ハイウェイを走る車の列。ハイウェイでは車はタイヤの他にも、超伝導を利用したテクノロジーを使うことで事故を起こすことなく一定の車間距離を保ちながら規則的に走っている。
西暦4000年1月5日、年末年始の帰省ラッシュにより首都圏は大量の車でごった返している。本来なら上記のような超伝導によるハイウェイ管理局の運営によって、渋滞のない快適なドライブが行われるはずだったが、道路の至る所にポップアップされた『電脳領域』と呼ばれる空間が現実世界に干渉し、車の通行を妨げていたのだ。
現状この電脳領域が何なのか究明できていない政府はこれを不可侵領域と考えていて、対応策をねるまでは手出し無用という判断がなされていたのだ。アナログを強要され、久しぶりのオートパイロット無しでのタイヤを使った運転に業を煮やしたドライバーはあちこちで交通事故を起こした。交通課だけでは人手が足りなくなったために、元日の事件以来『特別サイバー犯罪捜査課』に所属することとなっていた女刑事の加賀春香も、この日は小ぎれいながらくたびれたジャケットの代わりに支給された新品の作業服を着て、ハイウェイの交通整理に参加していた。
(サイバー犯罪捜査課に入って第一の仕事がアナログ交通整理ってどういうことよ!)
環境管理プログラムも味方した。幸い天気は晴れておりそれほど寒くはなかったものの、元日から休日返上で仕事続きだった彼女はストレスの限界に達しようとしていた。
「か、加賀さん。もっと笑顔でお願いします……」
仏頂面で旗を振り回すのがまずかったのか、春香は今日で三回目の注意を交通課の上司から受ける。
「そりゃ、こんな顔にもなるわよ。元日からおかしなことばっかり続いているんだから……あーあやってらんない。例のターミネーターを追いかけてるほうがよっぽどマシよ」
「お、お昼休憩してきましょうか加賀さん!僕がやっときますので」
「えっ? な、なんかごめん。そんなつもりじゃなくてね……」
「お気になさらず!それにサイバー犯罪捜査課のあなたが事件解決してくれれば、このおかしなことディスプレイの問題も解決されて、ハイウェイを復旧できますし」
「ま、それもそうね。それじゃ、まずは取り調べから始めないとね」
そう言って春香は作業服の尻ポケットからスマホを取り出してある家の電話番号をかけた。しばらく呼び出し音が続いた後、彼女にとって一週間ぶりの声が聞こえてきた。
『もしもし、東道ですが』
「こんにちは、私はサイバー犯罪捜査課の加賀春香です。覚えてるかな東道旭くん?」
『もしかして、あの時の刑事さんですか』
「ええ、そうよ。実は取り調べの件なんだけどね……やっぱりどうしても近いうちにやっておきたいのよ。君、何か知ってそうだったから」
『えっ?』
家の電話の受話器を強く握り直して、東道旭は動揺がバレないように一旦受話器のマイクを手で塞いで深呼吸をした。
(や、やっぱりあの刀のことか?)
間が開いてもやはり怪しまれると悟った旭は、なんとか声のトーンに気を配って答えることかをできた。
「えーと、でもサイバー犯罪については僕から加賀さんに情報提供できそうなことはあまり……」
『それがね、そうでもないのよ。謎の空間、電脳領域と呼ばれているんだけど、それが現れたのは例の隕石が現れてからなの。どこからどう見ても、この隕石騒ぎと電脳領域の事件は密接に関係してると考えられるでしょう?』
「な、なるほど確かに……」
『だから、私としては隕石騒ぎの渦中にいたあなたたちふたりが何か重要な手がかりを持っているんじゃないかって考えたわけ』
旭の受話器を持つ手が震えていた。もし、真実を全て話すとしたら、日本刀を持ち出して(いくら宇宙人とはいえ)人(?)に刃物を振りかざしたことまでバレてしまうからだ。
(い、いや正当防衛だよな……いやでも正当防衛とはいえこれは立派な傷害になるんじゃ……)
『旭くん? それで取り調べのことなんだけど……』
「は、はい!」
***
数時間後、東道旭は警視庁の建物の中、会議室のある一室に加賀春香と向かい合って座っていた。
「できるだけ早めに終わらせるから、忙しい時期に申し訳ないんだけど。御協力よろしくお願いいたします」
「い、いえ、お気になさらず……」
「まあいきなりこんな所に呼び出されたら普通緊張するわよね」
声が震えているのを見て、春香はジャケットのポケットから缶コーヒーを取り出して旭に差し出した。
「取り調べって言っても、私が簡単にいくつか聞くだけだから、かしこまらなくていいわよ」
そう言って今度は胸ポケットからペンを取り出した。デスクの隅にあるボタンを押すと、目の前にディスプレイが現れて、事件の概要が映し出された。
「順を追って説明します。今回の事件、というか宇宙人騒動の通報があったのはこの東道神社、その裏の林の近くに隕石が落下した。私たちが通報を受ける前に落下地点で警戒していた警官二名は行方不明。私たちが現場につく頃には野次馬も逃げていて、現場に残ってたのは宮司の東道天城さんと君と、その幼馴染みの滝寺千歳ちゃんね。 ここまでいい?」
「あの、行方不明になった警官って?」
春香が小型のディスプレイを指で操作すると、二人の警官の顔写真が出てきた。そのうちのひとりに旭は確かに見覚えがあった。
(あの時ファトリアに襲われた人……そうか、跡形もなく消えたから死亡したなんてわからないんだよな……)
「二人の行方について、なにか思い当たることは?」
「いえ、分かりません」
「消えてなくなった」などと言えるはずもなく、旭は分からないと答えた。実際彼には本当に彼らがあれで本当に死んだのかどうか判断出来なかった。
「それじゃ続けるわね。単刀直入に言って、あなたはその宇宙人とやらを見た?」
しまった。彼は心の中で叫んだ。間が空いてしまって、このあと何を言っても説得力のない空気を作ってしまったのだ。
「み、見てないです! 宇宙人なんているわけ無いでしょう?」
「なんか、妙に怪しいわね……」
「も、もう加賀さん。あなた警察の人間ですよ? そんないい加減な……」
そこまで旭が言おうとすると、彼は春香に突然胸ぐらを掴まれた。突然立ち上がった衝撃で缶コーヒーが突き上げられるが、なんとか水平を保ったようだ。
「いい加減なんかじゃないわよ。私は本気で聞いてるの、あなたも本気で答えなさい」
「は、はい……でも本当に見てませんから!」
(こ、怖過ぎる……この人何者!?)
一瞬の沈黙があり、春香は掴んでいた手を離した。「ごめんね」と謝ると、続けて質問した。
「その宇宙人なんだけどね、現場にいた皆は『そいつを見た』って言ってるの。でもスマホに撮られた写真には何も写っていないし、野次馬が一致団結して宇宙人をでっち上げたとも言える。でも私はそう思わないのよ。君の持ってる例の刀の件もあるし……」
「だ、だからあれは射的の景品で……」
「調べたのよ」
「……えっ?」
「射的をやってる屋台のおじさんに、事情聴取したの。刀剣なんて置いてないって」
そこまで言い放つと、もはや旭には打つ手がなかった。刀剣のことをこの刑事に話してしまえば、遅かれ早かれモルガンの話にたどり着く。
(で、でももし警察に話したら、この刑事さんも命を狙われる……というか、自分から危険に飛び込むだろうな)
「旭くん!」
「は、はい!」
「さっきから私を危険に晒したくないとか余計なこと考え過ぎよ」
「ご、ごめんなさい……って別にそんなこと考えてるわけじゃ……」
「刑事のカンよ。ほとんど当たるカンだけど」
春香は自分のこめかみを指で指しながら満足げに豪語した。しかしすぐに真顔に戻ると再びディスプレイを操作して今度は日本列島の地図を開いた。地図上には神社のある東京の他にも散らばって赤いポイントがつけられていた。その数4つ。
「いい旭くん、実はこの宇宙人騒ぎは神社だけではないの。日本の至る所で他にも行方不明者が出ているわ。目撃者の証言の通り、宇宙人がいて彼らが誘拐したとか、この星を征服するつもりだとか信じるのは正直警察の人間としてどうなんだろうって思うけど、君の持ってるその刀がある以上一概に否定できないのよ。一概に否定できないのなら、そこに事件のカギはある」
春香はしっかりと旭の方を見据えていた。その視線に圧倒されたのか、旭は観念して右手を目の前に差し出した。すると何もない場所から電気が走ったかと思うと、突然あの黒い刀が飛び出したのだ。
「刑事さんってやっぱり凄いんですね……」
「これでも私東大卒業のエリートだからね。大学と言えば、君は志望大どこかな?」
「僕も東大ですよ」
「そうか、なら近いうちにまた会えるな」
「? だといいですけど……えーと、それでは僕の知っていることをお話しします。信じてもらえるかどうか、本当に訳のわからないことになってしまったので」
「ここまで追及したんですもの。さっきの刀もあるし、全て信じるわ」
「ありがとうございます。それでは……」
旭は一部始終をモルガンのことも含め全て春香に話した。ありえない話の連続にも春香は驚いたり否定したりすることもなく耳を傾け、調書に事のすべてを記入した。しかし全て話終えると流石に非現実的な事実に言葉を失い、彼女は机に突っ伏してしまった。
「なかなかファンタスティックな事態になったわね……現実世界と電脳領域を行き来するターミネーターとは」
「そしてこの刀は、モルガンのひとりであるファトリアという奴が蔵にあった刀を取り込んで電脳化したものです。電脳化した物体は現実世界と電脳領域どちらにも干渉できるようになるんです」
「モルガンに対抗できる力なのね。これはなかなか有力な情報よ、旭くん。あ、でも無理は禁物よ、自分からモルガンたちに喧嘩を売っちゃったりしちゃダメ。ファトリアの話が本当なら、そいつはまたあなたを襲いに来る」
「ええ、その時はなんとかしてまた撃退してみせます」
「頼もしい限りだな。私たち特別サイバー犯罪捜査課もいつでも君の力になるわよ」
そう言って春香は自分の胸をぽんと叩いた。
「そう言えば特別サイバー犯罪捜査課ってどれくらいの規模で動いているんですか?」
ふと思いついたように旭は尋ねた。
「私ひとりよ」
「まじっすか」
「急な出来事でね、人員の配属とか、ちゃんと決まってないらしいのよ。そのくせ私のところにはすぐに、事件の翌日に辞令がやってきてさあ……」
(本当にエリートなんだろうかこの人……)
「私は正真正銘のエリートだぞ」
「心を読まないでください」
「刑事のカンよ!」
取り調べが終わったあと、春香の申し出で旭は彼女のオートバイで家に送り届けられた。旭は現在スマートフォンを持っていなかったのでパソコンのアドレスを春香に教えて二人は別れた。
「それにしても、やっぱり不便じゃないか?」
別れ際に春香が尋ねるが、旭は首を横に振って答える。
「スマホを無くしてから、勉強捗ってるんですよ。SNSとかネットのしがらみから解放されたというか……パソコンはいちいち電源をつけなければいけないから面倒だし。だから大学に合格するまでは新しいのは買わないことにしました」
「なるほど。確かにそれが懸命な判断かもね。アナログもたまには悪くないか……」
そう言って春香はフルフェイスのヘルメットを被り、元来た道をバイクで走り去っていった。バイクに乗っている途中で彼女はふと思い立ったようにディスプレイに向かって「オートパイロット、解除」と呟くと、ハンドルを握り直して既に暗くなりつつある道を走っていく。
彼女が腕時計を確認すると、液晶は18時をさしていた。あちこちに無意味な電脳領域がはびこるハイウェイを縫うようにかわして走る一台のバイク。そんなバイクを高いビルの屋上から眺める影がいることに気づくはずもなく彼女は自宅のマンションに向かって帰っていった。
「アイツから、ファトリアの残留プログラムを感じるぞ〜? でも東道旭じゃない? なんで?」
ファトリア同様に、人の形をしたその金属の塊は首かしげた。しかしやがて考えることをやめたのか首を元の位置に戻すと、体内の黄色いコアを点滅させて独り言をやめた。
「まあいいや〜ウッヒョー!」
黄色い光のモルガン、シグマと呼ばれるそいつは体を粒子に変えると近くにあった電脳領域を介して高速で移動し、ビルの屋上から居なくなった。
翌朝、休日の朝にも関わらず東道旭は再び全国で起きている宇宙人騒ぎについての情報を集めることにした。しかしこれと言って有力な情報はなかなか見当たらない。やはり時間の無駄かと諦めかけたとき、気になるニュースを見つけた。昨日の夜報道されたばかりのものらしい。
「ハイウェイの中心で忽然と消えた女刑事……? バイクだけを残して消えていった!?」
記事を読んで旭は愕然とした。ニュースの写真に写っていたのはライダーを失ってハイウェイの道路で横たわっていたバイクであった。間違いなく加賀春香が乗っていたものと同じタイプの物だ。
「……俺のせいだ! くそっ!」
悔しさで机を思い切り強く叩く。目に涙を浮かべて体を震わせていると、パソコンのディスプレイの隅からメールを知らせる通知がポップアップした。指でそれを操作すると、知らないアドレスからのメールが来ていて。タイトルはついていない。
旭が恐る恐るメールを開くと、それはやはりモルガンからの脅迫状であった。
『女を返して欲しければ、ファトリアの刀を持って今すぐ現場のハイウェイの下にあるトンネルに来い。私の名前はシグマという』
一通り読んで、旭は安心と新たな不安の気持ちで入り混じる思いがした。脅迫状を読む限りでは加賀春香はまだ生きている。しかしシグマと名乗るこのモルガンは旭の持つ刀を取り返そうとしているようだ。
「行かなくちゃ……!」
高校の制服に着替えると、両親に学校に行くと偽って自転車に乗り、ハイウェイ下のトンネルへと急いだ。