東道旭は事件のあったハイウェイ下のトンネルにやってきた。しかし呼び出しがあったにも関わらずシグマと名乗るモルガンの姿は見当たらない。もしかして、と脇を通る車に注意を向けるが車に紛れ込んでいるようにも見えない。
「シグマ! 刀は持ってきた。 加賀春香さんを解放しろ、どこにいる?」
旭が叫ぶと、目の前に突然ディスプレイが現れ、画面の向こうにファトリアと同じく体を未知の金属や物質でまとったモルガンがいた。ファトリアと同じく機械的であの不快な声と口調でシグマと思しきその機械生命体は旭に話しかけた。
『ようやくきたな東道旭! 待〜ちくたびれたぜい、さっさと刀使って電脳領域に来い〜! 』
「お前だな、シグマってのは。お前もファトリアの仲間だな?」
「だったらどーする? お前にゃ関係ないねー!さっさと来〜い!」
ファトリアと違ってシグマの口調は子どものような無邪気さを感じさせた。これ以上は戦って追求すると判断した旭は、刀を出すと空間にひと振りして電脳領域に通ずる次元の裂け目を生み出した。
旭が電脳領域に入り込むと、目の前にシグマがいた。機械の体から黄色いコアのような光が漏れ出している。さきほど聞いたあの不快な声で旭に話しかける。
「ついて来い!」
そうしてシグマはトンネルを出ると、上のハイウェイに向かって飛び跳ねた。慌てて旭もそれを追いかけてハイウェイに飛び乗ると、ビルの屋上から下に向かって気を失っている加賀春香が吊るされているのが見えた。しかし、この電脳領域には旭と春香以外に地球人はいない。
「地球の映画みたいだろ〜? アイツを返して欲しければファトリアの刀をオレによこしな」
「その前に聞かせろ。どうしてお前たちモルガンは地球を破壊しようとしているんだ?」
「そんなのお前に教える義理はないねー! いいから刀をよこせよ!オレがロープのテクスチャ書き換えれば、女は真っ逆さまだぞ! 分かってんの〜?」
「……ちくしょう!」
(……なんてな)
言葉で悔しいふりをしつつも、旭には勝算があった。というのも旭の持つこの刀はネットワークで持ち主と繋がっていて、持ち主の手を離れてもすぐに手元に戻ってくるからであった。
(大人しく渡す振りをして、加賀さんを開放させたら、刀を呼び戻してアイツを斬ってやる……!)
数歩歩いて前に出ると、旭は地面に刀をゆっくりと置いた。刀が手元に戻ろうとするギリギリの範囲まで引き下がると、両手を上げて戦闘の意思はないことを伝える。
ゆっくりとシグマが近づいて、地面に置かれたファトリアの刀を拾おうとする。その機械の腕が刀に触れるか触れないかという時、旭は後ろに下がって刀を取り戻せる範囲まで距離を取った。
「うーん?」
シグマが刀を取ろうとしたその時、刀と旭の手が電気で繋がり刀がひとりでに持ち主の元へと戻った。戻ってきた刀をこちらからも走って取りに行き、そのままの勢いで突進して無防備な体勢のシグマを勢い良く斬りつけた。
鋭い一撃がシグマの体を捉えた。肩から斜めに大きな切り込みが入り、隙間から文字列やプログラムの破片が溢れ出る。
「あ、あれぇ〜!?」
不意打ちに、シグマが情けない声を上げてうめいた。自分の身に起こったことを一瞬理解できなかったようだ。だが、旭は容赦しない。続けて今度は横にもうひと振りすると今度は横一線にシグマの体を斬りつけた。二撃加えて、一度シグマから離れて様子を見た。
「へんっ! どうだ、油断し過ぎだぜモルガン……って、なんだ!?」
旭には確かにシグマの体を斬りつけた感触があった。それにも関わらずシグマは相変わらず立ち続けていた。しかも両方の傷は周りの電脳領域からデータを少しずつもらって急速に回復していて、ほぼ無傷の状態に戻っていたのだ。
「な、なんで……?」
「油断し過ぎなのはオマエの方だったなあ〜!」
お返しとばかりにシグマは機械の腕を伸ばすと旭目掛けて強烈なストレートを放った。防御も回避もできずに彼は重い打撃を食らって、地面に叩きつけられた。
「ぐはっ!」
旭が殴られた箇所もまた、シグマと同じように体のテクスチャが剥がれ、破片がバグのようにこぼれた。
(まさかテクスチャが消滅したら、俺も死ぬのか!?)
電脳領域で受ける初めての攻撃。骨が折れたような衝撃もない代わりに電脳化されている自身のデータが壊れていく仕組みになっているようになっているのだ。
「不思議そうにしてるな〜? オレはファトリアとはモルガンの性質が違うから無理ねえな」
「性質だと?」
驚いている旭を見てか、シグマはわざとイライラさせる声のトーンで続けた。
「じゃー教えちゃうけど。オレたちモルガンはねえ、二種類の性質を持ってるわけよ! ファトリアみたいに『分解』の性質に長けたモルガンと、俺みたいに『再構築』に長けたモルガンがね」
「それじゃあお前はその『再構築』の性質で、自分の体を急速に作り直したとでも言うのか……?」
「ウッヒョー! オマエ理解するの早いな〜! つまりオレはこの電脳領域じゃ不死身なの! おわかり?」
「嘘だろ……そんなふざけた力……ありかよ?」
愕然として、旭はその場に膝をついた。不死身の敵を相手に勝ち目などあるはずがなかった。彼の意識は急に遠くなった。
(やはり……モルガンには勝てないのか……)
「旭くん!」
不意に頭上から加賀春香の声がした。いつの間にか意識を取り戻していた彼女は大声で旭の名前を呼んでいた。
「刀を捨てて逃げて! 私なら大丈夫よ。自力で脱出して見せるから!」
「加賀さん……そんな、無茶だ!」
「ここであなたが死んじゃったら、モルガンという存在を認知し、対抗できる人間がいなくなってしまう。そうなったら本当に地球は終わりよ! 刀を置いて逃げて。また必ず、チャンスは来るわ。こいつを倒す方法だって……」
「は〜いストップ! ちょっとちょっと、何勝手にしゃしゃり出てんだよ女ぁ〜マジでロープ切っちゃうぞ!?」
シグマが加賀春香の方を振り向き、起こったような声のトーンで叫んだ。
「ま、まて! 刀を捨てる。ただ俺にもこいつをどうやって捨てればいいのかわからないんだ……」
慌てて旭がそれを止めようとする。もはや彼には選択の余地がなかった。シグマが再び旭の方を向き、その意思を聞くとゆっくりと彼の方へと近づいていった。
「その刀とオマエのネットワークを切る方法ならあるぞ〜。 まずは現実世界に戻る必要があるがな!」
「わかった……」
旭が刀を振ると、再び現実世界に戻るための裂け目が現れた。その裂け目に二人は入っていった。
ハイウェイの中心はまだ、警察の人間が行方不明事件の現場を捜査中のために通行止めとなっていた。監視をしていた警官の他にはだれもいなかったが、突如現れた機械生命体の存在に恐れて、悲鳴を上げて一目散にハイウェイから逃げ出してしまった。
再び現実世界で合間見えるシグマと旭。旭は手に持っていた黒い刀を地面に置き、シグマの指示を待った。シグマは先ほどの件から多少警戒をしつつもその刀に触れると、何やら刀に手を突っ込んで何かを操作した。しばらくすると刀から小さいディスプレイが現れ、そこには『UNLOCK』と文字が書かれていた。どうやら黒い刀は持ち主の認証システムのようなものによって動いていたらしい。それがシグマの手によって今解除された。
「モルガンのプログラムを解除するときはオフラインじゃないとダメだかんな〜。ま、オマエにはもう、関係ね〜けど!」
一連の操作を終えると、モルガンは刀を手に取った。そして機械の腕が広がると刀を一瞬のうちに飲み込んでしまった。
「あ、痛っ! も〜う斬れ味やばいなこれ、腕切っちゃったじゃないか〜!」
刀を飲み込む過程でシグマは刃で自分の腕を切ってしまったらしい。腕に小さな傷ができたが、その傷もモルガンの『再構築』の性質で治るかと思われた。しかし――
(傷が治ってない? ……もしかして、ここは電脳領域じゃないから周囲のプログラムを取り込んで傷を回復させることができないのか?)
現実世界ではシグマの傷が治らない。このことに気づいた旭は反撃のチャンスを伺うことにした。加えてファトリアのようにモルガン単体は力が別段強いわけではないということも旭は知っていた。
(チャンスは必ずくる……なにか、手を……)
「よう〜し、そんじゃ約束通り女は返してやるか……そ〜れ!」
シグマが指を鳴らすと、現実世界にも加賀春香が現れた。だが、ロープは現れない。彼女はそのままビルの頂上付近数十メートルからハイウェイの道路めがけて真っ逆さまに落ちていった。
「加賀さん!」
間一髪の所で、彼女が地面に叩きつけられる直前旭がその体を受け止めた。だが、かなりの高さから落とされたその体の重量はとんでもなく、下敷きになった旭の体は無事では済まされない。体の至る所で骨の折れる音がした。あまりの激痛に旭はそのまま気を失ってしまった。
「旭くん……うそ、そんな……なんで!」
下敷きになった旭に彼女は必死に声をかけるが返事がない。辛うじて息はしているが、このままでは間違いなく命が危ないだろう。
「あ〜あ……なんかしけちゃったな。めんどくさいから、もうオマエらまとめて始末しちゃおっと!」
「そ、そんな……話が違うじゃない!」
旭を抱えている春香にゆっくりとシグマが近づいてきた。
逃げなければ――何か車がないか春香が辺りを見渡すと道路にはパトカーが二台置いてあったが、鍵が無ければ動かない。とすれば、彼女が扱える乗り物はハイウェイに取り残された一台のオートバイであった。
「ちょっと痛いけど、我慢しててね……すぐに病院に運んであげるから……」
意識のない旭をなんとかして担ぐと、一歩一歩地面を踏みしめてバイクに向かった。一旦旭を寝かせてバイクを立てると旭を肩に抱きかかえたままバイクに乗ろうとする。
「逃げるな〜!!」
見かねたシグマが腕を伸ばして二人を攻撃し出した。攻撃は直接当たりはしなかったものの、衝撃で二人はオートバイもろとも吹き飛ばされた。
「ううっ!」
バイクに多いかぶさるように倒れる二人。その衝撃で旭は目を覚ましたが、しかしもはや打つ手もない。彼らは絶望的な情況に置かれていた。この煙が晴れてシグマの前に姿を晒したら最後だ。
「か、加賀さん。すみません……俺があなたを巻き込んでしまったばっかりに……」
「子どもが生意気に謝るんじゃないの。それより、この状況をどうやって打破するか……」
「……ひとつだけ、俺に考えがあります」
そう言う旭の目はまっすぐと春香を見つめていた。その眼差しに応えるように彼女はにこやかに笑った。
「ここまできたら、やらないで後悔するよりやって後悔してやるわ!」
次第に煙が晴れていった。シグマはすぐに煙の中に加賀春香が立っていることに気がついた。彼女はバイクに乗ると、エンジンを動かしてシグマの方を向いていた。
「あ〜? 何のつもりだオマエ?」
「よく聞けウスノロ!」
「う、ウスノロ〜? ウスノロってどういう意味だ?」
「能無しのバカ丸出し宇宙人が! 意味が知りたきゃお得意の再構築で、私の体を取り込んでみろ! そうすりゃもう少し頭のいいターミネーターになれたのにな!」
「な、何を〜!? オマエオレをバカにしてんのか〜!!」
(かかった! ほんとに引っかかるとは)
春香の後ろにいた旭は思わず苦笑いした。彼の作戦はひとまず第一段階を越えた。あとは彼女のバイクテクニックにかかっている。
「オマエなんかこうしてやるー!!」
逆上したシグマは二人の予想通り手のひらにあの黄色いコアを移動させるとその腕を伸ばしてきた。ファトリアの時と同じく対象を取り込もうとしているのだろう。待ってましたと言わんばかりに春香もバイクを発進させ、腕が直撃する直前にウィリーで前輪を持ち上げるとそのまま腕に突っ込んだ。
「な、なんだ〜!?」
彼女のバイクの前輪がシグマの手の黄色いコアに触れた。ファトリアが日本刀を取り込んだ時のように、バイクを黄色い光が包み込みその姿に変化が起こった。
バイクに変化が起こった後、彼女は前輪でシグマの腕を蹴り付ける。突然の出来事にシグマも訳が分からずそのまま手を離してしまった。
「な、なんなんだよ〜オマエは〜!?」
彼女のバイクはボディが真っ黒に染まり、パーツの至る所が棘が生えて厳ついデザインになった。またホイールやボディの一部がシグマのコアと同じく黄色く光っている。刀の時と同じく『電脳化』された姿に生まれ変わったのだ。彼女はスーツを脱いでワイシャツのボタンを緩めた。さらにポケットからゴムを取り出すと長い黒髪を後ろで束ねる。
「ノーヘルは多めに見てよね、良い子の旭くんは真似するなよ!」
「真似できませんて、流石に……」
腰のホルスターから拳銃から取り出し、片手でバイクのハンドルを握ると、彼女はペダルを蹴ってアクセルを全開させた。
「おとなしくお縄につけ、宇宙人!」