の乱入はハプニングでしかない。

 

「えっと…折紙、これはだな…その…」

 

折紙に対して、汗を垂らしそんな言葉になってない言い訳を言う士道は元ASTの折紙に精霊と一緒にいる場を見られて戸惑っているのか、それとも下手すれば強姦とも見て取れるような現場にいる事について狼狽しているのか定かでは無いのだが、折紙はそんな士道に何も言わず相変わらず顔を俯けたまま、両腕をだらりとさせたまま、まるでゾンビのように歩いてくる。

 

(様子が変だ…何を…)

 

「…蓮さん、士道さんと共にわたくしから離れててくださいまし」

 

どうやら、蓮が違和感を感じたタイミングで狂三も何かがおかしい事を感じたらしい。その言葉に従い、狂三の両胸から手を離し、ゆっくりと士道の近くにまで寄る。

 

「この世界では初めまして…になりますかしら?折紙さん?まあ、もしかしたらどこかでお会いした事があるかもしれませんけど…」

 

「精、霊…」

 

それは自己紹介というより、相手の反応を確認するための言葉だったのだろう。それの途中で折紙は小さな声で狂三の正体を呟く。やはり、狂三の事を知っている、冷静に分析出来たのはその時までだった。

 

瞬間、折紙の身体を中心に蜘蛛の巣のように闇が広がった。まるで夕焼けを塗りつぶすかのように光景に目を細め戦闘の姿勢をとった。

 

「お、折紙!?一体何がどうなって…!」

 

「喜べよ、あいつが〈デビル〉という確定的な証拠だ…」

 

まさに予想もしない出来事に、説明を求めて顔をこちらに向ける士道にそう言うと、制服の襟首を掴み、無理やり後ろに下がらせる。その間に折紙の周囲に発生した闇は、彼女の身体に纏わり付き喪服のような霊装を形作る。それは反転した後の闇の衣だった。

 

(これは…少しヤバイか…)

 

頬を垂れる汗を感じながら冷静に考える。自分たちの命もあるがここは学校の屋上なのだ、まだ校内に残っている生徒がいる可能性を考えると、ここを戦場にする訳にもいかない。しかし、ここまできて見なかったフリは通用しないだろう。

 

「…〈救世魔王(サタン)〉…」

 

だが、今の折紙はそのような事を配慮してくれるはずもない。その名を呟く折紙の周囲にポツポツと幾つもの闇の塊が出現し巨大な羽のようなものを形作る。それは雨のように光線を降らし、街を破壊し尽くした天使の姿だ。

 

来るか…そう感じ、〈バスター〉を出現させようと右手に意識を集中させる。しかし、狂三がそれを手と言葉で制した。

 

「この場はわたくしにお任せ下さいまし。それより士道さんと共にもっと後ろに」

 

そう言うと、人間離れした脚力で上空に飛び上がると、狂三は手にした短銃の引き金を引き、銃弾を折紙に発射する。だが、それらは折紙の周囲を漂っていた羽が壁のように変化し防がれる。その後、反撃とばかりに残った羽の先端から放たれた光線が狂三へと向かう。

 

「そんなに容易く防がれては、わたくしの自信が壊れそうですわね」

 

呆れた様子でそんな事を述べる狂三に折紙からの攻撃が襲う。空中ではそれを避けるため大きく動く事も出来ず、その言葉を最後に身体中を光線が貫き、狂三の命を奪う。そして、さっきまで少女だった骸が降り注ぎ、床に触れると同時に炭のように崩れ落ちた。

 

「狂三!!狂三が…!」

 

「見れば分かる!お前はジッとしてろ!俺より前に出るな!!」

 

士道の叫びももっともな反応だが、今は他人を気にしてる余裕などない。何しろ目の前には街を破壊し尽く程の力を持った存在が立っている。考えるべき事は次の手だ。

 

(手持ちの武器で勝てるか…だが、こいつを放置する訳にも…)

 

そんな八方ふさがりな状況に、皮肉のような笑みが浮かんで来る。それと同時に目の前にいる折紙の身体がピクッと動きそれは警戒の表情へと変わった。

 

「……ッ!」

 

来る、そう思い身体中に力を入れる。だが、そんな蓮に対し、折紙は力無くその場に膝を突くと周囲に出現していた羽が粒子状となって消え、身に纏っていた霊装も解けて先ほどの制服姿と戻った。

 

「え…?」

 

「…は?」

 

予想もしなかったその行動にそんな声が出てしまうのも無理はないだろう。その理由を理解出来ずにいると、折紙はその体勢のままゆっくりと顔を上げる。そして…

 

「…あれ?五河くん?何してるんですか?こんなところで」

 

狂三を殺した後とは思えないそんな声音でそう言ってきた。いや、その事だけでは無い、精霊の自分を見られた後の反応としてはあまりに思いきった行動だろう。そんな反応に蓮はもちろん、士道も戸惑いの様子だ。

 

「えっ!?何をしてるって聞かれても…」

 

「あっ、そうですよね。ごめんなさい!…もしかして、また…」

 

まるで記憶喪失の患者のような様子の折紙は、変な事を聞いたと謝りながら、膝をはたきその場に立ち上がる。だが言葉の最後に気になる事を呟いた。それは士道も聞こえていたらしく『聞いたか?』と言わんばかりの目を向けてきた。

 

「また?な、何がだ…?」

 

「え?あ、その…実は少し前から、たまに意識が途絶える事があるんです。多分貧血か何かだとおもうんですけど…」

 

ばつの悪そうな様子で言う折紙の話を聞きながら、蓮は頭の中でその事を整理する。まず、折紙の言う"貧血"がさっきの精霊状態の事を言ってるのは間違いないだろう。だが、それを貧血など言ってるのは明らかに噛み合わない。秘密を守りたいのであれば、自分たちを殺すのが間違いなく正しい行動だっただろう、まあ、後日ニュースにはなるだろうがそれで折紙個人が疑われる事はあるまい。

 

要するに、あの状況で貧血のような事が起きて意識がないは明らかに通用する言い訳では無い。しかし、折紙はそれを分かってなどいない…愚かとは違う様子だ。

 

(本当に…何がどうなってんだか…)

 

今の折紙は先ほどの危険性はないと判断し、混乱する頭を抑えながら少し気分を落ち着かせようとリラックスする。昼間の士道との会話からも自分が精霊であると分かっていない様子だった。だが、実際そんな事があり得るのだろうか。

 

「あのっ!もしかして、神代 蓮さんですか!?」

 

そんな思考も自分の名前を呼ぶ声によって中断される。こんな場で自分の名前が呼ばれるとは思っておらず、少々驚いた様子で、自分の名前を呼んだ者…折紙に顔を向ける。

 

「やっぱり…朝、教室で見た時、まさかと思ったんですけど、あなた、蓮さんですよね?ASTで同じ部隊にいたんですけど、覚えてませんか!?」

 

「は?俺?」

 

胸元で手を握り、何やら興奮した様子で聞いて来る折紙に、少し押されるもすぐにペースを戻し、コホンと咳払いした。

 

「ああ、折紙ね。覚えてるよ。人のブレザーの匂いを嗅いだり、映画館でノーブラでやって来る折紙だろ」

 

「えっ?えぇ!?私、そんな事しませんよ!誰と間違えてるんですか!?ていうか誰ですかそれっ!?」

 

異常とも言える行動の数々に、折紙は驚きと羞恥の混ざったような顔で声を上げるが、蓮は思わず『お前のことだ』と言いたくなるが寸前で飲み込む。おそらく隣で苦笑いを浮かべている士道も同じような心境だろう。

 

「ま、まあ、そんなよく話すような関係じゃありませんでしたから仕方ないですよね…。私、同じASTの戦闘部隊に居たんです。そこであなたの整備した装備をいつも使っていたんですが、いつも一点のミスもなく、とても助かってたんです。いつかお礼を言いたいと思ってたんですが、なかなか機会が無くて…」

 

「へ、へえ。そうか」

 

まるで憧れの人間を見てるように饒舌になる折紙に、終始圧倒されっぱなしだ。まあ、蓮自身がそんな目で見られるのが苦手という理由もあるかもしれないが、まるで機械のような折紙にこのような事を言われるのは違和感しかない。

 

「部隊のみんなが蓮さんに会いたがってましたよ。たまにで良いので顔を見せてあげてください」

 

「…まあ、気が向いたらそうする」

 

そんな適当な返しに折紙はニッコリと微笑むと二人に頭を下げ、早足で屋上を去ってしまう。折紙の姿が視界から消えた瞬間、蓮は大きく息を吐き出して手すりに寄りかかる。士道も呆然として呆気にとられたような様子だ。

 

「…貧血ねぇ。随分と寝癖の悪いことで」

 

「折紙は…自分がやった事を知らないのか…?」

 

命を奪った後とは思えない彼女の反応に、士道もその答えに至ったようだ。信じられないと言う顔でこちらを見る士道に蓮は首を竦める事しか出来ない。そうしながら、蓮は屋上の床をコンコンと打ち鳴らす。

 

「折紙ならもう行った。もう出てきてもいいだろ」

 

「え?」

 

蓮と自分しかないこの状況で一体誰に言ったのかと聞こうとした瞬間、床からさっき殺された狂三がニョキっと顔を出す。彼女の登場に士道は多少息を飲んだものの、それだけの反応だった。

 

「…さっきの狂三は分身体だったのか。また、使い捨てるようなやり方を…」

 

「まあ、それが狂三とその分身体との関係なんだろ」

 

そう答えたのは狂三に向けて手を差し出す蓮だった。それは働き蟻と女王蟻との関係に近いだろう。働き蟻は女王蟻に尽くし、命すら顧みない、なぜなら女王蟻の死はその巣の崩壊を意味してるからだ。分身体達もそれを理解し、本物の狂三の為に行動し最悪の事態(巣の崩壊)を防ぐ。そこに他者が口出しする要素などない。

 

屋上の床に立った狂三は、折紙の消えた先を視線を向ける。

 

「今の折紙さん、どう思われまして?」

 

「どうって聞かれてもな…」

 

狂三の質問に、士道は顎に手を当て困惑の表情で考える。そんな中、声を上げる者が一人いた。

 

「一つ、分かった事がある」

 

「ッ!?なんだ?何が分かったんだ」

 

隣でそう言った蓮に、士道は待っていたと言わんばかりに顔を向ける。後日、折紙とのデートを取り付けてある士道にとって今の折紙に対する情報は封印の手がかりと同時に命綱ともなり得るものだ。それを聞くと、蓮は勿体ぶることなく答えた。

 

「今の折紙、俺は"苦手"だな」

 

「…はい?」

 

「ふふ…」

 

情報と言うより、主観が入りまくった"感想"に士道の表情が固まり、狂三が口元を押さえて笑う。そんな二人を無視してそこからさらに言及を続ける。

 

「元々あんな優等生タイプは嫌いなんだが、今のあいつはそれに加え、前とのギャップの差が見えててはっきり言って気持ち悪い」

 

「あら?でしたら前の折紙さんの方がよろしいのですか?」

 

「まあそんなところ。あっちの方が言いたい事をハッキリ言えてたし、言葉で傷つける事なんて考えなくて良かったから」

 

どうやら狂三にはウケている様子だが、士道は固まった表情のままその場に崩れ落ちる。時によっては自分も苦笑いぐらい浮かべてたかも知れないが、何故こんなタイミングで真面目な顔でそんな事を言うのか。期待してただけにそれが憎らしい。

 

「しかし、あんな折紙さんでは、【十の弾(ユッド)】を使用しての情報収集は難しいですわねぇ」

 

「いや、そう言わず何とかならないか?もちろん、タダでしろとは言わないから」

 

そう言いながら蓮は右腕の袖を捲り、腕を露出させる。その瞬間、右腕にバチバチと稲妻のようなものが走ったかと思うと、腕は一瞬でその姿を変える。それはもう一つの右腕である〈バスター〉だった。

 

その変化した右腕を狂三へと伸ばしていく。今のままでは難しくとも、自分の力を与え、能力を上げた状態ならば難易度は緩和されるかも知れないと考えたのだ。だが、その途中で蓮は自分の両足の感覚が不意に消える(・・・・・・・・・・・・)

 

(あ…れ…?)

 

一瞬だけ自分の足が無くなったように感じ、その身体が前のめりに倒れていく。その光景をスローモーションに見ながら何があったのか考えるが、その答えは出てこない。そんな事をしている間にも転倒へのコースを辿っていくが、その間に狂三が割り込むとその身体を受け止め倒れるのを防いだ。

 

「…?なんだ、何が…」

 

「意識をしっかり持ってくださいまし。あなたは大丈夫ですわ」

 

急に起きた身体の異常に珍しく困惑するような声音で呟くが、狂三はそれに被せるかのように大丈夫という。それを言う狂三は、どんな表情か確かめたいと思うが彼女の胸元に顔があるせいで上を向く事が叶わない。

 

「ゆっくり…ゆっくり両足に力を入れて立ち上がってくださいまし。焦らなくても結構、とにかくご自分のペースで…」

 

それに従い、まるでリハビリでもするかのように蓮は自分の足に力を入れて立ち上がる。そうしてみるとさっきの消失が嘘のように感じ、ちゃんと自分の力で立つ事が出来た。それを見た狂三は安心したような様子だ。

 

「どうしたんだ、急に倒れて…」

 

近くにいた士道も、何か変だと思ったようだ。そう聞かれても自分自身も理由を理解していないため答える事が出来ないのだが、狂三はそれについて何か知っている様子だ。

 

「その症状はその腕の力を使い過ぎた副作用のようなものですわ。少し休めば平気ですのでご安心を」

 

「副作用?力を使い過ぎた?」

 

「…まず、わたくしの〈刻々帝(ザフキエル)〉にある時間遡行の弾、【十二の弾(ユッド・ペート)】はその能力ゆえに消費するエネルギーの量は他の弾とは比べてものにならないほど大きいんですの。それを蓮さんは三人分もの量をお一人でお支払いになりました、それではそうなるのも無理はありませんわ」

 

狂三の説明を聞きながら、自分の右手を見つめて理解する。一度、五年前に戻るのに一人分、その先でもう一度やり直すために五年前の狂三に渡したのが一緒にいた士道の分を含めた二人分。これで三人分支払った事になる。その結果を見て自分が思ってた以上の力を消費していた事に気がつく。

 

「悪い事は言いませんわ。今はご自分の休養に集中した方が賢明な判断ですわ」

 

「でも、あいつを放置するわけには…」

 

「今の折紙さんは、前と違って街をただ蹂躙するなんて事はするようには見えませんわ。ならば、今すぐにしなければならないという訳でもないでしょう?」

 

目を細め、狂三のいう事も一理あると考える。今の折紙の状態なら、そこまで急ぐ必要もないと考え、〈バスター〉を引っ込めた後『それもそうだな』と答える。それに狂三は満足した様子だ。

 

「それでは、【十の弾(ユッド)】を折紙さんに撃つというお話は、蓮さんの力が全快した後という事でよろしいですわね。では…またお会いしましょう…」

 

そう言うと狂三はお辞儀した後、足元の影の中に消えていった。蓮は、改めて自分の身体を見下ろす。狂三は全快したのちと言っていたが数日後に折紙と士道のデートが控えている。それまでに元の状態に戻れるだろうか。

 

「そういう訳らしい。まったく、不便な身体だよな」

 

「いや、なんでそんな他人事みたいに…」

 

自分の事を言ってるとは思えないそんな様子でため息をつく。そんな蓮に士道はこんな状態にしてしまった責任と心配の目を向けるが、本人はそれを一蹴した。

 

「こんな状態だからってやる事は変わらない。俺は数日後のデートのいざという時(・・・・・・)に備える。お前はまあ、いつも通りで」

 

「え?あ、うん…」

 

それだけを伝えると、屋上の出口兼入り口へと歩いていく。その途中、何かを思い出したような声を出すと、クルリと士道の方に向き直る。

 

「あと、今の俺の状態は司令官殿には言うなよ。どんな嫌味言われるか分かんないから」

 

「言うなって言われてもな…その前に時間遡行の事を説明しないと…」

 

「ああ、そういやそうだな」

 

本題の前に大きなハードルがあったと理解し、笑いながら歩いて行ってしまう。だが、士道にはそれが嘘だと分かっていた、蓮が一番気にしているのは、それを知られ十香達を心配させてしまう事だろう。そして、折紙とのデートで力になれない事…。

 

「本当に…悪い。お前ばっかりに負担をかけさせちまって…」

 

蓮の働きに対し、士道は感謝と謝る事しか出来ない。そんな自分が出来る事は折紙とのデートを蓮に負担をかけさせずに成功させる事。それに気合いを入れさせようと両手で自分の頬を叩く。

 

「よしっ!いつも頼りっぱなしなんだ、いつまでもこんなんじゃいられないよな…」

 

いろいろあったが、デート当日への気合いへ繋がったのは幸いだろう。それを心に刻みながら、蓮の後を追うように出口へと足を進める。

 

 

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