赤く、ネオンライトのように輝く刀を目にして、ファトリアは驚愕の目で東道旭を見つめた。今しがた自分が触れた物体を『電脳化』させてしまったことをその地球外生命体は激しく後悔したのだ。
だが、そんなファトリアのことなどお構いなしに、旭は自身の手にしているその日本刀を見て不敵な笑みを浮かべた。その刀の使い方とでも言うべき情報が、握っていた手を通して自然と頭に入ってくるのだ。今この刀はネットワークを形成して持ち主とリンクしていた。
「……なるほど、これがお前たちモルガンの力ってやつか。お前たちは自分の取り込んだものの組織を分解、再構築して電脳化させるってわけだ」
「ぐっ、この……下等生物のくせに生意気なああ!」
図星をつかれて興奮したファトリアは、再び機械の腕を生やして旭に襲いかかる。しかし、両方の腕は瞬く間に旭の持つ刀によって切りつけられ、切断された。ほんの一振加えただけで空を裂くような衝撃が走った。
「な、なにぃ!?」
「ヒュー! 斬れ味も抜群だな。いや、斬ったんじゃなくて、これもモルガンの『分解』の効果ってやつかな」
さらに続いて旭が刀を横に振るうと、突然何もない空間から亀裂が入り、裂け目が現れた。
「勝負は電脳領域でつけようぜ、宇宙人さん。これ以上この神社を壊されちゃたまんねえ」
「お、おのれ……コケにしたわね!」
しばらく目と思しき場所で旭を睨みつけていたファトリアだったが、やがて次元の亀裂に自ら入っていった。それを確認すると、旭も後を追って電脳領域と呼ばれた空間へと姿を消した。
「旭……大丈夫かな」
蔵の中から千歳が姿を表した。目の前には次元の亀裂だけが残り、後には人ひとり居なくなっていた。
「お守りくらい渡しとけば良かったかなあ……え、あれ?」
亀裂をひとり眺めていた千歳だが、ここで周囲の異変に気づく。旭たちが入っていった亀裂だけでなく、神社のあちこちにコンピュータも近くにないのにディスプレイや、文字列が質量を持ち、風が吹くかのごとく散在していた。まるでコンピュータの画面の中に入り込んでしまったかのような世界があちこちに浮き出ては消滅したりを繰り返していた。
「な、なに? どうなっているの?」
千歳は自分のポケットの中でブルブルと震える物体に気がついた。スマートフォンが警戒アラームを出しながら緊急速報のニュースを伝えてきたのだ。ニュースの内容を見て彼女は目を見開いて驚いた。そのニュースは非現実的でもあり、しかし目の前の現象を説明するのに最も合理的であった。
「現実世界と電脳領域がごちゃまぜに……何言ってるの……?」
旭とファトリアが入り込んだ空間は、やはり現実味のないデジタルの世界であった。周りの景色は神社と変わりないが、ファトリアが破壊してしまった地面や神社の壁がまるで壁紙が剥がれるかのごとくそのテクスチャがバグを起こしていた。現実世界で起こったことが、ここ電脳領域ではバグやエラーとなって表示されることがあるようだ。
「ふふ、自ら私たちのホームグラウンドに足を踏み入れるとは、実に愚かな存在ですね人間は」
「しょうがないだろ……あの神社がこれ以上破壊されるのを見てるわけにはいかないからな。それに、お前たちが地球をぶっ壊すとか恐ろしいこと考えてるなら、止めないわけにはいかねえ」
「いきがるなよ地球人!」
ファトリアの体から質量を無視して無数の腕が現れた。この電脳領域でのみ現実の質量を無視した行動も可能になるようだ。
「地球人を舐めんな……!」
右から左から、それぞれが生き物のように蠢く鋼鉄の腕が襲い掛かるが、旭は一本ずつそれらを見事な剣さばきでテクスチャを『分解』していく。
「ウオオオ!!」
ファトリアの体がさらに変形すると、今度は体から機関銃のようなものが現れた。
「げっ、銃は反則だろ!?」
弾丸の雨が旭目掛けて降りかかる。為すすべもなく、銃口から逃れるために全速力で駆け出す。着弾地点から電脳領域のテクスチャが剥がれ、砂嵐のようなバグが発生する。
(か、体が軽い? 俺の体もこの世界では電脳化されるのか……それなら!)
刀に意識を集中して旭が再び刀で空を切ると、やはり先程と同じように裂け目が現れた。ひとつは旭の目の前、そしてもう一つはファトリアの目の前だ。
「なっ……ま、まさか!?」
「そのまさかだ!」
事の重大さをさっちしたファトリアは、慌てて機関銃を止めて、体を変形させて裂け目から離れようとするが時すでに遅く、体を変形させた頃合には空間の裂け目から刀を振りかざした旭が鼻先まで来ていた。彼は叫びながら無我夢中で刀を振りおろした。その刀は見事にファトリアの体に確かな傷をつけた。
「うぅ……ぐ、ぐああ……に、人間風情がああアアア」
おぞましい金属音とともにファトリアがうめき、叫ぶ。体に負った傷を腕で庇いながら、後ずさりすると最後に捨て台詞を吐いた。
「覚えていろ地球人……地球をぶっ壊す前に……必ずお前を殺してやる……!」
赤い光に包まれて、ファトリアと呼ばれた地球外生命体は空へと飛んでいき、やがて見えなくなった。それを見届けたあと、旭も次元の裂け目を剣で作り出してもといた自分の世界へと戻ることにした。
「どうやら、大変な事に巻き込まれるらしい」
「旭! 大丈夫?」
「安心しろ千歳。日本の剣道は宇宙に通用するらしいぞ」
「お、おお! なんかカッコイイよ、ヒーローみたい!」
「そこのカップルさん! 大丈夫?」
二人に声をかけたのは、黒いスーツを着た背の高い女性であった。その外見と今のタイミングから警戒する二人であったが、彼女が警察手帳を見せ、自身が刑事であることを証明し、加えて後ろから旭の祖父にして、この神社の宮司である東道天城が現れたことで信頼することに足りた。
「このあたりで宇宙人が現れた! とかなんとか通報があったんだけど……やっぱりイタズラかしら? あなたが通報……したって感じでもないわね。それにしても元日から宇宙人騒ぎなんて失礼しちゃうわよね、警察舐めてるのかしら」
「え、ええ全くですよね。お勤めご苦労様です」
「旭、おめえ無事だったか! 千歳ちゃんも無事で、本当に良かったのう!」
東道天城は目に涙を浮かべて二人の無事を喜んだ。
「じ、じいちゃんも無事で何よりだよ。神社も大してダメージなかったみたいだし……」
「それなんじゃが本当に不思議じゃったのう。突然世界がおかしくなったと思ったのに、神社にほとんど被害もないし……」
「じ、じいちゃん。神社が直るまで家に来なよ!」
刀を持った右腕を背中に隠しながら、旭は慌てて口を挟んだ。
「じゃから、それほどの被害もないと言うとるだろ……変な奴」
「……? まあ元日から取り調べってのも可愛そうだし、君たち学業のお守り持ってるってことは受験生かな? 受験に響くと大変だし、取り調べは後日って事で、これは私の連絡先だ。受験が終わったら、連絡忘れないように。それじゃね!」
そう言って足早に刑事の女はパトカーへと戻っていった。
「学業のお守りなんて俺持ってないぞ?」
「旭、はいコレ」
そう言って千歳は自分の手に持っていた学業祈願のお守りを旭に手渡す。
「あれ、いつの間に?」
「あんたが食べてる間にね……」
「お、おお! 悪いな、ありがとう千歳」
「東大受かったら、ラーメンおごってもらうからね!……それにしてもこんなことになるんじゃ家内安全か、厄祓いのお守りにでもしとけばよかったかもね」
冗談混じりに千歳は笑い、旭はその笑顔に体が熱くなるような感覚を覚えた。てれ隠すように声のトーンを落として旭は答えた。
「い、いや。厄祓いは大丈夫だ。絶対に負けるもんか」
「あ、そうだ。ちょっといい旭くん?」
「えっ?」
再び刑事の女性が石段を登って三人の前に現れた。走ってきたのか息を切らせていたが、やがて呼吸を整えると開口一番、
「その手に持ってる黒い刀のこと、聞いてもいい?」
と尋ねた。
「い、いやっこれはあの……そう! 屋台の射的で当てたんです!」
「……信じていいのね? 私もう面倒ごとは嫌だから」
さっきまで命懸けのやり取りをしていたにも関わらず、帰路でヒーローだとかどうとか言う幼なじみの姿を見て彼はため息をついた。環境管理プログラムの届かないこの神社で、彼の吐いたため息は白い煙となって空へと登っていった。
神社から家に帰ろうとして二人は世界の異変に気づいた。先程旭が苦労して、なんとかファトリアを撃退したあの電脳領域が、町の至る所に発生していたからだ。何の規則性もなく、道路や店の目の前にそこだけ塗装が剥がれたかのようにディスプレイが置かれ、中を除くと中に浮かぶクリスタルの形をした光や計算式が漂っているのが見える。
「ど、どうなってやがる……? あの宇宙人は倒したはず……」
「あの隕石の影響で、現実世界と電脳領域がごちゃまぜになっちゃったんだって。住民は外出禁止になったってさっき緊急速報で来てたよ? あれ、そっかスマホ……」
「……ま、どうせ大学合格祝いにでも新しいの買ってもらうさ。それで、どうする?」
「今日のところは帰ろうよ……またああいうのが出てくるかもしれないし。それに、ちょっと不安だよ」
千歳の足が止まる。旭が振り返ると、千歳はうつむいて震えた声で呟いた。浮き上がるディスプレイのライトに照らされた彼女の顔は青白く輝いた。
「ほんと、心配する人の身にもなれっていうか。昔からやんちゃなことするよね……」
「悪い、今度は気をつけるわ」
「……そこは聞こえないふりでしょ、ばか」
「俺、耳いいから」
「ほんと、ばかだよね……心配するだけ損した!」
千歳は顔をコートの袖でこすると、笑顔を旭に向けてこう言った。
「帰ろっか!」
「……って旭、その日本刀持って来ちゃったの?」
「それが……蔵に戻そうとしてもなぜか勝手についてきちゃって……」
旭が手に持った刀を川に向かって投げ捨てようとすると、手のひらから電気が走り、勝手に刀を手繰り寄せてしまった。
「こんな時間にそんな怪しいもの持ってたら真っ先に職質されちゃうよ、急いで帰らないと!」
「あ! ま、待てったら! 俺を一人にしたらそれこそヤバイだろ!」
こうして二人はそれぞれの家に向かって走って帰っていった。結局その後旭はモルガンの刀を射的の景品と誤魔化し、すぐに自分の部屋へと戻った。
人類の迎えた西暦4000年の第一歩は波乱の幕開けとなった。モルガンと名乗る地球外生命体、彼らの力はまだ計り知れない。だがそれは彼らにとっても同じであった。モルガンとの接触で彼らに対抗しうる力を手に入れた東道旭。この事件から彼は人類の存亡をかけて、現実世界と電脳領域、どちらの世界でも戦いの渦中に巻き込まれていくこととなる。
「……それにしても、あのモルガンってやつ。恐ろしいやつだったな……あれは赤い光だったけど、隕石から散らばるあの光、まさか他にも仲間が地球に来てるのかもな」
ベッドに横たわりながら彼はファトリアの言葉を思い出していた。次に手にくっついたままの刀を眺めた。相変わらず赤いネオンライトが自分の鼓動と同じ速度で瞬いている。
「もう寝るか……」
体は羽毛のように軽くなっても、頭では次々に起こるオーバーテクノロジーな現象の数々を処理できず、旭はすぐに睡眠を欲した。
朝起きると、モルガンの黒い刀は姿が見えなくなっていた。パソコンを立ち上げてインターネットのニュースを見てみると、既に隕石や宇宙人の騒ぎで話題はもちきりだった。テレビでは新年の番組を差し置いて臨時特番が開かれ、あることないことで情報は錯綜としていた。多くの人間があの時ファトリアの写真をとっていたにも関わらず、それらのデータにはなぜかモルガンの痕跡が残されていなかったのだという。
「……夢だったりしてな」
自分が正義のヒーローになって宇宙人と戦う。そんな妄想を抱いたことがないとは言えない。知らないあいだにそんな願望が募り募って夢に出てきたのだろうか。思わずそんなことも考えたが、ふとポケットの中の感触に気がついてそれを取り出すと全て合点はいった。
学業祈願のお守りをカバンにつけて、旭は朝食を食べるために自分の部屋を後にした。
***
繁華街、ビルとビルの隙間、そこにぽつんと佇む小さな電脳領域の中でモルガンのひとり、ファトリアは傷を癒していた。電脳領域のプログラムの残骸を傷に取り込むと、電脳領域は徐々にテクスチャを失い容量が失われていった。限界までデータを吸収するが、傷を癒すにはまだまだ時間がかかりそうだ。
ファトリアは復讐心に燃えていた。自分をコケにしたあの地球人を殺すために、「彼女」は休息を取ることにした。そんな彼女を心配してか、電脳領域にもう一人のモルガンが現れたのだ。彼もまた金属や岩に体を包んでいて、隙間からコアの黄色い光が漏れている。
「やられちゃったの、ファトリア〜?」
「チッうるさいなシグマ。少し黙ってろ」
「地球人にやられるなんて、情けないやっちゃ!」
口とも言えぬ口でシグマと呼ばれたそのモルガンはケタケタと蔑むように笑った。それを苦々しく見ているファトリアだが、厳しい口調で「あの地球人は私がやる」と伝えた。
「オマエにそこまで言わせるなんて、さぞ強いんだろうなあ〜オレも戦いたいなあ〜」
「手を出したら殺す」
「まあまあ〜そんなこと言うなよっ! オマエに止める権利はないよ? 弱者はモルガンにいらないのっ!オーケィ?」
「チッ!……クソがっ」
「んじゃ、交渉成立だなあ〜楽しみだっ!」
シグマと呼ばれたモルガンはそれだけ言うと、ファトリアの前から姿を消した。体が粒子になると、黄色い光の柱となって空に消えていった。
ファトリアはモルガンの能力を結果として地球人に与えてしまったことを後悔した。自分たちを最強たら占めていた、電脳と現実世界と繋ぐ能力。このネットワークが発達した地球という星で地球人がその能力を手にしてしまったのは大きな痛手となるだろう。
「なんとしても……早く傷を癒さねば」
電脳領域にあるだけのデータを吸収するとファトリアは再び新たなエネルギー源を求めて赤い光となって消えていった。