かつて、多くの戦場を駆け抜けた紅い騎士が居た。
多くの人を救いたいと願い、戦い抜け、沢山の不幸を両手に握る剣で振り払ってきた騎士は、結果として救ったはずの人に裏切られて生涯を終えたのだ。
幼き頃に夢見た正義の味方、大人になれば誰もが実現不可能な夢物語と切って捨てるそれを目指し、無償で人々を救い、戦争を止め、世界すら救った男の末路がそれだった。
世界を救う、そんな人の身には過ぎた行いを実行した男は、その行いの際の契約により世界へと召し上げられ死後、守護者として以降は人の滅びを回避する掃除屋へと身を費やす。
それは守護者となった英霊の定め、延々と人の愚かな行いの後始末を行い、人の身であった頃より多くの人を救えると思っていたのに、これでは男が守護者になった意味は無かった。
何もかもに絶望し、幼き頃から抱いていた夢や情熱は磨耗し果て、いつしか自身すら殺したいと願うほどに男はコワレテしまったのだ。
ただ、多くの人を救いたかった。全ての人を、などと贅沢な事は言わない。だけどせめて目の届く範囲の人を救えれば、それで良かったのに、何故こうなってしまったのか。
英霊の座にて自問自答しながら、男は幾度か過去の自分を殺す機会を得た。だけど、そのどれもが殺す事も出来ずに座へと戻ってきてしまう。
召喚後の記憶が記録となり、答えを得た自分が居たという事すらも記憶にはならないこの身が恨めしく思うのは無理からぬことだ。
そして、もう何度目になるのか、男は自分が召喚されようとしている事に気がついた。
♦︎
一人の少女が、人気のない路地裏で三人の男たちに取り囲まれていた。髪は背をくすぐるくらいに長く伸ばされ可憐な顔立ちだが、その身なりは見すぼらしいものだった。両親に捨てられ、行くあてもなく街をさまよっていたらこの男たちに捕まったのだ。男たちは自分に向けて好色な笑みを浮かべて強制的にどこかに連れて行こうとしている。
怖い。誰か助けて。助けを求めても誰も助けてはくれない。その場から逃げ出そうとすると腕を掴まれてそのまま逃げられなくなる。ここまで、そう思った時だった。突然少し離れた場所から強烈な光が溢れ出したのだ。
「やれやれ、召喚早々に随分と殺伐とした状況だな。まぁ、突然空中に投げ出されるよりは数倍マシだが」
強烈な光を放った後、その場所には一人の少年が立っていた。見た目は少女と大して変わらず、紅い外套を纏い、黒いライトアーマーで身を包んだ褐色肌に白い髪の少年。彼は地べたに這う少女の方を見る。いや、正確には少女の左手に浮かんだ紅い紋章のようなものを見ると、少しだけ意外そうな表情を浮かべるも、直ぐに真剣な表情になる。
「なんだお前?正義の味方気取りか?おい」
アーチャーの姿を見た二人の男は「やべ、見られた」というふうに笑うのをやめて顔を強張らせたが、その中の髪を逆立てた男だけはニコニコと親しげな笑顔を向け、申し訳なさそうな振る舞いでこちらにやってきた。そう言うが早いか、アーチャーの腹を思い切り膝で蹴り上げた。続けて、
「何も見てないよな?な?」
と低い声で恫喝してきた。自分らに比べればお前みたいなガキは何の価値もない。うせろ、消えろ、とでも言わんばかりに。
「なんだよその顔?文句あんのかよクソが」
アーチャーが抵抗しないのをいいことに、男はそのまま蹴り続けると他の二人は安心したように近づいてくる。
「ちょ、俺もやらして」
「俺も」
などと代わる代わるアーチャーの腹を蹴ってきた。アーチャーはしばらくこいつらにされるがままになるがたとえ姿が子供になろうと英霊であるアーチャーにとってはゴロツキ三人を地面になぎ倒すは、指で小枝を折るよりも簡単だった。腹を押さえて苦しそうに呻く彼らは黙ってその場を去っていった。そして肘を抱えて震える彼女と、目が合った。
「……なんでさ」
♦︎
裏路地から抜けたほど近い場所に、人気のない公園があった。アーチャーは先ほどの少女をここに連れてきた。アーチャーは不安げな顔の少女をベンチに座らせ、その隣に座る。
「えっと、ありがとう。助けてくれて」
「いや、構わんさ」
アーチャーはそう返すと、自身の状態を確認した。まず驚かされたのはアーチャーの体はサーヴァントとしてのものでも、ましてや英霊としてのものでもない。まごうことなき、人間としての肉体だった。しかも聖骸布付きとまできている。
「ーー
魔術回路27本――――正常に稼働中。
魔力量――――“生前”より少し低下。
肉体的欠損箇所――――無し。
運動能力――――極めて正常。
「…なるほどな」
解析結果は良好の一言に尽きる。それと同時に、解ったことがもう一つある。ここの魔術基盤は“綺麗すぎる”。先ほどの解析魔術にしてもそうだ。魔力量は姿が退化しているせいからだが、本来のそれよりも明らかに自覚できるレベルで処理が早く、割愛するが内容についても細やかであった。
「……どうしたの?」
「いや、なんでもない。それより、君の名を教えてくれないかな?」
アーチャーの呟きを聞いていた少女が尋ねてきたがアーチャーは質問で返して誤魔化した。少女は頷くと、胸に手を当てて自己紹介をした。
「私、士織っていうの」
「私は君のサーヴァント、名はアーチャーという」
「アーチャー…?ねえ、サーヴァントってなに?」
戸惑う士織に、アーチャーは疑問を抱く。アーチャーのサーヴァントとして召喚されているのは間違い無いのに、彼女はサーヴァントのことも知らない。まさかかつての自分のように巻き込まれたのか。アーチャーは彼女に説明しなければならない必要を感じた。
「サーヴァントというのは、まあ簡単に言うと使い魔のようなものだ。私はその中でも上位に位置する存在、英霊と呼ばれるものだが……」
「ーーー??」
アーチャーがサーヴァントについて説明していたが、士織はまん丸の瞳をこちらに向けたまま首を傾げていた。思えばこんな小さい(今のアーチャーも小さいが)少女にそんなことを言っても理解できるわけがない。
「ーーまあ、詳しいことはそのうち話すとしよう」
アーチャーはそこで話を区切った。だが、彼女の顔は相変わらず不安げな様子だった。
「………これからどうしよう」
「ん?なにがだね?」
「……だって、私、捨てられて、ひとりぼっちなんだよ。帰るとこも、家族もいないのに、どうしたらいいの?」
淋しげにうつむく彼女の顔には見覚えがある。かつての地獄によって家も家族を失った時の自分と同じものだった。
「なら、私が君の家族になろう」
アーチャーがそう口にすると彼女は驚いた顔でこちらを振り向いた。なんでそんなことを口走ったのか自分でもわからない。以前ならこんなにお人好しでもなかったのだが、これもかつてマスターとなったあの赤い少女のおかげなのかもしれない。
「かつての私は両親を亡くしてね、今の君と同じようなものだった。だから私も君の気持ちは分かるつもりだ。これからは私がサーヴァントとして、家族として君を支えよう」
アーチャーの言葉に士織はしばし呆然としていたが、
「………そっか。ありがとう」
そう言って笑顔を浮かべた彼女の瞳からは曇りが晴れたように消えていた。
「でもアーチャーって名前、変だよ」
「む?」
士織の言葉にアーチャーは考える。確かに、これから社会で生きていくにはサーヴァントのクラスとしての名では不自由なこともある。
「ではーー士郎。そう読んでくれ。それが私の名だ」
アーチャーはかつての生前の自分の名を告げた。
「士郎……いい名前だね」
士織はアーチャー、いやーー士郎の名を呼んでニッコリと微笑んだ。小さな花びらが、ゆるやかに風に舞った。
最初は士道がマスターとしてアーチャーを召喚する予定だったんです。でもアーチャーのハーレムというのも書いてみたかったので士道がいてはハーレムは成り立たない。ではどうすればいいか?
ーーー答えは得た。マスターを女の子にすればいいんだ。